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大友の姫巫女

南海死闘編

第三十四話 うどんの国の姫巫女 讃阿擾乱

 その昔、

「大友家って三国志で言うと袁紹だよね」

 と話をしたら、

「金髪縦ロール?」

 と答えが返ってきた前世の友人を持つ珠でございます。
  とりあえず、その友人には説教をしておきました。
  まぁ、なんでこんな出だしだと言いますと、金の話から入るわけでして。
  お前ら、資金力舐めているだろう?
  『金がある』だけでどけだけの手が打てると思っているのか、ちょっと私に語らせろと声を大にして言いたい訳でして。

「倶利伽羅峠にて、織田軍四万が上杉軍にて壊滅!」

 やば。
  やり過ぎた。

 

「こちらが、逆賊三好長逸の首にございまする」

 目の前にその三好長逸の首があるのですが、めでたく粛清されたようである。
  なお、彼の首に賞金なんぞかけていない。
  とはいえ、私がいるという事を当然目の前の篠原自遁は知っている訳で。

「大儀である。
  これからも、三好の家の為に尽くして欲しい」

 引田城本丸の中央に座る三好義継が言葉をかけると同時に、近習が篠原自遁の前に千貫文の証文(もちろん、私の裏書つき)が渡される。
  あくまで主役は三好義継なのだ。
  こういう小悪党的な輩でも、『ちゃんと功績を立てたならば評価する』ってのが家臣団の統制の第一歩になる。
  もっとも、

「お願いがございまする。
  我が主たる長治様は、逆賊の三人衆とつるみ暴虐をほしいままにしてきた篠原長房を討つ名分を義継様に頂きたく……」

 こういう事を言うから小悪党なんだろうなぁ。きっと。
  篠原長房は斜陽の三好家を支え続けた忠臣というか、実質的に四国三好家家臣団を束ねて動かしていた超大物実力者である。
  武人としての才もあるが、何よりも私好みなのは三好家の国分法である新加制式を編纂した行政官であるという点。
  そういう人間だからこそ三好家を支えられたのであって、まだ幼かった三好長治のお目付けに選ばれた彼が暴虐を行う道理はない。
  ちなみに、篠原自遁にとって篠原長房は兄に当たったりもするのだが。

「おかしな事を言う。
  篠原殿といえば畿内にも名が聞こえし三好の柱石。
  ましてや、そなたの兄ではないか。
  それが暴虐を行っているとは聞いた事がないが?」

 口を挟んだのは安宅冬康。
  建前は大友の家臣であると同時に三好に兼帯する形をとっている。
  その理屈で讃岐一国は安宅冬康に与えられているのだが、

「それがしが仕えるのは姫様ただ一人でございます。
  好きに使っていただいて構いませぬが、淡路では姫様の命で駆けつけるのは難しく代わりの者を代官として推薦いたしたく」

 なんて言って九州に残る事を望んでいたり。
  安宅冬康を三好領統治に使っても淡路・阿波・讃岐の三カ国は広すぎるし、その結果水軍衆でもっとも南蛮船を動かせる安宅冬康を自由に使えなくなる。
  これ、かなり致命打だったりする。
  なぜかというと、前回の日向遠征や今回の畿内お出かけもそうだけど、私が安心して任せられる水軍武将だからこそ無理が言える訳で。
  安宅冬康自身も大友家の将というより私の陪臣に近い扱いで満足していたりする。
  ちなみに、この陪臣扱いだからこそ豊後水軍(ちなみに水軍奉行は若林鎮興だ)に余計なプレッシャーをかけなかったし、私も自分の家臣だからと無茶できた訳で。
  ぶっちゃけると、安宅冬康は私にとっての某自由惑星同盟第十三艦隊の生きた航路図なのだ。
  彼がいなくなる事で私の移動半径が大幅に落ちるデメリットを考えると、讃岐・阿波二カ国でも安すぎる。
  そんな彼の残留宣言は嬉しい事この上ないが、くすぐったいのもまた事実。
  なお、代官として淡路を管理するのは船越景直と言って、かつての安宅冬康の家臣だった人である。
  あと、毛利も淡路を前線基地に使いたいので、乃美宗勝が奉行(大使)として淡路国岩屋城に滞在するとか。

