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大友の姫巫女

南海死闘編

第三十一話 覇王対毘沙門天 第二次倶利伽羅峠合戦 後編

地理説明

 黒 織田軍
  白 上杉軍

      守山城
        凸      富山城
        B       凸
        A      C

       ②
   ▲    ①③
倶利伽羅峠  ④ 

 

① 柴田勝家 尾張衆本陣    一万  
② 中川重政 尾張衆左翼    二千五百
③ 森可成  美濃衆         一万
④ 塙直政  尾張衆右翼     二千五百

 

A 上杉輝虎 上杉軍物見     十数騎  
B 柿崎景家 上杉軍先鋒     三千
C 本庄実乃 上杉軍主力     六千


  上杉輝虎が毘沙門天の化身と呼ばれる決定的なエピソードとして下野国唐沢山城防衛戦がある。
  この戦いで北条三万の大軍のど真ん中を四十五騎のみで中央突破し、唐沢山城に入場した彼は鎧すらつけていなかったという。
  上杉輝虎は天才戦術家である。
  その彼がもっとも才を発揮するのが上のエピソードを見るに、彼の才能の中でも足軽大将(二十一世紀風に言えば下士官)としての才が際立っていた。

「中川殿が放った北の物見が上杉軍の物見と争っています!」

 下ってきた倶利伽羅峠方面以外は周囲全て敵という状況の織田軍は半月の陣を敷いて敵に備えた。
  この半月の陣というは方円の陣の亜種で、背後以外を全周囲警戒する陣形である。
  方円の陣だと全周囲警戒なのだが、敵襲時にどうしても遊兵が出るのが避けられない。
  それゆえ、絶対にこないと確信した場所の兵を薄くして他の場所の補強に当てたり、敵の攻撃意図をその薄い背後に向けさせて伏兵を敷いたりと言った戦術を組んだり出来る。
  現在上杉軍の物見と争っている場所が北側で織田軍の最辺警戒線で、これより先の山に回ると織田軍の背後がつけるという場所だった。

「さっさと蹴散らせ!」

 即座に物見に後詰が送られて蹴散らした報告が入ってくると思ったら、織田軍本陣に飛び込んできたのは逆の報告だった。

「こちらの物見が後詰を含めて蹴散らされています!
  既に中川殿の陣内で暴れており、手がつけられませぬ!」

 いくらなんでも十数騎で二千五百の陣に突っ込んでくる馬鹿は上杉輝虎しかいないし、その馬鹿は能登で暴れていると思っていた所に壊走した物見を巻き込んでの急襲に中川陣は大混乱に陥る。
  そして、その暴れまわる物見の大将が鎧をつけず、『紺地朱の丸開扇』に気づいた足軽達がその事実に気づいた瞬間、伝説が現実を突き崩す。

「上杉輝虎だ!
  上杉輝虎がここにいるぞ!!」

 こうして、尾張衆左翼は戦う事無く無力化された。

「中川重政は何をやっている!」

 柴田勝家はそう言って苛立つが、彼自身が壮絶に上杉輝虎にやられているので自分の隊がやられなかった安堵の色が混じっていた事に気づいていない。
  上杉輝虎がこちらに来た事実に織田軍将兵が恐慌をきたすが、同時に能登方面ががら空きになった事を意味していた。

「加賀に残っている連中に伝令を出せ!
  ここで、上杉輝虎を討ち取れば戦は終わると!」

 柴田勝家が伝令を加賀に向けてはなった時に、本陣に森可成が入ってくる。
  その顔には獲物を前にした狼のような笑みすら浮かんでいるのだが、この場ではそれが頼もしく見える。

「上杉輝虎の首を取りに行くので軍を動かすぞ」
「待たれよ!
  貴殿の隊は富山城の上杉軍への備えではござらぬか!」

 森可成がそれに答えずにすっと陣幕を開けて、目の前に見える小矢部川を見せる。

「この川の他に、奴らは庄川、神通川を越えねばならぬ。
  川に沿って対陣すれば本陣でも押さえられようて。
  それに上杉輝虎がこちらに来たとなれば、五千ほどの兵を率いて戻っている事になる。
  奴の背後に伏せているだろうから、それも潰してくる」

 ここまで言われると柴田勝家も許可を出さざるを得ないし、混乱中の左翼が邪魔するために本陣から直で上杉輝虎を叩く事ができない。
  現実問題として、今上杉輝虎に当たれる隊は森可成しかなかったのである。
  森可成が上杉輝虎に軍を向けた時には、既に彼は左翼をかき回すだけかき回してさっさと後退していた。
  当然のようにそれを追撃する織田軍だが、案の定伏兵が襲ってきた。

