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大友の姫巫女

南海死闘編

第七十八話 櫛田崩れ その後の続き   

 田原鑑種が少数の護衛を連れて府内城に入ったのは、博多での襲撃から六日目の早朝の事だった。
  事態の顛末を早馬で伝え早急に府内に戻らせる為に、間者で街道を警戒させて馬車で駆けに駆けてもらった結果である。
  誰が何処で糸を引いているか分からない以上、府内から宇佐までの街道すら使わせたくなかったのだが、杉乃井と木付鎮台からも兵を出す事で連絡線を確保させたのだ。 
  有事が発生して思い知る、私の有能さに自画自賛したのは内緒。
  特に、加判衆についた木付鎮秀がこちら側であるのがどれだけ助かっているか切実に思い知る。
  息子の木付鎮直が八重姫と嫁いだ縁で私の閥と受け取られて加判衆入りした事を木付家はよく思い知っているし、領地が接していて豊後他紋衆最大勢力である奈多家の自滅を願いこそすれ邪魔するつもりはないからだ。 
  かくして、府内と宇佐の連絡線確保に成功した私は、あくまで街道警備と杉乃井警護という理由で佐田隆居率いる宇佐衆の精鋭千を豊後に入れる。
  この時点で私の死亡という敗北条件はほとんど消える。

「早かったわね。 
  早馬で伝えたけど、事態がこうなったら加判衆首座のあんたを呼ばないとまずいから。
  で、こちらで打った手で何かまずい事ある?」

 護衛としてついてくる四郎を後ろに連れて歩く私の質問に田原鑑種は即座に答える。 
  事前想定をしていたのだろう。

「奈多家と田原家の謀反は謀反にしない方がよろしいかと」 
「というと?」

 私の切り返しに即座に答える元内通者。
  こういう時にこそこいつは真価を発揮する。

「所詮傀儡。 
  傀儡回しを潰さねば話になりませぬ。
  そして、この二家を謀反で潰した場合、大元も同じ対応をせねばならず、大乱になりましょう」

 言外に内通者が豊後同紋衆の大物であるとあたりをつけて、その対応の為に軟着陸を求めたのだ。
  このあたり、実家の一万田家が粛清食らっただけに実体験ありまくりである。

「落とし所は?」

「田原親賢、奈多鎮基共に当主がこちらについている事を利用しましょう。 
  奈多家、田原家のお家争いにすれば、我らは仲介者として手を汚さなくて済みます」

 この話の為に、少し過去の謀反から例をあげて判例としたい。
  まずは有名なのは大友二階崩れ。 
  おもしろいのは、大名襲撃という大事件にも関わらず当事者の粛清で済ませてお家そのものの取り潰しはしていない。 
  その例として、今日向でがんばっている入田義実(入田親誠の息子)や朽網鑑康(入田親誠の弟)なんかがあげられる。
  他にも、二階崩れ時に親を粛清されて忠誠心を見せる為に入田親誠追討の兵を出した斉藤実鎮なんかもこれにあたる。
  また、この田原鑑種の父親である一万田鑑相粛清時にも、一万田家そのものは残されている。 
  もっとも、冷遇はされるのだが。
  小原鑑元の乱なんかはその処罰が小原鑑元一族滅亡という形になっているが、これは目の前の田原鑑種がきっちりと取り仕切ったからからで、一万田鑑相粛清の実行犯と目されていた小原鑑元への敵討ちと解釈した方が早い。
  大神系国人衆を中心とした十三家が討伐され領地没収という形で処分を終わらせているが、彼らにも再起と復権の機会が与えられている。 
  その筆頭が小原鑑元の乱に参加して伊予に逃亡し、南予侵攻時に大友家に戻ってきた佐伯惟教だったり。

 なんでこんなに処分がゆるいのかと言われると、この当時の戦国大名ですら、国人衆の領地への介入ができなかったらに他ならない。
  気に入らなければ謀反を起こすのは、ある意味下克上かつマッポーの世である戦国時代にとってあたりまえという認識があるから困る。
  で、更に厄介なのが、守護地頭体制というのは、守護大名という頭の下に地頭という実務者がつく形を取っている。
  つまり、何度も何度も力説したが、国人衆の連合政権という土台が前提であり、大名というのは飾りの頭になりかねない危険を孕んでいたのである。
  こんな状況で一族郎党皆殺しなんてすると、政権を支える国人衆が、

