戻る 目次 

大友の姫巫女

南海死闘編

第六十九話 元亀の政変 あとしまつ

 松永久秀が伝手を伝って今川氏真を茶席に招くまで畿内情勢は混沌の一途を辿っていた。
  山科本願寺を織田軍が包囲すれば、石山本願寺からその救援の軍勢が京都を目指し山崎城や芥川山城に攻め寄せたが、羽柴秀吉や羽柴秀長が防戦に努め本願寺勢の撃退に成功。
  かと思えば、河内からの紀伊侵攻は紀伊に入る事すらできずに撤退し、近江では一向宗の一揆が勃発。
  壊滅状態と思われた北陸でも加賀にて一向宗残存が山岳部を中心に再蜂起。
  伊勢長島本願寺の蜂起とあわせて織田領内が一気に騒乱状態に陥ったのである。
  だが、一番の混乱は本願寺の蜂起ではなく、京での大政変。
  織田信長が足利義昭を幽閉した理由が知れ渡り、天下が皆唖然としたのである。

「先の公方様を京に呼び戻すか。
  そんな手を思いついた理由を茶の話にでもしてくれると嬉しいのだが」

「たいした事ではござらぬ
  今はただの風流人ゆえ、しがらみなどなく飄々と正しいと思った事を述べたまでで」

「それにしてもさすが今川殿よ。
  その知略、泉下の義元殿がお聞きになられたらさぞ喜びましょうて」

 何食わぬ顔で再興が決まった鷹司(一条)兼定がここで嫌味を言うのも、西園寺荘園返還問題から畿内に経験稼ぎに出向いていた大友軍にひゃっはー……じゃなかった森可隆によってえらい迷惑を受けたからで、大友家の京の代理人を務める彼にとって嫌味の一つも言いたくなるというもの。
  実際、今川氏真が言う所の足利義輝呼び戻しの為に松永久秀は手勢に甚大な被害を受けているので、この風流人じあるまじきことだが既に目が笑っていない。
  という訳で、今川氏真の身を守るためとして無粋ながらも鎧姿で羽柴秀吉が座っていたり、この二人の仲介者となっていた古田重然は当然のように置物と化しているのだがそれはひとまず置いておこう。
  まったくもって、風流の風もない殺伐とした某牛丼屋のような茶席である。
  その席を聞いた某姫様の戯言が後の世に残っているので意訳しておく。

 

 先日、今川氏真の茶席行ったんです。茶席。
  そしたらなんか人がいっぱいで座れないんです。
  で、屋敷の外を見たらなんか旗や垂れ幕下がってて、織田家の足軽と松永家の足軽がガン飛ばしあっているんです。

 もうね、アホかと。馬鹿かと。
  お前らな、茶の湯如きで普段来てない茶席に足軽連れてくるなよ、ボケが。

 戦だよ、戦。
  なんか鉄砲足軽とかもいるし。そのまま本願寺攻めですか。おめでてーな。
  よーし公方様本願寺潰しちゃうぞーとか言ってるの。もう見てらんない。
  お前らな、銭やるからその席空けろと。
  茶席ってのはな、もっと雅としてるべきなんだよ。
  茶室に入り、そのもてなしを心より感じ、そのもてなしに雅をもって返す。
  そんな風雅な浪漫がいいんじゃねーか。
  本当に刺すか刺されるかなんて茶席でやる武人供は、すっこんでろ。

 で、やっと座れたかと思ったら、外に居る侍大将が、喉が渇いたから水をとか言ってるんです。
  そこでまたぶち切れですよ。
  あのな、お前らの目の前に広がっている場所は何処だか言ってみろよ。ボケが。
  得意げな顔して何が、水を、だ。
  お前は本当に水を飲みたいのかと問いたい。問い詰めたい。半刻ほど問い詰めたい。
  お前、水って言いたいだけちゃうんかと。

