注意!
今回の作中、恋が複数人を相手にするシーンがあります。
その手のシーンが苦手な方はご注意ください。
また、意図的に今までの話と違う書き方をしている事を予めお断りしておきます。

 

 

とある少女の物語第十九話 杉乃井攻防戦初日〜影武者として、遊女として〜

 

 

 壊乱した兵をようやく杉乃井に収容し、負傷者の手当てや炊き出しが行われ戦力と士気の回復に務めるものの。
 一度士気阻喪した兵達はそう簡単に戦えるようになるものではなかった。
 後詰が来るまでの間、手持ちの兵力で凌がねばならない杉乃井にとって最悪の状況である。
 田北老、吉岡老を筆頭に兵力を再編成しようにも、その兵の士気が低過ぎるのではどうにもならなかった。

「……負傷者の手当ては?」
「間もなく終わります。
 医術の心得がある遊女衆を総動員しておりますし、何より恋殿が先頭に立って回っておりますので多少は兵も落ち着きを取り戻しているようで。
 しかし、今のままでは攻められたら持たぬかと」

 吉岡老の問に、先ほどまで負傷者の間を回っていた小野和泉が答える。
 その顔には苦悩がはっきりと表れていた。
 古来、一度士気阻喪して壊乱した兵を纏め直すのは並大抵の事ではない。
 名目上の総大将である恋が先頭に立って手当を施し、炊き出しを配って歩く姿は僅かなりとも兵の心を癒してはいたものの、その程度でどうにかなる程現状は甘くもなかった。
 元々先の伊予攻めにおいて自軍が行い、敵軍の士気を挫いた戦法をそのまま喰らっただけにその衝撃は余計に大きかったのである。
 手詰まり。
 その言葉が一同の頭に過る。

「失礼致します」

 陣所に入ってきたのは負傷兵を見て回っていた恋であった。
 南蛮船の襲来という非常事態に、倒れて寝込んでいた恋が急遽珠姫の影武者として杉乃井の総大将となっている。
 まだ精神的に疲れているのか、その表情にいつもの人を和ませる笑みはないものの、昼間から杉乃井の見回りや炊き出しの手伝いなどをこなしていた。
 
「私に一つ策がございます」

 入るなり兵の士気回復の方法を吉岡老に告げる恋。
 その内容に呆気に取られる者、納得して頷く者。
 後者は主に南予攻めに参加した者たちであった。

 

「四郎殿、どこへ行かれる?」
「見張りの兵を見て回ります。
 恋殿が舞っている間に攻め込まれては一大事ゆえ」

 恋の発案による、足軽慰撫の為の神楽舞。
 それは南予攻めの際に士気高揚を目的として珠姫が行った方法であり、影武者である恋が行うのにこれほど都合の良い手段もなかった。
 しかし、知っているが故にそれを首肯出来ない者もいたのである。

「……某も南予で姫様が行った事は聞いておる。
 四郎殿がそれを是とせぬ事も判らぬではない。
 しかし、此度の恋殿の舞。
 某とお主はどう思おうとも最後まで見届けねばならぬ」

 反論は許さぬ、とばかりに四郎へ告げる小野。

「私や小野様は兵とは違います。
 心も挫けてはおりませぬ。
 それなのに見なければならぬと仰られますか?」

 何かを耐えるように小野和泉へ言葉を返すものの、その声に常の力強さはなく。
 なまじ南予攻めの際に殆ど裸に等しい姿で踊る珠姫を見ていたが為に、四郎の苦悩は深かった。
 今回は珠姫が踊る訳ではないにせよ、同じ姿の恋が大勢の兵の前で同じ事をするのである。
 それが尚更四郎の心に影を落としていたのであった。 

「そうだ。
 某とお主は恋殿が何をしようと最後まで見届けねばならぬ。
 我らにはその義務がある。
 此度の戦、我らは兵を御し切れず裏崩れとなる寸前に至った。
 恋殿は我らの不始末を取り戻すためにあの提案を為されたのだ。
 であるならば、我らは恋殿を最後まで見届けねばならぬ。
 違うか、四郎殿」

 四郎へ反論は許さぬとばかりに言い切る小野和泉。
 その表情は険しく、彼自身も何かを耐えている、そう四郎には思えた。

「それは……、確かに此度の戦で兵を御し切れぬ未熟を晒したのは事実。
 小野様の仰る通り、我らの不始末であるのは間違いありませぬ。
 それでも私は……」

 四郎の言葉に常の力はなく。
 その余りに痛々しい姿に、小野もそれ以上何を言う事も出来ず、二人の間に沈黙が落ちたのだった。


 杉乃井の中庭に篝火で囲まれた舞台が用意され、その周りに数百の兵達が集まっていた。
 視線の先に居るのは、神楽舞装束に身を包んだ恋。
 恋が最初に姿を現した際、南予戦に参加していた兵達から一様に期待外れの溜息が洩れていた。
 彼らにとっての戦意高揚の神楽舞とは、珠姫が見せた殆ど裸で舞われた舞だったからである。

「……恋、ちょっと」
「なんでしょう、白貴様?」

 そんな兵の溜息を確認した白貴が恋に声を掛け、南予での珠姫の舞を――殆ど全裸に等しい姿で舞っていた事を――教え。
 その事を聞いた瞬間、無表情だった恋の顔が一瞬羞恥に染まったものの、すぐ元の無表情に戻り。

「判りました。
 また着替えていたのでは時間が掛かりますから、このまま舞台で」
「え?
 恋、あんた何を……?」

 白貴の疑問に答えることなく恋は舞台へと進み、楽奏と同時に神楽舞を舞い始め。
 その姿は珠姫のそれに勝るとも劣らぬものではあったものの、ただそれだけで兵の士気を鼓舞する事など出来るはずもなく。
 事実、南予戦経験者の顔には期待を裏切られた思いが表れ始めていた。
 しかし。
 恋の挙動が通常の神楽舞から外れた瞬間、舞台の周りに詰めていた兵達がごくりと唾を飲む音が響く。

 数百の兵が見守る舞台で舞う恋の手が身に纏う衣装へと伸ばされ、まるで最初から舞に組み込まれていたかのような自然さで帯が解かれ。
 支えるものを失った薄絹の千早が宙を舞い、緋袴が腰からするりと地面へ落ち。
 白衣がふわりと舞い、襦袢までもが地面へ落ちて。
 僅かな間に神楽舞装束だった恋は、まるで魔法でも使ったかのようにその姿を一糸纏わぬものへと変えていたのである。

 篝火の炎に照らされた恋の裸身は珠のような汗に包まれ、その汗に炎の光が反射して幻想的な雰囲気を作り出していた。
 その雰囲気をさらに強めているのが恋の身体そのものである。
 彼女の身体は首から下に毛が生えておらず、その意味でもまさしく一糸纏わぬ姿であった。
 珠姫には劣るものの、其れなりの大きさを持った胸が舞いに合わせて揺れ、そのたびに周囲に飛び散る汗がさらに炎の光で照らされ。
 染み一つない恋の身体に彫られた杏葉紋がさらにその淫靡さを引き立て、炎に照らされた肢体が艶めかしく躍動する。
 大友女としての目印である杏葉紋を、まるで兵達に見せつけるかのように腰を前に突き出しながら舞い踊る恋。
 その姿に周囲の兵達が徐々に引き込まれていく。
 何しろ杏葉紋を見せつけられると同時にその真下にある恋自身、それも篝火に照らされて傍目にも判る程に濡れ光る秘唇をも見せつけられているのである。

 そして当の恋は。
 篝火の熱に当てられ、楽奏の音によって所謂「神懸り」の状態となっていた。
 もともと比売御前の血を引いている上、今の恋は「影武者」「遊女」としての意識こそ強いものの「恋」個人としての意識が殆ど存在していない。
 無意識のうちに文字通り「巫女」として神を呼び込む寸前の状態にまで至っていたのである。

 流石に自身が神だけに比売御前がいち早く恋の異常さに気付き、力の使い方を知らぬ恋が暴走しないように彼女の神力を外から制御していく。
 恋と珠の間には比売御前の血という共通項があった為か、神力吸収の際二人の間に出来た霊的な繋がりがそのまま維持されていたのである。
 それを利用して恋の中にある神力を珠の持つ誘惑という神通力に組み換え、舞と共に周囲へその効果を振り撒き。
 その効果はたちまち表れ、周囲の兵達が急によそよそしくなっていく。
 兵達の様子を見た白貴が奥に控えていた遊女衆に合図を送り、杉乃井に残っていた遊女達がぞろぞろと兵の周りへと散らばると、あっという間にそこかしこで兵と遊女の睦み事が始まり、楽奏に重なるように嬌声があちこちから漏れ流れる。
 当の恋はと言えば、全身から汗を流し下半身には汗とは異なる液体が流れ落ち、いまだ遊女にあり付けぬ兵の視線をその身に集めながら舞い続けていた。
 その双丘の頂きにある紅真珠は遠目にも判るほどに大きくなっており、脚を開けばそこはさながらたっぷりの蜜を含んだ桃を割り開いたかの如き様相を呈して。
 恋の身体が躍動する度に、その身に噴き出た汗や両足を伝い落ちる愛蜜が周囲へ飛び散っていく。
 陶酔状態となった恋の舞は、汗や愛液が舞台の傍にいる兵達に降り注ぐほど激しくなり、兵達の興奮も最高潮となっていった。


