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大友の姫巫女

南海死闘編

第六十八話 元亀の政変 貝塚合戦



 織田家の紀伊侵攻は、本願寺勢と開戦した事もあって紀伊に入ることすらなく頓挫した。
  元々織田家と関係があった根来衆は織田家につき、雑賀衆の拠点である和泉国貝塚を攻めたまでは良かった。
  ある意味必然だったのだが、石山本願寺と開戦した結果後背に敵を抱える事になって兵の士気が落ち、織田軍そのものが再建途上にあって士気だけでなく兵の練度が低下していた事。
  その為、先陣の松永軍を使い潰す形になり、将軍足利義昭幽閉というクーデターを敢行した織田家と松永家の外交関係が急速に悪化。
  これらの要件を考慮した実質的な総大将だった佐久間信盛は紀伊進攻を断念。
  軍監の森可隆は大いに不満を漏らしたが、最終的にはその決定を受け入れたのである。
  森可隆は岸和田城に入った畠山信孝の下に入り、石山本願寺と紀伊の連絡をさせぬようにする事が彼の新たな任務となった。
  と、これで終わるならば話は簡単である。
  机上の話を現実に落とさないと、戦は終わらない。
  つまり、織田軍の貝塚からの撤兵という問題が彼らの前に立ちふさがっていたのである。

 軍隊にとって最も損害が出るのが敗走時の追撃であり、大将クラスの討ち死にが続出するのもこの時である。
  負け戦とはこのようなものだと学びに来ていた長寿丸たちにとっては、目の前でそれが展開しているのだから教訓もひとしおだろう。
  問題があるとすれば、その敗走軍に彼らも属しているという事なのだが。
  身一つで逃げる侍、いつの間にかいなくなっている足軽、敵側に寝返ったかと思えば、手土産に同僚の首を取りに走る阿鼻叫喚がそこに広がっていたのである。
  これが完全崩壊に至っていないのは『退き佐久間』と称えられた佐久間信盛の統率の凄さと、岸和田城という拠点を織田軍が保持しているからに他ならない。
  こんな形で裏崩れ、友崩れが発生していた織田軍内において、大友軍がそれを傍観できる位置にいたのには理由がある。

「話をつけて参りました。
  姫様の恩をもって、大友の旗に矢を射る事はせぬと」

「裏取りはしているわ。
  向こうの侍さんも大友相手に戦をして、あの姫様怒らせたくないって」

 大友軍といえば当然のようについてくる大友女は今回の遠征でも当然のようにやってきていたりする。
  特に今回は大友女の次世代エースとなる予定の知留乃の出陣だから、その布陣も重厚を誇っていた。
  とはいえ、本来のエースの恋が立花元鎮の側室に上がり、大友女の遊女派と侍の息女派の派閥対立、日向遠征時に露呈した大友女内部の内通者あぶり出しと排除などまともな大友女を送り出せなかった結果、大友女の非主流派をかき集めたという救いようのないものだったのだが。
  先の発言の最初は大友女の実務を担当している木瓜、後ろの発言は大友女の本業担当の小少将の発言である。
  日向国伊東家の子女達を中心に島津への復讐を願い大友女となった彼女達は、武芸も学もあった事もあって今回の遠征における物資搬送や飯炊き、治療などの後方活動を取り仕切っていた。
  大友家次世代と知り合う事で島津への復讐を訴えるという珠姫の配慮と表向きには言われているが、その実情は人員が必要な後方活動においてまとまった人間が投入できて、裏取りの必要がなかったのが彼女達だったというお寒い事情が隠されている。
  珠姫が大友女を組織するまで気づかなかった事だが、大友女は足軽どころか侍よりも消耗率が高いのだ。
  正確には、珠姫が考えていた戦線後方活動ができる人員という意味なのだが、何でそんなに消耗するかといえば、寿退職以外に他ならない。
  考えてみれば当たり前の事で、学があって床上手とくれば男がほおって置く訳がなく。
  恋がいい例なのだが、誰かの側室なり妻になってしまうと、お家の事情もあり、危険地帯である戦線に気軽に出せる訳にもいかず。
  で、戦線に出した姫巫女衆は姫巫女衆で戦場に燃え上がる恋とかで男を狂わせ、そのままゴールインなんてパターンが続出。