 茶の道に通ずる私から言わせてもらえば今、茶の湯の間での最新流行はやっぱり、

 三杯のお茶、これだね。

 最初は8分目ほどのぬるい茶、次に半分ほどのやや熱い茶、最後は少しの熱いお茶を味わいながら飲む。

 これが喉の渇きを癒す通の茶の道。
  で、出した後にその真意を伝える。これ最強。
  しかしこれを頼むと次から武将に目をつけられる危険も伴う、諸刃の剣。
  素人にはお薦め出来ない。

 まあお前らド素人は、裏山から運んだ藤尾の水でも飲んでなさいってこった。

 

 本当に戯言だったらしいのだが、残っちゃって後の世に物議を醸すのだがまぁそれはおいておこう。
  名コピペには名になるだけの面白さがあるという事だろう。
  閑話休題。
  朝廷による足利義輝の帰還要請。
  その驚天動地の経緯はまとめるとこんな感じとなる。
  武田軍が天竜川合戦で大打撃を受けた結果、連動して織田領内にて一斉蜂起をする予定だった本願寺をはじめとした一向一揆勢は、梯子を外された形となって織田家となんとか手打ちをと考える穏健派を抑えて強硬派が台頭。
  また、都合良く足利義昭幽閉という京での政変が発生した事で、畿内における織田家の権威が失墜したと考えた本願寺強硬派が織田家に先制攻撃をかけ、開戦。
  事、ここに至ってはと穏健派と顕如も腹を固めて全面対決の姿勢をとった瞬間、まさかの朝廷による足利義輝呼び戻しである。
  何よりも関係者が驚いたのが、この女官奉書が一条内侍こと大友珠の手によって書かれているという点で。
  女官奉書をもらいにいった古田重然の前で、こんな形でブーメランを喰らった大友珠がやさぐれながら変身して書いた一品。
  とはいえ、宮中の女官よろしく前に御簾をおいて扇で顔を隠しただけだったりするのだが。
  なお、半ばヤケクソ気味に珠姫から聞こえてくる

「シャバドゥビタッチヘーンシーン!!シャバドゥビタッチヘーンシーン!!シャバドゥビタッチヘーンシーン!!
  ……(以下略)……
  さぁ、ショータイムよ!」

 という謎の声と御簾向こうのオサレダンスは誰にも理解される事なく歴史に消えるのだが、それはいつもの奇行なので大友家家臣や古田重然も気にしていなかったりする。
  だが、そんな戯言抜きにしたこの衝撃はあっという間に日本全土を駆け巡った。
  それは、織田が足利義輝を担ぎ出した事で、西の大友毛利連合から東の上杉まで幕府の威光が届くという意味を持つからで、乱れに乱れていた室町幕府再興の期待が否応なく高まったからに他ならない。
  こんな空気の中、朝廷を巻き込んだこの女官奉書に上杉が逆らう訳もなく。
  こうして、足利義輝を将軍とした体制で織田・上杉は手打ちをし、西国の大友毛利連合とも手が取れる体制が作られるように見えた。
  実際、足利義輝が京に戻ってきていたら、歴史は変わっていただろう。
  だが、彼は京都に足を踏み入れる事はなかったのである。


  足利義輝。加賀にて一向宗の一揆に巻き込まれ、死亡。
  剣豪将軍として名高く、襲い掛かる一向宗相手に無双をしていた彼の命を奪ったのは眉間を貫いた一発の弾だったという。


