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大友の姫巫女

南海死闘編

第五十七話 国という形のつくりかた 五摂家事情

 

「要するに、形の問題なのよ」

「形……で、おじゃるか?」

 こんなで出だしな珠でございます。
  朝廷の使者という形で呼んだのが一条兼定卿。
  権大納言の地位にいる殿上人である。

「諸行無常とは形あるものだけではないわ。
  むしろ、形ないものも同じ。
  戦国は、風の前の塵となろうとしているわ」

 ちなみに彼は朝廷の使者として府内に来ているので、当然ここに来る名分がある訳で。
  それは、我が父である大友義鎮の太宰大弐就任の使者としてという名分である。

「幕府から九州探題、朝廷からは太宰大弐。
  これで名では我が大友家が九州を任されたという形になる訳」

「名どころか、実も大友のものではないか。
  九州の大半の地にて大友の名は轟いているというのに」

 轟いていない所が問題なんだけど。
  島津とか島津とか島津とか。竜造寺だって忘れてやるものか。
  まぁ、それは話の本筋ではないのでおいておくとして。

「勘合貿易。
  これを再開させるわよ。
  大内はこちらが保護しているし、幕府および朝廷の名もこっちが抑えた。
  おまけに、明帝国は銀を切実に求めているわ」

 木崎原合戦から始まった大金融恐慌で最大の打撃を受けたのは、大陸系和寇とその背後にいた明帝国の商人達だった。
  証文による信用取引の崩壊で発生した現金需要の急増に、石見銀山の銀だけでなく南米からも銀をかき集める始末。
  そして、この銀需要の急増が明帝国にある政治的決断を促すことになる。

 一条鞭法。
  つまり、税金の銀払い。
  世界における銀需要の決定打とも言われるこの一条鞭法の導入は日本、いや九州を決定的な拠点に変える事になるだろう。
  石見銀は必然的に博多に集まり、南米からの銀もルソン―マカオ経由で大陸に流れるが、南蛮人が帰りの荷を積む為にはやはり博多に寄らねばならぬからだ。
  そして、大陸、ルソン・マカオ、九州に石見、全てにおいて大友家の証文は決済能力を有するだけの信用と財力を保持している。
  全ての証文が博多に集まって決済され、そこから荷を得るために新しい証文が常に発行され続けるのだ。
  システムとしてはこれで私の勝ち。
  信長もフェリペ二世もこのシステムに届かない。
  だが、システムというのは完成されてからが本番で、維持管理のメンテナンスは常に行わなければ、そのシステムが精緻ならば精緻なゆえに些細なトラブルで破綻する。
  そのメンテナンスを一大名家で行える規模ではもはやなくなっていた。
  で、必然的に国――という名前の看板――が必要になってくる。
  もちろん、この日本という国が戦国時代で壮絶な内乱を百年ばかりやり続けているのは、東アジアの商人ならば誰でも知っている。
  そんな国の看板が必要なのか?
  必要なのである。本心から。
  戦国時代は実力の時代というけれど、それはちょっと違う。
  戦国時代ほど権威というものが切実に求められていた時代はなかったのだ。
  何でか?
  簡単な話で、実力重視なのは間違いがないが、その結果組織の新陳代謝が激しくて組織そのものが弱体化してしまうからである。
  つまり、下克上。
  力によって簒奪した所は、それを見ているだけに力ある家臣も、

「俺だって」

 の心は持っているし、持たないと上に上がれない。
  だが、今はいいが世代交代して次が力が無かったら?
  そのなれの果てがこの時代である。
  だからこそ、権威というのをありがたがり、実力ではどうすることも出来ないと感じるだけの権威を欲するのである。
  特に九州をはじめとした地方大名家は中央の権威失墜を知りながら、むしろ安く買えると喜んで中央の権威を求めた。
  田舎の国衆が持てぬ権威というのは影響力は大きく、大内家なんてのはその権威というものの魔力をもってしてあの大勢力を築き上げたと言っても過言ではない。
  まぁ、その権威に重きを置き過ぎて滅んだあたり自業自得とも言えなくもないが、代わった毛利家が大急ぎで権威なんてものを欲して幕府や朝廷に銭をばら撒いた過去が権威の持つ影響力の大きさを物語る事ができるだろう。
  ここまでが、国内の話。
  ここから、ちょっと視点を海外に移す事で権威というものの本質に触れてゆきたい。
  東アジアの覇権国家である明帝国、その明帝国を中心とした中華柵封体制というものが東アジアの国際秩序を形作っている。
  国際秩序というものは、行き着くのは外交安全保障であり、その影響力は当然日本も受けている。
  勘合貿易なんてその最たるものだ。
  中華帝国の権威と実利を受ける事で、富と大名家には持ち得ない国内における絶対的権威を打ち立てる事ができるのだから。
  まぁ、生活環境上実力しか認められない北方騎馬民族なんかの話はひとまずおいておくとして。
  日本の場合、天皇を中心とした権威を確立した事で対等という立場を取っており、私もこれを崩すつもりはない。
  おまけに、明帝国は鎖国政策を取っており、本来ならば付き合いにも色々と慎重を期さなければならないのだが、私の先人達がこんな形で解決していたのでそれを踏襲するつもりなのだ。
  ここで、実務としての幕府の存在意義が出てくる。
  日本の権威上NO2になる幕府が中華柵封体制に組み込まれても、権威しかない朝廷がそこから外れているので日本そのものの権威に傷はつかないというロジックである。
  この権力の二重構想に着目して、明帝国という権威を利用しつくして室町幕府を固めた英傑の名前は足利義満。
  明帝国が彼を日本国王に冊封した時ほくそえんだという逸話が残っているらしいが、そこまで考えていたのならさもありなんである。
  なお、一説には足利義満は天皇になる事を望んだという説もあったりするのだが、私はそれに疑問符をつけたい。
  権威と実力の一体化は魅力的ではあるが、南北朝の混乱が記憶に残る中でそこまでの強行を彼がしたかと私は思ってしまうからだ。
  とはいえ、足利が第二の藤原になっていた可能性は否定しないが。
  話がそれた。
  この勘合貿易は、その後幕府の名前で大内家や細川家の独占事業となり、両家に巨万の富をもたらしたが、戦国時代の到来とこの二家の没落を持って中断に追い込まれている。
  だからこそ、太宰府なのだ。
  朝廷正式公的機関による外交交渉を開く事で、明帝国の扉をこじ開ける。
  中華柵封体制に組み込まれる事で、この金融・決済システムを信長やフェリペ二世の手が届かない所におけるのだ。
   
