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大友の姫巫女

南海死闘編

第六十三話 国という形のつくりかた

 技術者達の陳情とその結末



  お仕事中の珠でございます。

 今日は新設される日田奉行に就任する土居清良とミーティングから。
  なお、奥さんである九重姫も一緒だったりする。
  大友家に使える姫は私の存在のおかげで必然的に秘書資格がつくあたりなんともはや。
  とはいえ、仕事ができる女になっているので主人の足を引っ張る事はないと思う。多分。

「で、日田奉行は既に始まっている筑後川河川の業務全てを受け持ってもらうわよ」

 この日田奉行は、大名直轄で既に始まっている筑後・筑前・肥前三カ国にまたがる超大型公共事業案件である筑後川総合開発計画の工事監督、水利権の調整と裁判、水利用料の徴収に筑後川水運管理と莫大な権限を与える超巨大官庁になる事が確定している部署である。
  特に水利権の調整と裁判、水利用料の徴収は領土縮小後に大友家が生き残るからくりの一つして私が懇切丁寧に作り上げた仕掛けだったりする。
  三十年をかける大規模土木工事の果てに、筑前・筑後・肥前にまたがる筑後平野にて収穫されるだろう米の予想は百万石を超える。
  その新田の殆どを私は気前よくこれら三国の国人衆に渡したように見せて、この水の利用料を徴収する事で解決するつもりだった。
  新田開発はどうしても水の届かない場所に新田を作る事になるから水道は必須。
  その水道の元栓を握っている以上、彼らは否応なく利用料を支払わざるを得ない。
  この時代、基本的に水は足りないので拒否しようものなら、その下流の国人が武器もって怒鳴り込んでくるだけである。
  もちろん、水争いで合戦が発生する戦国時代だから、その調停も兼ねさせており、何かトラブルが発生した場合は日田鎮台が出張るという事に。
  ちょっと話がそれるけど、私は現状の大友家の組織を軍事は鎮台によって再編し、行政は奉行によってまとめ直そうと考えている。
  ただ、軍事系のトップが最高意思決定機関である加判衆になるのに対して、行政系のトップはその下になる評定衆どまりなあたり大友家も戦国大名だなぁとなんとなく感心したりしなかったり。
  軍事だろうと行政だろうと、人を使わないとやれない仕事なので行政職で功績のある人間はどんどん抜擢して軍事も担わせる予定ではあったりするのだけど。
  現状の加判衆が一定の行政ができるのは、彼らが自分の領地を持つ一城の主だからというのも大きいのでこのあたりのさじ加減は結構難しいのだ。
  話を戻そう。
  水利用料は銭で徴収し、足りない場合は私が貸す予定になっている。
  もちろん、労働返済(水道設備のメンテナンスや新田開発など)でもOK。
  そして、この筑後平野で取れた収穫物は筑後川を下って門司や博多に運ばれて畿内に輸出される。
  これらの運搬事業は全て私の息がかかっている水軍衆と座屋にさせる予定だ。
  たとえ、この三カ国の大名が大友から変わろうとも、その下の経済活動は全て私の掌握下にあるというえげつないしかけである。

「三年で府内に呼び寄せるわ。
  それまでは一万貫を支払うのでよろしく。
  望むならば、領地でもいいけど?」

「いえ。
  四国より流れたそれがしには過大なものゆえ」

 土居清良という人材が居てよかったと本当に思うのは、彼が四国出身で大友家中の縁故や地縁から切り離されていたからに他ならない。
  年収一万貫と言っても百万石分の土木工事に水使用料がこの奉行職に流れ込む超巨大利権。
  真面目にやってもこれ以上、利権を貪ったら年十万石以上の収入が転がり込むだろう。
  目鼻のきく者は既に私に猟官運動をしているぐらいなのだ。
  なお、いずれできるであろう中央政権がこの利権に目をつけた時に、水利関連は全て証文化して座屋に移す準備までできていたりする。
  だからこそ、土居清良と九重姫は三年以上は続けさせないのである。
  土着化しようものなら日田や玖珠近郊の国人衆を刺激しまくりだから。
  また話をそらすのだが、この一万貫というのはいつの間にか大友家にとってのサラリーマン侍の頂点みたいになってしまっている。
  これ以上もらうと周りが知行の方がいいと根回しされて領主なっていたりするからだ。
  田原鑑種なんかがこれにあたり、杉乃井奉行を長くつとめている九重の両親である藤原行春と瑠璃姫夫妻にも領地をあげて領主化しようという動きが絶えなかったりする。
  二人とも私への忠義を気にして全て断っているとか。
  で、一万田や臼杵みたいなそれ以上の大領主になると今度は粛清の危険を考えて座屋の方に権益を移して領地の大部分を返上する訳だ。 
  うまくできているなぁと一人感心したのは内緒。
  慣例化してくれるとこちらとしても大名権の強化になるのでありがたいのだけど。

