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大友の姫巫女

南海死闘編

第三十九話 姫の帰還 太宰府歌会始 

  
  梅咲き乱れる太宰府。
  そこに集まった人々は万を超えていた。
  上は公家から下は近くの農民に至るまで集まった人々の顔を見た主催者である大友義鎮は、ここに歌会の開催を宣言したのである。

 メインイベントである大友一門・重臣による歌会奉納だけでなく、太宰府天満宮を中心に大規模茶会や歌会が行われ、それに付随して市が立ちというお祭りにと企画した某姫の狙い通りになっていたのである。
  なお、この様子は絵師達の手によって紙芝居となって大友領内によって広められる予定になっている。
  ちなみに、紙芝居の中で人気番組となっているのは知瑠乃の思いつきに長寿丸・大谷紀之介・大神甚四郎の三人が振り回されるという『戦国どうでしょう』という紙芝居で、現在も『茶人知瑠乃最強への道!』シリーズ完結編としてそのあたりでお茶を立てているはずである。
  この企画、既に大友領内だけでなく毛利領や堺でも人気になっており、八女で茶葉を栽培する所から始め、唐津で茶碗を作り、九重高原で牛の乳搾りからカステラ作成とその馬車旅の愉快な珍道中と相まって彼ら彼女らをスター街道に押し上げるのだが、裏で糸を引いていたのは当然あの姫様以外にいる訳がない。
  なお、その前の大人気企画である『大友領内さいころの旅』での名言を引っ張り出すと……

「国東半島からでられない……」
「馬車でうなされるんですよ!」
「なんで長寿丸はそんな目を出すのよぉぉ!!」「知瑠乃が振れって言ったんじゃないかぁぁ!!!」
「腹を切って話そう!」
「倍返しの知瑠乃」
「お願いですから帰してください」
「僕の隣、この馬鹿だぞ!」「馬鹿じゃないもん!!」
「もう博多はいやだぁぁぁ」

 と、さいころによる筋書きの無いドラマ、知瑠乃と長寿丸の醜い喧嘩の応酬や、律儀にさいころの目に従おうとする大谷紀之介の憔悴振りと雑務を一手に引き受けてだんだんやさぐれてゆく大神甚四郎など見所いっぱいである。
  紙芝居ゆえ講談師がそのどたばたぶりを振り付けつきでやるのだけどこれがもう大当たり。
  一応『次期後継者の現地視察』という理由もあり、護衛や姫巫女衆の影からのサポートもつけているのだが、今や誰もその理由を信じていないあたり大友領内は平和そのものである。

 閑話休題。
  祭りになれば人が動き、物が動き、情報が動く。
  参加者の中にはその情報を目当てにやってきた者も多く、彼らはその情報の売買に勤しんでいたのだった。

「織田殿の動きは凄いな。
  倶梨伽羅峠で大敗したというのに、丹波に攻め込むとは……何処から兵と銭が出ているのやら?」

「何でも領内で大規模な楽市・楽座令を布いたらしく、此度の出兵はその新しき商人どもが銭を出しているとか」

 比叡山焼き討ちと加賀・越前一向一揆の殲滅によって畿内の多くの商人、特に若狭湾の商人が没落した事で特権そのものが崩壊。
  大規模な楽市・楽座令を布告して新興の商人達を引き寄せて銭を出させて、羽柴秀吉に丹波攻略の軍事行動を行なわせていた。
  丹波国は国人衆が割拠する状況だったが、それゆえ権威である足利将軍家と結びついて織田信長と対立を深めていた足利義昭の影響力が強い。
  比叡山焼き討ちから始まった一連の騒動では織田信長のあまりに素早い動きに同調する事ができず、倶梨伽羅峠の大敗の後に荻野(赤井)直正と芦田五郎(赤井忠家)が蜂起。
  もちろん、背後には信長の大敗によって政治的影響力を回復させた足利義昭の糸が(自作自演の蜂起を仲介する事で信長に貸しを作る)見え隠れしていたりするのだが、それを見抜いた信長は羽柴秀吉に鎮圧を命じたのである。
  倶梨伽羅峠に後詰として出てはいたけど損害も無かった羽柴軍一万はこの時、恐ろしいほどの人材を抱えていたのである。

