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大友の姫巫女

南海死闘編

第四十四話 尼子の残光 村雲合戦 前編



丹波国 天引峠

 羽柴秀長を総大将とする織田軍一万は八木城を出発して天引峠にまで進出していた。
  ここから先は波多野家の領地である。
  赤井一族が集結している黒井城を攻める為には、波多野家の領地を通らないといけなかった。
  その為に、波多野家の居城である八上城に使者を派遣して通行許可を貰わなければならなかったのである。

「波多野家は何と?」

 羽柴秀長の言葉に今回の合戦における軍師である小寺孝高が仏頂面でその返事を告げた。

「はっ。
  波多野殿は我らの申し出に不信感を持っているご様子。
  『必要ならば後詰を出しても構わぬが』と」

 波多野家が赤井一族と繋がっているのを知っている一同から怒りとも呆れともとれるため息が漏れる。
  もっとも、そんなため息を小寺孝高の前で波多野秀治も吐いていたのだからお互い様という所だろうか。
  だからこそ、自身の不興を買ってまでも羽柴秀長は石橋を叩くように慎重に慎重に動く。
  新領地である内藤領を固めて背後の一揆を防ぎ、波多野家に小寺孝高を送って事前に通行許可を求め、波多野領との境界である天引峠まで軍を進めたのである。
  戦国時代において領地の通行許可というのは必然的に『味方』につく事を意味する。
  それゆえ、その通行領地の領主は『勝手働き』として参戦するのがある種の慣例になっている。

「小寺殿。
  ご足労だが、もう一度八上城へ行って貰いたい。
『心配御無用。波多野殿の心遣い主君である織田信長に代わって感謝する次第。
  領内における足軽の乱暴狼藉は厳罰に処す事をお約束する』と」 

 この慎重すぎる羽柴秀長の対応に波多野秀治は羽柴秀長の狙い通り疑心暗鬼に陥っていた。
  何しろ波多野家は羽柴秀長が感づいているとおり赤井一族と繋がっていたのだから。
  勝手働きとして織田軍につき、その背後から織田軍を襲うというのが荻野直正との取り決めだったのに羽柴秀長は勝手働きを断ってきたのである。

(こちらの内通がばれたか?)

 人間隠し事をしていると色々後ろめたいものである。
  それが、相手側が露骨に警戒しているものだから、顔から汗が垂れるのを止める事ができない。

「小寺殿。
  失礼だが、赤井一族は一万の兵を集められる大名。
  少なき兵で攻めても返り討ちにあう事は必定かと」

 波多野秀治の一言に仏頂面だった小寺孝高が餌に食いついた獲物を見るような目で笑う。
  その一言は波多野秀治はじめ周りの波多野家家中を動揺させるに十分な爆弾発言だった。

「実は、近衛公と公方様の働きによって朝廷が動き和議を出す事が決まっておりまして」

 丹波の状況は近衛前久が動いたことで梯子を外された形となった足利義昭も和議に向けて舵を切っていた。
  だからこそ、その和議を発動させる為にも合戦を行わねばならぬ状況に陥っていた。
  和議を発動させる為には敵対しているという状況を互いが認めて、合戦を行って当事者同士がもはや話にならないからと中立の第三者が出てくる必要があるからだ。
  それゆえ、合戦そのものを終わらせる為に合戦を望むという状況になってしまい、既に勝敗すらどうてもいい状況に進もうとしていた。
  当然勝てば条件は良くなり、負ければ条件が悪くなるのだから負けるわけにはいかない訳で、ましては命のやりとりだからこんな戦で命を落とすつもりは羽柴秀長とてまったくとなかったのである。
  それは、波多野秀治にも言える事だった。
  幕府や朝廷の権威は落ちる所まで落ちていたが、丹波はその幕府や朝廷と国人衆が直接に結びつく事で権威を確立していたのである。
  それゆえ、朝廷や幕府の権威を否定した場合、その代替となる守護大名や戦国大名が出てない事もあって自らの正当性も崩壊してしまうのだった。
  もちろん、この奇手に対抗手段が無い訳ではない。
  武威も十分にあり、山名領を攻め取った赤井家と組んだならば戦国大名としての格を得る事は難しくはない。
  また、小早川隆景の誘いに乗って毛利の影響下に入ってしまえば朝廷や幕府という厄介事から開放されるのだ。
  だが、この二つの案を素直に波多野秀治が乗る訳にもいかなかった。
  なぜならば、毛利なり赤井を盟主として仰がなければならなくなる訳で、今まで見たいに自由に振舞える訳にも行かなくなるからだ。
  それはもちろん背後で後詰に動いてくれるであろう播磨別所家にも言える事だった。
  織田家という対処できない武力が矛先を向けるならばまた別だろうが、既に朝廷や幕府が和議に向けて動いている訳で己が不自由になることを事を考慮して連合を組む必要はない。
  波多野秀治の思惑が手に取るように分った小寺孝高が頭をたれて懇願する。
  その伏せた顔に笑みが広がっているのを見た人間は居ない。

