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大友の姫巫女

南海死闘編

第二十八話 伽藍炎上 迷探偵大友珠の事件簿      

                 何故比叡山は焼かれたのか? 

 比叡山炎上から数日後、堺に到着しています。珠です。
  せっかく身代わりおいて畿内まで出張ってきたのに、もう終わっちゃった感ばりばりでお送りしています。
  もっとも四郎含め御社衆は、石山本願寺に入城して警備についていたり。
  正直このタイミングで比叡山延暦寺を焼くなんて想定外の事態に堺の商人達も本願寺の首脳部も呆然としていたり。
  という訳で、今回の私は探偵として信長が何故このタイミングで比叡山延暦寺を焼いたか探ってみようと思います。

 あ、トイズとか使えないから。あしからず。


  第一の証言者 堺の豪商 今井宗久の話

「正直、こちらとしても此度の暴挙に驚いている次第で……」

 茶席で今井宗久は珍しくも商人の顔ではない表情で私に語りかけた。
  その顔とは人が持つ『未知なるものへの恐怖』である。

「今井殿にしても分かりませぬか。
  貴方が一番織田殿に食い込んでいると思っているのですが?」

「これは手厳しい。
  たしかに、公方様や松永様を通じて良き商いをさせていただいていますが」

 彼は堺における親織田派の筆頭でもあったりする。
  とはいえ、私の滞在宿を提供もしてくれたりと、大名に繋がる大商人らしい蝙蝠ぶりを見せつけてくれたりもするのだが。
  そんな彼が茶をたてながら、ほつりとこんな事を漏らした。

「実は、織田様は公方様の命と言って堺に代官を画策しようと。
  以前は姫様に用立てて頂いた二万貫の矢銭もその一環でして」

 まぁ、信長が堺を掌握したいのは前から分かっていた事なので、いやがらせとしてくれてやった覚えが。
  それもあるのだろう。
  未だに堺は町衆による自治都市形態を維持している。

「織田様はその状況に苛立っていた事は間違いありませぬ。
  何しろ、先の飢饉はなんとか乗り切りましたが、あれで商人が言う事を聞かぬとおかんむりだったと。
  戯れとは言え『堺を焼いてしまう』と言われたとかなんとか」 

 そんなに、西国の商業流通を背景にした商人に苛立っていたか。信長。
  まぁ、銭の価値については理解していたのだろうが、そのシステムまでは分かってなかったような気がするからなぁ。彼。

「昨今の織田様のご機嫌を取るために、私が堺代官につくという妥協案があがったばかりで。
  この案件についてどうか姫様にもご内諾を頂きたく……」

 ふむ。
  信長の狙いの一端はとりあえず見えた。
  比叡山を焼いた事で堺の商人が脅えて信長の脅迫に従いつつあると。
  これだけでは少し焼く理由としては足りないと思う。

 

 第二の証言者 松永家家臣 本多正行の話

 私がこっちにやってきた事は隠すつもりも無かったので知られるだろうと思っていたのだが、夜半に人目を忍んでやってきたのは今や織田信長と並んで大悪人と呼ばれているボンバーマンこと松永久秀の家臣である本多正行だった。
  当たり障りの無い挨拶の後、薄ぼんやりとした灯りの中で本多正行はそれを口にした。

「実は、此度の件で公方様に忠誠を誓うお方がお手討にあわれており……」

 やっぱり不和だったか。
  信長と足利義昭は。

「で、誰が討たれたの?」

「摂津芥川山城主和田惟政と三淵藤英。
  それに伊勢国守護大名だった北畠一族」

 思った以上に粛清が広範囲だったので、流石に私も驚きを隠せない。
  織田信長と足利義昭の関係は、その擁立時点で破綻する関係だったのは言うまでも無い。
  だが、表向きの破綻が聞こえなかったのは、越後にいる足利義輝の存在が大きかったのだろう。
  たとえそれができないとはいえ、足利義輝が復帰するという可能性があるというだけで信長も義昭も自重していたのだろう。
  それをどうしてこのタイミングで粛清したのか?
  いや、粛清自体を比叡山焼き討ちで覆い隠したのか。
  可能性は高いが、それでも比叡山を焼くリスクに対するリターンを考えれば割が合わない。
  いや待てよ。
  ここで北畠一族が粛清されているのはどうしてだ?
  長島一向一揆蜂起を前提に伊勢の安定化を狙ったか?
  そのあたりを匂わせて訪ねたら、想定外の答えが返ってきた。

「比叡山は強力な僧兵を持っていたのは姫様もご存知かと。
  近年、更にその僧兵が拡充され、剣の師範として出家なされたばかりの北畠具教殿が招かれたとか。
  比叡山の僧兵には浅井・朝倉の残党も多く、無視できぬ状況になっておりました」