「人を育てるのがこんなに大変だったとは……」

 と、彼女達のトップにいる珠姫は嘆くのだが、長寿丸が知留乃を遊女に上げずに側室にしてしまったら本気で次世代がいなくなるので勘弁してくれと切実に願っていたり。
  もちろん、その願いは見事に裏切られて本気で次世代がいなくなったので、育成に阿鼻叫喚の苦しみを味わうのは後の話。
  とはいえ、その阿鼻叫喚の果てに、

「日本の『道』って凄く共通性があって、その方向がどんなのでも変わらないのよ。
  『剣道』『柔道』『華道』『茶道』……どれでもそうなのだけど、初心者から中堅になる一つの証に『自我』の喪失。
  つまり自然とその形を振舞えるかどうかがあるわ。
  という事で、『花魁道』を極めるために『自我の喪失』つまり、牝○○化や肉○○化を推し進めて中堅層を一気に広げるわよ!」

って某週間漫画ミステリー調査班ばりのとんでも結論を出して押し進めることに。
  またこのとんでも理論が『守破離』とか『道』なんかの日本的思想と微妙に一致しているから本気で始末が悪い。
  牝○○化や肉○○化は『守』にあたり、そこから高級娼婦としての知識や教養を洗脳……もとい詰め込むつもりらしい。
  これも、そこまで行かないと『伝統的職業』としての高級娼婦としてのステータスが確立出来ないと珠姫が確信しているからにほかならない。 
  だから、珠姫はこんな事も言っていたりする。

「体で稼ぐ娼婦は所詮二流。
  一流は体も凄いけどそれ意外のところで魅了する。 
  教養だったり知識だったり、実際に身体を合わせることそれ自体よりも『この女に会いたい』って思わせる」

 それがわかっていながら、『姫様』というステータスを武器に、知識と教養を無駄遣いして、

「次世代がいないなら現役がんばらないと」

なんてほざきながら御乱交の理由にしていたあたり、珠姫の自業自得と言われてもある意味仕方がない。

 話がそれたが、木瓜が後方活動ならば小少将は慰安方面の担当になっているのだが、こっちはこっちで少し話が異なる。
  九州ならばまだしも、遠征でかつ万を超える規模の織田軍への慰安能力などさすがの大友女でもある訳もなく。
  なんで大友だけでなく織田まで面倒見るかというと、織田軍が大友陣内にやってきて大友女を食い荒らすからである。
  特にひゃっはーとかひゃっはーとかひゃっはーとか。
  具体的に言うと、小少将なんか常時艶々で夜は肌着を着れなかったぐらいで、『寝た』ではなく『気を失った』という言い方が正しい。
  しかも気を失う前と後では当然乗っている男が違う。
  そんな訳で、堺や京に強力なコネを持っている事を良い事に現地の遊女をあらかた雇い入れて全部管理していたのである。
  で、大友女のえげつない所は、買い取った遊女達を当たり前のように一向宗側にも送っていた訳で、一向宗皆殺しを主張していたひゃっはー……じゃなかった織田軍一部首脳の進撃を織田軍の口と股を押さえた事で押し留めていた。
  さすがのひゃっはーも延暦寺焼き討ちで珠姫を激怒させた報復に倶利伽羅峠合戦で織田軍四万が壊滅させられたぐらいは織田信長から聞いているらしく、大友の旗の下で腰を振っている女達を斬る事もできずに進撃は停滞。
  だかにこそ、深入りせずに一向宗相手にパイプを構築した大友軍は安心して逃げられる訳なのだが。 

「となれば、後は引くだけなのだが……」

 頭痛がするのだろう。
  小野鎮幸が額に手を当てたままその頭痛の元を見る。
  大友陣の隣に当たり前のように居座っている、ひゃっはー……じゃなかった織田軍軍監である森可隆の陣を。
  このインテリヤクザはただひゃっはーするだけならまだしも、大友軍の立ち位置を把握した上で大友軍を盾にして撤退しているのだからたちが悪い。
  一向宗からも、