「篠原殿。
  尋ねたいのだが、篠原長房殿が仮に暴虐を行ったとして、どのように罰すれば良いかお聞きしてよろしいか?」

 安宅冬康の問いかけに篠原自遁は答える事ができない。
  いや、質問の意味を理解していない。
  安宅冬康は尋ねているのは、三好家の国分法である新加制式に則って三好義継が篠原長房を罰した場合、彼の上司に当たる三好長治にも監督不行き届きで処分が行くので三好長治をどう処分して欲しいかという事なのだ。
  当然、部下である篠原長房が厳罰に処せられた場合、三好長治に甘い処分ができる訳がない。
  ちなみに正解は『所領の半分を三年間没収』で、今まで好き勝手してきた家臣を粛清する前に、その好き勝手させていた主君に責任があるだろうという理屈である。
  もちろん抜け道も例外もあるのだが、ここで建前の模範解答すら答えられない時点で篠原自遁の器というのが分ろうというもの。
  全盛期の三好家を支えていた安宅冬康は明らかに格が違った。
  言質を与える事無く篠原自遁を門前払いした安宅冬康は、篠原自遁を追い払ったのを確認してため息をついて私を見据えて頭をさげた。

「お見苦しい所を見せてしまい、申し訳ござらぬ。
  篠原自遁の言葉がまことならば、篠原長房殿は遠ざけられて三好長治殿の周りにはあのような佞臣しか残っておらぬのでしょう」

「いいわよ。
  気にしなくて。
  で、この後だけどどうする?」

 私は三好義継を見据えてあえて足りない言葉でたずねた。

「三好長治粛清しなくていいの?」

 と。
  これにも理由がある。
  現在の三好義継は四国に所領を持っていないからである。
  大名は各国に直轄地を持ち、それを統治管理する為に奉行や代官を派遣するのが一般的である。
  だが、三好家は畿内と四国に分裂し、四国の大名直轄領は当然押収されてしまっている。
  ちなみに、押収された直轄地が三好三人衆の活動源でもあり、三人衆が亡き後三好義継に返還されないといけないのだが、それすら篠原自遁は言わなかったという事は返す気はないという事だろう。
  まぁ、お飾りで大名をしてもらうのならばそれも構わないのだけど。こちらも生活費程度ならば出すし。
  三好義継は私を見据えたまま答えない。
  おそらく、傀儡に甘んじる誘惑と大名としての野心の狭間で迷っている事だろう。
  ちなみに、彼がどちらの回答をした所で私は手を出すつもりはない。
  御社衆を置き去りにして、淡路経由で銭と米の支援をする事を約束して、さっさと九州に帰還する予定なのだから。
  え?
  このまま介入して讃岐と阿波取らないのかって?
  讃岐・阿波が取れるかもと思わないではないが、この二カ国を取った所で統治できない。
  まず銭である。
  大友家は既に相良家と肥後国葦北郡に移った筒井家さらに伊東家の財政支援に、日向全域復興計画の為に巨額の資金の投入を決定している。
  ここで讃岐と阿波の二カ国を取ったらその復興と運営に支障が出かねない。
  まぁ、銭の事ならば幸いにもお金持ちになったのでできない事はない。
  だが、人的リソースが圧倒的に足りない。
  既に対島津戦の為に筒井残党や高橋鎮理を配置する羽目になっているし、四郎だって博多奉行として単身赴任する日々があるのである。
  安宅冬康は先に述べた通りだし、何よりも致命的なのは島津や竜造寺や長宗我部に兵と将を分散して配置した結果、私が直轄で動かせる将兵が弱体化する事にある。
  ちなみに、史実の長宗我部戦における中富川合戦では双方合わせて約三万の兵が動員されている。
  まぁ、近隣の国人衆は切り崩せば良いとして、現状での長宗我部の兵力はおよそ八千。
  本国土佐にも守備兵を置くだろうから、動員できるのは四千から五千というあたりか。
  確実にこの兵を潰す為には一万五千は最低限欲しい。
  一万五千も四国に捕らわれていたら、島津や竜造寺に応対できる訳がない。
  本業は堅実なのに副業を拡大させて倒産する中堅企業のような末路である。
  ちなみに、この四国がらみで面白い歌が残っていたりする。

