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大友の姫巫女

南海死闘編

第五十四話 アトラス遊戯 天竜川合戦 後編 その三



地理説明


白 武田
黒 織田・徳川

              |
               |
               凸飯田城
               |
   ▲           |
  岩村城          |
              青崩峠
               |
                            |
                           |光明寺
               |   ▲犬居城
               |
        ▲      ▲二俣城
       長篠城     |
               |
               |天
               |竜   ▲掛川城
               |川
               |
            ▲  |
           浜松城

 

 


  織田徳川連合軍と武田軍の決戦の前哨戦となる戦いが今この地で始まろうとしていた。
  犬居城を囲んでいた武田軍を追い払う為に、織田徳川連合軍が四千もの後詰を派遣したのだ。
  率いるのは酒井忠次で、石川家成と岡部正綱、織田から預けられた前田利益と堀秀政を率いて武田軍を追い払おうとしたのだった。
  だが、それを武田軍は読んでいた。

「どうした事じゃ!
  武田の奴等、陣を引き払っておるぞ?」

 織田徳川連合軍が見たのは、夜半に陣を引き払ってもぬけの殻となった武田陣跡のみ。
  犬居城もこれを把握できていなかったらしく、慌てて城から天野景貫が兵を率いて合流するもその顔は浮かない。

「後詰にきて頂いて大変にありがたく……」
「挨拶はいい。
  武田の奴等、こちらの動きに気づいていたという事か」

 天野景貫の挨拶を制して、酒井忠次が忌々しげに吐き捨てる。
  犬居城救援という目的は達したが、囲んでいた武田軍が何処に行ったか考えれば本隊に合流したとしか考えられない訳で。
  兵を集めた武田に対して、兵を分けてしまった織田・徳川連合軍と考えると、諸将の顔が青くなっていたのも無理はない。

「何、うろたえる事もあるまい。
  このまま背後から武田軍を叩けばいいまでの事」

 そんな中で、実に楽しそうな笑顔を晒しながら前田利益が言ってのける。
  純粋に戦が面白くなったと喜んでいるだげなのだが、そんな明るさが諸将の顔に落ち着きを取り戻させた。

「この険しき山道にて、武田とて容易に兵を下げる事は難しい。
  追い討ちは十分間に合おう」

 この後詰の大将である酒井忠次の一言にて決し、犬居城に篭っていた天野景貫の手勢まで加えた五千の兵で武田軍の追撃に移ったのだった。
  そして、織田徳川連合軍はあっさりと武田軍の補足に成功する。
  いや、この言い方は間違いなので訂正する。
  織田徳川連合軍は待ち構えていた武田軍の罠の中に飛び込んだ。

「光明寺に武田軍が陣を敷いております!」

「かかれ!
  武田軍を生かして帰すな!」

 武田軍は光明山に作られた山岳寺院である光明寺を中心に、河窪信実に跡部勝資と土屋昌続率いる三千の兵で織田徳川連合軍を迎撃する。
  実質的な山城に近い光明寺から降り落される矢や石に、織田徳川連合軍は攻めあぐねるばかり。
  この時点でまだ織田徳川連合軍は罠に落ちている事に気づいていなかった。
  この戦いが織田徳川と武田の前哨戦になっている事を認識しており、勝利が欲しかったというのがひとつ。
  本来の目的である犬居城後詰には成功しており、武田軍は後詰を見て後退したと認識していたのがひとつ。
  そして、決戦を前に数で負ける武田軍は兵を集中させようと考えており、この地に後詰なんてこないと勘違いしていたのが最大の失態である。

「ぬるいのぉ……
  旗印は乱れておるし、攻め手に熱意も無い。
  峠を越えた我等にはちと物足りぬ相手」  

 馬上の老将は笑顔のまま首を左右に振る。
  その回りを取り囲むのは、不死身の鬼美濃率いる千の最精鋭。
  伊奈の守りを秋山信友に任せて、武田軍本隊に合流するために南下する途上にて後退する河窪信実らの武田軍と合流。
  今回の一戦を企画した張本人である。

「では戦るか。
  織田徳川の若造どもに横槍いれい!」

 潜んでいた馬場信春の横槍に織田徳川連合軍は大混乱に陥った。

 

  
   |
   |天      光明寺
   |竜       卍
   |川       A
   |
   |
   |        ①       →犬居城
   |
   |      B
    ↓
   二俣城

 

①織田徳川連合軍  五千

A武田軍      三千
B武田軍 馬場伏兵  千

 