  不運だといえば不運だった。
  加賀国は織田上杉の直接対決で織田軍が壊滅した倶利伽羅峠合戦の後、上杉家と本願寺の間で領有が確定した緩衝地帯として設定されていた。
  だが、南加賀まで進んでいた織田軍は柴田勝家が大聖寺城に残ってその周辺の領地を死守していた。
  その結果、壊滅的打撃を受けた一向一揆残党は加賀と飛騨の山岳部を中心に潜み、織田上杉双方への復讐に燃えていたのである。
  武田家が大打撃を受けた天竜川合戦によって織田家と本願寺の緊張が最高峰に達して衝突が開始されると、その攻撃目標を織田家に向け行動開始。
  だが、戦力再編中で加賀に後詰など送れない織田軍は大聖寺城とその周辺しか守る事しかできず、戦力の回復がはかどっていない一向一揆側は守っている城を落とすだけの戦力が集められなかったので、その城の周囲を荒らす事に専念するしかなかったのだ。
  で、上杉家だが、彼らの失敗は加賀国がこのような不安定状況にある事を認識できなかった事にある。
  何しろ川中島合戦で何度も矛を合わせた武田軍の強さは十二分に知っている。
  その武田軍に大打撃を与えた織田軍の強さならば、領内の治安は確保されているだろうと判断していたのである。
  事実、明智光秀が統治していた越前国は急速に復興が進んでおり、近江一向一揆や伊勢長島一向一揆にも対処している事から危険は避けられると判断した事を責める訳にはいかないだろう。
  おまけに、『織田家』と『本願寺』による朝廷仲介の講和で加賀の取り決めが決められた結果、上杉が加賀に表向き関与できないのも足を引っ張った。
  柴田勝家が大聖寺城に勝手に居座っているというロジックを上杉輝虎が理解する訳もなく。
  なお、なぜ海路を使わなかったのかについては今でも謎として議論にあげられている。

 後の世に「あれは謀殺だ」と言われ、織田信長・松永久秀・大友珠・足利義昭等々当時の謀将全員が自分以外の相手を容疑者と考えたこの一幕にて室町幕府の権威が決定的に喪失。
  この結果、織田信長は畿内政権としての正当性を失い否応なく追い込まれたが、恥も外聞もかなぐり捨てた奇手、今川氏真を副将軍に持ってくる事で事態収拾に動く。
  その後、彼は足利義真と名前を変えて十六代征夷大将軍につく事になるが、落ちきった権威がまがりなりにも再構築されたのは、義輝殺害の実行犯である一向宗への攻撃という大義名分を得たからに他ならない。
  そして、操り主である織田信長は一向一揆を容赦なく殲滅して大儀を果たした事で中央政権としての面目を保ったのである。
  一方、実行犯である石山本願寺は織田だけでなく上杉と大友毛利連合からの批難を浴びて、その弁明に終始する為に戦どころではなく山科本願寺を抱えていながら、ついに一向一揆殲滅を黙って見ているだけに追い込まれた。
  また、信じて送り出した足利義輝を途中一向宗にて殺されたという報告を聞いた上杉輝虎は激怒。
  全軍を率いて畿内へ進撃をと考えたのを家臣一同の懇願によって押し留められる。
  上杉家は北条家とまだかろうじて同盟関係にあるが、弱体化した武田家の切り取りにおいて上野国武田領の領有をめぐって北条と対立していたのだ。
  武田家は新棟梁である勝頼の下で再編しつつ、攻勢強める徳川家への防戦に追われており、上杉には川中島四郡を、北条に対しては上野武田領を割譲する事で手打ちが行われていたのだが、関東管領である上杉家は関東の足場であるこの地を欲した事で事態が一気に緊迫化。
  もちろん、そうなるように武田家の馬場信房や真田幸隆が動いたからなのだが、この上野国武田領領有問題が決定打となって上杉家と北条家が決裂。
  上杉輝虎は関東へ兵を向けざるを得なかったのである。

