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大友の姫巫女

南海死闘編

第五十五話 アトラス遊戯 天竜川合戦 後編 その四



  朝霧が立ち込める台地にときの声が轟く。
  陣太鼓が猛々しく鳴り響き、整然と足軽の足音が近づいてくる。
  待ち受ける塹壕内から一斉に火縄の匂いが香り、伝令が馬に乗って敵襲を告げる。
  朝日が東の空から台地を染め上げ、夜の勢力が壊走する中、時代に名を刻む大筒十門が静かにそのその砲身を輝かせていた。

「武田軍本隊!来ます!!」

 そして、火と鉄と血の宴の幕があがる。

 


地理説明

 

           A
                     E
     B C    D   

 

                          ■
                        堀  ■
                           ■天
                     堀 ⑥   ■竜
    柵柵柵                    ■川
    ⑦③ 柵          堀 ⑤      ■
         ②                 ■
          堀    堀 ④         ■
                           ■
⑧           ①

 


武田軍

A 信玄本陣      武田信玄 武田信廉 一条信龍                          三千
B 対徳川迂回部隊  原昌胤  原盛胤  諸角昌守                           四千
C 武田軍右翼    内藤昌豊 甘利信康 甘利信忠                          五千
D 武田軍中央    高坂昌信 曽根昌世 小幡昌盛                          五千
E 武田軍左翼    諏訪勝頼 河窪信実 跡部勝資 土屋昌続                   六千

 合計                                                     二万三千


織田・徳川連合軍
① 信長本陣    織田信長 中川重政 池田恒興 平手長政                      五千
② 滝川隊     滝川一益 吉田兼房 関盛信 神戸具盛 可児吉長                 五千
③ 徳川本陣    徳川家康 大久保忠世 小笠原信興 成瀬正義                   五千     
④ 水野隊     水野信元 水野帯刀 佐治信方                          二千五百
⑤ 羽柴隊     羽柴秀吉 蜂須賀正勝 竹中重治 仙石秀久                  二千五百
⑥ 明智隊     明智光秀 明智秀満 斎藤利三 朝倉景紀                   二千五百
⑦ 徳川軍後詰   榊原康政 本多忠勝                                   二千
⑧ 信忠隊     織田信忠 長野信包 津田信澄 林秀貞                        四千

堀 天竜川より   河尻秀隆 前田利家 不破光治 福富貞次 佐々成政  各千五百 合計七千五百

 合計                                                      三万六千

 


「大筒放てぃ!」

 堀の中と本陣に据えられた八門の大筒が火を噴き、轟音と共に砲弾が武田軍に襲いかかり、武田軍の中から悲鳴があがるが武田軍は崩れない。
  初弾は効果があったが、次弾から効果がだんだん無くなってゆく。
  これは皮肉にも大筒の射程がありすぎるのと、一度据えた大筒は方向・角度の変更ができないという欠点の為である。
  砲撃のみでの攻撃で追撃をかける鉄砲や弓が届かず、恐慌から回復するたげの士気と錬度を武田軍が持っていたというのも大きい。
  それを武田軍は二俣城攻めの犠牲によってしっかりと把握していたのである。
  さらに言えば、織田軍にとってもこれほどの大規模火力戦は初めてだった。
  二俣城守備兵と同じく、恐怖から先走って攻撃を始めてしまい、武田軍に効果的な打撃を与え切れなかった。

「織田とまともに戦おうと思うな!
  徳川勢を潰せば、織田は勝手に崩れるぞ!」

 高坂昌信指揮の武田軍中央と諏訪勝頼率いる左翼は前進を中止し、後退しつつ織田軍と距離を取る。
  だが、大筒を用意できなかった徳川軍を相手にする内藤昌豊率いる武田軍右翼は徳川軍と接敵して激戦が繰り広げられた。

