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大友の姫巫女

南海死闘編

第六十六話 元亀の政変 洛中暗闘 その三

  森可隆が長寿丸達を連れ出した事は直ちに松永家と大友家に伝わり、松永久秀は織田信長に対して厳重抗議を行っている。
  とはいえ、『友好的な大名家(信長はそう思っている)』の『次期後継者』に『初陣を飾らせる』事は『良い事』なので、聞く耳などは持っていなかったのだが。
  おまけに、現在の京都は織田軍の制圧下にあった。
  二条城を中心に信長馬廻と羽柴軍が中心になって織田家が制圧しており、噂では近江から後詰を呼んでいるらしく、洛中の住民達は荷物を持って避難を始めていた。

「何がどうなっておるのやら……」

 御所にほど近い一条亭の主である一条兼定を前に茶を出しつつ松永久秀が愚痴る。
  一条亭に詰めている兵は元々松永家から貸し出されており、このような事態において京で動ける為に用意したものなのだが、織田信長が京を制圧した兵はこれよりも多く精鋭だった。

「麿に分かる訳なかろうて。
  それよりも、朝議にてあれが通った故」

 自称大友毛利連合の京の代理人の一人である松永久秀には通知するようにとの珠姫の命を受けた一条兼定は、この席で己の更なる出世――鷹司家を再興しその当主になる――にため息をつく。
  松永久秀の助言があったとはいえ、織田信長が京を制圧して足利義昭を二条城に監禁したこの時をぬってするりと鷹司家再興の朝議を出すあたり、一条兼定は無能ではない。
  最初に聞いた時に我が耳を疑った後に大笑いをした松永久秀が苦笑する一条兼定の姿を見て皮肉る。

「おや?
  関白すらいずれ手にするお方なのに喜んではおらぬ様子で」

「関白についた時に、織田殿と対峙すると分かっておればこの話蹴っていたでおじゃるよ」

 足利義昭との対立が決定的になった以上、織田信長が頼る権威は朝廷しかない。
  そして、彼がそれを求めた時にどうするかを決めるのが鷹司(一条)兼定になるのだから、いずれ関白に就任する喜びよりも織田信長に無理難題を言われる苦労の方が先に思いやられてのため息だった。

「織田からの妨害はあったか?」

 松永久秀が小声で確認するが、扇を口に当てたまま一条兼定が薄く笑う。

「近衛、西園寺共に物忌みゆえしばらくは朝議には顔を出さぬ。
  それ以外の公卿も何も言わず、御上にも賛同していただいた」

 物忌みとは占いや暦が凶であるときや夢見の悪いときなどに家にこもって謹慎することで、この場合物忌みという事例を使っての欠席を意味していた。
  賛成もしないが反対もしないという意思表示である。
  間の悪い事に、西園寺は織田に唆されて伊予の荘園返還問題で一条と揉めており、近衛は開戦寸前である本願寺と織田双方に近すぎて身動きが取れなくなっていた。
  それゆえ、一条兼定が何かするとは分かっていたこの二家は物忌みを口実に深く関わるのを避けたのである。
  後は、珠姫から与えられた膨大な銭が全てを決めた。
  他の公卿達も知れば責任を背負わされると知る事すら避けて近衛や西園寺と同じく物忌みで欠席したり、銭に転んで賛成に転じたり問題は何も無いように見える。
  ちなみに、伊予の荘園返還問題で一条と揉めた西園寺公朝は近く左大臣の辞任の意向(つまり、それで手打ちになっていた)を示しており、宮廷内人事が激変。
  左大臣の席は九条兼孝、右大臣には一条内基、鷹司家を継ぐ鷹司兼定は准大臣に、准大臣だった名家の勧修寺尹豊が内大臣に進む事に。
  勧修寺尹豊は朝廷の毛利家への外交口を勤めていた家で、毛利元就とも交流があった為に毛利家に配慮した人事と宮廷内では噂された。
  関白の二条晴良が生き残ったのが不思議なぐらいだが、ここまで露骨に大友毛利連合の人事が進んだ為だと噂され、事実、二条晴良と近衛前久の働きかけで織田信長に参議の席を与えたのである。
  まぁ、織田軍が京都にうようよしていなかったらこの参議も無かったのだろうが。

