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大友の姫巫女

南海死闘編

第八十五話 菊池川合戦 その二

 

地理説明

白 大友家
黒 島津家






柳川鎮台(大友珠 一万>数日後三万)



            南関(斎藤鎮実 三千五百)



↑筑後                                      →豊後


        (志賀鑑隆 三千五百)
        玉名遊郭
          □      隈府館(隈部親永 二千)
                  ■

                  隈府城(島津義弘 二千)
                   ■
                     
                       


            田原坂(島津家久 千)     
             ■       



          ▲金峰山(天草キリシタン勢 数千)     
                




 志岐城(交戦準備)                      浜の館(阿蘇家本拠)
  □  才津城                        □                        
     ■      宇土城                
             ■
                                        →日向





 水俣城(島津軍包囲中)
  □

               人吉城
                ■

↓薩摩





 大友軍本隊到着まであと二日。
 その日は、合戦前によく見られる挑発合戦という形で幕を開けた。

「大友の連中は大軍で襲ってくるのみで、策もなし!
 だから我ら島津に負け続けるのだ!!」

「ほざけ!
 ならば、この玉名を落としてみればいい!
 その後で、数万の大軍を策で潰せるのならばな!!」

 川を挟んでの罵り合いだが、この罵り合いを口合戦と言う。
 こういう所から流言飛語が入るので案外馬鹿にならない。

「このっ!」
「やるかっ!!」

 で、場所が川原なので、石が当然大量に落ちている。
 石というものは投げると痛い訳で、死者もでる事がある。
 石合戦である。

「痛い!
 負けるな!!」

「なんのっ!
 やり返せ!!」

 手で投げるが、本格化すると専門の兵達が出て石を投げる。
 手ぬぐいや縄を作ってスリングを作って石を投げ出すと、殺傷力も上がるので防御も整えられる。
 大友軍は玉名遊郭前の防御陣地という事もあって、その防御はすぐ整えられた。
 傘を被り盾をかざし、母衣で石の勢いを落す。
 普通ならここから矢や鉄砲を使った飛び道具の戦いに移り、槍刀の近接戦に移行するのだが、島津軍は石と罵倒に終止してその日は終わることになった。

「さて、各々方。
 島津は終始挑発しておったが、こっちは乗らなかった。
 次に来るとするならば」

「夜襲」

 赤星統家の言葉に志賀鑑隆が端的に返す。
 島津軍から見て大友軍本隊が到着する前に、大量の物資を溜め込んでいる玉名遊郭は落としておきたい、もしくは焼いておきたい所だろうからだ。
 で、落すには時間が足りない。
 後は、夜に間者が見計らって火をつけるぐらいのものだろう。
 来ると分かっているならば、手の打ちようもある。

「門を閉じて見張りを増やせ。
 桶に水をくんで各所に置いておけ」

 赤星統家が火事に備えて準備を進め、御社衆というものをよく知っていた志賀鑑隆はもっと露骨な手を打った。

「御社衆で素行が悪い奴と金に困っている奴に姫巫女衆の女を与えておけ。
 酒でも体でもいいが、一晩部屋から出さぬようにせよ」

 そしてその夜。
 二人の読みは的中した。

「陣に火が突いたぞ!
 速く消せ!!」

「間者探しは後だ!
 遊郭に火がつかぬようにせよ!!」

 陣中のボヤ騒ぎはついに玉名遊郭そのものに延焼せずに夜を乗り切ったのである。
 そして翌朝。
 待っていた早馬が吉報を持ってきた。

「大友軍本隊が南関に到着!
 明日には先陣がこの地に到着する模様!!
 先陣は鍋島信生殿が率いる竜造寺勢一万!」

 遊郭の内外から歓声が上がる。
 生き残った。助かったという安堵感もあるだろう。
 それ以上に、皆の心を占めていたのは、玉名遊郭を守り切ったという誇りの方だったのである。
 この遊郭は珠姫直轄地。
 残った姫巫女衆も含めて珠姫と繋がっているので、大友よりも珠姫個人に忠誠を誓う人間も多い。
 彼女に負けをつけさせなかったという誇りは、最終的にこの戦いの転換点になったのである。
 なお、後でそれを知った珠姫は、散々放棄推奨だったのに残った理由が己にあった事に頭を抱えたのだが。
 話がそれた。

「物見を出せ!
 島津がこっちに仕掛けるとしたら今日が最後だ!!」

「先陣に伝令を走らせろ!
 飯を炊きだせ!
 汁を忘れるな!!
 酒も蔵から全部持ってこい!!!」

 志賀鑑隆が声を張りあげて、皆の気を引き締める。
 赤星統家が先陣の受け入れを手配する。
 肥後に唯一残った大友家の物資集積地を島津軍はついに潰せなかった。
 それは、島津軍の攻勢限界を端的に示していたのだが、この二人はそれに気づくことはなかった。
 夕刻。
 鍋島信生率いる大友軍先陣一万到着。
 大友軍の反撃が始まろうとしていた。



