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大友の姫巫女

南海死闘編

第三十三話 うどんの国の姫巫女 引田合戦 

 珠です。
  正確にはまだ恋なのですが、まぁいいでしょう。
  何でか知りませんが、現在うどんの国にいます。

 という訳で、『恐るべき~』でも『水曜~』でもなくうどんなのですが……
  ……知らなかったのよ。
  この時期、まだ麺にうどんが進化していないって……
  とりあえず、銭と職人を大陸から呼んで発展させねば。
  何でそこまでしてさぬきうどんを作るのかって?

 うまいからに決まっているじゃない!

 いやほんと。
  一杯百五十円のうどんを食べに、その十倍以上の交通費を払う価値はある。
  ちなみに、某ねぎを畑から自分で取ってくるうどん屋に朝一で食べた時、卵とねぎだけなのに涙が出た。
  あのうまさは記憶に美化されて、こうしてその執念をかけるぐらいだから押して知るべし。

 なお、某四国には水道の蛇口ジョークがあって、
  水道の他に各家もう一つ蛇口があり、ひねると……

 愛媛ではポンジュースが出て、
  香川ではうどんのだし汁が出て、
  高知では酒が出て、
  徳島ではスダチ汁が出るとか。

 中々各県の特色を掴んだジョークで好きだったものである。
  ……スダチも捨てがたいな。


  さて、とりあえず私たちは何処にいるかといいますと、讃岐国引田城という所にいます。
  三階菱の旗――三好家――に囲まれて。
  まぁ、三好義継を使って四国の三好家を掌握しようという企みなんだけどね。
  この城は半島をそのまま城砦化した城で港を完備しているのがポイント。
  三好の嫡流引き連れての寄港に城主矢野駿河守が逆らう事無く城を明け渡したのも、現在三好家を動かしている三好三人衆の人望がいかに落ちているのか分ろうというもの。
  嫡流の背後に名将として全盛期の三好政権を支えた安宅冬康がいればまず逆らわないか。

 で、やる事ないからうどんを頼んでの冒頭に繋がる訳で。
  そろそろお腹が目立って大きくなってきたから、政千代達の視線が痛くて痛くて。
  おとなしくしているつもりなの……

「四郎。
  一応たずねるけど、何で鎧着ているのかな?かな?」

「多分、鎧を着てそのままうどんを食べる事はないと思いますが。
  念の為に」

 四郎も言うようになったものである。
  まぁ、讃岐に上がって『うどんよこせ』と命じたら、団子汁が出てきて固まったままの私を見たらそう思うのも仕方がない。
  というか、合戦準備なんで私聞いていないのですが。

「説明してくれるよね?四郎」

 にっこりといい笑顔でたずねたら、四郎も凛々しい笑みで簡潔に説明する。
  その姿がなかなかかっこいいと思うのは惚れた弱みだから仕方がない。

「説明も何も、これから来るであろう三好三人衆の手勢を迎え撃つ予定なのですが」

 迎え撃つって、わざわざ迎撃すると?
  御社衆率いて?
  なんでそんな危ない橋渡るのよと言う前に、四郎が機先を制して説明の言葉が出る。

「姫が考えておられるとおり、三好内部の誰が信じられるか分りませぬゆえ。
  それに、勝ってしまえば怪しい者も動きにくくなるでしょう」

 とりあえず三好家の複雑怪奇な一門支配を軽く説明すると、
  まず注意してほしいのが、三好家は元が守護大名の家ではない。
  小笠原家の血を引いているのは確からしいのだが、元は管領細川家に仕える有力国人衆という立場だったのである。
  幕府管領を務める細川家は応仁の乱以後も畿内に勢力を誇り、将軍権力が決定的に失墜した明応の政変を主導した管領細川政元の下で細川家は、

 摂津・丹波・讃岐・土佐・阿波・淡路・備中・和泉・山城・河内・大和

の合計十一ヶ国を支配する権力者となる。
  だが、細川政元死後の後継者争いで細川家もまた内部分裂を起こし、将軍家継承問題や宗教対立(一向宗VS法華衆)さらには近江六角氏をはじめとした諸大名の介入もあってついに安定した政権ができる事はなかった。
  それをまとめあげたのが三好長慶。中世最後の王とまで呼ばれた時代の申し子である。
  繰り返すが、三好家というのは元は管領細川家の一国である阿波細川家の家臣でしかない。
  だが、度重なる合戦や幕府の政治に関与する過程でその頭角を出してついには頂点に上り詰めたのだが、同時にそれが彼の限界でもあった。
  戦国時代は実力主義というけれど、実はかなり古くからの権威が幅をきかせていた時代でもあったのだ。
  その証拠に、三好長慶は彼が政権を運営していた時ですら、室町幕府という権威だけなく管領細川家も傀儡として手放す事はできなかったのである。
  最盛期には、

