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大友の姫巫女

南海死闘編

第八十話 豊薩死闘 めんどくさい来訪者

 珠です。
  基本、お仕事の時は府内城、プライベートの時は別府という生活をしていますが、今回はその別府にやってきた来訪者のお話をば。

「え?
  城門前で何か揉めてる?」

 遊郭なんぞをやっているのもあって、名前の記帳さえしてもらえば基本ノーチェックである。
  で、ここから私の所に陳情に来る輩は、本殿入り口で再度厳重にチェックをする事になっているのだが。
  むくりと起き上がった私に四郎が襦袢を着せる。
  その部屋向こうの障子から政千代が淡々とその報告を伝えていた。

「はい。
  何でも姫様に用があるらしいのですが、『本殿にどうぞ』とお通ししようとしたら怒り出して。
  『見ず知らずの者を城の奥に通すのは何事か』と」

 うわぁ。
  めんどくさい。
  何処の田舎侍よ。
  ここが城じゃなくて御殿を名乗っている意味を考えろって。

「どう思う?四郎?」

 帯を巻きながら四郎に尋ねると、四郎も顔に手を当てて考えながら言葉を選ぶ。

「悪い輩ではないとは思いますが、姫様の事を知らぬというのは考えられませぬな」

 この手の輩は実は大友にも毛利にもけっこうそれなりにいる。
  要するに、土地の国人衆が私の顔を見てそれを自慢する為なのだ。
  で、地元に帰って、

「おら、姫様の顔をじかに見ただ」

と自慢する訳で。
  その為、お目見えまでのプロセスが儀式めいたものに。
  ただ、その顔見せは『大友家の姫君』を見たいが為に行っている訳で、主に府内城で行われる。
  私のプライベートである杉乃井にまで出向く輩は、バリバリの実務系および私個人に用がある連中とちゃんと分別がされているのだ。

「政千代。
  ちょっと行ってきてくれないかしら?
  お目見えの方ならば府内城にて行うからって。
  私は、湯に入ってくるから」

「かしこまりました」

 まぁ、このまま出るのは私でも躊躇われるからだ。
  汗とか他の汁とかで。

「四郎は甲斐殿との打ち合わせの準備よろしく。 
  そろそろ来るころじゃないかしら?」

「はっ」

 まぁ、一緒に入るとそのままずるずると続きをというパターンになりそうだからなのだが。 
  今日は阿蘇家の甲斐宗運殿が来るので、一日強引に空けているのだ。 
  やりたくなかった、対島津戦のそのうち合わせの為である。 
  湯につかりながらもいやでも考えてしまう。 
  どう考えても、今回の戦勝てる要素が見えないと。

「姫様よろしいでしょうか?」

 湯につかる事十数分で政千代が困った顔で入ってくる。
  私以外の理由でこんな困った顔を見る事になるとはめずらしい。

「どったの?」

「はぁ。 
  先ほど城門前で揉めていた侍なのですが、どうも御社衆に入る為に来たらしく……」

 湯から出て政千代に体を拭いてもらう。
  着物を着ながら話す政千代の話をまとめると、その侍まだごねているらしい。 
  で、その理由が、

「このように簡単に落ちる城に詰める等言語道断
  きちんと見張りを置き、門を閉ざして出入りを厳重に管理すべきだと」

「うわぁ。
  めんどくさい」

 思わず口に出してしまう。
  なんつーか、実にめんどくさい輩である。 
  げんなりしながら、私は政千代に手を振ってみせた。

「適当に理由つけて追い返しちゃいなさいよ」

「はぁ。
  それが、その侍松永様からの紹介状を持っているらしく……」

 え?
  あのボンバーマンからの刺客……じゃなかった紹介ですって?
  あ。 
  一人候補が出てきた。
  だとしたら、めんどくさいのもある意味わからないではない。