「むしろ、本を贈ってくれるとうれしい」

 すっかり無口系読書夫人と化した九重姫がさりげにリクエストを出して私は苦笑せざるを得ない。
  旦那は日がな一日田畑を弄り、これで夫婦仲がいいというのだから人間というのは面白い。

「構わないわよ。
  どうせ小倉と福岡の分も作るのだから、二冊が三冊になろうと四冊になろうと同じよ」

 宇佐や別府に倉が溢れんばかりの書庫を持った私だが、天災多い日本でこれが保持できるかといえば不安が残る訳で。
  ならばと、福岡と小倉の両城にバックアップ拠点を用意する事にしたのだ。
  これら製本作業の資金は全て私のポケットマネーによって賄われており、『珠姫文庫』と名づけられた膨大かつ雑多な書籍の山は無料で開放されかつ教育機関として機能をはじめる事になるのだがそれは後の話。
  そんな『珠姫文庫』の中で九重姫がチョイスして日田に作った書庫が『九重選書』として名が残る事になるのもまた後の話である。 

「姫様。
  よろしいでしょうか?」

 そう言って私達の話を遮ったのは今日の私の付き人女中をしている八重姫で、九重姫の姉に当たる。
  今は木付鎮直の妻として旦那の無事を祈りながら家を守る立派なママさんになっていたり。

「どったの?」

 けっこう大事な話をしているのにそれに割り込んできたという事は、それなりにやっかいな話と言う事なんだろうが、八重姫は言い難そうに九重姫をちら見しつつ言葉を選んで話す。

「九重にも絡む事なので非礼を承知で申し上げます。
  評定衆の豊饒永源様が渡辺宗覚様、泥谷鑑宗様、城島鎮時様、諸田賢順様を伴って姫様にお会いになりたいと」

 首をかしげる九重姫の代わりに私は集まった名前にぴんときて、ぽんと手を叩く。
  そりゃ、私や九重が関わる話だ。これは。

「いいわ。
  ここに呼んで頂戴。
  土居清良もこの話に絡むと思うから九重と共にいて頂戴な」

「それは構いませぬが……」

 土居清良も何で残れと言われたのかぴんと来ていない様子。
  んじゃま、彼らが来る前に種明かしをつらつらと語るとしましょうか。

「評定衆に名を連ねる豊饒永源は、筑後国人衆を監視するために大友が豊後から派遣した家臣よ。
  彼は私に会うための鍵みたいなものかな。
  おそらく、彼を動かしたのは城島鎮時と諸田賢順の二人ね」

 やっぱり、わかっていない二人を気にせずに話は種明かしを続ける。

「泥谷鑑宗は城島鎮時を頼ったと見た。
  似た分野をやっているからねぇ。
  で、同じ佐伯家の縁で渡辺宗覚も絡んだんでしょ。
  彼らにとっては人事ではないからねぇ。
  土居清良。
  あなたも人事ではないのよ」

 くすくす悪戯っぽく私は笑うけど、土居清良はまだ首をかしげたままだ。
  そして、八重の先導によって豊饒永源、渡辺宗覚、泥谷鑑宗、城島鎮時、諸田賢順の五人がこの部屋に入ってくる。

