戻る 目次 

大友の姫巫女

南海死闘編

第七十一話 豊薩死闘 貴方も天下人たらんことを


  珠です。
  今日は杉乃井にて来客をお迎えする事に。
  会いたくはなかったのですが、是非にと請われた以上会わない訳にもいかず。
  その来客というのが竜造寺隆信と鍋島信生の主従でして。

「姫様におかれましてはご機嫌麗しく……」

「堅苦しい挨拶は置いておきましょうよ。時間の無駄よ。
  わざわざ私の御殿にやってきたその心意気を買って本音で話しましょうよ。
  島津側にでもつく算段ついた?」

 挨拶口上を述べていた竜造寺隆信の言葉がぴたりと止まると、そこから吐かれる言葉が獰猛な獣に変わる。
  やはり天下を狙う英傑にはこちらの方が相応しかろう。
  なお、ちゃんと周囲に菜子以下くノ一が抜刀済で待機していたり。

「なかなかに言うではないか。姫。
  俺を封じ込めた上に、その寝返りを期待するとは、本気で大友家中を掌握する気にでもなったか?」

「陶の二の舞はごめんよ。
  さしあたって、こっちに出向いてきたという事は、島津の手というより織田の息でもかかってきたのかしら?」

 あ、竜造寺主従がまた固まったぞ。
  どうやら、こちらが本命らしい。

「流石だ。姫。
  あんた相手に争うにも、どういう糸が伸びているのかよくわからん。
  で、虎穴に飛び込む事にした訳だ」

 私は虎かい。失礼な。
  とはいえ、この戦の背景を知らないと寝返えれないと臆面もなく言うのは裏返せば、簡単に寝返らないという訳で。
  それをこの場で言う度胸はさすが英傑の一人。
  隣で控えている鍋島信生の入れ知恵かもしれないが。

「で、虎子を得にきたと。
  聞いたら戻れない道だけどいいの?」

 一応脅してみるが、予想通り帰ってきたのは覚悟の一言。

「構わん。
  肥前を。九州を。天下を平らげんと志しながらも、姫に阻まれ続ける日々は飽きた。
  姫を消す機会があるとしたら、この機にしかないだろうからな」

「私が素直に教えるとでも?」

「教えるとも。
  明確に寝返る事を他でもない姫に教えるのだ。
  それを先じて手を打てばいい」

 無能な敵は足を引っ張るというが、野心ある味方というはどう扱えばいいのやら。
  というか、馬鹿が暴発するとは踏んでいたが、見事なまでに大物が釣れたと。
  私が父上や長寿丸に対島津戦プランを出してから、ここまで確信に食いついたのだからやっぱりこいつら危ないわ。まじで。
  先陣に置いて使い潰そう。うん。