 あ、これは潰されるわ。
  なんとなくだけど、足利義昭の書いた絵が見えた。
  信長との対立があれど、強力な信長包囲網が形成できない彼の立場ではクーデターを起こすしかない。
  そのクーデターの実働兵力が比叡山だったのだ。
  信長が石山本願寺に出兵した際に芥川山城の和田惟政が信長を足止めしつつ、比叡山僧兵を使って京都を制圧。
  北畠一族と長島一向一揆による伊勢蜂起と繋げて、一向一揆軍で信長を潰すつもりだったのだろう。
  ただ惜しむべきは、その仕掛け全部筒抜けだったんだろうな。きっと。
 
「尋ねるけど、京都奉行はまだ羽柴殿?」

 その問いの答えを聞いて、私は信長の下でこのカウンタークーデターの絵図面をを書いた人間に当たりをつけたのだった。

「いえ。
  羽柴殿は摂津の統治の為に奉行の任を離れ、近江佐和山城の明智光秀殿がその任につかれたとか。
  あと摂津芥川山城は和田惟政を討った功績で、細川藤孝殿が城主についております」 

 そこまで言って本多正行はめずらしく自虐の笑みを浮かべた。

「此度の一件で、『織田様に逆らえば皆殺し』と多くの者が震え上がっております。
  加賀・越前の一向一揆も次は我らと脅え、長島も中で割れておるとか。
  我らとて、殿がこちらにこれぬ事で事情を察していただければと」

 そう言う訳か。
  松永勢を比叡山焼き討ちに誘ったのは、明確に踏み絵を踏ませる為だ。
  けど、大和・伊賀・河内の三カ国を押さえるボンバーマンがクーデターに参加すれば、信長の方がやばかった……
  あ。なるほど。
  ボンバーマンも足利義昭のクーデターに参加していたな。
  そうでないと、伊勢の北畠の繋がりが理解できない。
  というか、こりゃボンバーマンの仕掛けだな。多分。
  惜しむべきは、幕臣たる明智光秀と細川藤孝の内通を知らなかった事か。
  言ってなかったしなぁ。あの二人が信長につく事を。

「逃げるなら手を貸すけど?」

 完全に理解した事を匂わせて私は本多正行にこんな言葉をぶつけてみたけど、この時ばかりは彼はただ苦笑をしつつ返事を返したのみだった。

「ばれるような手を殿は作っておりませぬ。
  その為に、叡山を焼いたのですから」 

 

 第三の証言者 権大納言 一条兼定の話
 
「一条殿。ご無事で何より」

「堅苦しい話は良いでおじゃるよ。
  麿もかつては大名をやっていた身」

 でなければ、この堺に逃げ込んでいる訳ないわな。
  大名としては能力足りないけど、貴族社会では十二分にその力を発揮しているこのおじゃる丸に私は苦笑した。

「こっちにいたうちの姫巫女衆はどうなっている?」

「京側を担当した松永殿の手勢がうまく手を抜いたらしく、ある程度は麿の屋敷にてかくまっているでおじゃるよ。
  じゃが、坂本から攻めた織田勢は僧侶遊女見境無しに殺し尽くしたと聞いているでおじゃる。
  『王都を鎮護する叡山にどうして遊女がいるのか。これぞ腐敗の象徴なり』と織田の連中は吹いて回っているがのぉ」

 比叡山焼き討ちの理由に比叡山そのものの腐敗が宣伝され、その証拠としてうちの姫巫女衆が取り上げられていた。
  覚悟はしていたが身内である姫巫女衆に死傷者が出た事に、怒りと己を責める自責の念で身体を振るわせる。
  こちらの怒りが伝わったのか、おじゃる丸まで顔が青くなったのを見て、私も我にかえる。

「叡山は僧兵を増やすほど寄進が進んでいたらしいけど、誰が裏で出しているの?
  少なくとも私ではないわ」

 それが疑問だったのだ。
  私は宇佐八幡宮の縁で比叡山に寄進をしているが、滞在する遊女の家賃程度の額しか出していない。
  兵士というのは金食い虫だから、浅井・朝倉の残党を僧兵として雇い入れるだけの銭を誰かが出しているはずなのだ。
  それが、私には分からなかった。