「姫様にはご機嫌麗しく……」

「挨拶はいいわ。豊饒永源殿。
  とりあえず、土居清良と九重に状況を確認させたいから、ちょっと私から皆の自己紹介をさせて頂戴。
  評定衆の豊饒殿は知っていると思うから省くわね。
  で、彼が『獣医』の家系で獣医師をしている城島鎮時殿。
  『医師』の泥谷鑑宗殿に、『雅楽』の諸田賢順殿。
  渡辺宗覚殿は水軍衆であると同時に、大陸に渡って『大筒』の技術を習得してきたわ。
  で、残ってもらった土居清良は『農業』に一家言あって、今度設立される日田奉行に就任する予定よ」

 ここで、一同の顔にはっきりと理解の色が浮かぶ。
  わかっていないのは部外者の八重と受益者になる予定の九重ばかり。

「で、こう言いたいんでしょ。
  『一家相伝の秘術』を書籍化するのをやめてほしいってね」

「「「「……」」」」

 見事に図星だったらしい四人は互いに顔を見合わせて押し黙る。
  要するにこう言う事だ。
  さっき、私が珠姫文庫としてありとあらゆる書籍を集めているのは話した。
  で、それだけでは飽き足らずに、伝承や口伝で伝えられているものすら製本化して残そうと企んでいたのだった。
  これら秘伝のレシピを差し出させる代償に銭を払ったり、文庫の使用優遇を飴としてちらつかせているのだが、技術や知識はそれだけで食っていける一族の金づるでもある。
  その既得権益の破壊に彼らの目には映っていたのだろう。
  特に医術は露骨に人の生き死に関わるから、府内のルイス・デ・アルメイダが作った病院に山科言継から写させてもらった『言継卿記』という診療録まである事を餌に、利用する医師や薬師に、

「利用するなら銭を出せ。
  銭を出したくないなら、貴方の秘伝の術を一つ写本させなさい」

と、言明していたりする。
  ここまでは多くの医師や薬師が銭を払って利用していたのだが、知識の集積が進んだ事を認識した私がそれを元に学校を開こうと企んだ事で彼らの危機感に火がついた。
  そりゃそうだ。ライバルが増えるからである。
  秘術として隠している以上、いずれオープンソースと大量の被験者を抱えるであろう府内の病院で学んだ者が技量が上になる事は目に見えている。
  で、この動きは他の専門職にも脅威を与えたんだろう。
  だから、渡辺宗覚や諸田賢順もここに顔を出しているんだろうなぁ。

「分かっていらっしゃるのでしたら、話は早いと存じます。
  我等の生きる術と先祖から守りし技を奪ってくださるな」

 頭を垂れつつも、厳かな声で泥谷鑑宗が主張する。
  さすが医師だけあって落ち着きのある良い声だ。
  まぁ、そんな主張はこの本狂いの私にとって無視しても良いのだけど、かれら知的技術者を敵に回すのはまずい。

「私が危惧しているのは、一子相伝の技術なんて継承に失敗したら永久に失われるという事よ。
  この末法の世で、一子相伝した技を伝えし者が戦や病で死んだらどうするのよ?」

 まずは正論で揺さぶってみる。
  実際にその継承に失敗して歴史の闇に消えた技術ってのはかなりの量にのぼる。
  もちろん、知的技術者の多くは大名達にとって喉から手が出るほど欲するものだから手厚く保護はされているが、それとて万全ではないのである。

「それに、術の全てを出せと言っているわけじゃないわよ。
  出す範囲は貴方達に委ねられているのだから、そのあたりはうまくごまかしなさいな」

 この一言に四人の顔に迷いが生じるがそれが実は罠だったりする。
  情報は核心を得なくても周囲を裏取りすれば、ある程度の全体像は見えるものである。
  そして、技術である限りあたりをつけてトライ&エラーを繰り返せば、丸裸にできる。
  何よりも、実験回数は間違いなく情報が集積する私が作る学校の方が多くなるのだから。
  さて、止めを刺してあげましょうか。
  執務室におかれた献上品の中から一冊の書物を取り出して、皆の前に広げる。

「これ、なーんだ?」

「「!!!」」

 四人のうち、城島鎮時と泥谷鑑宗が衝撃を受け、残りの者も顔には出さないが驚いているのは間違いがない。
  アラビヤ文字が書かれたそれには、人体解剖図が描かれていたのだから。
  医術知識を持っている二人にはこれは衝撃だろう。