「あいつらだけは生かして帰すな!」

 と何度も襲撃を行っているのだが、その度に大友軍を巻き込み、その為に大友軍が一向宗を撃退するという悪循環に陥っていた。
  よく一向宗相手に撤退の話がまとまったものだというか、あまりにも大友軍を巻き込む不正規戦が多すぎたので正式に和議をする事で大友軍を逃がし、大友軍に損害を出す事で珠姫の逆鱗に触れる事を避けようとしたというのが正しい。
  で、この和議のロジックだが、あくまで『一向宗』と『大友軍』の間で行われる事に注意。
  つまり、今まで織田家の同盟者である松永家傘下で働く大友軍という位置づけから大友家だけが独立した形を取っている。
  これによって、一向宗は織田家を叩く大義名分は維持しつつも大友家を敵に回す事はなくなり、松永家は織田家と共に攻撃を受ける事によって、同盟の信義を守る事ができる訳だ。
  ……大友軍の隣に堂々と居座っているこの森勢の陣を何とかすればの話なのだが。
  まぁ、裏崩れや友崩れが発生している織田軍を見切って大友軍と一緒に撤退する事を企んだその目は間違っていない。
  大友家と同じく一向宗にパイプがあったので大友と同じ形で和議を結んだ松永家の方も、崩壊する織田軍に巻き込まれて損害を出し続けていたのだから。

「織田軍の森様がおいでになっております。
  どういたしましょうか?」

 大谷紀之介が実に苦々しい顔で来客の到来を告げる。
  ちなみに、この場にいる全員が彼と同じような顔をしているので問題はない。
  間がいいというか悪いというか、勝手知ったるわが家とばかりにずかずかと入ってくるインテリヤクザ。

「おう。
  皆揃っているではないか。
  そろそろどうやって逃げるか算段をつけに来た所よ。
  何しろ我が森勢は殿を願い出たからな」

 当たり前のように事態をややこしくするインテリヤクザ。
  死にたいなら勝手に死ね。それに我らを巻き込むなと言いたい所だが、この手のやりとりは先に切れた方が負けである。

「逃げる事については同意しますが、我ら大友家は松永家の元を離れて本願寺と和議を結んだ所。
  共に逃げる必要はないのですが」

「つれないな。
  今まで一向宗を叩き斬った仲ではないか」

 いや、こっちは巻き込まれただけだから。あんたに。
  ブチ切れないだけ大人になったと切実に思う小野鎮幸。
  同時に、己の黒歴史を目の前に見せつけられて悶絶したい所を我慢するあたり、本当に大人になったと自画自賛する。
 
「とにかく、一緒に逃げる事はできませぬ。
  お引取りを」

 小野鎮幸がギリギリの礼節を持って追い払おうとした時に、森可隆がニヤリと笑う。
  その顔を見ていた、大神甚四郎は悪徳土倉が高利貸しの証文を突きつける様子にそっくりだとなんとなく思った。

「ならば、我らを雇わぬか?
  武勇については今まで見ているから問題はなかろう。
  安心して堺まで送ってやるぞ!」

 何をいっているのだろう。このDQN。
  陣内の皆の心が一つになっているのにこのDQN気づかない。
  多分対DQN耐性が一番高いのだろう一万田鑑実がやんわりと拒絶の言葉を告げる。