「だからこそ、織田の兵が恐ろしい。
  何を考えているのかわからぬ」

「一条卿の御身は問題ないはず。
  わしの兵が詰めているからな」

 断言した松永久秀だが、そこから先の言葉を紡ぐのに顔色が曇る。
  それは、彼をもってしてもこの状況を理解しかねているからに他ならない。

「だが、この様だと本願寺との戦などできぬぞ。
  山科を潰す事すら難しい。
  織田信長は此度の変事においてわしに賛同を求めてきたが、既に何を今更だ」

 松永久秀も関与していた対本願寺戦は本拠地石山だけでなく、京都の喉元にある山科と伊勢と尾張の境目にある長島への対処が要求されていた。
  京都防衛の為に最初の攻撃目標は山科本願寺となり、石山からの後詰を防ぎつつ山科を攻略。
  長島は尾張・美濃・伊勢の軍勢で囲んで山科攻略後に制圧という段取りになっていたはずである。
  それが、段取りに無い紀伊侵攻に京都での将軍幽閉による政変と想定していた状況とまったく違う。
  松永久秀は畿内において長く政治状況をコントロールしてきたという自負がある。
  それは、長年の経験と政治状況という知識が噛み合っているからで、このように状況自体を崩されると彼とて打つ手は限られるのが実情だった。
  とはいえ、彼も長年畿内に巣食っていただけに、織田信長が何を狙っていたかはうっすらと感づいていたのである。

「信長め。
  明応の政変を狙ったと見えるが、事はそう単純ではないぞ」

 明応の政変は、明応2年(1493年)に起こった足利将軍廃立事件で、このクーデターによって管領細川政元に実権が移ったのだが今回の政変と比べるといくつか信長にとって都合の悪い事実がある。
  まず、信長自身の権威が圧倒的に足りない。
  彼自身は幕府は傀儡にすぎないからその中での官位など必要でもなかったのだが、今回のようにその権威を変えようとした場合彼自身が表に立つ事ができない。
  朝廷にとってつけたように与えられた参議では不十分だし、朝廷上位は大友毛利連合の公卿で独占されている。
  それは松永久秀も同じ事で、万一足利義昭が逃亡しないように要所に兵を置いて関所にて厳しく取り締まり、新たなる傀儡として細川昭元を管領につけるよう織田信長に進言していたりする。
  幕府という組織においては織田信長と松永久秀は互いに手を取り合わねば瓦解する事は分かっていた。
  次に越後公方として上杉家の庇護下にある足利義輝の問題がある。
  彼が三好三人衆に殺されそうになった時に家臣すらつけずに逃亡し、一剣豪として越後に現れた時はそれほど問題視しなかったのだが、武田と上杉の和睦に関与したり織田軍に大損害を与えた倶利伽羅峠合戦にて政治的に動いた事が問題をややこしくしていた。
  足利義昭が使えぬ今、その代替を探すと足利義輝しか居ない。
  上杉家にはあれだけ無様に倶利伽羅峠にて惨敗した以上、その選択肢は取れる訳がないと松永久秀は判断していたのである。
  そして、一番の要因が畿内に上陸できる能力を持つ大友・毛利連合の存在である。
  大内義興という前例があり、今現在ですら大友軍が畿内で活動できている現実を考えるとこれを妄想で片付ける訳にはいかない。
  とはいえ、本国からはなれた大内義興がどうなったかを珠姫は知っているだろうから大軍を率いて出てくるとも思えないが、上洛する能力があるだけでこのクーデターに影響力を与えかねないのだった。
  彼女の手は豊後からでも十分にこの京に届く。
  事実、彼女によって鷹司は復興し、鷹司兼定が関白に送り込まれる事はほぼ確定事項となった上、五摂家の内一条・鷹司という与党を持ち、二条と九条に影響力を行使して摂家をほぼ手中に収めてしまっていた。
  もちろん、近衛にだって彼女の銭は届けられている。
  織田信長のクーデターという想定外の事態ですら、彼女が意図した朝廷掌握を邪魔する事ができなかったのである。

「宮中でもこの事態にうろたえるばかり。
  織田殿自身については話したとおりでおじゃるが、公方様の事については二条殿のお声がけにて事態の収拾を図る奉書をだすべきとまとまったゆえ」