「怯むな!
  ここを突破させるな!!」

 徳川家康自らが旗本を率いて柵まで出向き武田軍と剣戟を交える姿に徳川軍は奮い立つ。
  この合戦にて武田軍に打撃を与えなければ後がない事を徳川家康は十二分に承知していた。
  そんな武田軍右翼にテルシオを組んだ滝川隊が横槍の銃砲撃を武田軍に浴びせる。
  棒火矢の火が竹束を燃えあがらせて、火がついた武田軍の足軽達に銃撃を浴びせてゆくが武田軍は崩れない。
  その隙に武田軍中央が滝川隊に近づいて矢弾に石を浴びせる。
  織田軍も反撃するが、武田軍右翼と中央という二箇所に同時攻撃をする事になった結果、制圧面が弱くなる。
  そこを右翼に隠れていた原昌胤指揮の武田軍迂回部隊が柵を迂回しようとして、待ち構えていた榊原康政指揮の徳川軍後詰とぶつかる。
  だが、武田軍迂回部隊は四千で、徳川軍後詰は二千。
  兵力に差があり、この場所は織田軍の火力支援を受けられない場所だった。
  その為、武田軍はついに迂回に成功して徳川軍に横槍を入れようとした瞬間、

「大筒放てぃ!」

 それを読んでいた織田信長が織田信忠隊に配置した大筒によって武田軍迂回部隊の先鋒が吹き飛ぶ。
  この大筒はぶっちゃけると敵に当たる必要はない。
  ただ迂回するであろう武田軍にこれ以上の迂回をさせない為に撃ち続けていればよかったのである。
  これによって、武田軍迂回部隊による徳川軍への横槍は頓挫するが、同時にある一定の戦線が構築されて激しく武田と徳川が血を流しながら殴りあう状況に陥ったのである。

 

 

地理説明

 

           A
                     E
         

 

                          ■
                        堀  ■
                           ■天
   B   C D           堀 ⑥   ■竜
    柵柵柵 ②                  ■川
   ⑦  ③柵          堀 ⑤      ■
  ⑨                        ■
          堀    堀 ④         ■
         10                 ■
⑧           ①

 


武田軍

A 信玄本陣    武田信玄 武田信廉 一条信龍                            三千
B 対徳川迂回部隊 原昌胤  原盛胤  諸角昌守                         三千五百
C 武田軍右翼   内藤昌豊 甘利信康 甘利信忠                            四千
D 武田軍中央   高坂昌信 曽根昌世 小幡昌盛                            三千
E 武田軍左翼   諏訪勝頼 河窪信実 跡部勝資 土屋昌続                     六千

 合計                                                  一万九千五百


織田・徳川連合軍
① 信長本陣    織田信長                                           二千
② 滝川隊     滝川一益 吉田兼房 関盛信 可児吉長                        四千
③ 徳川本陣    徳川家康 大久保忠世 小笠原信興                          四千     
④ 水野隊     水野信元 水野帯刀 佐治信方                           二千五百
⑤ 羽柴隊     羽柴秀吉 蜂須賀正勝 竹中重治 仙石秀久                   二千五百
⑥ 明智隊     明智光秀 明智秀満 斎藤利三 朝倉景紀                     二千五百
⑦ 徳川軍後詰   榊原康政 本多忠勝                                           千
⑧ 信忠隊     織田信忠                                                      千
⑨ 信忠隊分派   長野信包 津田信澄 林秀貞                                  三千
10 本陣分派    中川重政 池田恒興 平手長政                                 三千

堀 天竜川より   河尻秀隆 福富貞次 前田利家 不破光治 佐々成政     各千五百 合計七千五百

 合計                                                                 三万二千

 

 

