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大友の姫巫女

南海死闘編

第七十六話 櫛田崩れ その時

「よいか四郎。
  もし、お主が人を襲うとするならば、どこでやれば良いかわかるか?」

「閨の中で繋がったまま首を絞めろと?」

「それは下策よ。 
痴情のもつれにしかならぬ。
襲わせろとわしは言ったのだぞ」

「……襲わせる事そのものに意味があると?」

「消すのはたやすい。 
同時に後始末もやっかいなのだ。
だから、本当に消したい人間は、絶対に自ら手を出すな。
別の人間を使って始末しろ」

「という事は、襲う者の身内が裏切る形でしょうか?」

「そうよ。
それが、その者の金城湯池ならなお良いな」

――少し昔のある父と息子の会話より――

 中洲遊郭は 川を流れる中洲全てを使い切った日本有数の歓楽街である。
そこで使われる湯の量は常に煙突から煙を出すほどで、湯気と煙と嬌声の耐えぬ時はなしとうたわれるほどの繁栄を見せていた。
那珂川の流れに浮かぶこの中洲を境に、東は博多、西は福岡と分かれている。 
博多が町衆の自治による商業都市に対して、福岡は大友家直轄で街づくりを行って福岡城や城下町など行政都市の面影が強い。
街の発展を考えた場合、福岡と博多の一体化の為、中洲の北側に双方を繋ぐ道を引いて往来を自由にさせている。
その為か、ついた道の名前が『珠姫の花道』。
遊郭の城砦中洲の道隣は遊郭の朱色の格子窓が並び、上には花道で分断された遊郭を繋ぐために橋がつながっている。
博多と中洲と福岡のそれぞれの橋の双方に木戸が立って見張りが立っている。
博多側の木戸を開けると博多の総鎮守こと櫛田神社が立っている。

後に『櫛田崩れ』と呼ばれる騒動の舞台はこの櫛田神社前から中洲遊郭までで、その時の足跡は流した血と共に歴史に刻まれた。

 四郎の居城である立花山城は博多を越えた所にあるので、四郎とは一旦お別れである。 
ド修羅場だった荘園関連の法改正の目処がついてハイテンションだったりするが、それは仕方ない事である。

「じゃあ、休んだ後身だしなみ整えて床で待っているからね」

「かしこまりました。姫」

 博多の木戸側で馬車を止めて、私は中洲遊郭に戻る為に馬車を降りる。 
もちろん、護衛はついているが大大名大友家の支配者が取る行動ではなかったと後で痛感する。
馬車は一台。 
侍女として政千代がとなりにつき、周りには二十人ばかりの護衛侍と姫巫女衆、それ以外にやっと稼動に乗りつつあった鉢屋衆の忍が数人護衛についているはすである。
もちろん、私の場合はこの道を使う為に先触れを出して人を除けさせるからさらに警備が増えるのだが、同時に私見物の連中まで集めてしまっていた。

「姫様!お逃げを!!」 
「珠姫覚悟!!!」

 ほぼ同時に声が聞こえた時、私の手は四郎に捕まれて博多の木戸を潜り抜けていた。 
二歩目の足を橋に置いた時、遠くから銃声が聞こえたが外れたらしい。 
振り向くと、櫛田神社の参拝道から飛び出た十数人の浪人姿の連中が護衛達相手に白刃をきらめかせていた。

「守れ!
姫様に指一本触れさせるな!!!」

「姫様こちらへ! 
入られたら門を閉めよ!!!」

「馬を抑えよ!
暴れて敵に近づけん!」

 銃弾に怯えた馬が暴れて馬車を倒し、護衛の防戦を邪魔する。
この手の襲撃は時間が命なのに、この馬車のトラブルは確実にこちら側の不利に繋がるとどこか他人事で考えてしまう。
私を引っ張る四郎についてこれたのは、政千代と四郎つきの蒲生鶴千代と藤堂与吉の二人のみ。
指揮系統がしっかりしているのも、四郎とこの二人が前々から指示を出して警戒していたのだろう。きっと。
先の鉄砲の音は、私を狙うやつを忍が仕留めたのだろう。多分。

「珠姫を逃すな!」
「一歩たりとも姫に賊を近づけるな!」 

 逃げ切れると思った瞬間、博多の屋敷の一角から爆音が轟く。
多分鉄砲で狙っていたやつだろうが、火薬を用意して自爆しやがった。
その衝撃と光を正面から受ける事になった護衛の防戦が崩される。
そこから飛び出た襲撃者は五人。
中洲遊郭側を守っていた侍二人がすれ違って、襲撃者二人を抑える。 
残り三人。