 総大将  羽柴秀吉
  留守居  羽柴秀長
  軍師   竹中重治・黒田孝高
  先手大将 荒木村重
  参加武将 尼子勝久(山中幸盛)・長岡藤孝・高山重友・中川清秀・蜂須賀正勝
 
  今まで蓄えていた家財を全部吐き出して兵を雇ってまで用意した今回の軍事侵攻の褒章は『丹波一国』という破格なもので、越前一国を支配して織田家第一位の重臣となった明智光秀に並ぶ事ができると張り切っていた。
  そんな噂話を聞きながら古田重然は苦笑する。
  羽柴軍の石高から動員できる兵は五千が限界で、倶梨伽羅峠で信長直轄の兵力が大打撃を受けているのに与力がつけられる訳も無く。
  畿内一円の傭兵を雇って水増しした兵を優秀すぎる将達によってカバーしているなんて実情を知っている者はこの場にはほとんどいない。

「おーい。こっち。こっち」

 そんな実情を知っている三人がいる茶屋に古田重然は足を入れて……もう恒例となった驚愕の顔を見て珠姫が大爆笑をする。

「何だ。この筒のような茶碗は。
  そして茶碗を持つのではなく、握る為に茶碗に握り棒がついているだと……
  長椅子に座って片手に梅ヶ枝餅、片手にこの茶碗……なんて合理的な……」

「この顔が見たかったのよ。
  あんたの分も用意して……お願いだから顔近づけないで。
  怖いから」

 慣れたもので、仮にも一万石の城主なのだが既に茶人として九州で名が知られているので皆の視線も生暖かかったりするのだが、このへうげものはそれに気づく訳がない。
  ごほんと咳を一つして我に返って茶人から武将の顔に戻る。

「お久しぶりです。姫様。
  立花殿も御変わりなく。
  こちらの方は?」

「今回の主役、加判衆筆頭の地位につく予定の田原鑑種よ」

「よく来て頂いた。
  古田殿は羽柴殿の使者として来られたとか。
  茶器に興味があるのでしたら、相応のものを用意させるのでゆるりと楽しんで頂けるとありがたい」

 なんて言いながら、言い終わる前に古田重然の手には高麗茶碗が。
  このあたりの抜け目なさは大内流かなと隣の四郎はなんとなく思っていたり。
  もっとも、そんな当人は、

(茶碗一つで大物が釣れるのなら、安いもの)

 なんて考えながら古田重然の後ろの人物をガン見していたりするのだが。

「ところで古田殿。
  そちらの御仁は?」

「申し遅れました。
  わたくし、堺で商いをしております千宗易と申しまする」

 田原鑑種の問いかけにぺこりと頭を下げる大柄の僧だが、まとう空気は茶人でもありいくさ人でもあり。
  その微妙な空気を感じ取って四郎や古田重然の顔には汗が浮かんでいるのだが。
  なお、某姫はこのサル山ボス猿対決に大爆笑中である。空気読めよ。 

「実はそれがし、茶の道において千宗易殿の弟子になり申して。
  此度の歌会に師匠が見てみたいと申したので連れて来た次第」

「そうでしたか。
  千宗易殿から見て、此度の歌会はいかように見えるのか是非聞きたいですな」

 どういう経緯で知り合ったのか知らないが、古田重然が弟子になるぐらいだから千宗易もやはりその道では巨人である。
  そんな彼は一度この祭りの場を眺めて一言。

「少しお尋ねしたき事が。
  此度の祭り、何がしたいのかよく分からぬ所が」

 その一言に実際にそれを感じていた田原鑑種の顔が歪む。
  茶会・歌会・祭りとも一流を用意した。
  だからこそ、それぞれが目立って互いの足を引っ張るごった煮感も漂っていた。
  どれか一つだけならば歴史に燦然と残るであろうにその物足りなさを千宗易は指摘し、田原鑑種も疑問に思っていたのである。

「あら、その凄いのだけどよく分からない所が大事なのよ」

 実際の仕掛け人である珠姫が我が意を得たりと大輪の笑みを浮かべるものだから、一堂何を言っているのか理解できずに固まったまま。
  彼女はこの祭りを博覧会と理解していたからこそ、こんな言葉がすらすらと出てくる。