 戦況は互角といった所。
  それも、実際に戦っているのが徳川軍と滝川隊の一万二千のみで、武田軍中央と右翼および迂回部隊の一万四千を相手にしていたからに他ならない。
  とはいえ、武田軍の猛攻に徳川軍後詰は消耗しており、信忠隊より分派した三千が駆けつけなかったらどうなっていたか分からない。
  既に双方とも数千の損害を出していたが、武田と織田・徳川連合軍ともに次の手を模索し続けていたのである。
  武田軍は、ここにきて兵の少なさが問題になろうとしていた。
  徳川軍を破ったはいいが、追撃をする為の戦力が無かったら地力で勝る織田・徳川連合軍の方が先に回復してしまうからだ。
  その為にも、本格的に戦闘に参加していなかった武田軍左翼を後詰として、戦場に投入させる事を躊躇わざるを得なかったというのが大きい。
  一方、織田・徳川連合軍側は投入したくてもできなかった。
  かき集めた雑兵で錬度が明らかに足りない兵は、堀の中に入れて逃げられないようにして必然的に背水の陣を敷かせたので出せる訳が無い。
  かといって、テルシオを組んだ部隊は移動力が極端に落ちる。
  実質的な後詰として用意していた信忠隊から徳川軍に後詰を出した以上、残る後詰は本陣から出すしかない。
  本陣から後詰を出してまだ武田軍を抑え切れなかった場合、織田・徳川連合軍は敗北しかねない。
  織田信長は何とかして武田軍を織田軍の火力陣地を前に引きずり出したいのだが、今の所打てる手は無かった。
  かくして、死闘続く徳川軍の陣に信忠隊が合流して迂回部隊を押し戻す。
  だが、これは攻勢正面が限定される事を意味しており、兵の士気・錬度で勝る武田軍と真正面から戦う事を意味していた。

「滝川様!
  鉄砲隊弾切れです!!」

 そして、ひたすら徳川軍の支援を続けていた滝川隊の鉄砲隊の弾が切れる。
  面制圧射撃は敵を近づけない代わりに、尋常ではないほどの火薬と弾を使う。
  開戦時からひたすら撃ち続けて来たつけがここにきて現れる。
  そして、それを武田軍が見逃すはすが無かった。

「織田は弾切れぞ!
  この機に一気に踏み潰せ!!」

 武田軍中央が一気に滝川隊のテルシオを突き崩しにかかる。
  この時に神戸具盛が討ち死にするも、可児吉長等の奮戦と佐々成政陣からの棒火矢や鉄砲支援、本陣から後詰で送られた中川重政等の横槍で辛くも崩壊を免れる。
  だが、滝川隊の後退によって徳川軍に攻撃が集中する事になり、成瀬正義が討ち死にするなど状況は悪化の一途を辿っていたのである。
  織田・徳川連合軍は既に後詰を出しており、武田軍にはまだ左翼という切り札があった。
  このまま徳川軍が崩壊して、その後織田軍が武田軍の追撃を受けるという運命を狂わせたのは、連続して起きた三つの出来事だった。

「お屋形様!」
「薬師をここへ!
  この事は外に漏らしてはならぬ!」
「信廉殿を呼べ!早く!!」

 病の体に天竜川渡河が堪えたのだろう。
  武田信玄が倒れたのだ。
  病の体を押しての戦いゆえ、武田信玄もこれを予想していなかった訳ではない。
  円滑に指揮ができるようにと、容姿が似ている武田信廉を影武者兼陣代に指定しており、混乱を未然に防ごうとしていたのである。
  だが、武田信廉が指揮を執ったこの瞬間は武田軍にとって最悪のタイミングだった。
  負けているならば、その挽回か敗走(潰走しない限りにおいて)という形で将兵はまとまるし、まとめる事ができる。
  互角ならば、前線の将に任せて適切に後詰を送ってやればいい。
  勝っている時、もしくは勝ちを確定に持ってゆこうとする時ほど、将の真価が問われる。
  多くの名将達もこの瞬間をしくじって敗者に名前を残す事になるのだから。
  このタイミングを某姫の知っている某○オン軍総帥の言葉で言うと、