「鶴千代!与吉!
押さえよ!」

「承知!」
「お任せあれ!」
「後は私が!」

 政千代と蒲生鶴千代と藤堂与吉が離れて襲撃者三人を引き付ける。
襲撃者の足が完全に止まった。

「走れ!
珠!!」

 四郎が私の手を握ったまま、中洲遊郭に飛び込む。
そのまま私は中洲遊郭に飛び込んで……

「え!?」

 刃を体から出した侍の血をもろに浴びる事になる。 
その刃は、襲撃者を切り捨てた四郎の刀から出ていて。

「何をしている! 
与吉!! 鶴千代!!! 
この場は敵地ぞ! 
我が父上ならここに兵を伏せるぞ!
このまま福岡城の田原殿の元まで駆けよ!
田原殿の手勢を見るまで、誰にも姫を近づけるな!!」

「遊郭は私が押さえます!
姫様を何とぞ田原様の元へ!!」

 四郎と政千代の怒声が遠くに聞こえる。
倒れこんだ侍から隠し持っていた短刀が転がり落ちて、乾いた音が耳に残った。
ぺたんと座り込もうとした私を四郎が抱え込んで藤堂与吉に背負わせる。
修羅の形相の四郎と蒲生鶴千代が私を背負った藤堂与吉を挟んで中洲遊郭を駆け抜けた。 
そこから先は私もよく覚えていない。 
私が気づいたときには、福岡城の部屋の中で、返り血も綺麗に洗い流された後だったのだから。

「お気づきになられましたか?姫様」

 寝かせようとした政千代の手を払って私は布団から起き上がる。 
襦袢姿の自分を視認しつつ、体に異常はない事を手で触って確認する。

「あれからどれだけ経った?」

 私の問いかけに答えたのは控えていた田原鑑種だった。 
後で聞いた話だが、襲撃後に福岡・中洲・博多の全ての木戸を閉ざして戒厳令を敷いたとか。助かる。

「一刻ほど。 
既に襲撃の事実と姫様の無事、及び責任を取って立花殿の博多奉行の職を解く事を加判衆首座の命で出していおります。 
府内および各地に早馬を飛ばして姫様の無事を伝え、立花家の手勢を使い襲撃者の背後を洗っております。 
明日夕方には、我が田原家、宗像家(戸次家分家が養子に入り同紋衆化)、小野家より兵が来るかと」

 およそ身内で固めるあたり、流石である。 
このあたりが揃えば最大で五千程度の兵が集まるから、次の襲撃は阻止できるはず。多分。
あれだけの騒動だ。
四郎の責任は免れないが、腹を切らせなかっただけましである。
で、その四郎は職を解かれた事に文句を言うことなく、自分の仕事をしてくれたらしい。

「既に、博多奉行最後の仕事として、襲撃の一件と姫様の無事は町衆に告知しております。
博多の町の全ての出入り口は既に我が手勢で囲み、怪しい者は誰一人出入りさせぬようにしておきました。
現在、博多遊郭および二日市遊郭の御社衆および姫巫女衆の洗い出しを命じました。
既に素性の怪しい数人を拘束し、取調べを行っております。
宇佐と杉乃井に今回の詳報を早馬で飛ばしました。
おそらく、この二つは兵を集め警戒するでしょう」

 起きたのを知ってやってきた四郎は、安堵の言葉より己の仕事を先に口に出した。
今回の襲撃で思い知ったが、怪しい事この上ない御社衆がどう動くのか分からないのが最大の問題となっていた。
何しろ元が夜盗・盗賊くずれの巣窟である。
金なり女なりで転んだとしても納得してしまう連中だから、あのまま中洲遊郭にいたらまた襲われていたかもしれない。

「助かったわ。 
ありがとう。
護衛の者や忍に礼を。 
犠牲者には手厚く褒章をお願い。
手抜かりはないと思うけど」

 まあ、このあたりの話は前ふりである。
問題はこのあとからなのだ。
私は、けだるそうに右手を振って、政千代と四郎と田原鑑種以外の者を下がらせた。

「で、誰の指図?」

 あたりの空気が確実に下がる。
というか、私が下げた。
私も襲撃者向けられて温厚でいられるほど聖人君子ではない。
最初に口を開いたのは政千代だった。

「中洲遊郭の姫巫女衆内部ですが、下はともかく上には怪しい動きをした者はおりませんでした。
むしろ、立花様の調べに協力したのは遊郭につとめた遊女達で」

 姫巫女衆内部の武家子女閥と遊女閥の融和に使わせてもらおう。
政千代もこうやって現状を見たからこそ事実を語ったのだろうし。 
政千代に続いて四郎が口を開く。

「襲撃者の幾人かは捕らえて、調べさせておりまする。
流れてきた浪人者を使っておるのですが、皆、櫛田神社の手形を所持しており、爆発があった屋敷も櫛田神社が持っていたものでございました」