「話す前に、島津戦にどうして気づいたのか教えて頂戴。
  二度手間はごめんよ」

 私の確認に答えたのは鍋島信生。
  やっぱり、こいつかい。

「肥後水俣城に駐留する筒井家の一件にて」

 そこか。
  先の日向遠征時に発生した大畑合戦によって肥後相良家は当主相良義陽の討ち死にを入れた壊滅的打撃を受け、相良頼定の相続によって水俣城を含めた葦北の地全部が大友に献上され、それらを畿内から流れた筒井一党に暫定統治させていたのである。
  だが、長寿丸の初陣を飾った織田家の紀伊進攻によって大和を支配している松永久秀の手勢が無視できない消耗を受け、その再編の為に彼らの帰還を認めたという事になっている。
  表向きは。
  だが、完全に崩壊の段階に入った動揺する室町幕府の旗の下で行われている対本願寺戦において、従うにせよ寝返るにせよ即戦力がないと始まらないという背後事情がある。
  松永久秀は使い潰す気満々だし、筒井一党は織田の支援の元独立する気満々の虚々実々の駆け引き。
  しかも、ボンバーマンこと松永久秀のめずらしくも愚痴をこぼした手紙によると、この筒井帰還を提案したのは織田信長の親切心という脅迫からで、段取りを組んでいたのは滝川一益らしい。
  大友担当の羽柴秀吉が京都防衛から動けない隙をついた見事な諜略にこちらも呆れるやら苦笑するやら。
  という訳で、畿内事情はこれぐらいにして、彼らが待ち望んでいた畿内帰還。
  島清興か松倉重信のどちらかを残すという筒井順慶の提案を断って、今まで働いた報酬にと金と兵糧を大量に与えて船で送り出したあと、その統治を相良家に再度任せようと考えていた。
  だから、肥後菊池家の正統な血を引く日向米良家を使い、菊池家を座屋として復興させて肥後の旗印にするつもりだったのだ。
  ところがこの提案を米良家の米良矩重が拒否。
  その理由は木崎原合戦と日向進攻によって受けた戦力の回復が追いついていないのが一つ。
  米良家も関わっている相良家内紛の激化が理由その二である。
  相良にせよ米良にせよ思った以上に動きが鈍いのは島津に隣接しているからで、どうあがいても後詰が間に合わないからこそ自主的にかつ傷を負わない慎重な行動が要求されるし、私もそれを黙認していた。
  内線戦略で叩く予定だったから、彼らを見捨てる事になるからだ。
  で、大畑合戦で壊滅的打撃を受けた相良家はそこで「島津につかないか?」という意見が台頭してきたのである。
  もちろん、島津の糸が伸びているのは言うまでもない。
  相良とて島津に対して恨み真髄ではあるが、大名である相良義陽まで討ち取られるという完敗を喫したことで、恨みより恐怖の方が根付いてしまったという事だろう。
  で、仕方がないので鹿子木鎮有を城主として任命。
  この鹿子木鎮有というのは先代が菊池義武の下で『肥後国の老者』とうたわれた鹿子木寂心の子で肥後に根付いた大友一族つまり同紋衆である。
  大友家に傀儡として建てられた菊池義武が謀反を起こした時に連座で失脚し、長く逼塞していたのだがこの抜擢が伝えられた時『大友家宗家にやっと許されたのだ』と涙を流したという。
  入田義実といい、こいつといい本人そんな気まったくないのだけど、先代からの因縁から勝手に忠誠心が上がり下がりするから本当に困る。

「日向にて活躍した筒井一党を返して大友同紋衆を入れた事にて、島津を抑えんとした事にて戦は近いと」

 そうだろうなぁ。
  この時代、能力主義だと寝返りが怖いから、一門や譜代を大将や城主に任命するのがある意味普通だった。
  まだ他人より親戚の方が信用できるでしょ程度なのだが、それでもましといった所。
  なお、鹿子木鎮有の抜擢が菊池家復興を断られたセカンドプランだったという事までは知らないらしい。言う気もないが。 
  そして、鍋島信生をもってしても水際で島津を防ぐと考えるか。
  そうだろうなぁ。
  外周部国人衆に寝返りの赦免状渡して島津に寝返って構わないと突き放して、島津を攻勢限界点である領内で迎え撃つなんてやらかしたら国人衆が離反しかねないからだ。
  ぶっちゃけると、この戦大友と島津の間にある肥後国人衆は、

「大友の利を取るか?島津の武を取るか?」

 に集約されていると言ってもいい。 
  そして、その動向に皆が気を揉んでいるのが最前線で内紛勃発中の相良家なのである。

「このままでは、相良は島津につきましょう。
  なれば、島津は水俣を囲むのみで人吉から八代へ抜ける事は必定。
  そのあたりで姫様なり御曹司(長寿丸)なりの手勢と当たるまでは読み申した」

 前言撤回。
  やっぱり凄いわこのチート。
  内線戦略は見抜けなかったというか理解したくなかったのだろうが、鍋島信生はこちらの動員と移動から決戦想定域をほぼ当てやがった。

「そこまで分かっていたら、だんまりで背後から刺せばよかったじゃない。
  なんで手の内を明かしてまで私の意向を確認するのよ」

 私の呆れ声にそれまで黙っていた竜造寺隆信が声を挟む。

「織田の者と名乗る輩が手を出してきた。
  これが羽柴や滝川ならまだわかるがそのどちらでもなかった。
  だから、このあたりで一番織田に詳しい姫に聞きに来たという訳よ。
  姫を倒して九州を獲ったとしてもその後織田に食われるようでは意味がないからな」

 竜造寺隆信の言葉に私は呆れるしかない。
  さすがは九州三国志の主役の一人と言った所か。
  野心も高いが、能力も高いでやんの。

「で、その織田の者の名前は教えてもらえるんでしょうね?」

 それを言ったのは鍋島信生。
  この二人のコンビは壊さないとまずい。
  戦場では二人を分けるように手配しとかないと。

「それが、明智光秀配下、朝倉景恒と」

 まさかここで明智の名前を聞こうとは。
  同時に、そりゃこの二人でなくても首をかしげたくもなるか。
  じゃ、そろそろここの顔と野心を出したお礼に種明かしをしてあげますか。