「凄くて分からないならば、また来たいと思うでしょ。
  で、行った人からそんな話を聞かされたら『行ってみたい』と思わない?
  太平が続き、民に富が溢れれば、このような祭りは多くの人を呼び込むわ。
  そして、その旅の途中で彼らは銭を落とす」

 ああ、この姫は根っからの商人なんだと一同凄く納得した瞬間であった。
  で、そんな空気の中で古田重然が本題を思い出して礼状を珠姫の前に差し出す。

「これは羽柴様より。
  借りし金子の事についてお礼をと言付を頂いております」

 実は、羽柴軍を動かす銭は今までの蓄えを全て使っても足りずに借金したのである。珠姫から。
  しかも、それを外交手段に昇華させる事で信長の了解まで取っているあたり、戦国最大級の傑物の巧みの技と珠姫は最初関心していたり。
  出兵先が毛利や大友の勢力圏とはいえない丹波で、織田信長に倒れられるとこちらが困る珠姫にとっては格好の支援の口実でもあり、何よりも担保として彼が管理している摂津および丹波の商い優遇の保障とくれば貸しても元が取れる。
  もちろん、珠姫自身がそこで商いをする訳でもなく、その優遇の権利を堺あたりの商人に売り払って資金を回収する狙いだったり。

(案外、千宗易がこっちに来たのはこの権利購入についてかも。
  古田重然を弟子にしているからこの事を知るのははやかっただろうし、彼も商人だからねぇ……)

 案の定、この摂津と丹波の商い優遇の権利を珠姫は千宗易に売る事になるのだが、話を元に戻そう。
  書状を受け取った珠姫はそれを四郎に預けてぽつり。

「ついでに織田殿に一言お願いできないかしら?
  『遠州大井川の勝利おめでとう』と」

「は!?」

 海洋交通のかなりの部分を掌握していた珠姫は、先ごろ駿河と遠江の国境で発生した武田家との小競り合いである大井川合戦の詳細を掴んでいた。
  倶梨伽羅峠での大敗によって権威を失墜させていた織田家を弱った獲物と判断して武田家がちょっかいを出してきたのである。
  織田家と武田家は婚姻同盟を結んでおり、直接の対峙はまずいと考えた武田信玄は織田家と同盟を結んでいる徳川家を目標に選んで駿河に兵を動かす。
  それは織田信長は理解しており、滝川一益を大将とした伊勢衆に平手汎秀・林秀貞・水野信元ら尾張衆の留守役を合わせた一万の援軍を即座に送りつけて大井川を境に対峙させたのだった。
  この時の対峙が結局合戦に繋がらなかった理由は何よりも織田軍の展開が速かったからに他ならない。
  尾張衆は陸路三河に入ったのだが、伊勢衆は水軍を使って遠江に直で乗り付けたのである。
  おまけに、信長に謁見にきていたフランシスコ・カブラルの乗ってきた南蛮船をつかって大量の兵や兵糧・弾薬を送りつけたあたり、彼が倶梨伽羅峠で大敗した教訓をしっかりと学んでいる事に他ならない。
  織田信長にとって幸いだったのが、伊勢湾海上利権を握っていた事で武田家から今川水軍の大半を奪い取っていた事。
  この為、武田家は水軍創設の必要性を感じながら、駿河掌握に手一杯で出遅れたツケがここで一気に噴出する。 
  織田家の後詰が誰もの想定外に到着した事から徳川家康は軍勢を大井川まで出張らせて国人衆の内応を防がれ、大井川という格好の防御拠点に陣を敷かれて対峙せざるを得なくなったのである。
  さらに、武田家は駿河の領有をめぐってかつての同盟国だった北条家と激しく対決しており、織田信長は当然北条家(もちろん海路で連絡を密にしていた)にも手を回して二両面作戦になりかねない状況に武田信玄を追い込んだ。
  その上で、外交では『武田と徳川・北条の和議を仲介する』と譲歩する事でさっさとこの対峙を終わらせる事に成功し、双方の同盟の深化として武田家より松姫が織田信忠の元に実質上の人質として送られたりと織田家東側の危機を収束させる事に成功していたのである。 
  なお、この一連の流れで案の定織田信長は九鬼嘉隆に命じて南蛮船の建造を命じており、『あのチート、やられた事はしっかり三倍返しでやり返しやがる……』と珠姫を悶絶させたのは内緒。
 