 山城・摂津・阿波・讃岐・播磨・伊予・丹波・和泉・淡路・河内・大和・若狭の一部など

十一ヶ国以上に及ぶ大領国を形成した三好長慶ですら。
  人間いかに権威という形のないものをありがたがるかといういい見本でもあろう。
  彼がもう十年、いや五年でいい。
  長生きして後継者だった三好義興に継がせる事ができれば、三好長慶自身が権威となっただろう。
  だが、三好義興は死に、更に有力一門であった三好義賢が戦死、十河一存が事故死と政権中枢を担う一門が消えた事で三好政権は空中分解を迎える事になる。
  それを影で主導したのがボンバーマンこと松永久秀であり、その刃に捕らわれかかっていた三好家最後の柱石だった安宅冬康を引き抜いたのが私、そして崩壊した畿内の勢力をまとめあけたのが織田信長だったりするのだが。
 
  さて、話が長くなったので戻そう。
  三好政権は傀儡とはいえ幕府および管領という権威を前提に畿内および四国の統治をしていた為に、国人に対する命令者が複数散在していた。
  つまり、
  将軍・管領細川家・そして三好家である。
  三好政権下では、この三つは常に同じ命令を出していたので何も問題はなかったのだが、実務を司っていた三好政権が崩壊した結果、誰の命令を聞けばいいのか分らずに国人衆に混乱が走ってしまう。
  その時、ものを言ったのが力であり、そしてそれを最大限に行使して畿内を掌握したのが織田信長である。
  とはいえ、現在の織田信長ですらこの将軍・管領の権威を使って畿内統治を進めている途中である。
  自ら権威を確立するというのがいかに難しいか分かるだろう。 
  だが、四国は阿波が三好の本拠だった事もあって、三好の権威としてのブランドがある程度確立していた。
  その為に宗家である三好義継が織田信長の傀儡として立てられても、三好三人衆をはじめとした三好の名前で反抗する事ができたのである。
  なお、三好家の正当性を保障する為に、阿波守護家である細川真之を傀儡に立てている念の入れよう。
  三好宗家でしかない三好義継だけでは返り討ちにあいかねない可能性は十分あったのである。
  そしてやっかいな事に、三好義継が三好長慶の養子だった事が問題に拍車をかけている。
  彼の本当の父親は十河一存で、宗家に養子に行った為に十河家は十河存保(三好義賢の次男)が継いでいる。
  ……庶子である十河存之(三好義継とは母違いの兄弟に当たる)を差し置いて。
  この時点で既に頭が痛いのだが、これは讃岐の話。
  三好の本拠たる阿波の話も絡めるともう素敵にカオスである。
  阿波三好家の当主は三好長治。
  彼と十河存保は兄弟なのだが、彼以外にも父違いで兄弟が居たりする。
  それが、阿波守護家として傀儡をやっている細川真之なんだけど……
  更に四国に逃げ込んだ三好三人衆がいる。
  何で彼ら三好三人衆が四国ででかい顔しているかというと、年を取っているからという実に情けない理由だったり。
  三好義継・十河存保・三好長治はまだまだ若武者の年でしかなく、四国の国人衆を束ねるには力不足だったのだ。
  もちろん、庶子の十河存之や傀儡の細川真之は問題外。
  という訳で、三好三人衆に十河存保・三好長治を加えた合議制で、三好家を運営していたという。

 ……そりゃ、長宗我部に好き勝手やられるわな。

「勝てるの?」

 雇い主が言う質問ではないのだが、自慢できないが御社衆の負けっぷりには定評がある。
  何しろ雇い者が基本夜盗や悪人崩れだから評判が良くなる訳もなく。
  しかも、日向遠征時で残った連中はみんな立花家で抱え込んだので、新規採用連中である。
  そんな連中だから、本来は石山本願寺に置き去り予定だったのだが、石山の戦も無くなり三好義継に押し付けてそのまま帰るつもりだったのだ。

「勝ちます」

 四郎も言うようになったものである。本当に。
  その後で語られる理路整然とした説明に問題もなかったので、戦を四郎に全部任せる事にしたのである。
  なお、持っていたうどんもどきは見事に冷えて伸びきっていたのは言うまでもない。

 

 

地理説明

   ■
     ■■
    BA 凸引田城
    C■①     ②
     ■


三好義継側
  引田城   立花元鎮       三千
  ① 毛利軍水軍衆         百隻
  ② 珠姫丸および弁才船    二百隻


三好三人衆側
  A 三好政康                    千
  B 岩成友通                    千
  C 三好長逸                    千