「次はうちかも……」

 なんて怯えて第二第三の謀反が頻発するなんて笑えない事態になりかねない。 
  戦国大名が国人衆をある程度統制下に置いたのは織田家の末期ぐらいで、それすら本能寺の時に大混乱を引き起こしているあたり何をいわんやという所。
  完全に大名の下に国人衆がつくのは豊臣政権になってから。 
  それですら、肥後一揆や葛西・大崎一揆みたいに国人衆の抵抗があった事を忘れてはならない。 
  で、だ。
  現在の大友家というのがものすごくやばい事に、他紋衆が担ぎ出した毛利のバックアップつきの私と、大友家次期後継者である大友義統の同紋衆の二派に分かれて長く長くながぁぁぁぁく暗闘を続けていたのである。
  私も、あっちを脅し、こっちを懐柔し、更には買収から姫巫女衆の色仕掛けまでありとあらゆる手を尽くして必死に骨抜きを画策したつもりだったがこのざまである。 
  それぐらい、他紋衆の恨みつらみとそれをしてきた同紋衆の恐怖は根深い。

「私のひいきだから手心を加えたと言われない?」

「それが狙いです。 
  この二家に手心を加えたのならば、その上へもある程度の手心を加えざるを得ません。
  あとは、それに気づいて傀儡回しの一族が始末をつけるでしょう。
  姫様の手を汚す事すらもったいないかと」

 すげぇ。 
  こいつ、傀儡回しが同紋衆当主ではなくその親類だろうと当たりをつけてやがる。 
  後で詳しく聞いたのだが、私は顔を合わせた連中には基本的に受けが良い。
  事実、父上の時の加判衆連中ですら、腹はともかく表顔が和やかにはなしができていたのである。
  その分、顔をあわせていない上から下の連中に蛇蝎のように嫌われている。
  特に、姫巫女衆と御社衆という別系統の手足を持ち、他紋衆の支持を得ている私は戦において実戦力となる彼ら同紋衆の侍や足軽をあてにしなくてもいい。
  冒頭、私が宇佐衆を豊後に入れた事で死亡敗北はなくなったとほぼ確信したのもこれにあたる。
  この時代、確実に裏切らない兵が手元にあるだけでどれだけの安心感が与えられるか。
  その政治的影響力は本当に計り知れないのである。
  同時に、これが私が嫌われる最大の原因なんだが、己を身を守るための兵の掌握は絶対条件が戦国の世。 
  嫌われるべくして嫌われたと私もあきらめている所ではあったりする。

「で、博多よりいくつか報告が。 
  襲ってきた連中、一向宗らしく……」

「何ですって?」

 田原鑑種の言葉に私も思わず声をあげる。 
  事件の裏には女と金という某刑事の言葉ではないが、その女も金も捜査できる人間を私は博多に置いていた。 
  大友家御用商人である島井茂勝である。 
  北陸一向一揆の壊滅によってかなりの信者が九州に流れ込んできていたのは知っていたが、ここで彼らが私を襲うメリットが見出せない。
  一向宗の中心である石山本願寺は織田家に攻められていて、背後になる大友毛利連合が見放したらまず間違いなく枯れて滅びる。
  私が考え込む前に、田原鑑種が続きを口にした。

「それよりも、その話が既に流れている事に気をつけるべきかと」

「!?」

 そういう事か。
  これは大規模な仕手戦の一環。 
  それも、事件性を餌にした劇場型仕手戦。
  という事は……

「朝倉一玄!大谷吉房!」

「はっ」
「ここに」

 南蛮人襲撃からの府内復興時にそのまま大友家奉行職で府内を任せていた朝倉一玄と大谷吉房を呼び出して命じる。
  これが劇場型仕手戦ならば、ここでも仕手を伸ばしているはず。

「両替商に行って、大量の証文取引をした者を調べなさい。 
  まず間違いなく、その中にいるわよ」

 誰かという事を言わずとも、私の襲撃から始まった犯人だろうと悟った二人は即座に走って両替商に向かってゆく。
  その後ろを二人の手の者があわてて追いかけるのを尻目に、田原鑑種にたずねる。

「で、博多の方はもう調べてあるんでしょ?
  誰?」

「美濃国の塩商人。 
  大脇伝内」

 誰?それ?