「しかし、典侍よ。
  太宰府に権限を集めると、お主の家が傾かぬか?
  鎌倉府や九州探題の末路は知って居ようて」

 一条兼定の懸念は最もで、この話実は意図的に重大な欠陥が隠れている。
  答えは簡単で、太宰府に権限を集めているのならば、その太宰府ごと乗っ取ればいいのだ。
  中央で父上の太宰大弐を解任して、中央から別の人間を送り込むだけでこのシステムはとても簡単に崩壊する。
  実際、鎌倉府は中央から送り込んだ公方達の果てに関東での壮絶な騒乱の引き金となり、九州探題は現地勢力を取り込めずに歴史の闇に消える結果となった。

「言ったでしょ。一条卿。
  戦国は終わりつつある。
  新たな幕府が生まれし時は、これを献上するつもりなのよ」

 私は太宰府復興と時を同じくして、権威だけの九州探題も実権を付与させようと考えている。
  太宰府が外交機関として機能するのならば、九州探題は九州における司法機関としての位置づけを目指す。
  現状の九州は、大友家という大名家の家内法によって統治されていると言っても過言ではない。
  同時に、大友家の内部対立がそのまま九州動乱の引き金になりかねないのだ。
  長寿丸に引き継がせた時にそのようなリスクを無くす為、国人衆の間で揉めに揉めている土地争いなどの裁判を全部九州探題に回す事を目論んでいる。
  もちろん、現状の大友家の権威は絶対だ。
  だが、九州探題を経由すれば大友家も裁判官では無く原告・被告に回れ、その実行機関である軍は大友家の鎮台が中心となる。
  常に安保理という正義の旗印を持って戦争にいける某国のまねである。
  だから、こっそりと拒否権という裏コードを入れる事も忘れない。

「差し出す為に、太宰府を復興させるか。
  麿にはとうてい理解はできぬの」

 一条兼定も呆れ顔だが、実はこのはなしまだ本題に入っていなかったりする。

「理解はしてもらわなくて結構ですが、新たな幕府が開かれるまでどこぞの馬の骨に太宰府を渡したくはありません。
  それゆえ、監視の為にも一条卿には廟堂にて更なる活躍をご期待したく」

 彼の存在意義はここにこそある。
  中央で大友側公卿として振舞ってもらい、太宰府を廟堂内から守ってもらうのだ。
  何より安心なのが、一条兼定がもう他の大名家に転びようがないぐらい大友と一心同体な点。
  彼とて、自身が飾りであるのは理解はしているが、朝廷に帰った結果その飾りであることすら理解していない公卿連中を見て一皮向けたらしい。
  だって、彼の生活基盤である土佐一条領十万石分の資金提供は現在の朝廷内でもぶっちぎりの財力であり、現在に至るまでこれ以上の現金を出している大名家は存在していないのを一条兼定自身が一番良く知っていたのだから。

「構わぬでおじゃる。
  お主の振り付けで動くだけで、内裏より優れた屋敷を構える事もできたしの。
  それを失うほど、麿も愚かではないでおじゃるよ」

 内裏の近くに建てられている彼の邸宅こと一条亭は、雅な屋敷であると同時に松永家から派遣された警護の兵が多数詰める軍事要塞でもある大友家の洛中拠点でもあった。
  この一条亭を意識した足利義昭や織田信長は二条に壮大な城を建てて対抗したとかなんとか。
  さて、ここで一条家についておさらいをしておこう。
  現在の一条家を率いているのは正二位に昇進した一条内基で、一条兼定とは叔父の関係になる。
  で、一条内基には子がおらず、土佐でがんばっていた一条兼定が一族を連れて我が大友のバックアップつきで京に帰還。
  その金と権力(もちろん私が画策したのだが)によって、兼定の子供の一条内政が一条家を継ぐ事が既に確定している。
  とはいえ、一条兼定自身は分家扱いなので正三位権大納言でしかなく、分家扱いだと昇進はここで打ち止めとなる可能性が高い。
  やっかいなのはここからで、一条兼定より五歳年下の一条内基から一条兼定へ代替わりでバトンを渡すという事ができない。
  その為、一条兼定の子供である一条内政に渡す事になるのだが、彼が廟堂に上がるまで朝廷工作能力が激減するという問題が発生するのだ。
  正三位権大納言も十分に高い官位ではあるのだが、できるならば大臣位にこちらの与党を送り込みたい所。

