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大友の姫巫女

南海死闘編

第三十八話 姫の帰還 太宰府歌会始 前夜

「梅が香に昔をとへば春の月」

 新古今からこんにちは。珠です。
  現在、筑前国の二日市遊郭にて歌会の準備なんぞをやっている所です。
  のんびりと湯につかった後で牛乳を裸で一気飲みして一句。
  とりあえず、私の歌はこれにしよう。

「『月のまがひに家路忘れて』
  姫様。
  連歌師がお待ちでございます」

 障子越しにさらっと同じ古今集で歌を返したのが、加判衆筆頭の地位につく予定の田原鑑種。
  かつて大内家の重臣をやっていただけあって、その手の芸事にはそつなくこなす男である。
  麟姉さんや政千代に体を拭かせながら、この男にこれだけの権力を渡した事を少し後悔したり。
  謀反的意味ではなく、逃げ道を容赦なく塞いで仕事に追い込まれる的な意味で。
  さらっと返歌を返して用件切り出すあたり、たちが悪い事この上ない。
  とはいえ、彼は今回の主役で臼杵鑑速の後任として大友家の外交全般を切り盛りする事になるお披露目をかねて、太宰府天満宮にて奉納歌会を開くのだから。

 地味に父上こと大友義鎮と太宰府天満宮には縁があったりする。
  豊後国の府内に程近い所に吉野という場所がある。
  そこには吉野天満社というお宮があり、その境内に臥龍梅という見事な梅があるのだ。
  龍が地に臥した姿に似ているので臥龍梅と呼ばれるようになったのだが、天満宮の名前が示すとおりこの梅は菅原道真公縁の梅といわれている。

 その由来はこうだ。
  建久三年(1192年)京都より藤原信近がこの地に住み、その一子近里はある日山に薪を取りに行き誤って右脛を折った。
  たまたま異相の翁に逢いその教えにより筑前国大宰府に17日間参籠。
  満願の夜、夢の中に貴顕の士(菅原道真公)が現れ梅花一枝を賜り、近里はこれを持ち帰ってこの地に挿し祈念しながら培養した。
  ところが不思議に、その枝は芽を吹き日増しに成長し近里の病も良くなったという。

 本当か嘘かは知らないが、梅=天神様=菅原道真公という伝承は戦国の世にしっかり根付いているのか、それとも見事な梅だから天神様の名前が後についたのかはさすがに知らない。
  ともかく、そんな立派な梅だからこそ父上はこの地を遊覧し、観梅の宴を催したのである。 
  あの茶狂い父上の事である。
  茶室にこの梅を生けて飾ろうとでも思ったのだろう。
  御用人に枝を折らせるとその御用人は気絶。起きたと思ったら、

「自分は太宰府の天神だ。
  お前はこの地の主だから今回は見逃す。
  でもまたやったら殺す」

と叫んで再び気絶。
  父上は己の無礼を謝罪して折った枝で御神体を刻み奉納する神殿を造り毎年祭りを行う事に。
  なお、その神社の神主は例の御用人なあたり、色々と思う所があるのだけど。
  で、また梅が咲く季節となったのでお祭りをと考えた矢先、私が口を挟んだのである。

「父上。
  こちらでも祭るのは当然として、太宰府の菅公にも参拝し、歌会など催されては」

と。

 文化的イベントの裏には政治があり、経済がある。
  こんなイベントを地元だけでひっそりとやるのはもったないというお祭り大好き人間の私の本音はとりあえず置いておくとして。
  北部九州の覇権は商都博多を押さえる事ができるかと同時に、太宰府の復興という命題が覇者にいやでも突きつけられるのであった。
  何でか?
  それは、太宰府というのが朝廷が作った正規外交機関だからである。
  既に力を失って久しいが、権威だけはしっかりと残っている為に組織が機能しだせば、必然的に日本の外交窓口を握る事に等しい。
  これを握るとどうなるか?
  大友家の戦争として行っていた対スペイン戦を日本対スペインに摩り替える。
  まぁ、これはおまけなのだけど、秀吉が天下を握った時に既に南方にて泥沼の戦場を用意する事で朝鮮出兵なんぞに目を行かせない為の策だったりする。
  ぶっちゃけると、スペインだけならばどうとでもあしらえるし。