「此度の戦、大友の後継争いが元なのは理解しているわよね?」

「おう。
  御曹司について堂々と姫を討つ格好の機会だからな」

 せめて本人の居ない所で言えよ。
  どや顔の竜造寺隆信よぉ。

「これと同じ事が織田内部でも起こっているわ」

「……織田でも後継の争いが?」

 私は鍋島信生の言葉に静かに首を横に振った。

「起こっているのは、重臣間の争いよ」

 能力中心主義の弊害である。
  つまり、トップである織田信長の関心を買う為に、重臣達は次々と己の裁量でプロジェクトを進めており、その計画はハイリターンを求めて必然的に投機的になりやすい。
  それで織田家が破綻しなかったのは、トップである織田信長のカリスマチートとそれに連なるチート重臣達の文字通りの才能によって運営さているからにほかならない。
  だから、織田信長が本能寺で倒れたらあんなにあっけなく崩壊したのだ。
  まぁ、信長にみとめられた信忠も消えたのも大きいのだが、ひとまずおいておこう。
 
「畿内で本願寺と揉めている織田家の重臣争い?」

 竜造寺隆信が首をかしげる。
  そりゃ、そうだろう。
  大友毛利の同盟が中核になっている西国連合は織田家を凌駕する経済力を誇っているのだから。
  だから、私は竜造寺隆信にわかりやすい説明をしてあげる。

「要するに、織田信長の下、あんたと同じ野心と才能持ちで溢れている訳」

「なるほど」

「おい」

 だ、だめだ。笑ったらいけない……
  というか、すごくいい笑顔でぽんと手を叩くなよ鍋島信生。
  あと即答で突っ込むなよ。竜造寺隆信。その速さ何度もやってきたんだろ。あまりに自然だからおかしくて……ぷっ……
  こいつら、お笑いでも天下取れるな。きっと。
  が、がまんしないと……
 
「ならば、わかるでしょう。
  この西国は強大ではあるけど、野心あって才能もあるならば格好の餌という訳。
  しかも、西国全てを敵にする必用はない。
  背後の大友が混乱するだけで、強大な西国は雲散霧消する。
  大友を手懐けようとしている羽柴秀吉。
  島津に近づいて大友を叩こうとしている滝川一益。
  この二人が動いているから竜造寺に近づいた明智光秀って所かしら」

 何が凄いって、織田家の重臣が三人も大友相手に諜略を仕掛けてきたというの所が凄い。
  そして、それを黙認している織田信長の西国連合を解体するという意思が。
  あと、明智光秀はやっぱり怖い。
  中から懐柔、外から圧力という重臣の受け持ちを邪魔せずに「中から刺す」という権益(口出し)を確保しようと竜造寺隆信に近づいたのだから。
  多分、この三人あたりは織田信長が見ている天下という形を理解しているのだろう。きっと。

「天下ねぇ……そんなに欲しいものなのかしら?それ?」

 おもわず漏らした言葉に二人が目をむく。
  その驚き顔がちょっと意外だったので、私はおもわず訪ねてみることにした。

「ねぇ。
  あなたたちは天下を取ったら何をしたい?」

 あ、竜造寺隆信が固まった。
  まぁ、天下を取る事すら夢物語だろうから、その先は考えていないんだろうなぁ。

「こんな話知ってる?
  ある村に漁師が小さな網で魚をとっていた。
  その魚はなんとも生きがいい。それを見た商人が、
  『すばらしい魚だね。どれくらいの時間漁をしていたの?』と尋ねた。
  すると漁師は『そんなに長い時間じゃないよ』と答えた。
  商人が『もっと漁をしていたらもっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ』と言うと、
  漁師は『自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だ』と言った。
  『それじゃあ、余った時間でいったい何をするの』と商人が聞く。
  漁師は、
  『日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子供と遊んで、女房と寝て。夜になったら友達と一杯やって、宴会を開いて、歌をうたって……ああ、これでもう一日終わりだね』と」