「波多野殿。
  貴殿が領内の事を案ずるのは当然の事。
  領内における足軽の乱暴狼藉は厳罰に処す事をお約束しましょう。
  領内通過の件、御返答を頂きたい」

 波多野秀治は顔に脂汗をかきながらも返事は明日出したいとこの場で首を立てに振らなかったのである。
  もちろん、この一部始終を荻野直正に伝えるために。
  そしてそれを小寺孝高も見越していた。

 

「織田側の大将はこのような搦め手を使うか」

 感心したような口調で荻野直正が波多野家からの急報を見て笑う。
  波多野家の内応という万全の策を持って織田軍に一泡吹かせようと考えていただけに、羽柴秀長の予想以上の慎重姿勢と織田家の丹後攻略への方針転換による丹波戦線の手仕舞いに策が見事に空振りさせられたのである。
  朝廷に幕府まで動かした上に慎重に兵を進めた織田の攻め手を腹立たしいと思う前に関心してしまうのも荻野直正もやはり英傑の一人なのだろう。
  何はともあれ、ボールはこっちに投げ返された。
  波多野家が警戒されている以上、内応もうまくいくとも思えない。
  とはいえ、合戦そのものについては行うつもりなのである。
  それも朝廷や幕府が動いた和議提案の為に他ならない。
  羽柴秀長が思ったと同じく、荻野直正もこの合戦を継続する意味も必要性も感じなかった。
  だが、合戦後に起こるであろう和議の条件闘争としての合戦の必要性に迫られていたのであった。
  大将首を狙う必要も無ければ、城を落とす落とされるという事も必要ではない。
  その前提を羽柴秀長と荻野直正が共有しているからこそ荻野直正は合戦の勝利に向けて策を練りなおさねばならなかったのである。

「波多野が疑われている以上、城に篭るのは論外。
  とはいえ、合戦を行うためには我らか織田のどちらかが波多野の領内を通らねばならなぬ。
  中々の難題よ」

 手が無い訳ではない。
  地の利はこちらが抑えているし、織田軍の内情は波多野秀治からある程度流してもらっている。
 

地理説明


白 織田家
黒 赤井家

 

 ▲               
黒井城                            観音峠
 
                           中山峠

            村雲     天引峠
                     △


       ▲
      八上城                     凸
                             八木城
   


  織田軍が陣を張っているのは最短距離の天引峠。
  峠に陣取っている以上、そこに全戦力が集まっているわけでもなく、天引峠から八木城にかけて陣が連なっているに違いない。
  だからこそ、少し遠回りだが観音峠から回れば織田軍の背後が取れる。
  とはいえ、観音峠は結構大きな街道なので警戒の兵ぐらいは置いているだろう。
  だから、その隣にある枝道に当たり地元の人間もあまり使わない中山峠から進入すれば織田軍に奇襲ができる。
  勝つ必要すらない。
  『赤井家侮りがたし』と織田軍が思ってくれればいいのだから。
  天引峠から攻撃をかけた隙に中山峠を通って背後を急襲、織田軍を撹乱させて帰るのが目的となる。

「ならば、兵はかえって少ない方が吉か」

 丹波は山地であり、山々が波うっている為に大兵だとかえって移動が制限される。
  ましてや撹乱目的である以上、少数精鋭の方がかえって動きやすい。

「ならば、誘って見るのも一興か。
  波多野殿に伝えよ。
  『旗を変え……』」

 

 その夜、羽柴秀長本陣に波多野家から『赤井家の手勢が八上城を囲んでおり、後詰を頼む』との急報が届き、羽柴秀長は先陣である尼子党を後詰に出すことを約束。
  こうして、織田軍は天引峠を降りた先で待ち構えていた赤井軍に遭遇する。

「一面に丸に結び雁金の旗が!」
「赤井が待ち伏せておったか!
  合戦準備を急げ!」

 尼子党の首脳部が命を飛ばすより早く、赤井側から矢弾が降り注いだ。
  尼子党が赤井家との交戦に入った事は織田軍本陣の羽柴秀長の元に即座に伝えられた。

「赤井家の待ち伏せにて現在尼子党は苦戦!
  赤井の兵は六千ばかり!
  どうか後詰を!!」

 報告に来た井筒女之助に対して羽柴秀長は一言確認の言葉を出す。
  それは、この合戦を左右する重大な質問だった。

「その場に波多野の旗はあったか?」

 彼女が優秀なくノ一である事は長い付き合いから羽柴秀長は知っていたからこそ、彼女の戦場観察能力を疑ってはいない。
  しいておかしな所があるのは『彼女』とか『くノ一』という言葉ぐらいでこれは気にしたら負けである。
  本人も気にしていない井筒女之助は羽柴秀長の確認に即答で断言した。

