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大友の姫巫女

南海死闘編

第四十六話 アトラス遊戯 ネーデルラント・キャンビット

 珠です。
  夜だというのに着物を着て現在待ち人を待っている最中だったりします。
  エロス分抜きで。
  まぁ、相手が職業上童貞である人との待ち合わせではあるが、身の危険を避ける為にも八重・九重・政千代あたりが護衛についていたり。

「オマタセシマシタ。ヒメサマ」

「構わないわよ。
こういう雰囲気は悪くないわね。
夜の教会って神聖な感じがするから」

 府内に建てられた教会の中で、遊戯の一手が始まる。
この地に根ざし、かつ日本人を理解していたコスメ・デ・トーレス神父は先ごろ神の国へと赴き、府内では父上や私をはじめとして盛大な葬儀を行ったばかりである。
この時、巫女である私がちゃんとカトリックの礼法を持ってトーレス神父に哀悼の意を示した事は、日本人達の歓迎と南蛮人達の畏怖を持って迎えられてちょっとした騒動になったり。
トーレス神父の後任が我々を敵視しているフランシスコ・カブラルだった事もあり、その時の府内には神父がいないというかなりまずい事態に。
で、日曜ミサを私が行ったりしちゃったのだった。
だって、聖書読んで説教できるの私しかいないんだもの。
トーレス神父は私や父上の為に金色に輝き真珠や宝石で装飾されたとても綺麗なロザリオを用意してくれていた。
私や父上を本当に改宗しようとしたのか、かつてスペイン艦隊の殴りこみ時に私や父上を改宗させて戦火を逃れる為に用意したのかは知らないが、それは彼の死後に見つかりこうして献上されたのである。
そのロザリオを胸につけ、当然のごとくシスター服(何であるのかは聞いてはいけない。コスプレ的に考えて)を身につけて、賛美歌歌ってみんなの納得する説教言っただけですよ。ええ。
ちなみに、その説教の話は『神様がちゃんと見ているから悪い事はしちゃ駄目』という当り前の事。
当然信者から『なんで巫女しているのにミサに顔出して説教いるんだよ!』という突込みが入るのだが、

「ちゃんと神の為の服を着て、神を称える言葉を唱え、神を敬っているけど何か問題が?
『郷に入れば郷に従う』のは当然でしょう」

 それで府内の信徒も納得するあたり、実は私が最大のキリスト教のパトロンやっているからだったり。
何だかマリア信仰と重なってものすごく妙な方向に行っているが気にしたら負けである。
具体的には、カブラル神父がこの一部始終を知って大激怒とか。
で、新任の神父さんがやってきたのですが、新しい神父さんの名前はロレンソ了斎。
前職は琵琶法師さんだった日本人の信者さんである。
もちろん、神父さんではなくカブラル神父から派遣された私の弾劾の為に府内にやってきたのだけど、飛んで火に居る夏の虫とばかりに府内の教会を押し付けたのである。 
当人当然のこどく固辞したのだけど、『あんたがしなかったら私がミサするけどいいの?』という脅は……もとい説得によって新しい神父が来るまでの間と期限をつけて承諾。
そんな訳で、キリスト教がらみでちょっと揉めているけど、府内がポルトガルにとって最重要拠点である事は変わらない訳で、教会とうちとを何とか仲介していたのが教会に付属する病院を運営していたルイス・デ・アルメイダなのだった。
『早急かつ極秘に』というルイス・デ・アルメイダの申し出にこうしてこちらから出向いたのも、かつてのスペイン艦隊殴りこみがあったからに他ならない。 
案の定、投げつけられた爆弾はとんでもないものだった。

「ワガソコクガイスパニアニゴウリュウシヨウトシテイマス」

 はい?


同君連合という言葉がある。
A国とB国という国が同じ王を持つことなのだが、合併した訳でもなくそれぞれの組織はA国B国にきれいに分離されている。
その代表例として歴史にいやでも出てくるのが、スペイン=ポルトガル連合王国。
アジアからアメリカまで広大な植民地を持つ『太陽の沈まない帝国』の事だ。
知ってはいたが時期が早すぎるし、そもそもレパントの海戦が発生していない。

「説明してくれるんてしょうね?」

 長いアルメイダの話をまとめるとこんな感じになる。
元々ポルトガルの王セバスティアン1世は即位が早く、宮廷は大貴族や商人・教会関係者によって牛耳られていた。
隣に強大すぎるスペインがあった事もあって、彼の母である摂政カタリナ・デ・アウストリアの影響力が増大。
神聖ローマ皇帝カール5世すなわちスペイン王カルロス1世の妹という血筋を持つ摂政カタリナ・デ・アウストリアは、当然の事ながら宮廷内の大貴族や商人・教会関係者と対峙する為にスペインの手を借り、ポルトガル宮廷にスペインの影響力が入るようになる。
それがおかしくなるのがスペイン艦隊の府内殴りこみとその撃退で、こちらからの宣戦布告とポルトガル船を使った海賊行為に両国の関係は悪化。
おまけにこちらのルソン逆侵攻でスペイン人を追い出した結果、極東交易はマカオを基点としたポルトガルの独占状態となり、ヴェネツィアの屈服の結果香辛料交易がヴェネツィア商人が独占。
スペイン系の多くの商会が破産に追い込まれていたのである。
セバスティアン1世が国政に興味を示さない王だった事もあり、ポルトガル宮廷内部ではスペイン派と反スペイン派の対立が激化。
そして、オスマン帝国スエズ運河工事を始めるに及んでその緊張関係は頂点に達し、ついにスペインは拿捕したポルトガル海賊船を証拠に宮廷クーデターを発動。
パルマ公アレッサンドロ・ファルネーゼ率いる四万の兵は宮廷内スペイン派の支援を名目に介入し、首都リスボンは陥落。
実質的にスペインがポルトガルの国政を握る事になったのである。
こうなると、セバスティアン1世が邪魔になる訳で、おまけに彼はまだ独身だった。
リスボンの王宮発となった書簡には、彼は『モロッコ征服の為に十字軍を発し、戦いに敗れてその生死は不明』との事。
監禁されたか殺されたか知らないが、これによってポルトガルはスペインに併合される事になるだろう。
この動きに対してイングランドもフランスも動けなかった。
このポルトガル征服の為の戦力はネーデルラントを黙らせる戦力を流用したものだからで、イングランドは目の前のネーデルラントに目を奪われ、フランスはユグノー戦争でそれどころでは無かったのである。