「あー。
  なんとなく見当がついた。 
  私が出向くわ。
  政千代。 
  花魁衣装を用意してくれない?」

 私のげんなりとした声に、政千代が怪訝そうな声を出す。

「え? 
  追い返した方がよろしいのでは?」

「追い返したいのは山々だけど、松永殿から手紙とか預かっていたらまずいのよ。
  京の情勢で何かまずい事があったかもしれないでしょ」

 三日遅れだが、南蛮船を使った定期航路の結果、畿内情勢は確実にこちらの手元に届く体制を構築している。 
  これから乗り気のしない島津戦なんてものをするのだから、不確定要素はできるだけ排除しておいた方がいいに決まっている。

「かしこまりました」

「四郎も呼んできて頂戴。 
  たぶん、めんどくさい事になると思うから」

 それは、うれしくない事に的中する。
  めんどくさい事に。


  花魁衣装で四郎と政千代に護衛の姫巫女衆を引き連れて城門に。
  うわぁ。
  声がでかいから、めんどくさい輩の説教がここまで届いてくるよ。
  かわいそうに。
  城門警護の三人娘。

「そもそも、そんな服で城門を守る事が論外なのだ!
  あげくに、さしたる働きもせずに来る者を拒まずに通すなど言語道断!!
  仮にも、主の住まう城にてそのような……」

「城じゃないわよ。
  ご・て・ん。
  見てのとおり、遊郭なんだから」

「何じゃお主は!
  遊女の分際で横から口を出すでない!!
  それがしは、この城の腑抜けさに怒っているのだ!!!」

 うん。
  案の定、私に怒りの対象を変えた。 
  あと三人娘、露骨に安堵のため息をだすな。 
  四郎と政千代が何か言おうといるのを手で制しながら、私は城門に体を預ける。

「いやさ。
  ここの遊女だけど、ちょっと顔が利くから門前で怒鳴る輩の応対に来たって訳。
  で、うちの御殿に何かよう?」

 怒りで顔が真っ赤になってやがる。
  まあ、それが狙いなんだけど。
  気づけよ。
  昼間にオフタイムであるはずの遊女が正装している意味をよぉ。
 
「ここの主はとことん性根が腐っていると見える。
  御用聞きに遊女を出すとは何を考えているのか!
  そもそも……」

 あ、怒りがカムチャッカファイヤーして完全に我を忘れてやがる。
  あと、四郎と政千代。
  性根が腐っているのあたりで頷いたの見逃してないから。ちゃんと追求するので。
  彼の怒りの独演会を適当に聞き流していると、待ちかねていた客人が現れる。
  護衛を連れて現れたのは甲斐宗運。

「おや、姫様に出迎えてもらうとは光栄の限り。
  また艶姿が美しいですな」

「お久しぶり。甲斐殿。
  こんな状況でなければ宴なんかも用意したのだけど、先に用件を片付けましょう」

「ひ、姫様?」

 あ。案の定固まってやがる。こいつ。
  政千代が深く深くため息をついて私の正体をばらす。

「このようななりをしておりますが、こちらにおわすお方は九州探題大友宗麟様長女。
  珠姫様でございます。
  嘆かわしいことに」

 一言多くない?政千代。

「御社衆を率いる、立花元鎮だ。
  事が事ゆえに、不問に付すが、次は許さぬ」
 
  四郎が凄んでも、事態にまだついていっていないらしく固まったままでやんの。 
  ほんとうにめんどくさい。

 

「で、こちらが後詰の陣立てになります。
  ご確認を」

「ひとつお伺いしたいが、この戦を姫様が捨てていると耳に挟んだのですが、その心は?」

「後詰の陣立てに出ているわよ。甲斐殿。
  大野鎮台には将がいない。 
  隈府鎮台には手足となる足軽大将達がいない。
  これでどうやって勝てと?」

 固まったままのめんどくさい人まで連れてきて、私と甲斐宗運は実務の話に移る。
  今回の戦はあくまで、阿蘇家の戦なのだ。
  つまり、

「同盟国である阿蘇家の同盟国である相良家を救援する為に、後詰の兵を送る」

というロジックなのだ。
  その為、こちらが主導する事はできない上に、先にあげた両鎮台が櫛田崩れにて欠陥を抱えている始末。
  人の和が整っていないのにどうやって勝てと? 