 長く思えた舞も終わりを迎え、長時間に思えても実際には小半刻もなかったであろう神楽舞を舞い終えた恋が若干ふらつきながら奥へ戻り、比売御前もそんな恋の傍らについて奥へ消えていく。 
 全身に汗を浮かべ、脚にはそれ以外のものを流しながら戻ってくる恋を奥で待っていた由良と一緒に戻ってきた比売御前が優しく抱き締める。
 傍目にも恋の身体は性的興奮に包まれているのが判る程であった。
 その眼にはうっすらと涙を浮かべながら僅かに微笑み、それすらも本人は気付いていないかのようで。
 小さな身体で必死に自分の役目を果たそうとする恋に、由良の心は居た堪れなくなり。
 慰めるかのように恋の頭を撫で、その身体を再びしっかりと抱き締めた。
 今朝目が覚めてからは普段の周りをほっとさせる笑みを忘れ、ひたすらに役目を果たす事だけを考えているかのような恋が僅かに見せた素の表情を消させまいとするかのように。

「お疲れ様、恋。
 ここから先は私達の出番だからね、あんたは一度奥で休みなさい」

 そんな恋へ、白貴は身体を気遣うように声をかけ、奥で休むように促すものの。

「いえ、影武者としての舞は終わりましたから。
 今度は遊女として私も参加致します」

 恋から返ってきた返事は白貴や由良の予想を裏切るものだった。
 しかもそう言い切るや否や、恋は踵を返し舞台へと戻るべく歩き始め。
 今の恋を止めようとしても無駄だと悟った由良と比売御前がお互い目配せを交わし合い、ならば自分達も恋と共にとばかり半歩遅れてそれぞれ恋の左右に付き、歩きながら着物を脱ぎ捨て共に舞台へ出て行く。

 恋と一緒に杉乃井でも有数の女である由良と比売御前が現れた事に、兵達の猛りが一層激しくなった。
 何しろ三人とも一糸纏わぬ姿である。
 しかも舞台の真中まで進むと、それぞれの間にある程度の距離を取ってその場に膝立ちとなり、脚を開いて濡れそぼった秘唇を見せ付けたのだ。
 比売御前は自らの指でさながら挑発するかのように淫蕩に秘唇を開きつつ。
 由良は自信たっぷりの笑みを浮かべ、下腹部に彫られた杏葉紋を誇らしげに見せつけて。
 そして恋の顔には遊女としての決意がはっきりと表れ、淫靡でありながら美しさすら感じさせる姿で自らの秘唇を示し。
 男を迎え入れようとするかのようなその光景に、相手のいなかった兵達が殺到して行くのは当然の結果であった。

 

 恋達から僅かに遅れて舞台へ出た白貴が見たものは。
 いまだ遊女にあり付けずにいたと思しき兵達に囲まれ、その中央で跪いている恋の姿とその左右で同じように男達に囲まれる由良と比売御前だった。 
 神楽舞を舞っていた時と同様、裸のまま跪く恋の前に数人の兵達が群がり、もどかしげに下帯を解いて恋の顔にいきり立つ逸物を突き付け。
 恋もまたそれに応えるかのように目の前に突き付けられた逸物に手を添え、ゆっくりと口に含んでいく。
 ぐっと奥まで逸物を飲み込み、舌を絡み付かせて全体を優しく愛撫するとあっという間に耐え切れなくなった兵が腰を震わせ、恋の口内へ思う存分にその欲望を迸らせる。
 
「くっ、おおっ……」

 喉の奥に叩きつけられる欲望を全て受け止め、まるで見せつけるかのようにごくごくと喉を鳴らしながら吐き出された精液を全て呑み込んで行く。
 その淫靡な姿に我慢出来なくなった兵達が恋に向け、次から次へと逸物を差し出し。
 
「れ、恋殿っ、某もお願い申すっ!」
「お、俺もっ!」

 目の前に並べられた逸物に順番に舌を這わせ、両手はそれぞれ別の逸物を擦り。
 一人一人の逸物を丁寧に咥え、舌を使って全体を愛撫し。
 恋の口内で果て、その喉の奥へ欲望を迸らせる者。
 同様に恋の手で果てさせられ、汗を浮かべた白い裸身をさらに白く染め上げるかのようにその裸身へ欲望をぶちまける者。
 僅かの間に恋の身体は男達の欲望によって白く染め上げられ、汗と混じり合った白濁液が身体を伝い落ちるまでになっていた。
 その余りにも刺激的な姿に、恋に群がっていた男達の逸物が見る見るうちに勢いを取り戻し、恋の目の前で五本の肉棒が天を向いてそそり立つ。
 
「も、もう我慢出来ませぬ!
 恋殿っ、御免ッ!」
「んっ……」
「そ、某もっ……!」
「儂もお願いいたすっ!」

 我慢出来なくなった一人の男が恋を押し倒し、神楽舞の時から既に濡れ切っていた秘唇へ逸物を突き付けようとする。
 その行動に、残る男達も恋の舞によって引き出された欲望をむき出しにして群がって行く。
 恋へ逸物を付き入れようとした男も他の男達に押され、挿入を諦めて一緒になってその身体へ手を伸ばし。
 都合五人もの男達が恋の身体を貪るように弄り、触り、揉み回す。

「んんっ、ああっ……」
「おお、恋殿の胸はこのような触り心地であったのかっ」
「夢みてぇだ、あの恋殿を抱ける日が来るとは思わなんだわ」

 そう言いながらも、男達の手は休むことを知らぬかのように恋の身体を触り、撫で、揉みしだき。
 双丘が幾つもの掌で包まれ、その頂きでぷっくりと膨らんだ二つの紅真珠が捏ね回され、舐め回され。
 しとどに濡れた桃色の秘唇を節くれだった指が、ざらざらとした舌が交互に掻き混ぜ、ねっとりとした愛液の糸を引く。
 思う様に恋の肢体を楽しみ、味わいつくし、それでも飽き足らぬ男達の欲望は遂に濡れそぼった恋自身へと向かう。
 お互い目配せをした男達が自然と恋の周りを取り囲み、一番年嵩であろう男が恋の足を大きく広げてその間に陣取り。
 恋の腰をしっかりと押さえると、煮え滾った欲望をそのまま形にしたかのような逸物を一気に恋の奥深くまで突き入れた。

「ひっ、ああっ、あああっ……!」
「う、うおぉっ……。
 こ、こいつはすげぇ……!」

 いきなり突き込まれた逸物が恋のお腹の奥まで突き刺さり、子宮口をも突き上げる。
 頭をのけぞらせ、胸を誇示するかのような姿勢でびくびくと身体を震わせ、恋が最初の絶頂を迎え。
 その姿に耐え切れなくなった男が恋の後ろに回り込むとその身体を起こそうとする。
 何をしようとしているのかを察した男が自ら身体を倒し、恋を自らの上に――つまり騎上位――座らせる形を取らせ。
 後ろに位置取りした男が恋の尻肉を左右に割り開き、露わになった菊門へと己の逸物を突き付け。
 自らの尻穴へ宛がわれた亀頭の感触に、未だそちらの経験がない恋の身体がびくりと震え。
 それでも健気なまでに男を受け入れるべく、身体から力を抜き。
 次の瞬間、恋が己が逸物を受け入れると見てとった男の腰が一気に前へと突き出され、男を知らぬ恋の菊門へずぶりと逸物を突き込んだ。
   
「ふぁっ、ああ、あああっ……!
 おかしく、おかしくなっちゃうッ、ああッ!!」

 菊門に突き込まれた逸物に今までにない快楽を引き出され、あっという間に絶頂へと押し上げられ果てる恋。
 それでも五人の手も、腰も、逸物もその動きを止めることはなく、快楽に弄ばれる恋の小さな身体を貪り続けていた――――。
 