「ゴアの副王府はこの動きにどうするつもりなの?」

 私の問いかけにアルメイダはただ静かに首を横に振ったのみ。
それだけで、何を言わんとしたのか分かる。

「『従わざるを得ない』か」

 今までライバル同士だったのに合併したからこれからは一緒にがんばろうというのはよくあることではあるのだが、『はいそうですか』と納得しないのもまた人間というものである。
ゴアは副王府もあり、その権限も権威も海外植民地(特にインド洋から極東にかけて)の中で飛びぬけていたりする。
ゴアの動向次第によっては、再度スペイン艦隊殴りこみという事態になりかねない。

「独立しちゃえば?
支援するけど」

 当然のように言った私の誘惑に、アルメイダは力なく笑う。

「ネガカレタノニハナガサキマショウカ?」

 植民地は本国に搾取されると同時に依存せざるを得ないシステムである。
富を吸われる代償に、本国からの増援や人的・文化的・宗教的供給を受ける事ができるからだ。
特に、人的・文化的・宗教的供給は大事で、インドや中国に植民地を持つポルトガルにとって死活問題と言ってよかった。
人口比で常に劣勢状況にある以上暴発したら追い出されるのは目に見える訳で、その為にもキリスト教で洗の……もとい救済し続けないといけない訳だ。
まぁ、大輪の花を咲かせやがったアメリカ合衆国なんて知っているから、どれほどのものか懐疑的だったりするのだが、アルメイダにそれを告げるつもりもない。

「という事は、来るわね。
いやでも」

 私が核心に触れる一言を告げるが、アルメイダは何も言わない。
それゆえ、私と同じ事をアルメイダも危惧していると分った。

「カブラルシンプノホウコクハツヨイエイキョウリョクヲモチマス」

 その一言が告げるのは、トーレス神父みたいに現地仲介を期待できないという事。
最悪の場合、日本に居る全南蛮人が相手になる事を想定していた方がいいだろう。
そんな事を考えていた私に、アルメイダからの一言は完全な奇襲となって私を打ち砕いた。

「カブラルシンプハキナイニアガリキナイノオウニキョウリョクスルカワリニヒメサマヲウトウトカンガエテイマス」

 まさかここで織田信長の名前を聞こうとは……実は思っていました。
だって、武田を牽制する為にカブラルの乗った南蛮船使っていたし。
私が牛耳る瀬戸内海に楔を打つ為の、太平洋経由で伊勢湾に入り、土佐・薩摩に抜けて大陸う航路ば南蛮船ならば十分に機能するだろうからだ。
今まで私が信長よりも優位に立っていた南蛮船の数もこうなると怪しい。
マカオのポルトガル船団が私につくとは限らないからだ。
インド洋についてはオスマン商人の天下だからそれほど心配はしていない。
問題は日本を含めた極東方面で、華僑系がこの間の木崎原合戦からはじまった金融恐慌で大打撃を受けて弱まっているのだ。
何も正面からどんぱちをするばかりが戦争ではない。
ちょっと荷をくすねたりサボタージュをする事でそれはボディーブローのように効いているのだ。
何よりも一番厄介なのが、極東で一番最速でかつ大容量の南蛮船の最大保有者であるポルトガル商人が信用できなくなってしまったということ。
彼らは金で転ぶ以上、それ以上に金を積まれればまた転ぶ訳で。
内情は火の車なんだろうけど世界帝国と化したスペインと、島国である日本の一部の九州の大部分しか領有していない大友家のどっちが金を持っているかといえば悩む所だろう。
それだけ、世界帝国という『はったり』は大きい。
考え込んでいた私をじっと見つめるアルメイダ。
その顔に躊躇が読み取れたので、毒食わばと聞いてみる。

「まだ何かあるの?」

 こちらの問いかけに更に躊躇する事しばらく。
彼は彼自身が身につけていたロザリオを弄びながら、躊躇いがちに口を開く。

「カブラルシンプハローマにムケテヒメサマノホウコクヲダシテイマス。
ヒメサマガミダラナコトヲコノミ、イニシエノローマテイコクノブンケンヲアサッテイルコトヲシッタカレハ、ヒメサマニアラタナザイメイヲアタエタノデス」

 何を言っているのか良く分かっていない私に、アルメイダは十字を切りその罪を悔いる事でやっとその名前を口にした。
その言葉を聞いて、あまりにぴったりなので大爆笑してしまったその名前にこの後とんでもなく振り回されるのをまだ私は知らない。

「ダイインプバビロン」

 と。


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