「新手だぁ!
  武田の横槍が!!」

「あれは鬼美濃!
  なんでこんな所に……」

 その一撃で勝負がついた。
  もろに横槍を食らった徳川軍は混乱し、兵の士気も錬度も徳川軍に劣っていた織田軍はそれを見て裏崩れを起こしたのだった。
  総崩れで犬居城に逃げ込む織田徳川連合軍に対して武田軍は追撃をする事は無く、それゆえ将の戦死者が出なかった事は救いだが、千近い兵を失った挙句に武田軍に与えた損害は微小という完敗である事には間違いがない。
  前田利益と堀秀政は歯軋りして悔しがったが、兵がこの様では戦える訳も無く。
  酒井忠次もこの失態に怒り狂うのを抑えて犬居城にて兵の再編に勤めるしかなかったのだった。
  手勢をまとめて殿を買って出た前田利益は、馬上からこちらに槍を構えて動こうとしない馬場勢を睨みつける。
  兵の士気も錬度、采配に心構え全てにおいて馬場信春に負けたと自覚した途端、煮えたぎっていた怒りが消える。

「全てが足りぬ。
  つまり、俺は経験が足りなかったという訳だ」

 馬場勢が動こうとしなかったのは前田利益が伏せていた鉄砲隊の存在に気づいていたからか、この合戦でこれ以上兵を失うのは愚策と分かっていたからか、おそらくは両方だろう。
  馬場勢の中から馬に揺られた老将が姿を見せる。
  あれが馬場信春かと前田利益が思う前に、気づいた馬場信春が笑みを向ける。 

「まだまだよ。
  もっと強くなってかかってこい。若造」

 前田利益にはそう言ったような気がしたので、馬を返して犬居城に落ち延びてゆく。
  ああいう将になりたいと痛切に思いながら。

「良かったので?
  追い討ちをかければ大将首の二つ三つ得られたのでは?」

 兵達の問いかけに、馬場信春は莞爾として笑う。

「構わぬよ。
  あんな弱兵の首を持っていっても、お屋形様にしかられるわ」

 武田軍はこの一戦で得たものは大きかった。
  犬居城からの攻撃を気にする事は無くなった為に、配置していた三千もの兵を本隊に転用できるし、武田軍の退路を断つ事を封じれたのが大きい。

「光明寺に伝令を走らせよ。
  『ここは我らが抑えるゆえ、お屋形様の後詰に』と。
  あとは本陣に我等の勝利を伝えよ」

 武器防具を身につけて峠を越えるというのはそれだけで体力を奪う。
  馬場勢の横槍一撃はそれしかできなかったという裏返しである事を、馬場信春は味方にも悟らせないあたりこの老将の凄みである。 
  馬場勢が光明寺にて睨みをきかせる事で武田本隊と合流はできなくなったが、その代わりに三千のも兵を武田本隊に送り出せるのだから悪い取引ではない。
  そして、前哨戦の勝利は武田側の士気を盛り上げ、士気に不安のある織田徳川連合軍にとっては地味に効く事になるだろう。

 

光明寺合戦

 織田・徳川軍  酒井忠次 石川家成 岡部正綱 天野景貫 前田利益 堀秀政    五千
  武田軍      馬場信春 河窪信実 跡部勝資 土屋昌続                四千

損害 (死者・負傷者・行方不明者含む)

 織田・徳川軍  千
  武田軍     微少


討死

 なし

 

 


  この前哨戦を受けて武田・織田徳川連合軍ともに動きを早める。
  武田軍は犬居城を囲んでいた三千の兵が合流した事で二万三千にまで回復し、その士気は大いにあがっていた。
  天竜川渡河作業も織田・徳川連合軍の妨害無く進み、武田信玄は渡河で疲れた兵を休めて物見を派遣する。
  渡河時の攻撃を受けた軍ほどもろいものは無い。
  そんな軍事上の常識をあえて晒す事で武田信玄は織田・徳川連合軍を釣り上げる事を狙ったのだが、織田・徳川連合軍は動こうともしなかった。
  それを懸念した武田信玄が放った物見が伝えた報告は、首を傾げるのに十分なものだったのである。

「織田・徳川連合軍はここから離れた南の川岸から街道までずらりと陣を敷いており、その陣はまるで城のごとし」

 城攻めには通常三倍もの兵力が必要と言われている。
  織田・徳川連合軍三万が城に篭ったのならば九万もの兵力が必要になりとても抜けないのだが、その陣城築城を別の面から見た武田信玄はこの戦の勝利を確信する。

「怯えておるな。
  我等を」

 事実、光明寺合戦において織田軍は裏崩れを起こしている。
  倶利伽羅峠の大敗の結果、雑兵をかき集めたはいいが軍として機能していないのを武田信玄は見切ったのである。
  ならば、軍として機能しているであろう徳川軍を叩きつぶせは、織田軍は自壊する。