「姫様より、『肥後切り取り勝手』の書状をもらっておる。
 殿より、『竜造寺家は大友軍本陣を待たずに先にいけ』と言われておる」

 その夜の宴の席での鍋島信生の最初の一言に困惑する二将。
 それを予想していたのか、鍋島信生は顔を崩して笑顔を見せる。

「とはいえ、敵を知られば前には進めぬ。
 お二方の話を聞いて、前に出ようかと思っておるので、色々聞かせて頂きたい」

 酒をあおる鍋島信生だが、珠姫と竜造寺隆信の無茶振り挟まれているはずなのにその心労を見せずに落ち着いている。
 その落ち着きぶりに安心した赤星統家が周囲の状況を地図を見せながら語った。

「南への進撃路は三つだ。
 街道筋は山鹿の方に抜けて、隈部親永が守っている。
 川を渡ってそのまま南に行くと田原坂で、あの陣城には島津の旗が翻っている。
 肥後国人衆やキリシタンがかなり島津側に走ったので、兵は増えているが物見ではそこまで分からぬ」

 その情報を受けて、鍋島直生が大友軍としての情報を二将に渡す。

「我ら先陣は玉名遊郭の確保と守備の為に送られておる。
 大友軍本陣を指揮するのは陣代の戸次鑑連殿で、筑後・筑前の兵を中心とした二万の兵が南関に向かっておるはずだ。
 更に豊後より田原鑑種殿の指揮のもと、吉岡鑑興殿と木付鎮秀殿が率いる一万の兵が阿蘇家の後詰に動いている。
 日向の方は今のところ平穏だが、戦が長引けばどうなるかわからぬ。
 万一の備えとして佐田隆居殿に豊前の兵の戦支度を始めさせておる」

 即応できる戦力の総動員がかけられているのが分かる。
 それを地図に落とし込みながら、赤星統家が戦を予測する。

「という事は、攻め手は隈府だろうな。
 あそこを落とさねば、豊後の後詰と合流できぬ」

 鍋島信生はニヤリと笑う。
 そして、持っていた盃を地図のある場所に置いた。

「だからこそ、我らはここを落とさねばならぬ。
 おそらく島津もそれを読んでいる。
 伏兵は間違いなくいるが、負けた所で大友軍本陣が隈府を落とせばどうとでも良くなる。
 そして、勝ったならば勲功は我らの総取りよ」

 その盃の下には、田原坂の文字が書かれていた。



 大友軍先陣が玉名遊郭到着より二日後。
 大友軍本陣の動きと合わせて再編成された大友軍先陣はついに菊池川を渡る。
 陣立は以下のとおり。

 大友軍先陣  鍋島信生        一万五千

 中央     鍋島信生 竜造寺家本隊 二千
 右翼     百武賢兼 竜造寺家右翼 三千
 左翼     成松信勝 竜造寺家左翼 三千
 後詰     斎藤鎮実 隈府鎮台残存 二千
 玉名遊郭守備 志賀鑑隆 玉名遊郭守備 三千
 支援     蒲池鎮漣 柳川鎮台   三千 
 
 渡河後に鶴翼の陣を敷いたのは、島津軍の伏兵を恐れたからである。
 間者と物見をかなり出したが、多くが島津軍の警戒にかかって情報を得ることができなくなっていた。
 また、この一戦での敗北が全体の敗北に繋がらないように、後方にかなりの兵を置いている。
 陣の後方に後詰として斎藤鎮実が控え、玉名遊郭の守備兵には基本手をつけず、渡河ポイントである船山の舟橋には大友軍本陣より支援として蒲池鎮漣が出てきていた。
 大友軍本陣は蒲池鑑盛率いる柳川鎮台が赤星統家の先導のもと山鹿温泉にまで進んだと伝令が伝えてくれている。
 島津軍からすれば、隈府に向かう本陣を叩くか、わざわざ罠の前に出できた先陣を叩くかで迷った所だろう。
 そして、島津軍は、先陣を叩くことにしたらしい。

「左翼より伝令!
 物見より木葉山にて島津の旗を見たと!
 現在島津勢と交戦中!!」 

「成松殿に伝えよ。
 木葉山の島津勢を蹴散らせと!
 玉名遊郭に伝令を走らせて、島津と合戦が始まったことを本陣の戸次殿に伝えよ!!」
  
 慌ただしく伝令が走り去り、遠くから時の声と鉄砲が聞こえ出す。
 鍋島信生は馬上にて考える。
 島津がこっちを狙ったのは、間違いなく玉名遊郭狙いだ。
 我々を撃破して、その勢いで玉名遊郭を落すというか焼いて使えなくすれば、大友軍は荷駄管理等の後方拠点が柳川まで後退してしまうのだ。
 戦うにせよ、逃げるにせよ、こちらの足を潰しに来るあたり九州で無敵神話が鳴り響く島津軍は戦がよく分かっている。