「で、こっちも尋ねたいのだけど、阿蘇家の兵は働けるの?」

「……」

 甲斐宗運が押し黙った事実が全てを物語っていた。 
  櫛田崩れによる余波は阿蘇家にも及んでおり、阿蘇惟種を粛清する羽目に陥っているのだから。
  相良家支援は、阿蘇家にとってその揺れる家中を外敵に向けて一致団結するという目的も兼ねているのだ。 
  なお、それは大友家でも同じだが、大友家の場合ちょっと立ち居地が違うので後で述べる。

「まじめな話、相良をあきらめるならば、大友は阿蘇家家中の統一に最大限の支援を行う用意があるわ。
  私は島津相手に戦をするぐらいならば、そっちの方がいいと今でも思っているのだけど?」

「その物言いで、日向を掻っ攫った姫様を誰が信じるとお思いで?」

「ですよねー」

 『国家に真の親友はいない』とは誰の言葉だったか。
  それはこの戦国時代でもあてはまる。
  自分で身を守る力がないと、周りから食い散らかされるのだ。 
  阿蘇家内部のいざござは、阿蘇家内部で処理するという甲斐宗運の方針に私は逆らうつもりはない。
  その家中統一策が失敗になりかねないとわかっていてもだ。

「大友の後詰については、将兵に次の布告を出す予定よ」

 今回の阿蘇家支援において、大野鎮台と隈府鎮台の兵を動かすのだが、それについて私は明確な布告を出す予定だ。
  彼らの主体となっている大友家同紋衆および豊後国人衆がやらかしてくれた櫛田崩れの懲罰行動だと。
  なんてこんな布告を出す羽目になったかというと、それだけ櫛田崩れこと私の暗殺未遂が衝撃的だったという事だ。
  この騒動は上層部が巻き込まれ責任を取った形で主体が下層および中堅層の武士だっただけに、彼らにも責任を取れとという声が豊前・筑前の家から噴出したのだ。
  何しろ、彼らにとってのおらが姫様である私が、よりにもよって彼らの金城湯池である博多で襲われたのだから、その怒りもしゃれになっていない。
  で、それを私は包み隠さずに豊後国人衆にさらけ出したのである。
  彼らの中には、こっちが被害者という意識の連中もいなかった訳ではないが、やらかした事のでかさは認識していたので押し黙るしかなかった。 
  もちろん、押し黙らせた背景に加判衆人事等で吉岡鑑興を指名し、豊後同紋衆などの特権をそのまま私が認めた事の飴もある。
  『次、何かやらかしたら加判衆の座、豊後の連中外して筑前と豊前から私のシンパ入れるぞ』という言外の脅しを汲み取ってくれた結果ともいう。 
  この時点において、櫛田崩れに伴って空いた門司奉行がまだ決まっていないあたり、あの事件がいかに根深かったかわかろうというもの。 
  だが、この布告によってケジメをつけた事になるので、大友家については勝っても負けても家中は一本化する。 
  という訳で、大友家については明確に負けても問題がない。 
  というか、大炎上していた櫛田崩れが鎮火するなら、阿蘇家の戦『ごとき』どうとでもなる。
  という所にまで政治的に対島津戦の叩き落したのである。 
  これで大敗した所で、私はそれほど困らない。