 四郎には同じ状況になった時に珠姫がここに居たなら、恐らく恋と同じ事をしようとしたであろうと予測がついていた。
 実際に行おうとすれば麟や琉璃姫が止めに入るであろう事も。
 しかし、現実に杉乃井にいるのは珠姫ではなく恋。
 恋であれば影武者とはいえ基本的にその立場は単なる遊女であり、どのような行為を取ったとしても政治的な影響は皆無である。
 だからこそ麟や瑠璃姫も恋の発案による神楽舞、それに伴い発生するであろうこの状況を許容したのだと。
 それは判っている、判ってはいるが恋と珠姫とを重ねて見てしまい、眼下で繰り広げられる恋の痴態に耐え切れなくなった四郎が踵を返

そうとする。

「……これ以上は」
 
 そんな四郎の前に、横で同じように恋を見ていた小野和泉が立ち塞がり。
 無言のまま大きく手を振りかぶり、四郎の頬を殴り付ける。

「言ったであろう!
 恋殿の姿を最後まで見届けるは我らの義務であると!」

 とっさに身構えたものの、小野和泉の拳は四郎をあっさりと吹き飛ばし、地面に倒れた四郎が泣きそうな顔で小野和泉を見上げ。
 四郎を殴り飛ばした小野和泉自身も双眸から涙を流している事に気付き。
 眼前で涙を流す小野和泉、彼が年齢に関わらず恋の事を敬愛しているという事実をようやく四郎も思い出したのである。
 そんな小野和泉が恋のあのような姿を見て平静でいられる筈がないのだ、という事に。
 
「……私の義務、なのですね」
「そうだ。
 我らの義務、だ」

 じんじんと痛む頬を押さえながら立ち上がり、小野和泉の隣へ並ぶ。
 その目から迷いは消え。
 未だ続く痴態の宴をしっかと見据えたのであった。

 恋も、由良も、比売御前も。
 それぞれ五人の男を相手にその身体を差し出し、蹂躙されていた。
 皆一様に寝っ転がった男の上に跨らされてその秘唇を貫かれ、さらに背中から覆い被さるように密着した男に後ろの穴を貫かれ。
 残る三人のうち、一人の逸物をその口に咥え、残る二人の逸物をその手で包み、男達の欲望をその身で受け止める。
 恋に至っては幾度絶頂に達したか判らぬ程イかされ、男達の欲望を受け止め、その身に凌辱の後を刻みつけていた。
 五人の男達全ての欲望を受け入れ、全身の穴全てから命の元となる液体を溢れさせ、もはや白くなっていない場所を探す方が難しいくらい、その身に白濁した液体を浴びせられて。
 それでも必死に快楽に耐え、自分を囲む全ての男達の欲望を受け止めきろうとしていた。
 そして三人とも最後の男、その迸りをほぼ同時にその身体の奥深くで受け止め、恋は最後の絶頂を迎え。
 総勢十八人もの男女によって演じられた狂宴は遂にその幕を下ろしたのであった――――。

 
 四郎の身体は小刻みに震え。
 小野和泉の手が血を流さんばかりに握りしめられ。
 全てを終えた恋が由良と比売御前に支えられながら、それでもどこか安心したような微笑みを浮かべて奥へと消えていくのを見送っていた。
 
「何故、あやつはあそこまで体を汚しておるのに微笑むのじゃ!」

 突然、四郎と小野和泉の後ろから怒声が発せられ。
 その声に二人が振り向くと、そこには未知への恐怖に捉われた鶴姫が身体を震わせながら立っていた。
 未だ男に抱かれた事もなく、また遊女という存在を下賤の者としか思っていないからこそ彼女には理解出来ない。
 恋がどのような思いで身体を晒し、また兵達へその身を差し出したのか。
 ただ見たままを表すのなら、あれは単なる凌辱でしかないのだ。
 
「……鶴姫様。
 恋殿は自身に与えられた役目を成し遂げたという思いがあるからこそ笑っておられたのです。
 影武者として舞い、遊女として兵達に抱かれる事で己が務めを果たしたと」

 四郎が声音を押さえながらそう呟く。
 しかし、そんな四郎の言葉も鶴姫には届かない。
 元より育ちが違い過ぎるのである。
 そして何よりも、四郎が恋を認めているかのような発言が一番鶴姫にとって許せない事であった。
 何故あのような振る舞いをする女子を認められるのか。
 四郎や珠姫に比してもまだ若い、否、精神的に幼い鶴姫にとってそれは理解の範疇を超えていたのである。
 その認識の違いが、四郎との間に溝を作っている事に彼女は気付かなかった。

 そして宴は終わり。
 田北老から珠姫に向けて一枚の書状が送られた。
  
「杉乃井、士気旺盛也」

 この書状を受け取った珠姫はどん底まで落ちていた杉乃井御殿の守兵達の士気が僅か一晩で回復した事を喜び、それを成し遂げた恋の行為を聞いてこう呟いたと伝えられている。

「これで大友には二人の珠姫がいることになった」 と。


「恋殿に救われた、な」
「我らでは成し得ぬ事をやってくれおったのぉ、恋殿は……。
 これで杉乃井を守り切れぬとなれば、儂らは腹を切る程度で済ませられぬな」

 深夜、杉乃井。
 田北老と吉岡老が首を突き合わせ、嘆息していた。
 完全に崩壊する事だけは避けられたものの、兵の士気はどん底まで落ち。
 明日以降の目処が全く立たずにいた所へ申し入れられた恋の策。
 南予の戦に出ていなかった二人はそれを受け入れ、そしてその想像を遙かに超えた結果に驚愕し。
 かつ文字通り捨て身で兵達を鼓舞した恋の姿に、己の不甲斐無さを恥じていたのであった。

 中庭で行われた恋の神楽舞、それに続く遊女達の慰安。
 それら全てが終わった杉乃井はそれまでの沈鬱な雰囲気が一掃され、兵達の眼には気力が甦り戦力として見込めるまで士気が回復していた。
 しかしそれとて一時的に恐怖を押さえこんだだけに過ぎないという事を事を二人の老将はよく判っていた。
 表面上は士気旺盛に見えても、ふとした切っ掛けでいつ崩れるか判らない。
 一度受けた強烈な衝撃というものは、そう簡単に払拭されるものではないからだ。
 当面の危機は回避されたとはいえ、現状の杉乃井はその程度でしかないのである。
 だからこそ、さらに一手を打つ必要があった。
 そしてその一手をまた恋に頼らねばならない、という現実が田北老と吉岡老の頭を悩ませていたのである。

 恋による戦勝祈願の神楽舞、それが二人の出した次の一手であった。
 先ほど恋が見せた裸の舞とは違い、今度は純粋に戦勝祈願を神に祈る事を目的としたものである。
 恋に舞って貰う事で兵の士気をさらに高め、合わせて明日の夜も遊女衆の出番がある事を告げる。
 餌で釣ると言ってしまえばそれまでだが、短期的に兵の士気を維持するのであれば好都合でもあった。
 何しろ明日を凌ぎ切れば、周辺の軍勢が後詰として杉乃井に到着する筈なのだから。
 それでもその一手を躊躇ってしまうのは。
 由良と比売御前に支えられて、それでもふらふらと覚束ない足取りで自室へ戻って行った恋の姿が目に焼き付いていた為であった。
 それほど恋の姿は痛々しいものであったのだ。 
 しかし、二人の老将は己がすべき事を感情で捻じ曲げてしまう愚は犯さなかった。
 麟を呼ぶと明日の朝恋に神楽舞を舞って貰う事を告げ、それを伝えさせる。
 その言葉を聞いた麟もまた一瞬その顔に苦悩を出しはしたものの、拒む事はなく。
 
「承知しました」

 言葉少なにそう返答したのだった。

 
 
 

 

とある少女の物語第二十一話 杉乃井攻防戦二日目〜交渉と攻城〜

 

 


 
 昨晩と同じ中庭で恋が舞う。
 とはいえ、今回は裸ではなく純粋な戦勝祈願の舞であるため、巫女装束の上に千早を着た姿である。
 それでも周囲の兵達は昨晩の恋を想像してしまうのか、些か顔が赤くなっているものもいた。
 そんな兵の視線の中、恋の神楽舞が終わり吉岡老が前に出る。

「皆の者、今日持ちこたえれば後詰が到着する。
 苦労とは思うがしっかり頼む、夜は遊女衆の出番もあるでな」

 とうに六十を超しているとは思えぬ程よく通る声でそう告げる。
 同時に兵達の目付きが変わり、明らかに気合が入っているのを確認すると満足そうに頷き、奥へ戻ろうとした瞬間吉岡老の横に神楽舞装束のまま立っていた恋が口を開いた。