 本命はこっち。
  勘合貿易の復活である。
  太宰府が正式に朝廷の機関として認められた場合、都合がいい事に勘合貿易を取り仕切っていた大内家の大内輝弘なんてのも抱え込んでいたりする。
  勘合貿易が復活して輸入、特に明の銀貨が流入しないと少しまずい事になるからだ。
  西国経済圏での物流増大で証文という基軸通貨が機能しだしたのはいいが、今度はその保障にあたる換金機能である通過供給量に不安を抱えだしたからである。
  このまま進むと、インフレが起きかねない。
  毛利の石見銀山から銀を垂れ流すことで現在は問題が起こっていないが、天下が統一されて商圏が一つになった時にインフレに苦しむ可能性が凄く高い。
  で、その解決を地域覇権国家である明帝国の銀貨決済を認めて丸投げすることにした。
  既に商圏は東アジア一帯に広がっているので、この決済公認は多くの商人に諸手をあげて歓迎された。
  同時に、労働力の安い日本側で織物・陶器・茶・酒・煙草等の高付加価値商品を明帝国に売りつける。
  まぁ、某極東の島国国家が某スーパーチート国家相手に経済戦争でやった手法だが気にしてはいけない。
  貿易摩擦が発生しても臣下の礼を冊封体制ぎりぎりの所で取っている限り、鎖国を国是とする明帝国はこちらに目を向けるとも思えないし、和寇は私の手の中にある。
  本音の所、実は勘合貿易すらすでにどうでもいい。
  明帝国に頭を下げてショバ代を払って、和寇を弾圧しないように制御下に置く事で東アジアの物流と決済を完全に掌握するのが目的である。
  もちろん、マカオなんて素敵ポイントを持っているポルトガルにも一声かけて、彼らの船を使って新世界から欧州に運ばれる銀の幾ばくかをこっちに流してもらうよう頼んで美味しい汁を吸わせていたりする。
  明帝国の銀貨で買えない物はこの東アジアにおいては何も無い。
  そして、その銀貨を最終的に明帝国からかっぱぎ続けるのが私の狙いである。

 で、そんな企みに必要なのが太宰府である。
  みんな勘違いしているが、幕府というのは朝廷と呼ばれる日本政府の機関の一部でしかない(この言い回しは正確ではないがあえてこう呼ばせてもらう)。
  もちろん、絶頂期の幕府だとその命令は絶対だが、あくまで幕府は征夷大将軍という軍事組織を中核とした組織なのだ。
  しかも、島国で隣国と行き来するのが難しいから外交という概念が発達する訳も無く。
  元寇だったり黒船の時に対処できない幕府の代わりに、朝廷が(形だけでも)決断するというプロセスが必須になる。
  この形だけが実権を伴って最後は鎌倉・江戸幕府を崩壊に追い込むあたり、朝廷というのは決してお飾りではないのだ。
  
  話がそれた。
  朝廷機関としての太宰府を復活させ、商都博多と連動させる。
  その為に京都で食い詰めていた貧乏公家(もちろん一条おじゃる丸の紹介した連中だ)の十数家を庇護して体裁を整えさせる。
  こうして権威に実権を持たせる為にも、デモンストレーションとしての見世物はある種必然だったのである。
  なお、これは私だけのアイデアではなく、この地を支配していた連中は皆同じ事を踏襲していた。
  ちなみに神仏分離がされていない戦国の世だから、太宰府天満宮も安楽寺というお寺を抱えていたりするがこれは豆知識。
  後に学問の神様として崇められるぐらいだからその力はすばらしく、この太宰府にて月一で歌会をするのが伝統になっていた。
  これは北部九州の支配が軍事力だけではなく、外交機関として知識と教養が必要だった裏面からも続けられている行事だったりする。
  それゆえ、この歌会はそのまま歌合戦として多くの戦国武将に、刀ではなく筆にて激しく火花を散らした歴史を秘めていたりする。
  山口に華やかな文化を築き上げた大内しかり、この地を本拠に大内に死闘を挑んで歴史の闇に消えた少弐しかり、そんな場所を確保するためにガチバトルをやらかした大友や毛利もまたしかり。
  この歌会も父上や養母上など大友一門・重臣を引き連れての一大ビックイベントになっているというか仕立て上げたのである。
  着物をきておめかし完了・確認の後で政千代が障子をあけると、田原鑑種が平伏する。

