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大友の姫巫女

南海死闘編

第六十四話 国という形のつくりかた 洛中暗闘 その二



  一条兼定という男は大名としては無能かもしれない。
  だが、公家としては稀有なほどに有能な男である。
  その使い道を考えて洛中に送り込んだ大友珠の支援もあるが、彼女の宮中代理人としての仕事をこなす上で絶対に敵に回したくない公卿が西園寺公朝だったのである。
  まず、宮廷内の席次があげられる。
  西園寺公朝は弘治3年(1557年)から従二位左大臣を勤めており、正三位権大納言でしかない一条兼定はこれに適わない。
  そして、長年に渡る左大臣職を維持し続けてきた老獪さを持っており、実質的な廟堂の支配者の一人でもある。
  そんな彼から売られた喧嘩である『伊予西園寺荘園返還問題』は、一条兼定にとっても正念場といえる権力闘争になろうとしていた。

「まずは真偽を確認したく……」

 第一声をこう言った一条兼定は早馬を大友珠に送ると共にありとあらゆる手を使って遅滞戦術を取る。
  仮病から物忌みまで使って時間を稼ぐ一方で、他の有力公家の動向を調べ、それと同時にこんな提案をしてくれた背後にいるだろう大名家を調たのだ。
  この案件で得をするのは、直接的には一条領管理問題が燻っている長宗我部家であり、西園寺家のたかりを公認すれば公家の西園寺家のバックアップが受けられるとも取れなくはない。
  だが、一条と隣接している領地でしかも大名家の西園寺家を現所有者である大友家は滅ぼしている。
  今になって荘園の返還を言ってくるのはおかしい。
  その後の調査で、西園寺公朝の屋敷に出入りしていた古田重然が羽柴秀吉の山崎城に入るのを見て、一条兼定は羽柴秀吉、つまりは織田信長が背後いると気づき、『こちらの動きが感づかれたか』と冷や汗をたらす。
  現在一条兼定は大友珠から莫大な資金供与の代償に五摂家のひとつである鷹司家を乗っ取る宮廷工作を始めたばかりである。
  大友家の朝廷内勢力の拡大を現在の京の保持者である織田信長が望むはずもなく、その妨害に出たと考えたのは一条兼定が無能ではない証拠だろう。
  ならばこそ、一条兼定単独で勝てる訳が無いので、彼は味方を求める。

「一条卿の窮地を助けられるのであれば、これ幸いな事にて」

 珠姫が、『よりにもよってそこに助けを求めるか』と後に嘆いた松永久秀によって織田家の視線は松永久秀の方に向かう。
  その上で、一条兼定は松永久秀を表向きの仲介者として西園寺公朝相手に交渉を重ねていた。
  この問題の要点は二つある。
  第一に、返還後の荘園の管理代行を誰がするのか?
  一条領でもそうだが、京都に居る以上地方荘園の管理をもはや公家単独ではできないようになっていた。
  西園寺家に荘園を返還しても構わないが、その管理代行者は大友家ならば幾許かの年貢を西園寺に渡す事で解決が図れる。
  もう一つは、この問題を他の公家に広げないか?
  武士の世というのは、公家や寺社が持つ荘園横領の歴史でもある。
  それゆえに、大名家に公家や寺社は荘園の返還交渉を粘り強く求めていた。
  だが、それは実際の現地農民やその管理をしている武士の反発を招く。
  事実、西国の大大名だった大内家はこの公家や寺社に荘園を返還した事によって陶晴賢ら武断派の反発を招き、滅亡の一因となっている。
  京都在住の公家や寺社が一斉に荘園返還を求めだしたら、大友家といえども応対できないと一条兼定は考えていたのだが、珠姫は座屋を使った荘園の権益分割で乗り切るつもりだったので心配するなと送られた書には書かれていた。
  かくして、互いの妥協点をほぼ見据えた上で交渉が始められたのだが、今度は西園寺公朝がこの交渉に渋りだす。
  条件が合わない訳ではない。
  にも拘らず、病気とか物忌みとか先に一条兼定がとったような露骨な時間稼ぎに走ったのだ。
  珠姫は放棄予定地の南予という事と、鷹司家を乗っ取りという一大目的の為に西園寺公朝が取り込めるなら取り込んでしまえを命じていたので、条件面における譲歩などを含めて好待遇を提示していた。
  にも拘らず、西園寺公朝の遅滞戦術に一条兼定は首をひねらざるを得ない。