「陣構えを詳細に申せ」

「はっ。
  川岸から織田軍が堀を掘っており、街道沿いは徳川軍が柵を作って……」

 物見の報告を他の者が紙に写し、織田・徳川連合軍の陣立てが露になる。
  それを見た諸将はえらくアンバランスな陣立てに首を傾げるばかり。

 川岸の織田軍は斜線に堀を掘ってその中に兵を潜ませているみたいなのだが、柵はつけていなかった。
  更に堀を直線で彫るのでは無く、囲いにしてそれぞれが独立する形になっていた。
  そして、背後に方陣で待機している織田軍。
  堀に潜ませている織田軍を各個撃破してくださいと言わんばかりの陣構えなのだが。


織田軍陣構え


□ 堀
凸 陣

      ↑武田軍

                       ■
                     □  ■
                        ■天
                  □     ■竜
柵柵柵                凸   ■川
  凸 柵          □        ■
徳川軍 凸           凸      ■
        □   □           ■
          凸   凸  織田軍    ■

 


「弱兵である織田の奴等を一気に叩いて徳川に当たった方がいいのではないか?」

 諏訪勝頼が声に出してしまうほどこの陣の欠点が見え見えになっていた。
  どこか突破できれば堀の兵は遊兵化するし堀が繋がっていないから個々で戦うしかなく、戦力を集中させれば突破は容易だ。

「勝頼。
  諏訪衆および牢人衆、それに先に合流した犬居城の押さえ三千を合わせた六千で織田に備えよ」

「承知。
  陣は破らぬともよろしいので?」

 頭をたれた諏訪勝頼に武田信玄は淡々と言ってのけた。

「我らが徳川を破れば、織田は勝手に逃げ帰るだろうよ」

 

 一方の織田軍だが、このような□状の堀を連続して作ったのには訳がある。
  羽柴隊や明智隊、滝川隊みたいに部隊としての統一行動が取れるのならば、堀を連結して木柵でも作ってという戦法もできただろう。
  だが、銭によってかき集めた織田軍の大半がそんな練度も士気も無い雑兵だったのである。
  ぶっちゃけると、背後があいていたらならば逃げ出しかねないのだ。
  だからこそ、堀の中に雑兵を入れて否応無く背水の陣に仕立て上げて逃げられないようにしたのである。
  もちろん、そんな理由を兵達に告げる訳も無く、表向きは大筒や鉄砲の射界確保の為と言っている。
  これもあながち嘘ではなく、堀の背後でテルシオを組んでいる織田軍は武田軍が堀を攻撃する距離で面制圧射撃を行うように命令されていた。
  そして、背後より督戦よろしくテルシオを組んでいるのは信長旗本に今回初陣である織田信忠、羽柴秀吉・明智光秀・水野信元らの諸隊。
  主力と位置づけられている滝川一益隊は徳川軍連携する位置にてテルシオを組んで待ち構えている。
  街道沿いにて武田軍を待ち構える徳川軍は徳川家康自らが指揮する本隊が柵にて防壁を構築しつつ、迂回して攻撃するであろう武田軍に対して本多忠勝や榊原康政らを予備として待機させていた。 
  徳川家康がここまで前に出るのも理由がある。
  織田軍三万という予想外の後詰をまた次回得られるとは限らないからだ。
  駿河を取ってしまったが為に織田軍が後詰に駆けつける距離は更に伸びるし、本願寺と開戦していたら徳川に後詰を送る余裕すらなくなる。
  次回以降の優位を確保する為にも、徳川家はここで武田軍に打撃を与えねばならなかったのである。
  この合戦で誰よりも決戦を望んでいたのは、武田信玄と徳川家康の二人。
  それは織田信長の思い通りではあるのだが、同時に戦の決定的瞬間をこの二人に委ねる事に他ならない。

「武田が徳川の陣を抜けば我等の負け。
  徳川が陣を守りきれば我等の勝ちよ」

 羽柴秀吉は合戦前に配下の仙石秀久にこう語ったという。
  それは真実を突いていた。

 


  朝霧が立ち込める台地にときの声が轟く。
  陣太鼓が猛々しく鳴り響き、整然と足軽の足音が近づいてくる。
  待ち受ける塹壕内から一斉に火縄の匂いが香り、伝令が馬に乗って敵襲を告げる。
  朝日が東の空から台地を染め上げ、夜の勢力が壊走する中、時代に名を刻む大筒十門が静かにそのその砲身を輝かせていた。

「武田軍本隊!来ます!!」




 

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