「右翼より伝令!
 物見よりキリシタン勢と思われます!!
 数は数千!!」

「やはり挟みに来たか!
 百武殿に持ちこたえるように伝えよ!
 それと斎藤殿の陣に行き、右翼の後詰を頼むと伝えよ!!」

 鍋島信生は指示を出した後で木葉山を眺める。
 物見の情報に明らかな差異がある。
 右翼の方はあっさりと勢力と兵力が分かったが、左翼の島津勢は兵力も率いる将すらも分からない。
 後詰を右翼にまわした以上、左翼が崩れた場合は中央が支える必要があった。
 そして、中央の前には未だ敵兵は見えない。
 島津の恐怖は珠姫より再三再四伝えられている。
 だからこそ、鍋島信生は己が罠にかかってい事を自覚していた。

「右翼より伝令!
 キリシタン勢崩れております!
 追撃の許可を!」

「ならん!
 その先に島津の伏兵が待ち構えているぞ!
 追い払ったら陣を立てなおして次に備えるように伝えよ!!」

 その瞬間、銃撃音が轟き、中央の兵たちが倒れる。
 時の声と共に十字架の旗を掲げたキリシタン勢が中央にも攻めかかってくる。

「防げ!
 敵を一歩も陣中に入れるな!!」

 声を張り上げて、鍋島信生は馬上から防戦の指揮をとる。
 彼の心中は一つの疑問が渦巻いていた。

(罠の口を閉じる島津軍の本隊はどこに居る?)

 正解は、鍋島信生らが襲ってきたキリシタン勢を撃退した後に早馬が伝えてくれた。
 予想はしていたがまさかという場所を。

「船山より伝令!
 島津軍が山より出て舟橋を焼こうとしております!!
 玉名遊郭の兵と共に防いでいますが、島津の勢い侮れず!!」

 遠方からも見える煙は大友軍の後方から上がっている。
 本当に舟橋が燃えたのかどうか分からぬが、この心理的打撃は無敵島津軍の神話と相乗して大友軍に衝撃を与えるのに十分だった。
 それを見逃す島津軍ではない。

「左翼の島津軍攻勢に転じました!
 後詰を!」

「右翼のキリシタン勢が再度襲ってきます!!」

「前に敵!
 鉄砲を構えてるぞ!
 竹束に隠れよ!!」

 中央を襲う鉄砲の轟音は島津軍の罠を閉ざす合図になる。
 各所の全面攻勢だけでなく、全ての予備兵力が使われている現状、どこかが崩れたら全面崩壊しかねない。
 兵数ではこちらが多いことを信じて耐えるしか無かった。
 中央が動けないので左翼の支援ができず、右翼に送った後詰を転身させると右翼が崩壊しかねない。
 中央を襲っている鉄砲は先程と違って火力が恐ろしく上がっている。

「あれは島津の繰抜!
 島津の奴ら、旗を変えて襲ってやがる!!」

 足軽の一人が叫んだのを鍋島信生は聞いて納得する。
 今、中央を襲っているのが島津の本隊だろう。
 敵は仕上げにかかっている。
 だとすれば、これを凌げば勝てると。

「持ちこたえよ!
 後がないのは島津の方よ!!
 ここで持ちこたえれば、大友軍本陣が島津を踏み潰してくれるぞ!!!」

 叫んでいても、状況は悪化する。
 次々と討死の報告が飛び込んでくる。

「成松信勝殿討死!
 左翼崩壊します!!」

「蒲池鎮漣殿討死!
 玉名遊郭に退くそうです!!」

「右翼攻勢が激しくなっています!」

 鍋島信生は死を覚悟する。
 ここで大友軍先陣が壊滅しても、それに見合う出血を島津軍に出させれば最後にはこちらが勝つ。
 だからこそ笑う。

「皆の者!
 ここを死に場所と心得よ!
 名を惜しみ、命を惜しむな!!
 あの姫様が我らの命を忘れぬぞ!!!」

 崩れた左翼に見向きもせず、島津軍は中央に猛攻をかける。
 中央が崩れたら必死に支えている右翼も崩壊する。
 最悪それは避けなければならなず、右翼が逃げるまでの殿を覚悟して伝令を呼ぼうとした時にその声が聴こえる。

「背後にお味方到来!
 後詰だ!
 後詰が来たぞ!!」

 鍋島信生は慌てて背後を見てその軍勢を確認する。
 左翼の逃亡兵を収容しながらも陣を崩さずにこっちにくる軍勢の旗は大友家の杏葉紋。
 だが、最初の陣立では既に全ての戦力が交戦し消耗しているはずである。
 だとしたら、あの精鋭はどこから来た?

「伝令!
 大友軍本陣戸次様からです。
 『遅れてすまぬ』
 と」

 大友軍本陣の転進。
 珠姫はたしかに、彼らの命を忘れなかった。
 その珠姫に、彼らの命を教えた戸次鑑連が彼らを見捨てる訳が無かった。
 かくして、九州の覇権を決める戦いの第二幕が開く。

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