「上杉軍先陣!
  柿崎景家見参!!」

「押し返せ!
  織田家先陣!
  森可成押し通る!!」

 一万の軍に三千の軍が当たって互角というあたり、上杉軍の精鋭ぶりが伺える。
  とはいえ、数の力で織田軍は上杉軍を徐々に押し出した時に、横槍が織田軍に突き刺さる。

「越後揚北衆本庄繁長!
  これより先へは行かせはせぬ!」

 横合いから現れた本庄繁長の手勢千が崩れかかる柿崎隊を助けようと戦線に加わる。
  その隙を突いて柿崎隊が後退し、隊を再編させ再度突撃する。
  上杉軍のお家芸とも言える車懸りの陣は特徴として、攻撃>後退>再編>再攻撃 を各隊順序良く行う事で敵を疲弊させ飽和させる戦法である。
  同時にこの戦法は常に各個撃破の危険を孕んでおり、国内国人衆の統制に不安があり上杉輝虎の命に常に従う訳でもない越後国人衆を制御する上杉輝虎の苦肉の策でもあった。
  彼の優れた戦術観でどのタイミングで交代し、どのタイミングで攻勢をかけるかを見極めるからこそ勝てるからで、普通の将がこれをしても各個撃破を食らうのがオチだろう。
  出てきた隊を確実に壊滅に追い込めれば各個撃破のチャンスが生まれるのだが、本庄繁長隊をその間合いに取らえたと思ったらまた別の隊が横槍に入る。

「上杉軍河田長親!
  越中国人衆と共に参る!!」

「神保家家老小島職鎮!
  公方様への忠義を見せるはここぞ!
  かかれ!かかれ!!」

「怯むな!
  こちらの方が兵が多い!!
  全て踏み潰せ!!!」

 森可成は気づいていなかった。
  富山城にいるはずの神保家の将兵がどうしてここに参戦しているのかを。


  

地理説明

 黒 織田軍
  白 上杉軍

      守山城
        凸      富山城
        A       凸
        ③             
            D
        ②
   ▲    ①
倶利伽羅峠  ④ 

 

① 柴田勝家 尾張衆本陣    一万  
② 中川重政 尾張衆左翼    二千   (混乱中)
③ 森可成  美濃衆         八千
④ 塙直政  尾張衆右翼     二千五百

 

A 上杉輝虎 上杉軍         五千     
D 本庄実乃 上杉軍         四千

 

「小矢部川の向こうに上杉軍!
  その数は四千!!
  川向こうから、森隊を挟もうとしております!」

「中川隊に命じて川沿いに急いで陣を敷くのだ!
  決して、やつらに川を渡らせるな!!」

「中川隊がまだ混乱から立ち直っておりません!
  本陣から後詰か、塙隊を差し向けてくださりませぬと押さえられません!」

「ならば、塙隊を動かせ!
  このままでは森隊が背後から突かれるぞ!」

 織田軍本陣が慌しく動く中、柴田勝家は厳しい顔をしたまま次々と命を発しつつも床几より動かない。
  総大将が慌てると軍の士気に響く事を知っているからなのだが、後詰として控えていた簗田広正を呼んで、ぐしゃぐしゃに握り締められた書状を見せる。

「能登と加賀の国境にある末森城が上杉に通じた。
  そこに上杉軍四千と足利義輝公が入り、更に近隣の国衆が集まっているらしい。
  丹羽長秀は大急ぎで軍を返せと言って来ている」

 柴田勝家がぽつりと手紙に書かれていた事を要約し、簗田広正もみるみる顔が青くなる。
  それが意味する事は、能登一国全てが上杉の制圧下に置かれた事に他ならない。
  既に上杉輝虎がこちらに来ていた事は知っていたが、短期間での能登制圧は不可能と見て途中で軍を返したと判断していたのである。
  だが、制圧した後で軍をこちらに戻したのならば、今行われている戦の景色ががらりと入れ替わる。
  海上輸送を前提にした機動力の恐ろしさがこれである。
  織田軍は上杉輝虎は能登に、足利義輝は越中にいるという前提で倶利伽羅峠を越えた。
  だが、上杉軍はそれを知って足利義輝と上杉輝虎を単身入れ替えたのである。
  既に能登上陸時に反上杉の国衆を蹴散らしており、地ならしはできていた。
  そして、武力行使の手段である上杉軍馬回りと権威である足利義輝が能登に入った事によって、武力も政治的正当性も消えた反上杉の能登国人中は白旗を掲げたのである。
  ちなみに、この二人は気づいていないが何で上杉輝虎と足利義輝が単身で入れ替わったのかというと、動く舟の全てで富山城にいた上杉軍を海上から運んだからに他ならない。
  だから、本庄実乃率いる上杉軍が横槍をつける位置にまでやってきているのだが、今そんな事はこの二人にとってどうでもいい。
  能登で国人衆を吸収した上杉軍は一万程度にまで兵を膨らませるだろう。
  尾山御坊を囲んで落城を待っている織田軍一万五千で抑え切れるとも思えないし、そうなったら倶利伽羅峠を塞がれて織田軍は全滅する。

「兵を返すしかないだろう。
  このままでは、いずれ皆屍を晒す事になる」

 簗田広正の小声に柴田勝家がため息で答えたのは、彼も同じ結論に達したからに他ならない。

「森隊へ伝令を出せ!
  深追いせずに陣にもどれと!!」

 だが、その命令を出す前に、その状況を逃がす上杉輝虎では無かった。
  本庄実乃率いる上杉軍が川向こうに見え、背後の中川重政隊が混乱していて後詰に動けない織田軍の動揺が手に取るように分かったが故に、全軍で総攻撃に入る。
  つかまえ切れない車懸りの陣に苛立ってはいたが、対処がなんとかできていた織田軍はこの動揺もあって上杉軍総懸りの攻撃に対処出来る訳が無かった。