 一条兼定のため息に松永久秀は苦笑するしかない。
  この場合、正親町天皇が女房奉書の形で幕府(つまり織田信長)に事態収拾の命を出す事になるからだ。
  本来、天皇の意向を非公式に伝える書式としては綸旨などが存在したが、次第に公文書としての性格が強くなったためにそれに代わるものとして作成され、天皇・上皇の仰せを女官(女房)が仮名書きにて奉じて発給する形を取る。
  その為天皇の意向という建前なのだが、天皇は女官に責任を押し付ける代わりに女官の意向を無視する事ができない。
  奉書が出たという事実はあるのだが、その文面は意向という形で女官が文書化するのだ。
  ある意味、織田側の女官が居ればクーデターのお墨付きを与える事になりかねないが、朝廷側とすれば何をされるか分からない以上すりよるのは当然といえよう。

「そういえば、いま洛中郊外におもしろきお方がおってな。
  古田殿の知り合いにて茶の道にも一家言あるので、近く松永殿にも紹介したいのでおじゃるが」

 話を変えようと一条兼定が茶の話を切り出す。
  松永久秀とて趣味人ゆえ、思考の迷路より一時抜け出して、趣味の話の花を咲かせる。

「ほほう。
  それは楽しきことで。
  で、その御仁とは?」

「先の駿河国の太守。
  今川治部大輔殿にて」

 一条兼定の言葉で松永久秀に電流が走る。
  そういう事か。
  将軍家継承権がある彼を使えばこの事態は全て片付ける事ができるのだ。
  兄弟争って幕府が分裂しているのであれば、別系統から将軍を作って仕切りなおせばいい。
  実権がないからこそ権威のみで判断すれば、今川氏真を将軍にもってくれば幕府の権威はひとまず一本化される。
  いや、いきなり今川氏真を将軍位につければ反発も起きる。
  ならば、副将軍として押し込んで朝廷あたりが権威のお墨付きを与えた上で、大友毛利がこれを認めればいい。
  という事は、二条晴良が出した女房奉書もこの流れに沿ったものか?

「どうなさった?」

 自分の出した名前がどのような意味を持つのかまったく考えてはいない一条兼定が陽気な声をかける。
  それに答えるべく松永久秀はどす黒い笑みを浮かべて一条兼定に返すが彼を引かせるだけだった。

 

 


「これは見事。
  何か仕組んではいたと思っていたが、鷹司家復興とは……
  宮中にて事を起こすのは難しくなりそうですな」

「笑い事ではござらぬぞ。今川殿!
  この件を掴んでいなかったが為に大殿のご機嫌は悪く、羽柴殿をはじめ重臣の方々を怒鳴り散らしたとか。
  こちらの狙いどおり、女房奉書が出るとはいえどのように事態を収めればいいのやら……」

 楽しそうに笑う今川氏真に対して、織田信長の怒りの余波を食らった古田重然はまだ顔面蒼白のままだったりする。
  事実、織田信長のクーデターにかこつけた朝廷内クーデターは鮮やかかつ広範囲に及んでおり、今まで幕府や朝廷に関与していた細川藤孝や明智光秀は今後二十年から三十年近く朝廷を大友毛利連合が壟断する事実に真っ青になっていた。
  これは羽柴秀吉も同じ事で、西園寺公朝が辞任に追い込まれた事で朝廷への足がかりを失ってしまい、途方にくれていたのだった。
  その余波を食らった古田重然も顔面蒼白なのだが、所詮人事と割り切っていた今川氏真はこの右往左往が面白くて仕方がない。
  もちろん、それを目の前の古田重然に言うほど愚かでもない。
  国を捨てて一人風流に生きると、こうも人の欲と愚かさが見えるものかと一人得心していたりするが、自分もしっかりその駒として認識されているなんてまだ気づく訳も無く。
  古田重然を落ち着けるためにも笑みを浮かべたまま力強く言い切る。

「何、心配はござらぬ。
  古田殿には申し訳ないが、旅をしてもらう事になり申すがよろしいか?」

「それは構わぬのだが、何処へ行けば良いので?」

 後に、やってきた古田重然に「完膚なきまでに負けたわ……」と珠姫が言わしめる事になる旅先を今川氏真は告げる。
  それは、この京都の暗闘が収束に向かい、傀儡として傀儡子として動いていた今川氏真と一条兼定の出会いと対決の終幕となり、畿内における大戦の狼煙となる。 

「豊後国府内へ。
  御簾の中から出てこないと噂の一条内侍に、 此度のお上の意向を伝えて女房奉書を書いてもらわねばならぬゆえ」


 

 

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