「一条卿。
  摂家にこちらにつきそうなお方ご存知?」

 私の問いかけに首を少し傾けること暫し、一条兼定は一人の公卿の名前をあげた。

「近衛殿はいかがで?」

 一条兼定が口に出したのは先の関白である近衛前久だが、私は即座に首を横に振る。

「駄目。
  うち以外の大名家と近すぎる」

 近衛前久は越後の長尾景虎が上洛した際に互いに肝胆照らし合って血書の起請文を交わして盟約を結んだ仲である。
  おまけに足利義輝逃亡時に三好三人衆側について足利義昭の恨みを買い、ライバル二条晴良によって関白を解任されると本願寺に転がり込むという離れ業をやってのける。
  とどめに、織田信長の勢力が畿内を制圧するとそれに素早く接近して日向に使者として出向くぐらいだから彼の復権は近い。  
  おまけに、つい先ごろ起こった丹波での合戦で名を上げた荻野直正とも関係があったりするから、下手にコントロールできないと思っていた方がいい。
  悩んでいた私に一条兼定が一人の公卿の名前をあげた。

「では、二条殿は?」

 近衛前久の復権によって面目を失っていたのが二条晴良で、実は織田信長に接近したのは彼の方が早かったのである。
  だが、先代二条尹房が大内家と共に滅んだ事で、大名家に太いパイプを持っていた近衛前久と比べると見劣りするのは致し方なく、廟堂内でも失脚の噂が囁かれているとか。
  幸いにも、大友は大内家を保護しているので一応名目は立つ。

「売った恩は返ってくるのかしら?」
「敵に回らぬだけでも儲けと思わねば。
  それが雅な生き方ゆえ」

 なまじ大名なんてやっていただけに、えらく説得力のある一条兼定のお言葉である。
  既に廟堂の中心にいるから影響力は絶大だが、失脚をひっくり返せるとも思えず、与えた恩を考えると割が合わないという所。
  だが、敵に回れば元が織田信長に繋がっていたから、やっかいな事極まりない。

「いいわ。
  安くないけど恩を売りましょう。
  できれば、一条卿みたいに動いてくれる方がもう一人ほど欲しい所なのですが」

 できれば若手で、取り込んで昇進をさせる事で裏切るのが損だと考えられる公卿が。
  いたらいいなというレベルだったのだけど、即座に口を出せる一条兼定はさすが廟堂の中の人である。

「ならば、九条殿でおじゃろう」 

 廟堂内で銭を与え続けたのを本当に良かったと思ってたことはおくびにだしたりしない私。
  九条兼孝の実父は二条晴良で、養子として入った事で摂家内序列でも一段低く抑えられていた。
  ならば、父親に恩を売りつつ息子を取り込んでしまえば、忠実な与党になるだろう。

「いいわ。
  とりあえず、九条殿の懐柔はお願いするとして……ん?」

 なにかひっかかった私が首を傾げたのを見て一条兼定が声をかける。

「どうしたのでおじゃるか?」

 なんだろう。このもやもや感。
  んー、何か引っかかる。
  一条・二条・近衛・九条……摂家!?

「たしか、あと一つ摂家があったような……」

 やっと思い出した違和感。
  摂家を五摂家と覚えていたからこそ、思い出せたようなものである。
  そんな私の声に一条兼定がぽんと手を叩いた。

「鷹司家の事でおじゃるな。
  気にしなくて良いでおじゃるよ。
  鷹司家は、先代忠冬卿が亡くなった後、絶えて久しい故」

 ああ、なるほど。
  最後の一家は鷹司家だったか……
  ちょっと待った。
  鷹司家が断絶しているですって?
  で、九条には二条の養子が……チャンスじゃない。
  思いついた悪魔的アイデアに私を見ていた一条兼定が一歩引いていた。失礼な。

「一条卿。
  先ほどまでの話は問題がないとして、卿自身の御身にも触れて頂きたく」

「な、何を麿にさせるおつもりかな?
  典侍」

 とってもにこやかな笑みを浮かべて、溢れんばかりの銀が乗った三方を一条兼定の前において私はとても軽やかに口を開く。

「たいした事ではございませぬ。一条卿。
  貴殿には位人臣を極めてもらいたく」

 顔色が真っ青に変わった一条兼定を前に、私はにこやかな笑みで軽やかにそれを口にした。

 

「鷹司家を乗っ取って、関白まで上がって下さいませ」



 


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