「本日の戦で一番手柄を立てた方に、今宵一晩私の身体を委ねます」
「!?」

 昨晩裸で舞い踊った恋の姿を改めて思い出したのであろう、兵達の間にどよめきが起こる。
 珠姫と同じ姿で影武者を務める恋の身体を一晩自由に出来るという事実、それが兵達の士気をさらに高めていた。
 
「私に出来る事はこれくらいですから、吉岡様」

 突然の宣言に茫然とする吉岡老に、そう言って微笑む恋。
 しかしその笑みは常の温かみを覚えるものではなく。
 吉岡老には酷く空虚なものに思えてならなかった。

 そんな恋の姿に些か心を痛めつつ吉岡老が部屋に戻ると、一人の南蛮人が待っていた。
 コスメ・デ・トーレス神父。
 珠姫が異端指定を受けた事を政千代を通じて伝えた男である。
 彼は珠姫の要請で杉乃井に来ていたが、直接会う前にスペイン艦隊が襲来したのでそのまま滞在せざるを得ない状態となっていた。
 また、彼は現在杉乃井に居るのが影武者であるとは知らされていない。
 その為、昨晩の恋の姿をトーレスは珠姫本人と思いこんでいた。
 珠姫が母娘揃って男達を相手に乱交を繰り広げていた、その姿を目の当たりにして珠姫=リリスという確信を抱くまでに。

 とはいえ、トーレスは現実を見る男でもあった。
 杉乃井を始めとして多数の遊郭を経営する珠姫がその儲けを私利私欲ではなく、結果として民草の為になるようにしている事。
 その遊廓に所属する娼婦の待遇も極めて優れた物であり、決して奴隷などではない事。
 手法がどうあれ、結果として彼女の行為が民草の為になっているその事実を彼は正当に評価していた。
 その上欧州におけるもっとも豊かな生活を享受している娼婦、それが教会関係者を相手にしているという事実をも彼は知っていた。
 何しろ酷い場合は修道院がそのまま娼館と化している例すらあったのだから。
 つまり珠姫をその行状から異端と指定した教会そのものが同じ行為を行っていたのである。
 そうであるが故に、彼は彼なりに大友家と珠姫をなんとか救いたいと思っていたのだった。

「吉岡サマ。
 一ツオ願イガアリマス。
 私ヲいすぱにあヘ交渉ニ行カセテ下サイ」
「……交渉?」
「ハイ、彼ラハ珠姫サマヲ目的トシテコノ地ニ来テオリマス。
 上手ク行ケバいすぱにあヲ説得出来ルカモシレマセン」
「ふむ……」

 トーレスの申し出は吉岡老にとって魅力的に思えた。
 彼が本当に交渉の上で戦を止める事が出来るのであれば最善である事は間違いない。
 しかし、ここで独断を以て決める訳にもいかず。

「……田北殿と話しおうてみるか。
 済まぬがしばらくここで待っていてくれぬか?」
「ハイ、判リマシタ」

 
 
 田北鑑生の部屋に入り、人払いをさせると本題を切り出す。

「田北殿。
 トーレス殿が件の南蛮人との交渉を申し出てきよった。
 上手くいけば戦が避けられるやもしれぬ、との言い分だが如何する?」

 回りくどい話は無用、とばかりに要点のみを伝え。
 その言葉を聞いた田北老がしばし考え込む。

「……確かに戦をせずに済むのであればそれに越したことはなかろうな。
 失敗したとて、最悪時間稼ぎにはなろう。
 早ければ明日には後詰が到着する頃合じゃて、今は一刻でも時間が欲しい」
「ふむ。
 では彼の申し出を受けるとするか」
「頼む。
 儂はその間に籠城の手筈を整えておく」

 吉岡長増と田北鑑生があえて若衆や御殿代の麟を外し、二人だけの会合としたのは理由があった。
 トーレスの申し出を受けた結果として何が起ころうとも、杉乃井に詰める若衆達に累が及ばぬようにする事。
 ここで老人が全ての責を引受け、成否何れになろうとも若者がそこから何かを学び取り今後に生かしてくれれば良い、そう考えていたのである。
 そしてトーレスに許可を与え、彼を送り出したのであった。
 しかし、田北老も吉岡老も勘違いしていた点がある。
 彼らは攻め寄せて来た南蛮人をあくまでも宗教的な意味合いからのものと見做しており、これが珠姫の排除だけでなく日の本全てを征服する為の第一歩だとは全く想像もしていなかった。
 だからこそ交渉の余地があると考え、同じ宗教を信奉するトーレス神父の申し出を受けたのである。
 そしてその認識の違いは、トーレス神父の報告を受けた際に二人の老将に大きな衝撃を与える事となる。
 
「鉄砲と弓を用意せい。
 佛狠機砲もじゃぞ、きゃつらが攻め寄せて来る前に準備を整えい!」

 トーレス神父が杉乃井を出た直後から田北老の指揮の元、籠城戦の準備が着々と整えられていく。
 佛狠機砲が海岸へ向けて据え付けられ、鉄砲を受け取った兵達が早合を確認し、遊女衆が包帯や湯の用意を行い。
 そして日が中天に差し掛かる少し前。
 南蛮人の陣所へ交渉に出向いていたトーレス神父が、酷く落ち込んだ様子で杉乃井へ帰還した。
 田北老と吉岡老の元へ戻った彼がもたらした報告、それは杉乃井に詰める全将兵を激怒させるに十分なものであった。

 

「トーレス殿。
 今一度、申して下さらぬか?
 儂は年寄り故、聞き損ねたかも知れぬ」

 憤怒の表情をかろうじて押さえた田北老がトーレスを正面から見据え、震える声で呟く。
 そんな田北老を見て、トーレス神父が再び口を開いた。

「ハイ。
 いすぱにあノ要求ハ三ツアリマス。
 一ツハ珠姫様ヲ火炙リノ刑ニスルコト、モウ一ツハ豊後王(*義鎮)ガ基督教ニ改宗スルコト。
 最後ハ瓜生島ヲいすぱにあニ引キ渡ス事デス。
 彼ラハコノ要求ガ通ラナイ限リ交渉ニハ応ジナイト」

 繰り返されるトーレスの言葉。
 その言葉に間違いがないと確信した瞬間。

「ふざけるなッ!!
 我らが姫様を差し出せと言うのかッ!!」

 田北老が激昂し。

「……きゃつらとは交渉の余地なし、という事じゃな」

 吉岡老が首を振りながらそう呟く。
 元から上手くいけば儲け物、その程度のものだったとは言え、両者の間にある認識の差は余りにも埋めがたいものであった。
 その余りの落差に衝撃を受けていた吉岡老の耳にどたどたと走る音が聞こえ。

「伝令!
 海岸の敵が動き始めました!」

 遂に、南蛮人が動き始めたのだ。

 

 


「放てぇ!」

 佛狠機砲の担当になった若衆が砲手に大声で指示を出し、その声をかき消す程の轟音と共に砲弾が放たれる。
 味方が放つ砲声は兵達に安心感を与え、同時に敵軍が士気阻喪する姿をもその脳裏に思い浮かべさせていた。
 しかし、隊列を組んで近付く南蛮人達の近くに着弾したというのに動揺の姿は全く見られない。
 日の本では極めて珍しい大砲と言えど、彼らにとっては海戦の主力兵器である。
 まして、この時杉乃井から放たれた砲弾は単なる球形をしただけの代物だった。
 既に欧州では内部に炸薬を詰めた炸裂弾すら実用の域に達しており、爆発する事のない球形弾など直撃でもない限り脅威とはなり得なかったのだ。

 この時代大砲の命中精度はかなり低い上、杉乃井では戦闘の直前に佛狠機砲を据え付けた始末である。
 本来ならば予め据え付けておき、幾度かの試射を行う事でどこに弾が落ちるのかを確認しておかなければならないのだ。
 その基本を満たしていないのでは、碌な効果が出ないのは当然とも言えた。 
 ここで大砲そのものへの熟練度の差が如実に表れてしまったのが杉乃井の不幸であった。
 幾ら撃ってもまともに命中せず、兵達に動揺が広がり、焦りの心が生まれ。
 その焦りが遂に一つの悲劇を引き起こした。

「くそっ、早く次を撃て!」

 佛狠機砲は母砲と呼ばれる砲身本体に、子砲と呼ばれる砲弾を装填した薬室を別個に嵌め込む事で砲撃準備が完了する。
 しかし、その子砲をしっかり固定する事が出来ない場合に事故が多発してしまうのだ。
 これが後装式という利点を有しながら欧州で主力となり得ずに消えていった最大の理由であった。
 そして杉乃井に於いてはこの欠点が完全に認識されておらず。
 虎の子と云うべき佛狠機砲を預けられた若者は、砲撃が思っていたような効果を発揮しない事に焦り、子砲が完全に嵌め込まれているかの確認を怠って砲撃を命じてしまったのだ。
 若者の怒声と共に轟音が響き、佛狠機砲が一瞬炎に包まれたかと思った次の瞬間、千切れた腕や足が宙を舞い阿鼻叫喚の地獄絵図がそこに広がっていた――――。