「何、簡単な事よ。
  糸を切らねば傀儡は操られるのみにて」

 松永久秀の指摘に一条兼定もぽんと手を叩いて納得する。
  西園寺公朝ではなく、その背後に居るであろう織田信長の意図を考えねばこの問題は暗礁に乗り上げたままになる。
  だが、自ら言った割には松永久秀は首をかしげる。

「とはいえ、この手は織田殿が取るにしては手が込みすぎているのが気になる。
  正直、ここまで織田殿が的確に一条卿の足を止めるとは思わなんだ」

 事実、朝廷については足利義昭や細川藤孝や明智光秀等に一任しており、先の倶利伽羅峠合戦の和議等で大義名分が必要な時に使えばいい程度にしか考えていないと思っていた。
  だからこそ、朝廷内で一条兼定がでかい顔をして勢力を拡大させていたのだが、この『伊予西園寺荘園返還問題』によって、一条兼定の朝廷工作は完全に停滞していたのである。

「松永殿。
  紀伊攻めには織田殿自ら出陣するので?」

「うむ。
  今回、こちらに寄ったのはその打ち合わせの為もある。
  その間に本願寺が悪さをせぬようにと織田殿はおっしゃっていたでの」

 今回の紀伊攻めは否応無く雑賀衆との衝突になり、場合によっては石山本願寺も蜂起しかねなかった。
  それを牽制する為にも、かなりの兵力を京都近辺に待機させる事を織田信長は命じていたのである。

「今回の紀伊攻めは松永殿が先陣を勤められるとか?」

 基本的に、侵攻国前面の領地を持つ家が侵攻時の先陣を勤めるのが慣例になっている。
  なお、紀伊守護畠山家の内紛介入という大儀名分から、この侵攻は足利将軍家の命を受けているという建前になっている。
  松永久秀が先陣で一万、佐久間信盛が七千をもってその次に控え、織田信長本陣は馬周りの三千の二万という陣構えの予定である。
  なお、この時点で本願寺対策に羽柴秀吉が京都近くの山崎城にて一万の兵で待機し、摂津国有岡城には荒木村重が五千の兵で播磨方面を警戒。
  更に、山科本願寺を警戒して万一の時には若狭と近江に領地を持つ丹羽長秀が駆けつける手はずになっており、集まっている兵の少なさに油断すると痛い目を見る事になる。

「うむ。
  負け戦はするつもりはないが、こうの京が騒がしいと戦もままならぬわ。
  気になるのは、今回の策は羽柴殿が動かしている様子。
  かの御仁がこのような策を打つとは少し意外での」

 京近くの山崎に城を構えて一時は京都奉行として寺社や公家と面識のあった羽柴秀吉だが、このような公家の奥まで知らねば動かせぬ策を打つ人間ではない。
  何よりも大友家との取次をしている羽柴秀吉がこの策を操っているのならば、大友の不興を買うのは目に見えている。
  にもかかわらず、彼はこの策を動かしているのは何か理由があるはずと松永久秀はあたりをつけていたが、その理由が彼をしても分からない。

「この策の出所が公方様や細川殿や明智殿ならばまだ検討もつくのだが、羽柴殿でしかも今までの羽柴殿から見ても考えられる策ゆえ」

 もっとも、それで終わるような松永久秀という男ではない。
  敵にしても味方にしても恐ろしく有能なのがこの老人である。

「とりあえず、揺さぶってみようか」

 

 