 そのまま説明が田原鑑種に移る。
四郎が現場指揮と捜査ならば、田原鑑種は背後捜査という役回りか。

「櫛田神社宮司を呼んで手形を確認させた所、間違いがないとの事。
宮司は襲撃の件そのものは強く否定しました」

 まあ、誰だってそう言うだろう。
とはいえ、櫛田神社には動機がない。
利害関係は一致しているどころか、博多発展の寄与者だからだ。私は。

「で、あなたの事だからそこで終わってないんでしょ。 
吐きなさいよ」

 われながら底冷えする淡々とした声で続きを促す私。 
なんというか、顔がめっちゃいい笑顔になっている自信がある。 
笑顔って攻撃的なものだって少し先の武士達も言っていたなぁ。たしか。

「櫛田神社の手形は博多に入る際に最も権威がある手形の一つゆえ、その手形発行は筑前方分か博多奉行および、寺社奉行の紹介が必要になります。
襲撃者が持っていた手形の全てが寺社奉行の紹介によって発行されておりました」

 え? 
寺社奉行?
というと……

「奈多鎮基?
だって、彼他紋衆よ?」

 寺社奉行職だが、奈多鑑基の北浜夜戦にて討ち死に後に大友親貞が功績を積む為に就任していたが、大友親貞が日向に出向いた結果として、私の政権移行と同時に奈多鑑基の嫡男である奈多鎮基が寺社奉行職についていた。
それほど才がある男ではないが、次男で評定衆になった田原親賢が補佐しつつ仕事は滞りなく行われていたらしい。
血は繋がっていないが私は他紋衆をバックに背負って政権についており、豊後同紋衆を粛清した場合、大神国人衆に回せない利権の最大享受者である事が内定している家でもある。
豊後同紋衆からの刺客とばっかり思っていたので、その答えは想定外だった。

「誰かに煽られた可能性もあります」

「むしろ、焦りかもしれませぬな。
佐田殿をはじめ、立花殿、佐伯殿、安宅殿など、他紋衆とはいえ安穏とはできませぬからな」

 四郎の言葉より田原鑑種の言葉の方が深みがあるのはもう経験の差だろう。
奈多家が落ち目になっていたのは紛れもない事実だ。 
それゆえ、利権を渡す形でフォローをしたつもりだが、その前に煽られたか?

「今の話は誰かに話した?」

 確認したが、それは杞憂に終わった。
政千代は信頼しているが、この二人がコンビ組むとこうも安心できるのかと素直に思ったぐらいだ。

「いえ。誰にも」

「早馬を豊後の田原親賢殿の元に飛ばしております。
何か豊後で動きがありましたら応対するかと」

 いやらしい手である。 
暗殺できたらもうけもの、襲撃が発覚したら責任問題で四郎を失脚させ、背後を漁れば田原親賢に当たるようになっているあたり見事としか言いようがない。
おそらく、大友家中のかなり重要な位置に内通者がいる。

「明日博多を練り歩くわよ。
私の無事を知らしめたら、急いで府内に戻るわよ」

 この襲撃はきっかけでしかない。 
本番は、豊後。府内。
そこで行われるであろう血みどろの権力闘争が私を待ち構えているのだった。

「では、それがしは出て行きますので、後はお二人で。
いろいろとたぎっているでしょうから」

「私も。
中洲遊郭に詰めて警戒しますので、何かありましたら呼んでくださいませ」

 あ、気を使って政千代と田原鑑種が出て行った。
で、四郎は何で私の手を握っているのかな?かな?
私も、怒りの炎が愛の炎に変わってしまいそうなんだけど。

「あ、し、失礼しました。姫……」 
「あ、うん。
気にしなくて良いから。四郎……」

 いやま、そんな初々しいトークの半時後には獣のように朝までやりまくって、博多練り歩きがお昼過ぎてからになったんだけど。 
兵が集まって博多の街の安全が確保されるのを待って、私と四郎は海路で一気に宇佐へ。 
田原鑑種と替え玉として近隣国人衆に手を振るだけのお仕事をしてもらう恋は、陸路兵を率いて小倉経由で宇佐に入る事になる。

 なお、安全の為と称して、宇佐に着くまで私と四郎が家畜室からまったく出てこなかったのは安全の為である。 
そういう事になっているので。あしからず。


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