「傷者の手当てを急いで!」

 常の彼女からは想像もつかないほどの大きな声で恋が叫ぶ。
 姫巫女衆の遊女達が必死にまだ息のある者達を助け出してゆく。

「ほら!知瑠乃っ!!
 志願して残ったんだから、突っ立ってないで怪我人に包帯を巻く!」

「う、うんっ!
 白貴姉ちゃんっ!!」

 白貴と離れたくないから残った知瑠乃にとってはじめての戦争は、修羅場であったがために意味が分からずにただ白貴の後について彼女の手伝いをしている。
 もう少し年が経っていたら、この修羅場の意味を理解し、嫌悪し、そして壊れていただろう。
 だが、彼女は子供であったがゆえにそれを理解するには速すぎたし、嫌悪し壊れるほど世界を知らなかった。
 白貴の後ろについて一心不乱に包帯を巻く知瑠乃の姿に、姫巫女衆や怪我をした兵士達も少しだけ癒されているのも知瑠乃自身は知らない。
 一方恋は、普段から彼女が使っていた薬箱を持って佛狠機砲の傍へと駆け寄ると、顔を真っ青にしながら息のある者の手当てを行っていく。
 そして一通りの応急処置を済ませると、口元を押さえて杉乃井御殿の中へと駆け込んで行った。
 ただならぬ様子を察した由良が恋のあとを追いかけて行く。
 


 


「うっ……」

 厠へ駆け込み、その場に蹲ると胃の内容物をぶちまけてしまう恋。
 影武者とは言うものの、彼女は珠姫と違い戦場へ出たことなどある筈もない。
 無我夢中で手当てをしていたものの、一通りの処置が終わった瞬間一気に限界を迎えてしまったのだ。
 後を追ってきた由良が優しく恋の背中を擦り、落ち着かせようとする。
 それが功を奏したのか、恋の嘔吐が止まり。
 
「ありがとうございます、由良姉さん」

 感情の籠もらぬ声で由良へ礼を言う恋。
 目の前の恋を己が汚れることも厭わず抱き締め、涙を零す由良。

「良いから!
 幾ら影武者だからってあんたは無理をし過ぎだよ!」

 正面から恋の顔を見た瞬間、気付いてしまったのだ。
 堺の遊郭に居た頃、あまりに悲惨な――文字通り苦界に堕ちた――生活で心を壊してしまった遊女と同じ目をしている事に。
 今の恋は恐らく影武者、遊女としての意識だけを持って振舞っている、それが判ってしまったのだ。
 厠に掛け込み、嘔吐した事が僅かに残っている恋自身の反映だと気付いてしまったのだ。
 だから。
 由良は泣きながら恋を必死に抱き締め続けていた。
 僅かに残っている筈の恋自身を消させまいとするかのように。

 


 

 そして由良が恋を抱き締めていた頃。
 
「!
 南蛮人が門の前にッ!」

 杉乃井が佛狠機砲の爆発事故に右往左往している間に南蛮人の隊列が前進し、門の直前まで近付いていた。
 爆発事故に気を取られ、気づくのが遅れた杉乃井はそれに対し有効な手を打つ事が出来ず。
 轟音と共に杉乃井の正門が南蛮人の大砲によって吹き飛ばされるのをただ見ている事しか出来なかったのである。
 破壊された門から、南蛮人達が細長い道に合わせて陣形を変えつつゆっくりと前進する。
 長大な槍を幾列にも構え、左右には銃を持った兵が並ぶ。
 本来ならば、上から――見下ろす形で攻撃する側――仕掛ける方が優位である。
 しかし、隙なく並べられた長槍と左右から浴びせられる銃弾を相手にしてはそれも儚いものでしかない。
 
「ッ!
 鉄砲隊、弓隊、奴らを迎え撃てッ!」

 四郎の号令の元、鉄砲を持った兵達が杉乃井に上がる道を狙える場所に布陣し、弾込めを始め。
 狙いを付けて一斉に射撃しようとした、したのだが。
 上から撃ち下ろすという事はつまり銃口を下に向けねばならないという事である。
 そして火縄銃は前装式であり、銃口の大きさより弾の方が小さく出来ている。
 結果。
 
「毛利様ッ!
 弾が、弾がッ……」

 多少の角度であれば問題はなかった筈であり、今までの経験からもそれは肯定されていた。
 しかし、杉乃井の道を狙うにはかなり下向きで狙いをつけなければならず。
 発砲前に弾が転がり落ちるという事態が頻発してしまったのだ。
 下に向けるなり発砲する者もいたが、まともな狙いがつくはずもなく。
 それでも相手が密集しているせいもあり、多少の損害を与えてはいる。
 しかし、銃身の中を弾が転がり落ちる中で発火させたのでは威力も激減してしまう。
 頼みの佛狠機砲に続き、鉄砲までもがその力を大幅に減じてしまった中。

「銃がダメならば弓を使えい!
 主らも弓馬を修めた武士(もののふ)であろう!」

 動揺する兵達を一喝し。
 その手に弓を構えた小野和泉が次々と矢を放つ。
 しかし、小野和泉の声に応えて弓を持ち出してくる者は少なく。
 若衆の一部が慌てて弓を携え戻ってくるも、その数は決して多くない。
 もともと御社衆は錬度の低さを鉄砲という火力で補っていた面があり、その為弓の扱いに慣れた者は殆どいなかったのだ。
 本来ならば、正門から杉乃井御殿そのものへ通じる道は大量の火力で敵を制圧する場所、所謂キル・ゾーンになる筈であった。
 その前提が一気に崩れてしまったのである。

 

「う〜ん、これはちと拙いですねぇ」

 一人の若武者がそんな様子を眺めながらまるで人ごとのように呟く。
 彼の名は朝倉一玄、吉岡老の学校に参加していた若衆の一人である。
 武芸より軍略、ことに普通であれば奇策と称されるようなものを好み、かつ思いつく男であり。
 吉岡老に「あやつはまっとうな戦をしようとせぬ、奇策も良いが正当な軍略を重視してくれれば儂の後継者となれるものを……」と言わしめた男である。
 その彼が鉄砲隊が事実上無力化され、弓を扱える者も少なく敵兵の杉乃井御殿侵入を食い止めるのは極めて困難。
 そう判断し思いついた策。

「大谷殿、行燈用の油壷を全て弓隊の元へ運んで下され。
 南蛮人共を撃退するのに使います」
「……お主が面白そうな顔をしているのなら、何か思いついたのであろう?」
「ええ、まあ。
 若輩者の思い付きですがね」

 杉乃井の勘定奉行を務めていた大谷吉房にそう声をかけ、自らも油壷を運び始める。
 この大谷吉房、元々は近江の国出身の武士なのだが、病気となってしまったために職を辞し、一家揃って病気療養の為に豊後へ来ていた。
 算術に優れていたため、そこを珠姫に見込まれて杉乃井の勘定奉行を務める事になった男である。
 彼の息子は長寿丸付きの小姓となり、大活躍する事になるのだがそれは後の話である。

 

「どけどけ、鉄砲も弓もいったん攻撃を止めろ!」
「朝倉か、今の状態で攻撃を止めろと申すか!」
「良いから!
 小野、お前は槍の準備をしとけ!」

 油壷を抱えて駆け寄ってくる一玄の言葉に、小野和泉が怒気を発し詰め寄ろうとする。
 そんな小野和泉に全く怯む様子も見せず、次々に運ばれてくる油壷を並べさせる一玄。
 
「今からこいつを全部奴らの中に放り込む!
 そのあと松明を投げ込んで火攻めにするから分断された前の奴らを叩け!」
「!?」

 目の前に大量に運ばれてきた油壷を胡散臭そうに見ていた小野和泉だが、一玄のその言葉にすぐ頭を切り替え。
 
「槍を用意せい!
 内門から討って出るぞ!」

 そう言いながら辺りの兵を纏め、逆襲の準備を整えていく。
 そんな小野和泉を見ながら、一玄の顔がにやりと歪み。
 
「さ〜て、不夜城杉乃井の印、とくと味わって貰いましょうかねぇ。
 列の真中より少し前を狙って投げ込め!」

 一玄の号令の元、油壷が次から次へと眼下の南蛮人、その隊列へ向かって投げ込まれる。
 崖を転がり落ちる途中で割れ、油が雨のように降り注ぎ。
 力自慢の兵が投げた壺が崖に触れることなく落ち、南蛮人を直撃して昏倒させ、そこで油をばらまき。
 十個以上の油壷が投げ込まれ、頃合い十分と見た一玄が赤々と燃え盛る松明を放り込む。
 突然浴びせられた油に訝しげに上を向いた南蛮人の顔が驚愕に染まり、次の瞬間南蛮人の隊列、その中央付近に業火が発生したのである。