「羽柴殿!
  どうしてくれるのですか!!
  それがしを茶席に招かぬ公家や寺社、商人が増えてその理由を尋ねると『羽柴殿に聞け』と言われる始末!」

 山崎城に乗り込んでめずらしく激怒している古田重然に羽柴秀吉もめずらしくたじろぐ。
  羽柴秀吉のキャリアの中に京都奉行職はあれども、それは織田家の京都代理人という立場に過ぎず、公家内部の利害調整などできぬししていない。
  それでもここまで時間が稼げたのは古田重然についてきた一介の風流人気取りのおかげである。

「で、今川氏真殿はこの状況をどのようにお考えで?」

 羽柴秀吉の良い点の一つに人の話を聞くというのがある。
  だからこそ、多くの人間は彼に話して彼の虜になってゆく。
  そして、その柔軟性はこのような時にもっとも威力を発揮する。
  専門家に助言を求める事で、問題を丸投げしてその専門家を取り込んでしまうのだ。
 
「思った以上に、西園寺は急所だったようで。
  蛇を出す気がなければ、そろそろ藪を突くのはお止めになるべきかと」

 事実、一条兼定の朝廷工作は一月も長きに渡って停滞しており、古田重然の出入り禁止はその報復である事は今川氏真も羽柴秀吉も理解していた。
  一条兼定自身が当事者であり、ほぼ対応が準備できていた土佐一条領管理問題を長宗我部家を動かすよりもはるかに影響が大きかったのをこの二人は知らない。

「ならば、これが蛇なのだろうな。
  すでに大殿には早馬で詳細を知らせている」

 羽柴秀吉がため息をつくと、松永久秀から送られた書状を二人に見せる。
  そこには、大友家の長男で珠の次に大友家を継ぐ事が公言されている大友長寿丸が兵二千を率いて上洛、松永家との縁によって畠山攻めに参加する旨が書かれていた。
  よく分かっていない古田重然はおいといて、今川氏真は満面の笑みを浮かべる。
  それは、大名をやっていたからこそできる笑みだった。

「奇貨居くべしとは正にこの事。
  西園寺へは『時間稼ぎをするのは十分ゆえ、後はそちらで解決を』と金品と共に伝えておけば十分。
  古田殿への出入り差し止めも近く解かれるでしょう」

「ほ、本当でござるか!?」

 一変して喜ぶ古田重然はともかく、羽柴秀吉は今川氏真が何を言うのか分からない。
  そんな羽柴秀吉の怯えにも似た表情を眺めつつ、今川氏真はその策を披露した。


 
  『伊予西園寺荘園返還問題』は西園寺公朝が急に話に乗った事によって、一条兼定の提示した条件の元に解決した。
  それは、時間稼ぎをしなくても良くなったと松永久秀は理解していたが、では稼いだ時間をどのように使われたのかが分からない。
  そんな状況で幕府の政務の為に京都に来ていた彼は、羽柴秀吉から突拍子もない案件を持ち出され、『これが狙いか』と臍を噛む羽目になる。

「近く、大友家の御曹司がやってくるとか。
  元服もまだ見たいなので、大殿は公方様にかけあって、長寿丸殿の烏帽子親をお願いしようかと」

   

 

そのころの大友家の某家族

黒陽「(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!」
翡翠「(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!」
琥珀「(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!」
瑪瑙「れっつ\(・ω・)/にゃー!」

 何か娘が一匹増えていたりする珠姫です。
  幼き娘達が仲良く体操よろしく怪しい儀式をしているのはかわいい……げふんげふん。
  後、私は、

「いつもアヘアへ。
  四郎の股間に這い拠る淫乱」

 なんて名乗り文句を考えて……ん?娘達の召還が止んでいるのはどうしてだろう?
  というか娘達よ。何をおびえて……

「ひ~め~さ~ま~」
「また仕事をさぼって!!!」

 あ、あれ。
  障子に!障子に!!
  夜叉……じゃなかった麟姉と政千代が!


  大友家は今日も平和です。



 

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