「元はたしか『散り』だったっけ?」
「返すのですから、変える程度は問題ないでしょう」

 それができる戦国武将がどれだけいるかよ。おい。
  連歌について簡単に説明しよう。
  歌、つまり短歌とは五・七・五・七・七で構成され、五・七・五が上の句、七・七が下の句となる。
  かつて京都で一条おじゃる丸と歌で会話した事があったが、それと同じで一人が上の句、もう一人が下の句を読む事で歌を完成させる遊びの進化系である。
  ただし、センスとスピードが問われるジャンプ系スポーツに進化していたりする。
  一人が上の句を読み、もう一人が下の句を読む事で歌が完成するのならば、次が『完成した下の句を受けて』上の句を作る事もまたありえる事で。
  ここに、テニスや卓球並みのラリー応酬ができる文芸スポーツが完成する。
  なお、この太宰府には大内と少弐が互いに連歌を千首・一万首と奉納した記録が残っていたり。
  古来から読まれてきた幾千幾万の歌を頭に収め、季語や掛詞・枕詞を駆使して相手に返しにくい句を造り、それでいて歌そのものの完成度を高めるセンスを必要とするのだ。
  田原鑑種のお披露目にもってこいのイベントであると同時に、『こいつやばい』と参加者の皆が間違いなく思うに違いない。
  それだけの才能を歌ではなく政や戦に使える頭を持っていると暗に示しているのだから。 
  これを踏まえて私の歌である古今集藤原家隆の歌、

 梅が香に昔をとへば春の月 こたへぬ影ぞ袖にうつれる (梅の香りに誘われて昔のことを春の月に尋ねると、答えない月の光が涙に濡れた私の袖の上に映った) 

 をちゃんと理解して、返歌の語句として、同じ古今集の詠み人知らずの歌で

 この里に旅寝しぬべし桜花 散りのまがひに家路忘れて (この里で泊まってゆこうか、桜の花が散ってあたりが見えず家路を忘れたということで)

 の『散り』を『月』に変えて返す教養とセンスが本気で怖い。

 梅が香に昔をとへば春の月 月のまがひに家路忘れて  (梅の香りに誘われて昔のことを春の月に尋ねると 月に惑わされて家路を忘れてしまいますよ)

 という歌になって、『あんまり遊んでんじゃねーぞ。こら』という説教歌に化けるのだから。
  というか、今回の太宰府歌会の総責任者として死ぬほど忙しいはず(だから四郎は博多でお仕事中)なのに、こんな所で油を売れるというのはその仕事を片付けたからだろうからで。
  このあたりが大内家をかつて支えたこの男の真髄である。 
  だからこそ、長寿丸元服までの暫定政権である私の間加判衆筆頭を勤めてもらうつもりなんだけど。
  なお、長寿丸が元服した後はまた戸次鑑連が加判衆筆頭に戻す予定である。
  田原鑑種・麟姉さん・政千代を引き連れて広間に出ると、既に始められていたらしく無数に散らばる短冊を片手に鶴姫が連歌師相手に『?』を頭に浮かべ続け、隣で恋が苦笑していた。