「お心使いはありがたいが、雇うにしても旗変えは必須。
  織田軍軍監をさなるお方が旗を捨てるような事は……」

 だが、このDQNには通用しなかった。

「なんだ。
  そんな事でいいのか」


  その日の夜、森可隆の陣は何者かに攻められて焼け落ちた。
  何でか、大友陣に森勢が加わった分だけ兵が増えていたり、織田の旗をつけた捕虜らしい一向宗の焼死体が散乱したりと見事なまでの偽装工作に大友軍だけでなく一向宗すら空いた口がふさがらなかったという。
  ここまで戦場のルールを踏みにじるかお前とドン引きした結果、『これは俺たちが殺さなくても織田信長が粛清するだろ』と大友と一向宗双方とも手を出すのを控えたというから押して知るべし。
  下手に手をだして、何処を噛まれるかわからないという恐怖心に負けた結果とも言う。
  とはいえ、この撤退において織田軍と松永軍合わせて三千近い損害を出したというのに、森勢はさしたる損害もなく撤退できたのだからこのインテリヤクザ本当にタチが悪い。
  当たり前だが、森可隆はこの一件で織田信長に詰問される事になるがその話はあとでしよう。
  で、大友軍および一向宗をドン引きさせた森可隆以下森勢も呆然としていたりする。
  大友軍を収容する為に貝塚近くの海岸に集結した南蛮船をはじめとした大友・毛利水軍の船団が眼下に広がっていたからにほかならない。

「なるほど。
  これが、大友の隠し球か。
  大友女といい、この家と戦うのは少し骨が折れそうだ」

 軍監として森可隆は織田信長に報告するために、大友軍の行動を逐一観察していたのである。
  挑発行為とて、その一環にすぎない。多分きっと。趣味や本能ではないと思う。うん。
  その過程で、彼は大友女のやっかいさを直に知る事になる。
  慰安・諜報・数学と文字習得をしている珠姫を頂点とした大友女は近代軍隊の前線以外での役目をほぼ全てこなせ、一部隊に一人いるだけで部隊の士気と疲労度が段違いだからだ。
  さらに、火薬に対する考え方も織田家とまったく違っていた。 
  今回の貝塚攻めの苦戦は雑賀衆を中心とした一向宗がしっかりと火器を整備していたのに対して、天竜川合戦であらかた火薬を使い尽くした織田家はその火薬の補充が追いついていなかったからなのだ。
  それに対して、大友軍は岸和田城攻めをはじめとして火薬をついに切らす事がなかった。
  一向宗を巻き込んでの迎撃も、テルシオと呼ばれる方陣を組んだ大友軍の火力に一向宗が引いたという明確な理由があったからこそ引けた訳で、これが足軽の殴り合いだったら大友軍といえども多大な損害を出していただろう。
  その火薬の補充をどうしていたかという解答がこの南蛮船をはじめとした海上輸送である。
  淡路に蓄積された分や堺に売られていた火薬や兵糧を海路で貝塚に搬送して、一向宗の足軽の上で腰を振った大友女の帰りにそれらを大友陣に運び込む。
  えらく大友軍だけ火薬をはじめとした物資が途切れないなと不思議に思っていたが、圧倒的な経済力と南蛮船をはじめとした海運、同盟者である毛利水軍という物資搬送能力、それを支える姫巫女衆をはじめとする後方支援組織を持つ大友家による瀬戸内海海上ネットワーク掌握はこの時点での最大最強兵器だったのである。

(大殿に報告せねば……これを何とかせねば、石山本願寺を落とすどころか、囲む事すらできぬぞ……)