 

「皆の者、我に続けぇッ!
 敵は怯んでおる、手柄を立てるは今ぞ!」

 
 混乱している南蛮人の将らしき人物が必死に大声で何かを叫び、体制を立て直そうとしていた。
 その彼の方に、杉乃井から放たれた一本の矢が突き刺さり、彼が隊列の中に倒れこんだ瞬間に南蛮人の隊列は完全に崩れた。

「あ、あたった……
 あたいったらさいきょーねっ!!」

 小野和泉が矢の飛んだ方角を眺めると、爆発した砲台跡で弩を持った知瑠乃が呆然としながら、珠から教えられた決め台詞を叫んでガッツポーズをしていた。
 誰が撃ったかはこの際問題ではないが、この機を逃すほど小野和泉は阿呆ではなかった。

「姫様の姫巫女衆が大将を射止めたぞ!
 今こそ押し戻せい!!!」

 南蛮人の隊列に小野和泉自ら槍を持って突貫し、それに御社衆や入場した木付鎮秀の手勢も加わって南蛮人を押し戻してゆく。

「北よりの三つ巴の旗印!
 佐田様の手勢ですっっ!!」

 この報が杉乃井御殿の見張り櫓から聞こえてきた時に、杉乃井落城の危機は去った事を小野和泉は悟った。

「何をしている!小野!
 速く伝令を佐田様に送らぬか!
 佐田勢も、奈多勢の如く総崩れに追い込みたいか!
 あの陣は横槍が効かんのだぞ!!」

 気が緩んだ小野和泉の隣に駆けてきた一玄の叫びに、小野和泉もすぐに我に帰る。
 南蛮人の手勢は杉乃井の攻め手はともかく、控えている陣は北浜で敗れた陣のままだったのだ。
 しかし、一玄の心配は杞憂に終わる事となる。
 佐田勢が攻撃を開始した時点で南蛮人の陣は徐々に後退し、海岸へと撤退し始めたのだ。
 後退しながらも分厚い守りが佐田勢の攻撃を阻み、その攻撃を撥ね返す。
 結果、若干の損害が出たものの佐田勢の主力は深追いになる前に攻撃を中止し、その主力はほぼ無傷のまま杉乃井に入城する事が出来たのである。

 そしてその夜。
 遊女衆が総出で兵達の間を回り、疲れ切った彼らを慰めている中に恋の姿はなく、代わりに白貴が昨晩恋が見せた神楽舞を真似た舞を披露していた。
 恋とは違う色気を纏う白貴の姿に兵達は猛り、さらに空気を読まず比売御前までが舞台へ上がり、これまたその肢体をさらけ出し。
 昨晩以上の痴態がそこに繰り広げられたのであった。

 一方、恋は彼女の自室で小野和泉を迎えていた。
 朝倉一玄の奇策から行われた逆襲によって小野和泉は四つの首級を挙げ、今日の武功第一とされたのである。
 因みに一部には知瑠乃を第一とする声もあったのだが、年齢が年齢である事、指揮系統に入らぬ単独の行動であった事から見送られた事を付け加えておく。
 
「恋殿。
 某が本日の武功第一となり申した。
 故、恋殿はゆっくりと休んで下され。
 これ以上無理をされては今後に差し支え申す」
 
 そう小野和泉に言われた恋は素直に布団へ入り、数瞬の後には規則正しい寝息をたてていたのであった。
 そんな恋を見つめ、小野和泉は明日も自分が一番手柄を取らねばならぬ、と覚悟を新たにしたのである。


「なんとかなった、な。
 いかな南蛮人と言えど今の杉乃井にまた攻めよせて来るとは思えん」

 田北老、吉岡老に加えて援軍として杉乃井に入城した佐田鎮綱の三人が顔を揃え、今後の方策を話し合っていた。
 彼らに共通した意見は南蛮人の攻撃はこれ以上考えられぬ、という事。
 唯でさえ彼らは人数が少なく、その上船によって豊後に来寇しているため補充が効かない。
 今日の戦で受けた損害、さらに後詰として来援した佐田勢までもが杉乃井に入城した事を考えれば、これ以上の攻撃はまず不可能。
 それが三人の出した結論であった。

「うむ、佐田殿が彼らを深追いしなかった事で杉乃井には2000近い兵が詰めておる。
 南蛮人共もこの状況で再度杉乃井を攻める余裕はなかろうて。
 佐田殿、この戦お主のおかげで少なくとも我らの負けはなくなった」

 田北老が鎮綱にそう声を掛けるも、その顔色は冴えず。

「……深追いしていたら我ら宇佐衆も奈多勢と同じ目にあっていたかもしれぬ、と思うと冷や汗が出る思いです。
 此度の事は偶然に過ぎませぬ」

 杉乃井に入城した後に南蛮人の陣形がどういうものであったかを聞いた鎮綱は、宇佐衆が無事杉乃井に入れたのは偶然に過ぎないと確信していた。
 もしあの時功に逸り攻撃を続行していたら、今頃彼自身が海岸にその屍を晒していたかもしれないのだ。
 それを自覚しているが故に、鎮綱の態度はしごく控えめなものであった。

「しかしお主はそこで撤退を選び、こうして無事に杉乃井に入っておる。
 それが全てじゃよ。
 自信過剰になるのも問題じゃが、己を必要以上に低く見てはならん」

 吉岡老がそう諭しながら鎮綱の肩を叩き、それでようやく鎮綱に笑顔が戻る。
 その笑顔に釣られるように、田北老と吉岡老の顔にも笑みが浮かび場にほっとした雰囲気が流れた。

 

「それで、件の姫様はどうしておられるのです?」

 前日からの杉乃井の状況を聞かされた鎮綱が田北老に尋ねる。
 件の姫、とは初日の軍議で南蛮人が何をしようとしているのかを正確に見抜いた鶴姫の事だった。
 何しろ立場が立場であり、軍議の場所に居たことそれ自体は吉岡老の思惑もあって不問とされていたのだ。
 しかし、鶴姫に万が一があっては河野家、ひいては毛利家までもが動きかねない。
 その為に軍議の後は杉乃井の奥に連れていかれ、事実上戦には参加出来ないようにされていたのである。
 さらに前日の夜に裸で舞い踊り、兵達にその身体を晒した上にその身体を差し出した恋の姿を見て以来、何かに怯えたように表に出ようとはしなくなっていた。
 侍女の夏から聞いたところ、どうやら恋の行動が鶴姫の理解の範疇を超えていたらしく、恋に対してある種の恐怖感を抱いてしまったらしい。
 その為結果として鶴姫は殆ど奥から出てこなくなってしまったのである。

「……鶴姫殿が奥から出て来ぬのは我らにとって望外の幸運じゃ。
 かの姫に万が一があっては南蛮人に加えて毛利や河野が動く大義名分を与えてしまうからの。
 今日は奥に運ばれた兵の手当てを手伝っておったようじゃが」

 能力は認めていたものの、吉岡老からすれば鶴姫はあくまでも部外者である。
 いわば騒動の種である彼女が自発的に奥に引っ込んでしまったのは、吉岡老からすればありがたい事であった。
 それでも佛狠機砲の爆発事故で重傷を負い、奥に運ばれた兵達の世話をするなど、表に出ぬ所で働いていたのは恋に対する対抗心であろうか。
 何れにせよ今の鶴姫は必要以上に出しゃばる事は無かった。
 そんな話をしているうちに夜も更けていき、外では相変わらず白貴と比売御前が素っ裸で舞い踊り、遊女達が嬌声を上げていた。

 

 


とある少女の物語第二十二話 杉乃井攻防戦三日目〜逆襲の御社衆、壊れた心〜

 

 


 そして夜が明け。
 四郎は明るくなった自室で昨日の戦で得た戦訓を書き記していた。
 佛狠機砲、鉄砲の不具合。
 何れも杉乃井御殿を防衛するにあたって切り札とも言うべき存在であり、事に後者は四郎の指揮下に置かれていた。
 なのにそれが全くと言って良い程役に立たず、結局最後は一玄の奇策とそれに乗じた小野和泉の猛攻が杉乃井を守りきったのだ。
 その事が四郎の心に影を落とし、僅かでも役に立とうと必死に昨日の戦を思い出しては問題点を調べ上げていたのである。
 結果としてこの日纏め上げられた四郎の報告は大友家の佛狠機砲、鉄砲運用に多大な影響を与え、その威力を向上させる事に繋がる事となる。
 そして四郎を認めようとしない一部大友家家臣団の認識をも覆す第一歩となるのであった。