「いえ。
  あの場にあったのは赤井の旗のみ。
  大将旗までは確認できませなんだが、次にそれは確認してまいります」

「構わぬ。
  井筒殿お役目ご苦労。
  真柄兄弟を向かわせる故、持ちこたえてもらいたい」

「承知!
  では、これにて!!」

 凛々しく風のように去っていった井筒女之助の方ではなく隣に居た小寺孝高の方に顔を向けて羽柴秀長は苦笑する。

「決まりですな。小寺殿」
「間違いなく。
  波多野の連中、赤井の旗で戦っているのでしょう」

 西国で最近流行しているものに『旗変え』というものがある。
  まぁ、某九州探題の某姫が盛大にやり始めたので流行ったのだが、要するに自家の旗ではなく他家の旗で戦う事である。
  戦国の世において他家の旗を仰いで戦う事なんてのは良くあることなのだが、某姫の凄いというか徹底していた所は合戦において自家の旗を一切持ち込ませなかった所。
  つまり、木崎原合戦では一条家の下り藤であり、本願寺救援時は本願寺の卍であり、引田合戦では三好家の三階菱の旗で戦ったのである。
  これをされると何がやっかいかというと、

「え?
  何で大友が出張っていると?
  うちは無関係ですよ。無関係。だってうちの杏葉の旗なんて見てないでしょ?」

 という、99%ばれる嘘が堂々と言えるからである。
  この嘘、今行われている合戦のように誰も望んでいない状況の進展をごまかすのにものすごく都合がいいのである。

 軍を再編中に毛利と一大決戦を行いたくない織田にとっても、
  宇喜多を腹の中に抱え込んだままで播磨に進出したくない毛利にとっても、
  織田なり毛利なり赤井の旗を盟主にしたくない波多野にとっても、
  朝廷や幕府の講和が動いており積極的に戦う理由が無い赤井にとっても、

「波多野家が居城を赤井家に囲まれて動けず、赤井の手勢が天引峠まで出てきた」

 という嘘は誰にとっても都合が良いからこそ、誰もそれを嘘と言わない。
  そして、嘘というものは誰かが嘘と言わない限り本当に扱われる。

「ならば、あそこで戦っている波多野……もとい赤井の大将は」

「籾井教業。
  お気をつけを。
  あそこの手勢が波多野ならば、どこかに赤井の本隊がいるはずです」

 

 

 合戦は赤井軍の猛攻に対して尼子党が防戦する事で進められた。
  赤井軍の大将である籾井教業から見れば先手を追い返すだけで十分だったのだが、兵の錬度に不安がある事を自覚していた山中幸盛が下手に動いて崩れると建て直しがきかないと判断、後詰を待つ策に切り替えたからである。
  そして、崩れない尼子党を見て籾井教業は後詰が来る前に勝負をと猛攻をかける。
  かくして、双方が望んでいない死闘が行われ、山中幸盛が籾井教業の猛攻を凌ぎきった事で勝者になる。

「織田の後詰が!
  明智勢です!!」

「ちっ!
  思った以上に早い。
  下がるぞ」

 潮が引くように赤井軍が後退してゆく。
  本来ならば追撃をかける所なのだが、山中幸盛は躊躇う事無く追撃を禁じて明智勢との合流を待ったのである。

「お待たせ申した。山中殿。
  で、敵は?」

「兄者。
  ここにいないという事は引いたに決まっておろうが」

 二人とも戦装束に大太刀を肩に担いで現われたものだから怖い事この上ない。
  というか、くノ一装束で彼らをここまで案内してきた井筒女之助はその二人の殺気を当てられて内心ひびっていたりするのだが。

「秀長様より何か命は?」

 山中幸盛の問いかけに、真柄直隆が殺気だだ漏れで楽しそうに笑う。

「無かったの。弟者よ」
「おうとも。兄者。
  後詰しか命を下さなかったという事は、この先を好きにやってもいいという事だろうて」

 同じく殺気だだ漏れで真柄直澄が楽しそうに笑う。
  ちなみに、先ほど井筒女之助が涙目で『あなたたちなんでそんなに楽しそうなんですか?』と尋ねた回答と同じ事を二人そろって言いきったのである。


「「鬼退治など、男子の本懐ではないか!!」」


  と。

 かくして、誰もが望んでいなかった合戦は当然のように死闘に移る。




 

 

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