「大陸のさらに先、南蛮の医術書よ。
  この文字は私にも読めないけど、大陸では読める者がいるわ。
  で、私はこれを大陸の文字で訳す事を既に頼んでいるわ」

 大陸の文字、つまり漢字である。
  そこまでくれば、彼らも否応なく悟らざるを得ない。

「隠すなら隠すで結構。
  ならば、別の所から持ってくるだけだから。
  けど、私は集めたこれらの技を貴方達に曝すわ。
  それは、きっと貴方達にとって更なる力になると信じているから」

 医術知識持ちの二人は落ちるだろう。
  後は各個撃破のみ。

「諸田賢順殿。
  新たな音色を雅楽に入れてみませんか?
  渡辺宗覚殿。
  南蛮では日進月歩にて大筒の術が進化していると聞きます。
  それを知りたいと思いませんか?」

「「……」」

 私に名指しされた二人は互いに顔を見合わせるばかり。
  そして、この状況に幕を下ろしたのは、呼ばれなかった最後の一人だった。

「負けじゃ負けじゃ。
  城島に諸田殿よ。
  この姫様相手に我等が束になってもかなわぬわ。
  潔く下がろうではないか」

 分からないがゆえに、やり込められた事を悟った豊饒永源が大笑いをして場を茶化す。
  それに乗ると共に、絶妙なアシストをしてもらった彼に感謝と顔を立てる事を忘れない。

「豊饒殿。
  彼らと会わせて頂いて感謝しております。
  彼らが食えなくなるような事がないように、大友家加判衆の加判をかけてお誓い申し上げますわ」

「姫様。
  どうか頭をお上げくだされ。
  それがしごときに頭を下げられたら、鼎の軽重を問われますぞ。
  この姫様の事だ。
  御主らが心配するような事は既にお見通しよ。
  案ずるでない!」

 私が下げた頭に気を良くした豊饒永源が更に上機嫌になってつれてきた四人を説得しだした事で、私はこの場での勝利を確信したのだった。

 

「で、何でそれがしと九重をあの場に残したので?」

 五人が八重姫に連れられて退席した後で、まだ理解できていなかった土居清良の一言に私はたまらず噴きだす。
  たしかにちゃんと言わないとわからないか。これは。

「つまりね。
  貴方も農業で書を作ってねって事」

「それがし、土をいじるのはできても、書を作れるかどうか……」

「大丈夫。私がいる」

 土居清良の弁明を容赦なく遮ったのは九重姫。
  目は爛々とさっきの人体解剖図がしまわれた貢物の南蛮渡来の本棚に。
  うん。
  目が口ほどに物を言ってますな。

「分かっているって。
  写本、ちゃんと日田にも送るから」


  『日本最古の農書』と呼ばれる『清良記』は、奥方である九重姫によって日田での土木工事や畑仕事の記録がきめ細かに書かれた実用書として評価を確立する。
  その冒頭に私がちょっと遊び心で入れた一文を除いて。

 

『この書は土居家の日常を淡々と書くもので、過度な期待をしないで頂きたく候。
  なお、書を読む時は部屋を明るくして、書を適度に離してお読みになり候』(『清良記』冒頭分より)

 

 

作者より一言
  泥谷鑑宗は漢方医泥谷家の話 http://www.kunidukuri-hitodukuri.jp/web/koso7/koso7_column_tosa2_14.html から苗字を、
  そこから検索をかけて http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&frm=1&source=web&cd=6&ved=0CFAQFjAF&url=http%3A%2F%2Fbud.beppu-u.ac.jp%2Fxoops%2Fmodules%2Fxoonips%2Fdownload.php%3Ffile_id%3D3152&ei=oCWaT8eWBcqJmQWl6-GsDg&usg=AFQjCNF87_MhcmAN3CuE9G5xLfXZAudb8g&sig2=b-pCNCCJMq1Y9JDKmrh-RA
  佐伯家臣の泥谷家から宗の字を頂いて、後は偏諱によって捏造しました。

  



 

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