 

 海岸方面への警戒を続けていた杉乃井へ珠姫からの書状が齎された。
 内容は「南蛮人の船が動き出した際、海岸に残った船を奪取せよ」というもの。
 田北老や吉岡老は南蛮人の損害からこれ以上の攻城は有り得ない、と判断していたが珠姫の読みはその一歩上を行くものであった。
 死傷者の数を考えれば残る四隻全てを満足に動かす事は出来ない。
 であるならば、彼らは恐らく三隻に人員を集中し残る一隻は自爆させるだろうと。
 そこまで見越して南蛮船奪取の命令を下した珠姫の読みに二人の老将は感嘆せざるを得なかった。
 
「……わしらの知る戦はもう過去の物なのかも知れんの。
 南蛮人が攻めてくる事はないと踏んでおったが、あの船の事までは考えつかなんだわ」

「姫様が常に先を読む事など、承知しておるわい。
 問題は姫様と同じ目線でものを見る事が出来る者が居らんことじゃ。
 わしらが判らぬとて、若い者が判っておればそれで良い。
 ……そんな若者がまだおらぬ事が最大の問題じゃが、な」

 田北老が書状に目を通してそう呟き、続いて書状を受け取った吉岡老がため息をつく。
 先が見え過ぎるが故に、その思考についてこれる者がいない。
 それは本当の意味で珠姫の横に立ち並び、共に歩める者がいないという事でもある。
 吉岡老から見ればそこに立ち得るのは四郎が一番の候補なのだが、彼は心の内に迷いを抱えているようにも見え。
 あと一歩を踏み出すことさえ出来れば最大の懸念が払拭される、吉岡老はそう見ていた。
 
「いずれにせよ、ここは出陣の用意をせねばなるまい。
 休みなく駆けて来た佐田殿の宇佐衆には杉乃井の守りを任せ、御社衆できゃつらの船を奪取させるのが良かろうて」

 その後、御社衆の指揮官たる四郎が呼ばれ、さらに軍議が重ねられた。
 そして。

「……彼らの船を奪うには速度が肝心です。
 ただでさえ砂浜で足が取られやすく、辿り着いてもあの高さをよじ登らねばなりませぬ。
 よって鎧兜は身につけず、獲物も槍や刀のみと致します。
 鉄砲を持つ者は少し後ろから続いて貰い、船に取り付く兵の援護をするのが良いかと。
 ……それに姫様の見立てが正しければ、残る船に兵は殆ど居らぬでしょう」

 四郎の見立てを聞き、田北老が頷く。
 重い鎧兜を付けて砂浜に足を取られた揚句、自暴自棄になった南蛮人に自ら船に火を放たれては本末転倒なのだ。
 吉岡老も四郎の意見に取り立てて意を唱える場所が見つからなかった事から、四郎の案はそのまま実行される事となる。
 


「北より我が軍の南蛮船、珠姫丸以下三隻!
 南蛮人の船、動きだしました!
 その数三、一隻は動けない模様」

 見張りよりもたらされた報告に御社衆の表情が引き締められ、刀や槍を握る手に力がこもり、鉄砲を預けられた者は初弾の装填と火縄の確認を行い出陣の下知を待つ。
 さらに二人一組で梯子を担いだ兵が十組程揃った所で法螺貝が吹き鳴らされ、四郎が大声で叫ぶ。

「御社衆、出陣!
 南蛮船を奪い取る!」

 その声に兵達が鯨波の声を上げ、一斉に駆け出して行く。
 破壊された大手門を潜り抜け、海岸に擱座したままの南蛮船へと突撃に移る。
 隊列すら組まず駆けるその姿はまともな軍勢とは到底言い難いものであった。
 しかし、四郎はあえて隊列を組まずに攻撃を掛けさせていたのである。
 
「!」

 南蛮船の大砲がゆっくりと動き、押し寄せる御社衆へ向いた次の瞬間轟音と共に砲弾が放たれた。
 大砲を持ち出しても、まともな隊列を組まず個々に押し寄せる御社衆に対しては効果が薄い。
 四郎はそう判断して隊列を組ませなかったのだ。
 しかし、南蛮船から放たれた砲弾は着弾すると同時に轟然と炸裂し、周囲に爆風と鉄片をばら撒いた。
 一人一人の距離がそれなりにあいていた為、その爆発に巻き込まれた者は数名しかいなかったものの、自分達が使っていた佛狠機砲とは別次元の威力を見せ付けられた御社衆が茫然とその場に立ちすくんでしまった。
 続いて距離があるにも関わらず、鉄砲を持った南蛮人達が甲板に並び射撃を始め。
 
「!
 怯むな!
 敵はそう多くない、大砲とて続けざまに来ぬ限り恐れる事はない!」

 足を止めては狙い撃ちにされてしまう、すぐに兵達を走らせなければ危ない。
 そう考えた四郎が御社衆を一喝し、御社衆が再び動き出した。
 四郎の言葉を裏付けるかのように二発目の砲弾は来ず。
 鉄砲の射撃もまだ距離がある為に正確なものではなく、気を取り直した御社衆の突撃を阻むまでには至らない。
 
「取り付け!
 鉄砲隊、乗り込む者を援護せよ!」

 遂に南蛮船に梯子を担いだ兵達が取りつき、その甲板へ向けて命がけで背負ってきた梯子を掛け。
 甲板の縁に顔を出した南蛮人を少し離れた場所から鉄砲隊が撃ち、その援護の元で四郎を先頭に梯子を昇って南蛮船へと乗り込んでいく。
 右手に刀を持ち、梯子を登りきった四郎の目の前に鉄砲を構えた南蛮人達が並ぶ姿が入る。
 鉄砲を構えた兵の後ろにトーレス神父に似た姿の男が控え、その男が四郎の顔を見て表情をにやりと歪め。
 それを見た四郎が慌てて甲板に伏せ、次の瞬間それまで四郎の身体があった場所を南蛮人の銃弾が通り過ぎた。
 かろうじて銃撃を躱し、僅かに身体を起こした四郎が南蛮人の脚目掛けて刀を振り抜く。
 悲鳴と共に脚を押さえて転がり回る南蛮人達。
 四郎の一振りは幾人かのアキレス腱を切断し、一瞬にしてその戦闘能力を奪い去っていたのだ。
 そこに次から次へと梯子を登って御社衆が突入し、その姿を目の当たりにした南蛮人の眼から戦意が消え失せていく。
 しかし彼らの後ろに控えていた男が何事か喚き、それを耳にした兵達の顔に怯えが走る。

 もしここにトーレスがいたら、その男が喚いた言葉が判っただろう。
 彼はこう叫んでいたのだ。

「異教徒への降伏など許さぬ!
 降伏する者は破門だ!」

 と。

 男の言葉に怪我をした脚を押さえ、腰に差した湾曲刀を抜き放って抵抗の意思を見せる。
 甲板のあちこちで斬り合いが始まるものの一度戦意を失いかけた南蛮人達の抵抗は弱く、次々と御社衆の手によって討ち取られ、あるいは捕縛されていく。
 そんな中でも件の男だけは短筒を振り回して兵達をどやしつけ、それでも逃げようとする兵に向けて短筒を向け笑顔で引き金を引いた。
 乾いた音と共に頭を吹き飛ばされ、血と脳漿を辺りにまき散らしながら倒れていく兵を見ながら哄笑する。
 ぴたりと南蛮人達の動きが止まり、彼らに向けて二丁目の短筒を腰から引き抜いた男が大声で叫ぶ。

「No permito escapar delante de un pagano.
 (異教徒に降伏するなど許さぬ)
 Quiere volverse usted de esta manera?」
  (お前達もこうなりたいのか?)