 そして、畿内の幕府権力の決定的衰退は大友毛利連合の朝廷重視を更に加速させ、同時に中央の政争に巻き込まれやすい武家の権威についてなんだかの対策をうたなければならない状況に追い込まれた。
  大友珠が考え出し、丁寧に下準備を推し進めた上に朝廷に求めた鬼手は、太宰府の復活。
  太宰帥に幼い和仁親王を持ち出すという用意周到さで、中央政権が朝廷経由で九州に介入する手段を完全に封じきったのである。
  そして、がちがちに固めた権威を否定する手段は武力しかなく、否応なく大友家の権威に属していない島津家に対してその視線は向かう。
  経済的に、政治的に完全に追い込まれた島津家が外部勢力と連絡を取りつつどう反応するのか大友珠ですら読みきれておらず、本来ならばあと三年ほど後に出したかった鬼手の早打ち。
  背景には、既に明帝国との銀決済がリンクしてしまった爆発的経済成長が、太宰府の復活の先にある通貨発行を見据えざるを得ない所に追い込まれつつあったからにほかならない。
  為替差益・差損を考えればアジアのスーパーパワーである明の銀貨をそのまま使った方が手っ取り早く、彼女の前世的に言う所の、

「日本で米ドル使えるようにすれば、円高に苦しまなくていいんじゃね?」

という理屈だ。
  だが、商人達の財産保全の観念から激しい突き上げを食らって彼女はこの方針を撤回せざるをえない所に追い込まれた。
  どういう事かというと、既に証文取引が前提になって東アジア一円に広がってしまった現状では、そのものに価値があるが重たく持ち運びに不便な銀貨より一枚の紙である証文の方が喜ばれたのである。
  ただし、相手に信用があるという前提では。
  木崎原合戦から始まった証文バブル崩壊によって、信用というものがあいまいなものであるという事を痛烈に思い知った商人達はこのジレンマの解消を考え、その回答として新通貨創設を望んだのだ。
  これは特に日本よりはるかに激烈な権力闘争がある明帝国の士大夫階級から強く要望されており、敗れた場合の財産保全上、明帝国の息のかからない証文と通貨によって己の財産を守りたいという理由からだ。
  大友家を守るために切り離した通貨政策が、かえって安全な資本逃避先である事を証明してしまい、後に発行された銀貨である『円』(『銭は人から人に回り、そして帰ってくるのです。円環の理に導かれて……』なんて中二病全開の台詞を『円』と名づけた某姫が残していたりする)はその創設時から激烈極まりない東アジア商人達のホットマネー流入による通貨高騰に晒され、珠姫が乱交以外で悶絶するというと超特大ブーメランを食らうのは後の話。


  かくして、ボールは否応なく島津に投げられた。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「杉谷善住坊を紹介していただいた事、感謝しております」

「こちらこそ、帰られては困るからな。
  で、彼は?」

「見せしめの為に、生きたまま首から下を土中に埋められ、竹製のノコギリで時間をかけて首を切断する鋸挽きの刑に」

「それはむごい。
  で、我らの謀を知る者はもうおらぬな?」

「もちろん。
  畿内に目を向けて関東をおろそかにしていた上杉はまた関東に目が向くでしょう。
  先の関東管領殿の願いどおりに」

「武田がうまい餌をぶら下げてくれたからよ。
  先の関東管領殿が『北陸の国衆にその威光を見せ付ける』よう進言なさったのも効いたとか」

「おかげで三国湊や敦賀で始末する手間が省けました。
  お仕えした経験から、あのお方と先の公方様は幽閉した今の公方様よりも合わぬ故。
  そして、公方様より扱いが困る」

「だからわしを脅して巻き込んだか。狐め。
  織田家筆頭重臣がここまでするとは思わなんだがな。
  紀伊での無様な戦で信長を討つ事すらできぬ今、全ての仕掛けを捨てるは惜しいがこれで貸し借りはなしだ」

「これもそれがしを拾ってくれた、大殿への忠義のため。
  もちろん、貴殿も押す次の公方になるであろう今川氏真殿を大殿と共に支えてくださいませ」

「あと、あの姫にもいつか礼を言っておけ。
  どうせ博多からの船で手に入れたのだろうが、あの書の模倣が過ぎるから多分ばれるぞ」

「それを知っている貴殿も、あの書で謀反の発覚を恐れてそれがしの手を握ったのでしょうに……」




 

 

戻る 目次