  三好三人衆はそれから三日後に三千の兵を率いて阿波勝瑞城から出撃してきた。
  それを聞いた時に、

「あ、負けはなくなったわ」

 とひそかに思ったのは内緒。
  城攻めには基本的に三倍の兵力が必要となる。
  今引田城にいるのは立花家家臣団と御社衆三千に、畿内や淡路から三好義継についた三好勢千の合計四千。
  更にこの四千を運んできた水軍衆が四百隻ほど停泊しているのだから実は人数だけならば万を超える。
  まぁ、城を落とせば水軍衆は逃げるだろうという読みだろうし、実際にそうなのだがそれでも三千は少なすぎる。
  裏を返せば、城攻めの人数が確保できないほど国人衆に見捨てられているか、こちらの兵力を三好義継の千しか想定していないのか。
  多分両方だろう。
  『御社衆って攻めれば逃げるよね』というイメージをみんな持っているだろうから。
  もちろん、雇い主である私も含めて。
  三好三人衆の攻め手が引田城に押し寄せる。
  竹束を並べて弓鉄砲で攻めつつ足軽がじりじりと城に近づいてゆく。
  私はそれを洋上の珠姫丸から眺めていた。

「いると邪魔です」

 という四郎の一言で追い出されたのである。
  たしかにいると邪魔だなと思ったので、兵を運んだ弁才船と共に退避してこうして洋上から観戦する事に。
  四郎は引田城の本丸から指揮をとっているはすである。
  最前線の守備を任されている清水宗治が命じたのだろう。
  連続した轟音が轟き、御社衆の鉄砲が三好三人衆の攻め手の足を止める。
  篭城戦に清水宗治。
  これほど安定感ある戦ぶりは見た事ない。
  そして、篭城戦においては守備兵の士気が何よりも大事な訳で。
  御社衆を束ねて清水宗治の副将についているのが恵利暢尭と野崎綱吉。
  恵利暢尭は長く御社衆を率いているから士気を崩れさせないし、野崎綱吉は御社衆抜擢の将だから御社衆というものをよく理解していた。
  更に立花家家臣の多くが元御社衆で、港に停泊する船団が御社衆への安心感に繋がっていた。
  港側にも攻め手がきたらしく、安宅船から焙烙火矢が発射される音が聞こえる。
  水軍衆を指揮するのは、これまたその道の専門家である村上吉継。
  いい感じで敵を翻弄しつつ、船に敵を寄せ付けない。
  今回の石山救援は毛利の戦という建前なので、立花家の毛利系と御社衆のみの戦である。
  だからこの二人は最初からついてきていたのだが……適正がはまるとこうも兵の動きが違うか。
  四郎、二人の適正を知っていたから安心して任せたな。きっと。
  もしかして、私の理想であるなぜか軍事タグがつく某声優のコンサート並の統制を御社衆が取れる日もくるのかもしれない。

「天下一かわいいよ~」

 なんて野太い声で私に向けて御社衆が叫んでいる所を想像してしまい、噴いて政千代に白い目で見られたのは内緒。
  我に返ってよく耳を澄ますと、こちら側の鉄砲の発射にラグがあったりして面白い。
  これは、訓練された立花家家臣団を見て御社衆がその後を追随する形になっているからで、優れた将ならば立花家将兵を狙い打ちに攻撃をするのだろうけどそんな事に気づいているのは岡目八目の立場に立っている私だけらしい。今は。
  三好三人衆も馬鹿ではないから、いずれ気づいて攻撃してくるだろう。
  だが、それでは遅い。

「姫様。
  三好三人衆の背後からこちらの後詰が」

 こっちからでも、三好三人衆の陣が崩れてゆくのが分る。
  今頃、三好三人衆の本陣では、

「この敵は何処から沸いた!」

 と叫んでいる事だろう。
  今回こっちに持ってきた南蛮船は珠姫丸と毛利の船三隻の計四隻。
  安宅船や弁才船と共にやってきて、弁才船と共に珠姫丸が洋上に退避していたから、ぱっと見で気づかないだろう。
  で、南蛮船三隻と足りない分は弁才船を使って、三好義継率いる三好軍を三好三人衆の背後に逆上陸させたのである。