「圧倒的ではないか。我が軍は」

  になる。
  不幸にも、そのタイミングで武田信廉は指揮を引き継いでしまったのだ。
  某姫がこれを知ったら、

「○シリア様みてー」

  と、そりゃ○ロスも沈む訳・・・・・・話がそれた。
  武田信廉は凡将ではなく、名将と呼ばれるだけの技量を持つ将である。
  だが、この時の彼は武田信玄が倒れるという状況から早く戦を終わらせようとしてしまい、決戦戦力となった左翼の諏訪勝頼に対して『追撃せよ』と曖昧な命令を送ってしまったのである。
  諏訪勝頼も次代武田家を担うだけの力量を持つ名将だから、この曖昧な命令を臨機応変に解釈して織田・徳川連合軍を叩いてくれるだろうという期待をこめていたのだろう。
  諏訪勝頼はその命令を受けて、しっかりと期待に応えたのである。

 最悪の方向に。 


  織田軍の堀から定期的に砲撃音が轟く。
  この砲撃が武田軍を近寄らせないという事を織田軍も分かっていたから砲撃の手を止めない。
  織田軍が用意したこの大筒十門は南蛮船の大筒ではなく、西国で流通・運用が始まっていた明帝国制の仏狼機(フランキ)砲だった。
  この大筒は装填筒を交換する事で素早い砲撃を可能としていたが、反面事故が多かった。
  そして、雑兵達で構成された堀の中で素早く交換する為に、火薬を近くに大量に置いていたのである。
  暴発した仏狼機(フランキ)砲から出た火の粉が大量に置かれていた火薬に引火したのはある意味当然と言えよう。
  織田軍の一角で突如轟音が轟く。
  吹き出る火炎、宙を舞う足軽、閃光と轟音は誰もが足を止めてその方向を見らざるを得ない。
  それは、織田・徳川連合軍だけでなく武田軍も同じだった。

「何事だ!」

「わかりません!
  陣から足軽が逃げ出して……ひでぇ……体に炎がついて……」

 爆発した福富貞次の陣から逃げる足軽は無秩序に、そして放心・恐怖・狂気の全てを身に着けて鬼のごとき顔で狂いながら逃げ出してゆく。
  それに足軽達は怯み怯えるが、将はそれを押し殺してその事実に行き着く。
  つまり、織田軍の一角に大きな大きな穴が開いたという事に。

「まずい!
  あそこを武田に突かれたら!!」

 徳川家康はもうもうと上がる黒煙に舌打ちするが、予備兵力すら繰り出した現状で織田軍の穴を塞ぐ余裕はない。

「あの場所に突っ込め!
  あそこから織田を崩せば、この戦勝てるぞ!!」

 諏訪勝頼が自ら突進してその空いた穴を押し広げようとする。
  それに武田軍左翼が一丸となって突っ込むのは、武田軍の士気と連度の高さを示していた。
  既に徳川軍は虫の息、その後織田軍を追撃するのだから先に織田軍を叩いてしまっても問題はない。
  ましてや、織田軍が勝手に自滅してくれたのだ。
  これを逃すほど諏訪勝頼は愚かではなかった。
  不幸な事に。
  なぜならば、それがは織田信長の想定内だったからである。

「手はずどおりに」

「承知」

 もうもうと黒煙をあげ続けている福富貞次陣に武田軍が殺到する。
  その瞬間、躊躇う事無く織田軍は福富貞次陣に全火力を集中させたのである。
  テルシオの特徴は四隅に鉄砲隊を配置する事で全周囲の敵に対して射撃ができる事があげられる。
  だからこそ、突撃した武田軍は自ら殺し間に突っ込む事になった。