 恐怖に顔を引き攣らせながら南蛮人達が自暴自棄とも呼べる抵抗を試みる。
 味方をも平気な顔で射殺し、恐怖で人を従わせようとするその男に四郎の怒りが爆発する。
 あの男こそ此度の合戦の原因である、と判断した四郎が周りを囲む南蛮人達の間を強引に突破していく。
 憤怒の形相で己に突っ込んでくる四郎に恐怖を覚えたのか、震える手で短筒を構えて発砲するもののその銃弾は四郎の頬を掠めるだけに終わり、次の瞬間四郎の繰り出した切っ先が正確にその男の喉笛を貫き通していた。
 四郎の一撃を切っ掛けに南蛮人達の抵抗が止み、脚元に武器を投げ出し降伏の意思を見せて剣戟の音が止んで行く。

「……法螺貝を鳴らせ!
 我らの勝ちだ!」

 勝鬨を上げ、法螺貝が吹き鳴らされ。
 四郎はそこでようやく一息つき、無事に南蛮船を確保出来た事を実感したのだった。


 そしてその日の夜。
 吉岡老は杉乃井での戦いを報告すべく府内へ発ち、兵達は田北老の許可を受けて戦勝を祝っていた。
 当然、杉乃井の遊女衆もそこに加わり、酒を持ち出し飲めや唄えの大騒ぎとなっていた。
 四郎もまた今日の戦から思う所を纏め、今後の役に立つであろう事柄を書き記していた。
 その中には南蛮人が使った大砲の砲弾、爆発して御社衆の度肝を抜いた代物に関する事も含まれている。
 南蛮船をほぼ無傷で手中に収めた結果、その実物を大量に手に入れる事に成功したのだ。
 本格的な検分はまだ行っていないものの、鉄砲や佛狠機砲の欠陥改善と合わせ珠姫の指向する火力戦へ大きな影響を与える事は間違いない。
 小野和泉もまた南蛮人から大量に捕獲した武器を手に取っては矯めつ眇めつしている。
 また南蛮人が攻めてこないとも限らない以上敵の武器に対する備えは必要であり、その為には実物を見るのが一番と考えたのだ。
 四郎も小野和泉も初めて経験した南蛮人との戦を重要視し、そうであるが故に今回の戦からの可能な限りの戦訓を導き出そうとしていたのである。
 
 そして報告の為に杉乃井を出た吉岡老と入れ替わりで府内より齎された報告。
 それが南蛮人との戦が一段落した事で若干緩んでいた杉乃井首脳陣の空気を一変させる事となる。

「……筑前蔦ケ岳城城主宗像氏貞、筑前高祖城城主原田了栄が姫様の謀反に加担する、か。
 加えて竜造寺めも動きよった。
 裏で糸を引いているのは大方毛利であろうな」

 四郎をはじめ小野和泉や佐田鎮綱、朝倉一玄等の将が集められた部屋で田北老が府内からの書状を読み、ため息をつく。
 毛利、の言葉に四郎がぴくりと反応し、その顔に一瞬苦悩が現れるもののすぐ元の冷静な顔に戻る。
 否、冷静を装ってはいたがその内心は荒れ狂っていた。
 父である元就が大友家に仕掛けたであろう調略、そしてそれを予測し潰す為の手段を考えていたであろう珠姫。
 二人の間で目に見えぬ火花を散らした謀略戦が繰り広げられているというのに、己はそこに入る事すら出来ず。
 愛する珠姫の眼が常に元就に向いている事が四郎の心を苛み、そこから生まれる焦りがさらに彼を追い込んでいく。
 珠姫の視線が四郎には見えず、共に歩もうと思っていても傍らに居るだけの実力が自分にあるのかが判らない。
 そうであるが故に何れ自分は愛想を尽かされ、珠姫から見られなくなってしまうのではないかとの疑念が消えず。
 それが四郎の視野を狭め、珠姫以外に誰も受け入れることが出来ない原因の一つとなっていた。

「謀反を起こした両家と竜造寺はとりあえずは今すぐに杉乃井からどうこうするという事はない。
 それよりも別府じゃ、兵達を出して治安を回復させねばならぬ。
 明日より交代で別府へ出て貰うぞ。
 それとな、兵達には明日全てを伝えよ。
 今宵はそのまま騒がせておくのじゃ」

 田北老の言葉に揃って頷き、それぞれが自分の持ち場に戻ろうとする。
 いつもの如く最後に部屋を出ようとした四郎を田北老が呼び止め、声をかけた。

「それから四郎殿、お主が今日の一番手柄じゃ。恋殿の部屋へ向かうがよい。
 お主が姫様以外を抱く心算がない事は知っておるが、抱く抱かないは兎も角あれだけ必死に影武者として振舞っている恋殿に少しでもよい、報いてやってくれぬか」

 田北老の言葉に四郎の表情が曇る。
 一昨日から私情を一切口に出さず、まるで人形と化したかの如く影武者としての務めを果たし続けた恋。
 ましてや杉乃井の御社衆がまがりなりにも戦い続ける事が出来たのは、彼女の神楽舞による士気高揚と文字通り身体を差し出した激励のおかげなのだ。
 まして田北老は自分が指揮官として指揮を執った負け戦の尻拭いを恋にさせたようなものであった。
 それが四郎にも判る、判るからこそ例え本意でなくとも田北老の頼みを無碍にする事は出来なかった。

「……判りました。
 昨晩の小野様と同じく、恋殿の元に参ります」
「頼む」

 小野と同じ、つまり部屋には行くが彼女が休むのを見守るだけだと言外に匂わせ、部屋を出て行く。
 田北老もそれ以上要求する事はせず、せめてものこと恋が僅かな間でも心休まれば良いと考えていた。
 


 
「……恋殿、失礼致します」
「はい、どうぞ」

 恋の部屋、その前で一瞬躊躇いながらも四郎は声をかけ、彼女の返事を確認すると襖を開けて部屋へ入る。
 そして恋の差し出した座布団に座り、自分が一番手柄を立てた事を報告し、恋の顔を見る。
 その顔はどこか空虚で、普段の恋とは違うように四郎には思えた。
 そして。

「毛利様、でしたね。
 軍議の席では幾度かお見かけ致しましたが、こうして話すのは初めてです」
「……は?」

 恋が何を言ったのか理解できず、四郎は間の抜けた返事を返してしまう。
 そんな四郎をこくりと首をかしげ、不思議そうに見つめる恋。
 彼女の顔には諧謔や冗談といったものは全く浮かんでおらず、恋が本気でそう言ったのだと四郎が理解するまで数瞬の時が必要だった。

「……れ、恋殿?」
「はい、何か?」 
「し、失礼致すッ!
 一度田北様の所へ戻ります!」
「はい」

 四郎の顔は青ざめ、たった今恋と交わした会話の内容を咀嚼しようと必死に頭を働かせていた。

 

 田北老の部屋に麟、白貴、由良、小野和泉の四人が呼ばれ、揃って頭を抱えていた。

「……間違いないのじゃな?
 お主を見て恋殿は初めてだと、そう言ったのだな?」
「は、はい」

 田北老が四郎に詰め寄り、問い質す。

「それが恋殿の悪戯心だと、そう言う事もないのじゃな?」
「あれは間違いなくそういう類のものではないと……。
 もしあれが恋殿の悪戯ならば、私が部屋を出る前に何かしら言う筈です」

 田北老がさらにずずいと詰め寄り、襟を掴まれながら四郎が返事を返し。
 麟も白貴も由良も、遊女として様々な男達に抱かれ続けながらも一途に四郎の事だけを想っていた恋が何故そんな態度なのかが判らない。
 否、三人とも一つだけその理由に心当たりはあったのだが言いだせないでいた。
 
「……よもや他の者まで知らぬとは言いださぬじゃろう。
 一度皆で行ってみるとするか」

 田北老の言葉に皆一様に頷き、恋の部屋へ向かう事になったのだった。

 

 そして。

「毛利様、お帰りなさいませ……、田北様?」

 四郎を先頭に部屋へ入り、田北老がそれに続く。
 しかし、その恋の口から出た「毛利様」という言葉に四郎以外の皆が絶句する。
 恋が常に彼の事を「四郎様」と呼んでいた事を知っているだけに、その言葉の異常性が否でも理解出来てしまったのだ。
 そんな恋の様子に由良が慌てて駆け寄り。

「ちょっと、恋!?
 あんた本当に判ってないのかい?」
「由良姉さん、何を言ってるんです?」

 心底判らない、という顔をしてこくりと首をかしげる恋。
 
「……恋、あんた水揚の事は覚えているかい?」

 由良がそう問い掛け、恋の反応を見ようとする。
 しかし。
 その言葉を聞いた瞬間恋の身体ががくがくと震え出し、目の焦点が合わなくなっていく。

「わ……わた……し、水揚……は……。
 いやあああああッ!!!!」
「恋ッ、無理に思い出さなくてもいいからッ!
 落ち付くんだよッ!」

 何かを思い出そうとするも心がそれを拒絶し、絶叫を上げる恋。
 慌てて由良が恋の身体を抱き締め、必死に落ち着かせようとする。
 必死の呼び掛けに由良に抱き締められたまま恋の身体から力が抜け、その場に崩れ落ちたのだった。



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