「さすがにそれは麿にも分からぬのぉ。
  近年、叡山には多くの座屋が多大な寄進をしていたからのぉ」

 なんだって?
  なんでここで座屋の名前が出る?
  そして、話を聞いて顔が真っ青になってしまったのだった。

 座屋――二十一世紀の言葉で言う株式会社――なのだが、銭を束ねて広大になった商圏に飛躍していった為にあちこちで急成長をしているのだった。
  その対応に博多の豪商である島井宗室や神屋紹策がその対応に追われているのはたしか書いたと思う。
  けど、この座屋というシステムは出資者同士がいがみ合う可能性もあるし、新興勢力ゆえ土着の商人に唆された大名に嫌がらせを受けたりする可能性もある。
  さて、これを座屋達はどう解決したのか。
  少し遠回りになるが、歴史の話をしよう。
  日本の歴史において、絶対に頭に入れないと歴史そのものがわからない荘園というものがある。
  古代から戦国までの歴史はこの荘園――土地所有権――をめぐる闘争だったと言っても過言ではない。
  奈良時代の墾田永年私財法から始まった荘園という制度は、平安時代に入ると土地の開発者が有力貴族や大寺社に寄進する事でその保護下に入っていった。
  それと同じ流れが資本という銭においてでも行われたのである。
  出資者が出資分だけ利益を得るという事は、少なくても出資さえすればその一員に名を連ねる事になり、土地本位の荘園よりはるかに寄進しやすかったのである。
  中には、出資の九割で残り一割を負担して、朝廷や大寺社に寄進した例もあると聞く。
  そして名を貸した方も、土地と違ってはっきりとしたリターンが分かっているので喜んで名を貸したのだった。
  ここまで踏まえて畿内の状況に目を向けてみよう。
  朝廷や公家にはとうぜん寄進がされているが、膨らんだ銭はそれだけでは足りずに強大な名前を求めていたのだった。
  幕府は足利義輝と義昭に分裂しており寄進するには危なすぎるし、本願寺はそれ自体が銭と土地を持っているので抵抗勢力に担ぎ出されていた。
  そうなれば、本願寺に勝るビックネームを引っ張り出すしかない。
  ここで、比叡山延暦寺が選ばれたのだった。 
  高野山金剛峯寺ももちろん寄進されていたが、比叡山に寄進が集中したのは京都に近く、近江の水運や荘園という出資可能な資本を持ち、何よりも西国一の大富豪である大友珠と繋がっているという点だった。
  その為に比叡山が出した証文は、私が出した証文に準するものとなっていたのだった。
  この証文も比叡山炎上と共に灰になったらしく、多くの座屋と商家――大友毛利連合よりの――を破産に追い込む事になるだろう。
  同時に、比叡山証文のデフォルトで多くの武家――土地柄織田家の家臣も多い――が借金から救済される事になる。
  木崎原合戦時のように珠姫特融で助けたい所だが、信長が領地内で私の証文を認めないと言ったらそれでアウトである。
  信長は延暦寺を焼いた事で近江の水運や荘園を織田家に組み込むと同時に、畿内における織田家以外の権威を完全に否定して見せたのだった。
  ここに来て、今井宗久の堺奉行の話が繋がった。
  九州にいる事でどうしても救援に時間がかかる私より信長が早く武力を行使した事で、畿内の商人達が日和っているのだった。 

「しかし、此度の一件で、麿の任官も遅れるでおじゃるよ。
  動きにくくなりそうよのぉ」

 こっちが深く考え込んでいた時に飛び込んできた一条おじゃる丸の一言に、私は信長最大の標的である私自身の事を失念していた事を思い出した。
  比叡山に駐屯していた姫巫女衆は上方における私の拠点であり、朝廷や幕府に働きかける目と耳になっていたのだった。
  わざわざ島津の戦を邪魔してまで、私をこっちに引きずり出した信長が、私に対する打撃を考えていない訳がないじゃないか。
  京都における目と耳を失った事で、私は信長の意図を知りにくくならざるを得ない。
  更に、朝廷窓口である一条兼定をはじめとする大友側公家連中も、燃え盛る比叡山を見て信長の妨害をするとは思えない。
  京都における影響力の低下は地味だけどボディーブローのように効いてくるだろう。

「無理だけはしないで。
  あ、これからは少しかさばるけど、銭で届けさせるから」

 一条兼定にこれからの生活保障を約束しながら、私は完敗を認めざるを得なかった。
  今回の比叡山焼き討ちは身も蓋もなく言ってしまうのならば、ジャイアンがのび太を殴る事でスネ夫を脅えさせてジャイアンの側から離れられないようにする事だったのだ。
  そして、のび太にとってのドラえもんである私が遠くにいた事がこの惨劇を可能にした。
  状況を自ら作り出す事ができる信長の真骨頂だった。
  きっと信長は、わざわざ石山に集っている兵を相手に戦う事に意味を見出していないのだろう。
  何しろ、私はずっと畿内にいる訳ではないのだから。
  おそらく、私の帰国と同時に石山攻めを始めるつもりなのだろう。
  戦争とは相手の弱い所を徹底的に痛めつける事だとは誰の言葉だったか。

「四郎。
  この戦は私の完敗よ。
  九州に引き上げるわ」

 石山にいた四郎を呼んで、私は撤退の命令を出す。
  とはいえ、やられっぱなしは癪なので、少しばかりお返しをする事を考えているのだが。
  さて、私の意趣返しを信長は喜んでくれるかしら?





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