「熱い!
  も、燃え……」

「た、たす……ひっ」

「弾が、弾が横や後ろから……!」

 織田信長は、堀に入れた雑兵部隊で武田軍を抑えられるとはまったく思っていなかった。
  だが、兵の優位から全戦線を武田軍が突破するとも思っていなかったのである。
  だからこそ、その雑兵が守る堀の一部が突破される事を前提に陣を組んだのである。
  さらに狡猾にも、武田軍が徳川軍を先に叩いてから織田軍を追撃する事まで読んでいた。
  本陣を天竜川沿いに移してしまえば、消耗しきった武田軍の正面に堀とテルシオが配置されるように計算していたのである。
  この陣形は殺し間に武田軍を誘い込むようにみせかけて、武田軍に更なる出血を強要する陣だったのである。
  それゆえ、何処か一部が突破されても、後方のテルシオが即座にカバーし、残った堀から横や背後になる武田軍に向けて矢弾の雨を降らせる。
  そして、武田軍に勝つ必要は無い。
  武田軍をこの陣で出血を強いれば、兵の差から武田軍は退かざるを得ないからだ。
  とはいえ、織田信長がこの作戦に全てを賭けていた訳でもなく、見捨てる徳川軍に後詰を送るなど迷っていた事を誰も知らない。
  その迷いは、織田信長にとって幸運に繋がった。

 


地理説明

 

           A
                    
         

 

                          ■
                        堀  ■
                           ■天
   B  ③              E ⑥   ■竜
   ⑨柵柵柵C D                 ■川
       柵②       ④ 堀 ⑤      ■
                           ■
          堀    堀           ■
                           ■
⑧           ①

 


武田軍

A 信玄本陣    武田信玄 武田信廉 一条信龍                                三千
B 対徳川迂回部隊 原昌胤  原盛胤  諸角昌守                            二千五百
C 武田軍右翼   内藤昌豊 甘利信康 甘利信忠                               三千
D 武田軍中央   高坂昌信 曽根昌世 小幡昌盛                               二千
E 武田軍左翼   諏訪勝頼 跡部勝資                                      二千

 合計                                                     一万二千五百


織田・徳川連合軍
① 信長本陣    織田信長                                              二千
② 滝川隊     滝川一益 吉田兼房 関盛信 可児吉長 中川重政 池田恒興 平手長政       五千
③ 徳川本陣    徳川家康 大久保忠世 小笠原信興 榊原康政 本多忠勝                四千     
④ 水野隊     水野信元 水野帯刀 佐治信方                              二千五百
⑤ 羽柴隊     羽柴秀吉 蜂須賀正勝 竹中重治 仙石秀久                      二千五百
⑥ 明智隊     明智光秀 明智秀満 斎藤利三 朝倉景紀                       二千五百
⑧ 信忠隊     織田信忠                                                千
⑨ 信忠隊分派   長野信包 津田信澄 林秀貞                                 二千
                              

堀 天竜川より   河尻秀隆 前田利家 不破光治 佐々成政  各千五百             合計  六千

 合計                                                       二万七千五百

 


  今まで深入りしなかった結果予備兵力扱いになっていた武田軍左翼六千は、この突撃で福富貞次陣を落とすも消耗しつくしてしまい、追撃などできる状況ではなくなっていた。
  やむなく、武田軍左翼は陣を放棄して後退するが、その過程で河窪信実や土屋昌続が討ち取られ、諏訪勝頼も傷を負うという大損害を蒙ってしまったのである。
  武田軍左翼の突撃が失敗した結果、その圧力を気にしなくてよくなった滝川隊が武田軍中央に圧力をかける。
  佐々成政の火力支援や、テルシオを解いて前に出た水野隊の動きもあり、その圧力を押し返すだけの力はもはや武田軍には存在していなかった。
  武田軍中央の後退は、徳川軍に猛攻撃をしかけていた武田軍右翼と迂回部隊にも動揺を走らせる。
  何しろ、武田軍右翼と迂回部隊は織田・徳川連合軍の火線を避ける為に迂回攻撃に徹していたから、戦線が延びきっていた。
  それを見逃す徳川家康ではなかった。
  全軍柵を出て徳川家康自ら馬上にて武田軍に突貫し、ついに武田軍を分断。
  武田軍右翼と迂回部隊の崩壊がそのまま中央に波及し、ついに中央も崩れ始める。
  そして、この段階で隠していた武田信玄倒れるの情報が武田軍に駆け巡る。
  武田信廉が病身の武田信玄を逃がそうと動いたからだが、これによって武田軍は完全に統制を失って潰走に陥った。
  戦国最強と謳われた武田軍が崩れた瞬間である。