 もちろんそんな事はおくびにも出していないあたりこのインテリヤクザのインテリヤクザたる所以だったりするのだか。
  この報告をはじめとして、石山戦における火薬に対する考え方から合戦のドクトリンが大友家と織田家で別の方向を辿ることになる。
  珠姫は元からだし織田信長も火砲の威力を知ってしまった。
  火砲を敵に叩きつけるのはいいとして、その火力が足りないがゆえに敵を叩きつぶしきれないのだ。
  その為に足軽が火砲で叩いた敵を叩くという形で合戦が展開してゆくようになる。
  また、そうなると自力生産で追いつかないほどの火薬(この場合硝石)が必要になる。
  で、火薬の輸入となると大陸から大容量の南蛮船で大量に運び込む必要があり、海外貿易の大半を握っている大友&毛利連合はその点で現状信長を凌駕している。
  だから、大友家は毛利家の支援という戦場が本領外という事もあり、火力を叩きつけた後は逃げてしまえばいいと割り切り、海上機動力で織田軍を西国で翻弄し続けた。
  一方、大規模動員ができても火薬の備蓄に時間がかかる織田家は、火力投入時は天竜川合戦時みたいな決戦と定義せざるを得ず、それまでは内線戦略と陣城を構築してひたすら守りに入り、決戦に足る状況が来ればその野戦築城と動員をもって大友軍の火力を防ぎ続けたのである。
  そして、これは外交面にも露骨に影響を与える。
  現状で火力戦を指向してるのに火薬不足となると、冗談抜きで硝石の輸入量が多い方が最終的な勝利者になる。
  だからこそ、織田信長にとって島津と長宗我部の価値がでる。
  この時期の火薬輸出国は南蛮は仲介で実質明帝国で、織田信長が明から火薬を仕入れられる交易ルートが、島津-長宗我部-紀伊という太平洋航路。 
  そして、それを可能にする為の大容量の南蛮船を持って珠姫の捕縛処刑を主張しているスペインとも組んだ訳で。 
  その莫大な支払いの為にも織田信長は堺と石山本願寺を絶対に押さえて、畿内の市場完全掌握をしないといけなかったのだ。

 邪魔者だった森家の将兵すら収容しきった大友・毛利水軍の船団だが、その森家の将兵を切り離す為に船団の進路を堺に向ける事になった。
  色々呆然とする森家の将兵を尻目に、酒盛りをしたり女を抱きに行ったりする大友軍の将兵達。
  それは、この瀬戸内海が彼らの海であるという事をこれ以上なく森可隆達に見せ付けていたのである。

「海だー!」
「落ち着いて……海に落ちちゃうから」
「無事に豊後に帰れますか」
「ぼくら何しに来たんだっけ?」
「……」

 それゆえに、遠慮なく遊ぶお子様五人。
  そうである。
  このバカルテットの紅一点に遠慮という文字は存在せず、森家の次男坊もそんなものを持っているはずがなかった。
  なお、このさいきょーのお子様は大友軍の迎撃時にその弩によってそりゃ面白いぐらいに一向宗の大将クラスをスナイプしまくって、撃退の一因となっていたりするのだが。
  でそれに張り合った次男坊も狂犬のごとくひゃっはーしまくって、

「あれ、うちで見受けしてもいいかもな」

 なんて森可隆に言わしめて大友軍首脳部を文字通り真っ青にしてしまったり。
  ついでだが、この+1の狂犬に危機感を持った某お子様の手によって、知瑠乃はちょっと負傷していたり。
  その為か、はしゃいでいる知瑠乃は微妙に歩き方がぎこちないのだが、そんな事を気にするお子様でもない。

「で、だ。
  餓鬼ども。
  戦というのはどうだった?」

 酒も女も戦も散々堪能しきっていたインテリヤクザが、笑いながらお子様達に尋ねる。
  結果だけ見たら、岸和田城攻めでしっかりと初陣を勝ち戦で締め、珠姫の願いどおり貝塚侵攻によって負け戦を体験する事ができたのだから大成功だろう。

「うーん、どうだろ?
  前に御殿を攻められた時よりこんなものかなって思ったけど」

 なお、このお子様その時の功績で大名である大友義鎮にお目見えして褒美までもらっているのだから、その感想もさもありなんという所。 
  ついでに、側室確定で次世代がいなくなったと阿鼻叫喚している珠姫を尻目に、大谷紀之介や大神甚四郎まで含めた長寿丸の近習達はこれで位置づけが確定した知瑠乃にほっとしたとか。
  まぁ、周りなんて気にせずに相変わらず彼女は彼女でこのまま馬鹿騒ぎを続けて行く事になるのだが。
  この発言を聞いた狂犬がむっと知瑠乃を睨みつけるが、もちろん対抗心に他ならない。
  なお、狂犬じゃなかった勝蔵も今回のひゃっはーによって織田信長にお目見えするのだが、ひとまずそれはおいておく。
  で、そんな知瑠乃を微笑ましそうに笑う長寿丸に森可隆がとんでもない爆弾を投げつける。