 筑前が四石(四国)の米を買いかねて 今日も五斗買い(御渡海) 明日も五斗買い(御渡海)

 秀吉による四国攻めの狂歌なのだろうが、四石という米を買いきれずに五斗ずつという少量で買ってゆくという意味で、あの秀吉ですらというか秀吉だからこそか大軍運営と兵給の為に逐次投入にせざるを得なかった事実は見逃す事はできないだろう。
  秀吉がやった大軍による多方面同時攻撃は王道ではあるのだが、現状の大友家にそれを行う力はない。
  むしろ、小規模ゲリラ(島津・竜造寺・長宗我部)による多方面同時攻撃に備えないといけない訳で。
  しかもこいつら下手に手を抜くと容赦なくその手を噛み千切るチート連中だからなおたちが悪い。

「まずは筋を通します。
  三好長治には使者を送り、篠原長房についての釈明を聞いてから判断したいと」

 深く思考していた私の耳に三好義継の声が聞こえたので我に返る。
  まぁ、今の状況で即決するには情報が足りないから話を聞こうというのも間違ってはいない。
  それを了解しつつ、姫巫女衆を使って篠原長房向けの警告を送ってこの場を閉じたのだった。
  そして、皮肉にもその警告が功を奏す。

「篠原長房の上桜城を三好長治側の篠原自遁と川島惟忠の手勢が囲んでおります!」

 あれから三日経ってそろそろ九州に帰るかと考えた矢先の出来事である。
  この動きの速さを考えると、三好三人衆が粛清される前から考えていたとしか思えない。

「で、篠原長房殿はご無事?」

「はっ。
  姫様が先に伝えられていた事もあり、準備万端整えて篭城しております」

 念の為に篠原自遁の動きを篠原長房に流しておいたのは正解だったが、三好長治がここまで馬鹿だとは思わなかった。
  これで阿波国人衆は三好長治を見限るだろう。

「姫様!
  こちらにおられましたか!」

 めずらしくうろたえた顔で安宅冬康がこちらに駆けてくる。
  まぁ、篠原長房粛清の動きを聞いたらそりゃ、うろたえるわな。
  けど、これで腹をくくって三好義継が三好長治を粛清すれば、阿波・讃岐は無事に三好義継の元に統一できる。
  そう考えていた時期が私にもありました。  

「讃岐国天霧城の香川之景と、藤尾城の香西佳清が謀反!」

 安宅冬康が持ってきた急報は、私の対三好戦略を粉々に打ち砕く一撃だった。
  元々四国の国人衆達は、畿内の戦に引っ張り出されて不満が溜まっており、そこに必死に三好家を支えていた篠原長房を討とうと三好長治を兵を出した為にこの不満が爆発。
  第三者的立場から香川之景と香西佳清の二将が連名で実弟の十河存保に諫言し、十河存保もこれを受け入れて三好長治に諫言したらしい。
  だが、それを三好長治は聞かないばかりか十河存保に『二将を討ち取れ』と命じる始末で、ここに至って三好家を見限ったという事らしい。

「それがしも、殿の温情によって逃れる事ができた次第で」

 讃岐情勢の急変を私を始め引田城の面々に伝えてくれたのが安宅冬康に連れて来られた十河存之。
  三好義継とは異母兄弟の関係になる。
  三好三人衆がいなくなって完全に箍が外れた三好長治は三好家当主の地位をも狙おうとしており、先の二将だけでなく十河家家老として仕えていた十河存之の首も要求したらしい。
  兄弟で争うことはしたくなく、とはいえ忠臣を斬るつもりもない十河存保は、出奔という形で十河存之を引田城に逃がしたのである。 