「まだ、伝わってないか。
  いいわ。そう織田殿に言えばわかるから。
  多分笑ってくれるわよ」

 古田重然の声と評定で悟った珠姫が手を振ってこの話を流す。
  その時の織田信長の笑みに殺意というか敵意が背後にゴゴゴゴゴ……と渦巻いているんだろうけどそれは言わぬが花である。

「ひめさまー!」

 不意に大声が聞こえたかと思うと、知瑠乃が茶碗を持ってこっちにやってくる。
  後ろに慌ててついてきているらしい長寿丸・大谷紀之介・大神甚四郎の三人の姿が。
  疲労困憊しているし、というか三人から漂う振り回され感が半端ないのはどうしてだろう?

「どったの?」

「あたいが焼いた器ができたの!
  見て見て!!」

「そういえば、そんな企画だったわねぇ。
  ちょうど偉い茶人が二人ほど目の前にいるから見てもらいましょうか」

 珠姫の言葉の前に千宗易と古田重然の前に知瑠乃が茶碗を突き出す。
  その茶碗を前に千宗易はじっと睨み付けるかのように茶碗から視線を逸らそうともしないが、古田重然は目と口を大きく開けたまま石像のように固まる。

「姫様。
  このおっちゃんどうしたの?
  おーい??」

「いや、大金時がいぎり立ってるし。怖いって。その顔。
  というか聞いてないって。あれ」

 枇杷色の歪んだ茶碗に奔放な知瑠乃が描いた⑨の染付け。
  あるがままに歪んだくびれ茶碗を持ったまま、硬直するへうげものにある者は呆れ、ある者は怯え、またある者は平然とその姿を眺めていたり居るのだが。

「ちょっと!
  早くお茶を入れて飲んでよ!!
  次待っているんだから!!!」

 そんなのはこの知瑠乃には関係がなかった。
  とはいえ、彼女の声で我に返った古田重然はそのまま土下座を敢行する。

「頼む!
  この染付け茶碗をゆずってくれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 大声で叫んだので、周りの人間が何事かと見ているのですが。
  あ、笑いすぎて酸欠状態になって四郎に介抱されている馬鹿姫発見。
  で、古田重然渾身の土下座に知瑠乃が一言。

「いいよ。あげる」

 ああ、こいつは大物だとこの場の全員がいやでも思った。
  茶人として名が通った古田重然が欲しがったというだけでも小城が建ちかねないほどの値打ちが出るというのに、それをあっさりとあげるときたのだから。
  そんな周りの空気なんて読まない知瑠乃がそりゃもういい笑顔で言ってのける。

「だってさ。
  お祭りじゃない。
  みんな笑っているのに、それに水をさしたら悪いし。
  それに、茶碗って使わないと意味がないわよ。
  あたいはあんまりお茶をする事がないだろうし、ならば欲しい人がずっと使っていた方がいいと思う。
  だから、あげるの」

 その当たり前の事に千宗易が微笑む。
  それは彼が目指していた茶道の果てでもあったのだから。

「って、まだお茶入れてなかったの?」
「姫様。これだけでの騒ぎで知瑠乃殿がおとなしくしているとお思いですか?」
「……聞いた私が馬鹿だった。紀之介ごめん」 

 そんな後ろのひそひそ話を耳に、千宗易が慈愛に満ちた笑みのまま口を開く。

「よろしければ、茶の入れ方を指南してしんぜましょう」

 その言葉に驚愕する古田重然や四郎、長寿丸・大谷紀之介・大神甚四郎にくらべて珠姫や田原鑑種は『お手並み拝見』という笑みを浮かべていたり。
  で、肝心の知瑠乃は意味がよく分かってなくて首をかしげて一言。

「あたい、馬鹿だからあまり作法とか分からないけどいいの?」

「簡単に事にございますよ。
  茶の道とは『各人それぞれの作法・趣向でもてなす』だけなのですから」

 なお、この歌会の紙芝居公開後、知瑠乃の人気が大爆発。
  姫巫女衆の次期トップとしての顔見せは成功したのだが、成功し過ぎて『長寿丸って知瑠乃の婿になるんだよね?』と間違った勘違いが広まって大友家評定で大問題になり、元凶である某大名(当時姫)が家臣に土下座をするという伝説まで作ったという。


 


 

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