「そんなに覇気がなくば、姉上を倒して大名になるなど無理かも知れぬぞ。
  我が主は一族はおろか兄弟まで殺してここまでお家を大きくしたのだ。
  覇気無くば、家臣はついてこぬぞ」

 そりゃまぁ見事に空気が凍る。
  大友家のタブー中のタブーに平然と突っ込んでゆくこのインテリヤクザ、そこにしびれるあごがれない。
  事実、豊後国人衆を中心に珠姫への権力移譲の後、そのまま長寿丸に移譲しないのではという疑念が消えなかった事は無い。
  ましてや、珠姫の背後には四郎という愛人を窓口にした毛利や博多をはじめとする大商人がついているのだ。
  彼らの支持を源泉に珠姫長期政権という悪夢を同紋衆をはじめとする豊後国人衆は思いながらも口にすることはなかったのである。
  で、爆弾を投げつけられた長寿丸だが、口を少し歪めて森可隆を挑発するように哂う。
  それは、この遠征ではじめて見せた長寿丸が見せた本心。

「姉上と戦う?僕が?」

(お、良い顔するじゃないか。
  これが奴の本心か)

 と、森可隆が更に踏み込もうとした時に、空気を読まない知瑠乃がまたとんでもない事を言い出す。

「長寿丸は負けないもん!
  だって、姫様が策を授けてくれてるんだから負けるはずないじゃない!」

「うつけか。おまえは。
  その姫様とやらを討つ話をしているのだろうが」

 知瑠乃の言葉にやはり空気を読まない勝蔵が即答するが、なんだか微妙に大友家中の空気がおかしい。
  長寿丸は露骨に海に視線を向け、遠くから窺っていた小野鎮幸や一万田鑑実までもがいつの間にかいなくなっている始末。
  どや顔の知瑠乃を見ながら「?」を頭に浮かべる森兄弟に声をかけたのは、この手の貧乏くじを引き続ける運命なんだろうなと悟った大谷紀之介である。

「それが、あるのです。
  姫様を討つ為の策を姫様自身が長寿丸様に授けてくださりました」


「「え?」」


  傍若無人にひゃっはーしまくったこの兄弟もこんな間の抜けた顔をするんだなと思いながら、大神甚四郎が一冊の本を森可隆に手渡す。
  出陣前に、『ちゃんと勉強しなさいよ』と恍惚のヤンデレポーズで渡された本の表題は『覚悟のすすめ』。
  珠姫直筆で大友義鎮と加判衆全員の加判が書いてあったその本を読み出した森兄弟の顔が戦場で見られないぐらいに見る見る青ざめる。 
  そりゃそうだ。
  内容は、大友家の内情を二階崩れから事細かに書いて、長寿丸が珠姫に対してクーデターを起こす際にどのような行動を起こせばいいかという計画書だったのだから。
  『真っ先に殺せ 大友珠 立花元鎮』と堂々と書いている珠姫渾身の一冊で、読んだ長寿丸以下遠征軍一同ドン引き、大友義鎮が加判時に大笑いしたという狂気の一冊。
  ちなみに、長寿丸達に渡した後で府内や門司、博多など販売しだして、ガチのやばさで大友領外では発禁処分になったその内容もまたえぐく、

「有力武将を手なづけろ」
「兵は多すぎてもいけない」
「謀反の正当性を用意しろ」
「殺す相手を間違いなく殺せ」

とか古今東西のクーデターまで分析した上での具体例がぼろぼろと。
  もちろん、長寿丸以外が読んだら『この案は既に珠姫が警戒しています』という 明確な恫喝にしか見えない上に、国人衆および近隣諸侯は身内に思い当たる節がありすぎて皆慌てて確認に走る始末。

「一応、この冊子堺でも売れとの指示が出ております。
  よろしければお買い上げになりますか?」

 抑揚の無い棒読み声で大神甚四郎が確認すると、森兄弟は黙って首を縦に振ったのであった。
  ちなみに、森兄弟経由でこの本は織田信長に献上され、即座に堺に人をやって全部買い占めた上に一冊残らず燃やされたという。
  


 

 

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