「で、十河存保殿はどうすると?」

「香川殿および香西殿とは争いたくはないらしく、義継殿の仲介を求めております」

 さすがは元の出身が十河家だけある三好義継だけあって、彼ら国人衆をなだめるとしたら一番のうってつけであろう。
  だが、それをするという事は、篠原長房を見殺しにするという事で。
  篠原長房亡き後で四国の三好領を円滑に統治しつつ、かつ織田や長宗我部を相手に守りきるというのは中々難易度の高い無理げーだと思うのだけどどうよ?
  となれば……

「時間を稼ぐしかないわね」

 三好長治を討つ為にも、背後の讃岐の安定は絶対条件である。
  その為にも香川之景と香西佳清の謀反は早急に鎮圧しないといけない。

「銭でひとまずはおとなしくしてもらいましょうか」

 もちろん、銭で元の鞘にもどれと言っても聞かないだろうし、そのまま銭を持って謀反続行なんて事態もある訳で。
  だから、双方に信頼できる仲介者を間に立てての交渉が必要になる。

「それでしたら、伊予国金子城の金子元成がよろしいかと。
  我らは金子家と組んで伊予河野家を叩く事を考えていた次第で」

 仲介者に候補の名前をあげたのは十河存之。
  さすがに地元武将なだけあると感心していたら、控えていた村上吉継が何かを思い出すように呟く。

「たしか、香西家は塩飽水軍と繋がって交易で富を得ていたはず。
  塩飽水軍の忽那通著殿とは河野家よりのつきあいゆえ、話次第で乗ってくるやも」

 正反対の方向からキーパーソンが出るあたり、身内のごたごた感たっぷりである。
  だが、この事態は銭よりも時間が欲しい。
  十河と香川・香西の二将の間で兵火が始まったら取り返しのつかないことになる。

「わかったわ。
  金子元成殿と忽那通著殿に仲介をお願い。
  銭はいくら使ってもいいから、讃岐をとりあえず止めるように!」

「はっ」
「承知」

 おそらく手紙を書く為に十河存之と村上吉継が部屋から出てゆく。
  それと入れ違いにこんどは政千代が慌てて飛び込んできて、何があった?

「姫様!
  篠原長房に送った姫巫女衆より、阿波守護細川真之が一宮城にて謀反!
  一宮城主一宮成助と伊沢城主伊沢頼俊がこれに呼応したそうです!!」

 もうなんというかカオスである。
  敵か味方か分らないとは思っていたが、ここまでめちゃくちゃになるとは思っていなかった。
  事態の急変に派遣していた物見からも詳報が入りだす。

「上桜城を囲んでいた三好長治側の手勢と、細川真之の手勢が中富川にて衝突。 
  双方兵を引き上げたとの事」

 上桜城を攻めていた三好長治側は、あわてて兵を返して本拠勝端城を突こうとした細川真之勢を中富川で補足。
  篠原自遁・伊沢頼俊が討死し、双方多数の死傷者を出して引き上げたという。
  最悪だ。
  よりにもよって引き分けやがった。
  これで、阿波と讃岐の混乱はいやでも長期化せざるを得ない。
  こうなると権威と兵を抱える第三勢力の三好義継の価値は跳ね上がる。
  三好義継に阿波を取ってもらう為に、細川真之側に呼応するのが一番だろう。
  それを進言する為に引田城の大広間に入ったら、まるで葬式でもあったかのようにどんよりとした顔で三好義継が出迎えた。
  そして、私はこの混沌としきった状況を誰が作り出したのかを知る事になる。
 
「三好長治より早馬が。
  細川真之の求めに応じて、土佐の長宗我部元親が出兵。
  阿波白地城が長宗我部に攻められて開城。
  大西覚養は長宗我部と和議を結んだそうです」


 


 

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