 ごほん。
  とはいえ、美濃出身ならば、犯人は織田だ。
  間違いない。
  一向宗うんぬんの噂もそれならば筋が通る。
  織田の諜略ならば納得する話なのだ。
  だが、織田ならばもっと大物の大商人が操れるのに、私が知らない商人が仕手戦を仕掛けると……

「あああああああああっ!!!」

 私の叫びに周りの四郎だけでなく他の護衛が刀に手をおくのなんて気にせずに私は城の壁を力いっぱいぶっ叩く。
  土壁の鈍い音を聞きながら歯軋りしつつその一言を告げた。

「堺よ!
  この仕手取引の本丸は堺だったのよ!!
  こちらで襲撃の報が届くのに早くて三日。
  おそらく、無事と死亡が入り乱れる事になるけど、確実に取引に大波が起きる。
  木崎原合戦で私がとった手をやられたのよ!!!」

 これだから、戦国チート連中は。
  あ、という事は宇都宮謀反と長宗我部のあの動きも仕手の一環かよ。 
  中富川合戦で四国の過半を支配するに至った長宗我部によって、畿内における大友証文は下落し、私の襲撃でその下落はピークを迎える。 
  で、私の無事が伝えられると今度は反動の買いが入り……かなり前から仕組んでいたな。これは。
  けど、こんな取引は織田信長にはできない。 
  彼は銭の大事さを知っているが、銭の生み方は知らない人間だ。 
  だからこそ彼は私に執着するのだろう。多分。
  と、なると、織田家重臣で対大友諜略を仕掛けていたのは、羽柴秀吉、明智光秀、滝川一益の三人。
  羽柴秀吉は大友融和政策を取っていたから外して、明智光秀、滝川一益か。 
  襲撃に使ったのが本当に一向宗ならば、越前を領国にしている明智光秀が怪しいのか?

「姫様。 
  志賀親守様と甲斐宗運様が起こしになっております」

 我に返らせた私の声に届いた麟姉さんの声。 
  このタイミングで、やってくるという事は、謀反がらみに違いない。
  ゆっくりと息を吐いて気分を平常心に戻してゆく。

「田原鑑種。
  そばで口を出して。 
  四郎は控えてもらうけど、口出しは駄目よ」

 そして、櫛田崩れの全てのしかけが露になる。

「死んだ?」

 私の言葉に、きつそうな声で志賀親守が口を開く。
  息子の死を悼んでいるのか、表情も実に厳しい。

「はっ。
  愚息、志賀親度が病にて死んだ為、その子親善に家を継がせたく……」

 口上の間に私は田原鑑種とアイコンタクト。
  そして確信する。
  内通者は志賀親度だと。
  これは盲点だった。 
  元気すぎる爺様を持ってしまったがために、息子が実権を握れない。
  そこを突かれたらしい。
  だが、劇場型仕手戦と志賀親度が繋がらない。
  すごく失礼だけど、志賀親度も首謀者になるだけの頭は無く、傀儡と見らざるを得ない。
  そこを繋いでくれたのが、甲斐宗運だった。

「阿蘇家内部で起こったお家争いについてご報告を。
  謀反の罪により、阿蘇惟将様は弟惟種を滅ぼした次第で……」

 あいた口がふさがらない。
  豊後同紋衆が黒幕だろうとはあたりをつけていたので、志賀親度はある意味納得ができる犯人ではあった。
  なのにどうして、阿蘇惟種が謀反を起こす事になる?
  呆然としながらも話はまだ終わっていない。