「安藤守就様討ち死に!
  安藤隊総崩れです!!」

「氏家直元隊総崩れ!
  上杉軍を支えきれません!!」

 血塗られた十文字槍を構えたまま、自らも返り血で真っ赤に染まった森可成は天を仰いだ。
  自分がここで死ぬ事が分かったがゆえ、一度ゆっくりと息を吐き出して、正面に見える上杉輝虎の馬印を睨みつける。

(最後の戦が上杉輝虎か……悪くない)

「稲葉良通に残存をまとめさせて後退させろ!
  わしはこれより上杉の本陣に突貫する!!
  死にたくない奴は去れ!!」

 森可成の近隣にいた森家の郎党は主人に良く似た馬鹿野郎達だった。
  ただ笑みを浮かべて、誰一人として去らなかったのである。

「馬鹿どもが……
  ならばついてこい!
  この槍に毘沙門天の首を掲げるぞ!!」

 森可成最後の反攻によって、辛うじて隊をまとめられた稲葉良通は後退する事に成功した。
  ただ、惜しむべきは彼が命を散らして稼いだこの行為が織田軍にとってまったくの無駄でしかなかったという事を除いて。
  森隊壊滅を正面で見ていたのは、混乱中の中川重政隊だった。
  そして、森隊壊滅を見た事によって、将兵の心が完全に折れてしまったのである。
  総崩れとなった、中川隊を見て後詰に動いていた塙直政隊も動揺が走る。
  そんな塙直政隊に平然と渡河攻撃をしかける本庄実乃隊の兵数は四千。
  兵数でも士気でも負けている織田軍は渡河攻撃という地形効果を活かせずに壊走する。
  森隊の壊滅、中川隊の総崩れ、塙隊の敗北に織田軍全体が壊走に移る。

「退くな!
  戻って戦え!!」

「負けじゃ!負けじゃ!
  この戦負けじゃ!!」

「おら死にたくねぇ!」

 そして壊走した織田軍を待ち受けたのは血塗られた難所である倶利伽羅峠。
  ある者は谷底に身を投じ、ある者は山野を迷って戻らず、阿鼻叫喚の大壊走は平家の壊滅よろしく倶利伽羅峠を血で染めたのである。
  一昼夜かけて尾山御坊を開城させた丹羽長秀率いる部隊に合流した時、一万近い兵が倶利伽羅峠で消えていた。
  だが、それも織田軍を襲う悲劇の幕間でしかなかった。

「末森城より上杉軍一万がこちらに向かっております!
  馬印より上杉輝虎御自ら出陣している模様!!」

「馬鹿な!
  上杉輝虎は越中に居たんだぞ!
  能登にいる訳が無い!!」

 柴田勝家は叫んで必死に否定するが、現実は非情である。
  足利義輝との単身の交換がここで効いていた。
  船を乗り継ぎ、馬を乗り継ぎ、熊無峠を越えて、少数の護衛と共に単騎末森城に入って上杉軍と合流した上で押し出したのである。
  燦然と輝く『足利二つ引両』の旗と共にはためく『毘の一字旗』。
  ちなみに、まだ兵は織田軍の方が三倍近くいるのだけど、そんなことは問題にならなかった。
  かくして、先日の虐殺がまた再現された。


  この一連の戦いで一万の兵が倶利伽羅峠で消え、更に一万近い兵が合戦や落ち武者狩りの露と消え、辛うじて生きて帰った二万も負傷や敗北の心的衝撃で即戦力になる訳がなく。
  また、後に分かった武将クラスの戦死者も森可成をはじめ、平家と同じぐらいしゃれになっていなかった。
  大聖寺城に居た織田信長にその一報が入った時の様子が『信長公記』に残っているので、そこから紹介しよう。

 

 手取川を越えし手勢四万、平家と同じく倶利伽羅峠で露と消え誰も戻らず、信長公狂いし様に笑いし後、『敦盛』を舞う。

 

 この時の信長の心境は後の歴史小説やドラマの山場の一つとされており、多くの観客に興奮と大逆転のカタルシスを味あわせる事になる。
  大逆転。
  そう。大逆転なのだ。
  なぜならば、彼が『敦盛』を舞った一刻後にこんな急報が届くのだから。


「御味方到着!
  羽柴秀吉殿五千と松永久秀殿一万が、まもなくこちらに到着するとの事!!」
 

 


第二次倶利伽羅峠合戦

兵力
  織田軍   柴田勝家・森可成 他           四万
  上杉軍   上杉輝虎 他                 二万

損害
  織田軍                                                         二万(死者・負傷者・行方不明者含む)
  上杉軍                                                           千(死者・負傷者・行方不明者含む)

討死
  森可成・安藤守就・氏家直元・塙直政・簗田広正・逸見昌経(織田軍)

 


 

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