 何言ってんだこの姫という顔をしているのだが、この話最後まで聞かないと意味がわからないのが困る。
  これだから外国のジョークってのは……

「商人はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。
  『きみに助言しよう。いいかい、きみは毎日もっと長い時間漁をするべきだ。それで余った魚は売る。お金が貯まったら大きな船を買う。そうすると漁獲高は上がり儲けも増える。その儲けで船を2隻、3隻と増やしていくんだ。
   やがて大漁船団ができるまでね。そうしたら商人に魚を売るのはやめて自前で魚を売る。その頃にはきみはこのちっぽけな村を出て博多に引っ越し、京や堺へと進出して店の指揮をとるんだ」
  漁師は尋ねた。
  『そうなるまでにどれくらいかかるのかね?』
  『20年、いやおそらく25年でそこまでいくね』
  『それからどうなるの』
  『そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子供と遊んで、女房と寝て。夜になったら友達と一杯やって、宴会を開いて、歌をうたって……』」

 結局のところ、今と同じではないか?と言うのがオチの笑い話である。
  だが、私はこの話が大好きだ。

「かつて、大内に成り代わって西国にて覇を立てた毛利元就は、天下まであと一歩に迫りながらそれを手にする事はしなかった。
  知っていたんでしょうね。
  天下を取っても、得るものより失うものの方が大きいと」

 両手を広げてにっこりと笑ってみせる。
  この手には天下なんて掴めない。そんなアピールのつもりで。

「私も同じ。
  天下なんてなくても、私は生きていける。
  だから聞かせて。
  私を倒して天下を得たいのならば、貴方はその得た天下で何をするの?」

 この言葉に対して明確な答えを叩きつけてきた男を私は一人しか知らない。
  あげくに、その回答が私を死ぬまで酷使するもんだったから私は足掻くわけで。
  気分はアレキサンダー大王からインド遠征を告げられたマケドニア将兵のごとし。
  だから、こうして足掻いでいる訳だ。
  この国だけで満足してくれるならば、喜んでこの身を差し出したのだが……

「わからん。
  獲ってみないとな」

 うわぁ。
  ぶっちゃけましたよ。このくま。
  私が呆れた顔をしていたのだろう。
  にやりと獲物をみる目で笑って私にその言葉を叩きつける。

「何しろ、俺は姫が見ている天下すら見えていないからな。
  盲目の者に空の青さを伝えた所で理解できる訳なかろう。
  だから、皆、天下に憧れるのだ」

 そういえば、こいつ一時僧侶をしていたような。
  その言い回し僧侶っぽいな。なんとなく。
  似たような言葉をはるか先の未来に一人の芸人が言ったとか。
  多分、全てをそれにかけた者でしかその言葉をつぶやく資格はないのだろう。
  まぁ、私が聞きたい言葉も聞けたし、向こうも聞きたい言葉を聞いた。
  そろそろおひらきの時間か。

「のぶれす・おぶりーじゅ」

「?
  何ですか?それは?」

 話は終わりとばかり立ち上がった私が漏らしたつぶやきに鍋島信生がくいつく。
  このあたり本当に目ざとい。

「異国の言葉よ。気にしないで。
  『あなたも、素敵な天下人たらんこと』をってね」

 まぁ、世界の中心にて全裸で現れる天下人ってのもいたら困る訳だけどね。

 

 

「いかがでしたか。あの姫の感想は」

「前々から、思っていた事がある。
  なんであの姫は色に狂いきってしまわんのか不思議に思っていたが、今、それがわかった。
  あれにとって、立花元鎮をいれた色など間男でしかないんだろうよ」

 竜造寺隆信が吐き捨てる。
  自分が見たものが信じられないという顔で。
  ちなみに、彼女の天下を見て『傲慢』と吐き捨てた男がいた事を竜造寺隆信は知らない。

「『も』と言ったんだ。
  『あなたも』と。
  天下人の座など一つしかないというのに、さも当たり前のように天下を語ったのだぞ。俺の前で」

 鍋島信生が首をかしげる。
  彼にとって天下など視野にないからこそその特異性が理解できない。

「わからんか。
  わからんだろうな。
  あれの傲慢が。
  あの姫の恐ろしさが」

 鍋島信生の理解できない顔に竜造寺隆信が苦笑する。
  だから、あまりにも的確すぎる一言を持って、竜造寺隆信はその感想を告げた。 

 

 

「あの姫、既に天下の上で狂わんばかりに腰をふってやがる」



 

戻る 目次