「更に、日向国三田井家の重臣、甲斐長門と甲斐右京が島津に内通している証拠を持ってきました。
  姫様に処断をお願いしたく」

 ああ。島津か。
  納得はするが出たら一番やばい名前が出やがりましたよ。おい。
  これで、劇場型仕手戦の仕掛け人が確定した。
  滝川一益だ。

 ことりと志賀親守が音を立てて崩れた。
  あわてて駆け寄ると、着物から染み出る赤い血が床に広がる。

「あんた……まさか……」

 四郎も田原鑑種も首を横に振る。
  助からない、いや、助けてはならないのだ。
  おそらく、一連の騒動の始末を己の命で償う為に。
  そして、それをした事で志賀家を存続させる為に。

「笑ってくだされ。
  死んだ息子は、怯えており申した。
  田原を懐柔した姫様の才に、姫様に認められた志賀鑑隆殿を」

 そこか。
  大友家三大支族で唯一勢力を保持していた志賀家を大友宗家はいつ潰すのか怯えていたのか。
  自然と私は田原鑑種の顔を見てしまう。
  私の好意で田原家は筑前に移転し、その後娘しかいない事を奇禍に家を分割し有能な婿を取る事で大友家中枢に帰り咲いた。
  そして、そんな田原家なども含めた他紋衆によって支持された私が当主に座る恐怖はどれぐらないものだっただろうか。 
  こまった事に、粛清はするつもりは無かったけど、弱体化は画策していたのだからあまり強く言い返せない。

「大丈夫。 
  家は残してあげるわ。
  安心しなさい。 
  あなたの孫よ。 
  きっと有能だわ」

 服が血で染まるのも気にせずに私は志賀親守を抱きかかえる。 
  志賀親守の吐く息がゆるくなり体が冷たくなってゆく。

「姫様。 
  どうか孫を……」

 その横で田原鑑種が四郎から紙を取り出して急いで所領安堵の加判を書く。 
  それを私が受け取り、ついた血で私も加判を付け加え、書状の効力を発揮させる。

「ほら。
  あなたのほしがっていた所領安堵よ。
  私の名前も書くから。
  あなたの孫なんだから、きっと有能で私や長寿丸を助けて……」

 静かに四郎が私の肩に手を置いた。
  田原鑑種も顔を背けたまま微動だにせず、甲斐宗運は静かにお経を唱えて死者の冥福を祈った。 
  そして私は、自分の手が血でまみれているのにもかかわらず、志賀親守の為に泣いているのにしばらく気づかなかった。
  志賀親守は志賀親度と同じく病死として処理された。


  以下は、後日談である。 
  どうして、阿蘇家で謀反が発生したかというと、先の日向遠征時に発生した大畑合戦によって肥後相良家が当主相良義陽の討ち死にを含めた壊滅的打撃を受けた事から始まる。 
  相良頼定の相続によって水俣城を含めた葦北の地全部が大友に献上され、それらを畿内から流れた筒井一党に暫定統治させていたのだが、筒井家が畿内に帰った事によってその統治が宙に浮いてしまったのだ。 
  相良家は大友派と島津派で内紛中で返還しても治められるとは限らない。
  そんな訳で、この領地を鹿子木鎮有にしたのだが、それまでに菊池家を復興させてとか阿蘇家に任せてとか色々考えていたのだ。
  それが、どうも阿蘇家の方に漏れていたらしい。
  水俣城城主問題は志賀親守にも相談した事があったからこのあたりが漏れ元だろう。
  で、ここで当主の弟である阿蘇惟種が乗り気になったという訳だ。
  ある意味飛び地になる為、一族の派遣は必須であり、同時に独自裁量権が発生するからだ。 
  棚からぼた餅で大名になれるチャンスとも言う。
  だが、水俣城は鹿子木鎮有に流れてしまった訳で、その恨みを買ってしまったという訳らしい。
  日向三田井家については更に笑えない話になっていた。
  もともと、甲斐家というのは南北朝時代に戦に負けて日向国高千穂に逃れた歴史を持ち、かの地に分家が繁栄していた。
  そんな流れから、甲斐家を使って日向伊東家が阿蘇家を篭絡しようと画策した事もあったが、実の息子三人を粛清するなんて凄まじさで阿蘇家を守ったのが甲斐宗運だったりする。
  ところが、伊東家が木崎原合戦の壊滅的打撃で衰退すると、伊東家がバックについていた高千穂の甲斐家に衰えが見え出す。
  そして、私の日向侵攻によって山手の諜略をしていたのが、祖母山信仰によって古より勢力と伝統を誇る大神系国人衆の総領家の佐伯惟教。
  高千穂を治める三田井家も大神系国人衆である。
  かくして、高千穂の異物と化した彼らがたよった新しいスポンサーが島津家だった。
  島津は、甲斐家を使い阿蘇家を揺さぶり、さらにその地理から豊後南部に触手を伸ばしていたらしい。
  それにかかったのが志賀親度だったという訳だ。
  彼によって豊後内部の情報を入手した島津は、奈多恒基や田原新七郎という新たな手札を得てという所まで分かったらしい。
  面白いのは、今出てきた豊後の連中は大友家に対して害意を持っていた訳ではない。