「姫様は戦をなんと心得ておるのだ!」

 あ、生々しい実務に固まっていためんどくさい侍が爆発した。
  振袖を揺らしながら気だるそうに、言ってのける。

「そりゃ、したくないものだと」

「それが間違っておられる! 
  武家に生まれたからは土地を得て、一所懸命に主君に尽くして……」

「え?相良家の土地?肥後一国?
  失っても問題ない銭を確保しておりますが何か? 
  というか、肥後どころか日向も南予もいりませんが。私」

 あ、押し黙った。
  まぁ、普通三カ国いらないなんて大名がほざいたら固まるよな。うん。

「それだけ失えば万もの兵が……」

「この戦負けて、今あげた国失っても、毛利の後詰含めて八万ほど動員できますが何か?」

「ひ、姫様は侍の本分を……」

「わたし、巫女でぇす♪」

 あ、ぶちきれたらしく殺気が出てる。
  すっと四郎が刀に手をかけてかばう位置にきて、政千代が懐の小刀でめんどくさい侍を刺そうとするのを私が手で制する。 
  いかん。
  からかうのが楽しくて、一線を越えたか。反省。

「じゃあ、質問。 
  そんなおふざけをしていながら、何で甲斐殿が怒っていないのかわかる?」

「そ、それは……」

 めんどくさいだけで、頭は悪くないのだ。 
  だから気づく。
  いらないとほざいた肥後にある阿蘇家を助ける為に、負けるとわかっていながら兵を差し出すその義理堅さを。

「この姫様はおふざけが過ぎるが、それでもあの大友家を差配してきた傑物よ。
  そして、その傑物ゆえに、九州北部の武家の多くは姫様の為に死んでも構わないと思っておるのに、この姫様はそれを許さぬのだ。
  戦を避け、戦におびえ、それでもなおあがいた末に兵を出し、負けても損は絶対にさせぬ。 
  そんな主、お主が仕えてきた主君にいるのかの?」

 何も知らない部外者だからこそ甲斐宗運の言葉が刃となってめんどくさい侍に突き刺さる。
  とはいえ、これで考えが変わるほどめんどくさくないのならばこんな所に来ていない訳で。

「時代は変わるわ。 
  あなたが語った侍は過去のものになりつつある。 
  いや、私が過去のものに変えたか」

 なんでこんなめんどくさい輩がこんな所にいるのか、およそ何が起こったのか見当がつく。
  第二次倶利伽羅峠合戦で主力が壊滅した織田家は鉄砲だけでなく、大砲の運用による火力陣地戦に舵をきっている。 
  武勇著しい侍よりも、集団で遠距離から槍や火砲で敵を叩く時代に突入しつつある。
  個人の武勇が尊ばれる時代より、兵の指揮によって勝敗が決まる時代が到来しようとしていた。
  そしてそれは、徳川家にも波及する。 
  天竜川合戦で勝ったとはいえ、あの武田家相手に戦をするのならば損害はさけられない。
  そして、それを補充する回答として火力と陣地戦という概念を織田家が取り入れた以上、遅かれ早かれ徳川家にも波及する。
  侍が侍でなくなろうとする時代がすぐそこまでやってくる。
 
「けど、この島津戦は別。
  おそらく、あなたが望む戦ができるわよ。島津側ならばね。 
  なんなら、島津宛に紹介状書くけどどう?」

 私のあっけらかんとした発言に、めんどくさい侍だけでなく、甲斐宗運や四郎や政千代までも唖然となる。 
  だが、めんどくさい侍は憑き物が落ちたような顔で私を見つめて言葉を吐き出した。

「弥八郎が見て来いと言った意味がわかった。 
  これはそれがしの頭では理解できぬ。 
  『全て見て、それをわしの前で語れ』が松永様が出した条件にて」

 びんご。
  いい性格しているわ。ボンバーマン。 
  島津戦が私にとってどんな戦なのか感づいて、ちゃんとアンテナ立てにきやがった。

「いいわ。 
  全部見て語って頂戴。 
  とりあえず御社衆で好き勝手動いていいから。
  一応、四郎の命令は聞くように」

 満面の笑顔でどんと胸を叩きながら私が了承すると、めんどくさい輩はあきれた顔でため息をつきやがった。 
  これみよがしに盛大に。

「なんとめんどくさい姫様なんじゃ」

 あんたにだけは言われたくないわ。
  本多正重さんよぉ。


 

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