「姫様。
  此度は我らを呼んでいただいて真に感謝の極み」

 平伏する彼らの機先を制して手で押し留める。

「続けて頂戴。
  歌会に恥をかかさない程度に、鶴姫に歌を選んであげてね」

 さて、問題。
  武の面では申し分ない武将達だが、文字が読める・書ける事が絶対ではない戦国時代の話である。
  そんな文字が読めない・書けない、もしくは歌が読めない武将達がその権威を誇る為にはどうすればいいか?
  なんのことはない。
  出来る人間を抱え込んで、彼らを代理として出したのである。
  大内家の公家擁護はそんな背景があったりする。趣味面も少しはあるのだろうが。  

「……」

 でよ。
  なんで鶴りんに?マークが浮かんでいるのかな?
  文字は読めるし、歌の一つ二つ作れるでしょうに。

「……何を言っているかというか、そもそもこれは何じゃ?」
「ですから、歌を詠んでその返歌を……」
「だからそれがわからないといっているのじゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 あ、短冊が宙を舞った。
  恋が苦笑して目で(こんな感じで……)と私に言っているし。
  なお、遊女の高等教育を受けている恋は一応このスキル持ちだったりする。
  とはいえ、進んで歌を選べるほどでもないのでこうしてその道のプロを招聘した訳である。
  呼んだ連歌師の名前は松井紹巴。
  里村紹巴の方が分るかもしれない戦国時代の連歌界の第一人者である。
  要は大友家の威を示すイベントである事から、歌のラリー応酬は無しで一門・重臣総出で一句作って歌を奉納する事にしている。
  先に相手を組んで、歌の合わせをOKにしたからこそ、この惨状であり。
  まぁ、それだけでは面白くないので、一個だけ歌のテーマを梅で縛っていたりするのだが。

「で、恋は何を選んだの?」

「はい。
  『それとも見えぬ春の夜の月』で行こうかと」

 この歌は、千載集の大江匡房の歌、

 にほひても分かばぞ分かむ梅の花 それとも見えぬ春の夜の月 (どの辺に咲いているか、匂いでもって区別しようと思えば出来るだろう。春夜の朧月の下、それと見わけがつかない梅の花だけれど)

 の下の俳句である。
  この下の句を恋が読む事で、上の句を鶴姫が読むという事なんだけど……
  ちなみに、上の句を受けて下の句を読んで一句つくる事から上の句を作る人間が上位という不文律もあったり。
  同時に、返しである下の句はかなりの技量を要する。

「私なら、『おしなべて花のさかりになりにけり』かなぁ」
「それがしならば『なげけとて梅やは物を思はする』あたりかと」
「だから何でそなたらは簡単に句を作るのじゃぁぁぁぁ!!!!!」

 私も田原鑑種も恋が選んだ千載集より、

 おしなべて花のさかりになりにけり山の端ごとにかかる白雲  (すべての梅(昔は花といえば梅だった。原文訳は桜)が盛りになった山のどの稜線にも白雲がかかったように花が咲いている)
  なげけとて月やは物を思はするかこち顔なる我が涙かな   (「嘆け」と言って、月が私を物思いにふけらせようとするのだろうか? いや、そうではない。(恋の悩みだというのに)月のせいだとばかりに流れる私の涙なのだよ)  

 から持ってきているのだけど、そんなに難しいのだろうか?
  あ、鶴りんつき侍女の夏さんなんて庭に目を向けてお茶を飲みながら現実逃避してやがる。

「姫様は、部屋の中よりも海で遊ぶ元気なお子でしたので……」

 ぽんぽんと夏さんの肩を叩くな。麟姉と政千代。
  というか、三人まとめてため息なんてついてるんじゃねぇ。

「お互い姫様には苦労しますね」

 なんて目線とため息で語るな。一応凹むから。私が。
  舞った短冊の一枚を掴んで、私が鶴姫に言ってのける。

「この程度の歌会なんて大内じゃ当たり前」
「大友だろうが!そちの家は!!!」

 吠えてきたので、搦め手から攻めてみる。

「四郎もできるけど。これ」
「連歌師!
  はやくわらわの為に歌を選ぶのじゃ!!」

 ちょろい。

 


作者より一言。

 戦国ちょっといい話悪い話より

 吉野臥竜梅の話 http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4464.html

 を参考にさせていただきました。




 

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