「お屋形様は?」

「落ち延びられた。
  後ろには馬場も真田もいる。
  天竜川を渡りさえすればどうとでもなろうて」

 潰乱中にもかかわらず、なんとか統制を取ろうと前線で奮迅していた高坂昌信に内藤昌豊が近づく。
  徳川軍は信忠隊分派と協力して原昌胤率いる迂回部隊を包囲殲滅しようとしており、武田軍中央と右翼には滝川隊と水野隊が迫ろうとしていた。
  誰かがこの場所にて残らねば、武田軍全軍が迂回部隊と同じ状況に陥るのは明らかだった。
  互いに迷う事しばし、殿を決意したのは高坂昌信だった。

「内藤殿。
  行ってくだされ」

「しかし……」

「武田再建の為には、内藤殿が率いた兵は必ず必要になり申す」

 中央で織田・徳川連合軍の圧力を受け続けていた武田軍中央に比べて、武田軍右翼はまだ兵が温存されていた。
  これを帰さないと織田・徳川だけでなく上杉や北条からも身を守れないと分かっていたからの、高坂昌信の殿決意である。

「御武運を」

「長い労苦を負わせる事になるがすまぬ」

 馬を翻して武田軍右翼が後退してゆく。
  徳川軍の方を見ると勝鬨の声が聞こえる。
  武田軍迂回部隊が壊滅したのだろう。
  そして、眼下に広がる織田軍の兵七千五百に対してこちらは二千。
  徳川軍の横槍が入るまでは持たせようと決意しながら、高坂昌信は馬上織田軍に向かって突撃する。
  それに武田軍中央が続き、全滅するまで織田・徳川連合軍の追撃を防ぐ事に成功したのだった。   

 

「たすけ……」
「溺れ……っ」

 図らずも織田信長は島津家のお家芸の一つまでこの戦いでやってしまっていた。
  島津家のお家芸の一つで、島津軍と戦う相手の死亡率一位を誇る水死である。
  二俣城を落せなかったのが響き、二俣城の火力を警戒して上流から渡らざるを得なかった武田軍は、それゆえ総崩れになった時に安全な退路が無いという悲劇に陥ってしまっていた。
  織田・徳川連合軍は追撃に移るが、個々の戦闘では武田軍に逆襲を食らう事も多く、効率的な追撃は成功しなかったが、織田・徳川連合軍を追い返した武田軍に天竜川の激流が襲い掛かる。
  この自然の猛威に、死闘を繰り広げてきた武田軍に逆らう力は残っていなかった。
  二俣城を囲んでいた武田軍と犬居城を警戒していた馬場信春隊が武田軍主力と合流した時、武田軍主力の兵力は六千にまで落ち込んでいたのである。
  馬場信春が殿を務めながら、武田軍は病身の武田信玄を担いで信濃に逃げ帰ざるを得なかった。
  それは、武田信玄の死去と共に天下統一というゲームから、武田家が脱落した事を明確なまでに知らしめていたのである。

 


天竜川合戦

兵力
  武田軍
   総大将 武田信玄       二万三千

 織田・徳川連合軍
   総大将 織田信長       二万九千
       徳川家康           七千
   合計                三万六千

損害
  武田軍               一万七千(戦死・負傷・行方不明者含む)

 織田・徳川連合軍        
  織田軍               七千
  徳川軍               三千
  合計                一万(戦死・負傷・行方不明者含む)

討死
  武田軍  原昌胤 原盛胤 諸角昌守 河窪信実 土屋昌続 高坂昌信 曽根昌世 小幡昌盛
  織田軍  神戸具盛 福富貞次
  徳川軍  成瀬正義



 

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