「これだけの船があり、姫が言うとおり国人衆が日和見するようならば、日向で油津に上がったように敵の背後が突けます」

 四郎を日向戦で崩壊しかかった伊東家の後詰に出向かせたのだけど、その結果私が当初想定していた対島津戦決戦場の高城川流域を背後から突ける事に気づいたらしい。
  さすがに距離があり、また島津もそのまま後退したのでこの構想は幻となったけど、ならば最初から敵の背後を突く目的で船を動かしたらと思うようになったと。
  で、幸いにも引田城の近くにある湊川河口に船をつけて、そこから三好三人衆の背後を襲う事に。
  城側に視線が向いているから、この奇襲は効果的だろう。
  三好義継軍の統制が思った以上に良いのは、副官として小林吉隆をつけたからに他ならない。
  ついでに城に篭るより外で暴れたいと志願した、中州で女体神輿(乗っていたのはアへ失神中私(妊婦))を担ぎ続けてストレスでマッハだった杉乃井家の足軽組頭二人もそっちにいて暴れているはずである。
  方や巨体で方や今時珍しい指揮官先頭突撃だし、ストレス発散しているのかいい動きしているなぁ。
  このやさぐれ二人組だが、そのやさぐれの元が私という事もあって四郎やら麟姉さんやら爺やハヤテちんやらとえらく仲が良いらしい。
  けど、

「気にするな。
  あの姫様は着物を着ている時は稀代の傑物なのだ」

 ってみんな同じ慰め台詞を言うのはどうよ?
  しかもそれであの二人納得しやがったし。

「姫様。
  そろそろよろしいかと」

 珠姫丸の船長でもある安宅冬康が私に一声かけて、私もただ頷くだけで返した。
  珠姫丸が弁才船の船団から離れて沿岸に近づいてゆく。
  城攻めと背後からの奇襲で、それに三好三人衆側で気づいている者は誰もいない。
  これで勝った。
  勝利を決める安宅冬康の声が聞こえ、私は耳栓を耳にはめた。


「大筒発射用意!
  撃て!!!」 


地理説明

   ■
   ③ ■■
    BA 凸引田城
    C■①     ②
     ■④


三好義継側
  引田城   立花元鎮  二千八百
  ① 毛利軍水軍衆    百隻
  ② 弁才船          二百隻
  ③ 三好義継        千
  ④ 珠姫丸

三好三人衆側
  A 三好政康               八百
  B 岩成友通               七百
  C 三好長逸               千


  南蛮船に積まれている大砲による直接火力支援。
  港に隣接している海城でこの大筒攻撃に対抗できる城はまだできていない。
  同時に南蛮船が味方につくならば、海城は最大最強の防御施設を手に入れる事になる。
  私が一番最初に考え、篭城だけでいいやと割り切っていた理由がこれである。
  それを四郎が改めさせたのだ。

「この戦、負けないならば姫様の策で十分なのですが、勝つならば二人の将に手柄を立てさせる必要がありまする」

「二人?
  四郎じゃなくて?」

「はい。
  三好義継殿と安宅冬康殿です」

 その時私が思ったのは、

(四郎……ちゃんとチートじじいの血が開花したんだなぁ……)

 とまったく場違いな事だったりするのは内緒である。
  四国の三好勢力を大友毛利側に寝返らせる事が目的ならば、四郎があげた二将に花を持たせるのが一番である。
  特に、三好義継に功績を譲る事で四国国人衆に働きかけるのがずっと楽になるだろう。
  だからこそ、四郎は大砲の投入をぎりぎりまで遅らせて、三好義継の背後奇襲という結果で勝利した事にしたかったのである。
  とはいえ、千の三好軍に対して三好三人衆は城攻めしなかったら三千。
  体制を立て直されたら、三好軍が包囲殲滅されかねなかったのである。
  安宅冬康が命じたカルバリン砲による火力支援は、後詰として三好義継軍に向かおうとしていた三好長逸陣に降り注いで大混乱を引き起こしていた。
  それを見て、裏崩れが起こったと勘違いした三好政康と岩成友通軍が総崩れに陥ってゆく。
  止めとばかりに、引田城からも清水宗治が兵を出して追い討ちをかける始末。
  さすが傭兵。勝ち戦だと勢いが違う。
  砲撃が終わった事を確認して耳栓を外す。
  既に陸上では掃討戦に進んでいた。
  それを眺めながら、今、とんでもない事に気づく。

「御社衆って合戦に勝てたんだ……」


引田合戦

兵力
  三好義継軍   三好義継・立花元鎮               四千
  三好三人衆軍 三好政康・岩成友通・三好長逸      三千

損害
  三好義継軍                                                          数百   (死者・負傷者・行方不明者含む)
  三好三人衆軍                                                        千数百(死者・負傷者・行方不明者含む)

討死
  三好政康・岩成友通(三好三人衆軍)

 


 

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