 『大友家のお家大事』の為に『珠姫が当主につくのは困る』という連中ばかりなのだ。

 その為、彼らが望んだのは嫌がらせ程度のものだった。
  だが、それを島津の傀儡回しはどういう手管を使ったか知らないが、博多中州での珠姫襲撃なんて一大イベントに仕立て直したのである。
  想定外の事態に陥った彼らが暴発する所まで視野に入れていたのだろう。
  だが、私の想定以上の帰還と府内掌握がこのシナリオを根底から覆した。
  かくして、彼らはトカゲの尻尾きりとして処分される事になったのである。

「府内の両替商を調べましたところ、奈多家および志賀家と、肥後阿蘇家、日向三田井家の証文を大量に扱った商人がいたとの事」 

 大谷吉房の報告に私も田原鑑種も視線が厳しくなるが、この程度の怒気で怯む二人でもない。
  朝倉一玄がその名前をあげた。

「麻生紹和。
  三重市商人の元締めで、大野川流域の同紋衆の御用商人の筆頭格だ。
  府内にも屋敷を構えていたが、手勢で踏み込んだらもぬけの殻だった。
  三重市に追討を出したいけど、向こうも空だろうな」

「許す。
  大野鎮台を使って、調べてもらって構わぬ」

 田原鑑種の即答に朝倉一玄が頭を下げて部屋を出てゆく。
  大谷吉房は懐から一枚の短冊を取り出して、私に差し出した。

「麻生紹和の屋敷にこれが」

 そこに書かれていたのは、一首。


『ぬす人は よそより入ると 思うかや 心の駒の 行くにまかすな』 


  笑わずにはいられない。 
  みると田原鑑種も笑っている。 
  こういう洒落っ気のある敵は悔しいが敬意を持って接したいと常々気をつけている。

「『無勢とて 敵をあなどる ことなかれ』か。
  この教えを守っているんだから強いわよね。あっこ」

「『多勢と見ても 恐れずべからず』実際にそれをしてのけるのですからとてもとても。
  姫様がなぜあの家を恐れるか、今ようやく分かり申した」

 こんな教育を受けて育った連中が大友の敵なのだ。
  つくづく勘弁してくれと思う。

「で、姫様はお分かりのはすだ。
  傀儡回し」

 これだけ派手な宣戦布告を受け取ったのだ。
  分からないほうがおかしい。

「あっこの兄弟はみんなチートなんだけど、その中で一番相手にしたくない相手よ。
  『敵となる人こそはわが師匠ぞと おもいかえして身をもたしなめ』なんて歌を実践するんだから」

 連歌師を間者に使っていたという話も合ったな。そいつ。 
  どのチートも文武だけでなく諜略までチートだから困る。
  戦国チートにはチームプレーなんて存在しない。
  今回の件は、スタンドプレーから生じたチームワークと言った所か。
  なんて事を考えながら、私は田原鑑種と四郎に、傀儡回しの名前を告げた。


「島津義久。
  それが傀儡回しの正体よ」


 

 

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