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大友の姫巫女

南海死闘編

第二十六話 生者が死者を弔う謀将達の茶席 

豊後国 府内 万寿寺

 大友家の菩提寺であるこの寺では現在、先に亡くなった吉岡長増の葬儀が厳かに行われていた。
  大友一門と同じ扱いでの葬儀はいかに彼が慕われていたかというのを偲ばせると同時に、大友家という大名家の権勢を伝えるイベントでもあったのである。
  府内の町はひっそりと喪に服している訳でもなく、珠姫が行った日向侵攻の成功によって熱気に包まれているのが実情だったりするのだが。
  そんな、熱気を浴びながら、近衛前久の従者としてついていた古田重然は寺から抜け出して府内の町をうろうろしていた。
  できたばかりの妻に簪でもと思ったりもするが、そこは数寄者の宿命。
  どこぞの姫様が派手に取り入れた、国際色豊かな府内の町に酔っていたのである。
  もちろん、そのどこぞの姫より「なんかくれてやる」発言を楽しみにしているのは言うまでもない。

「佐介ではないか」

「羽柴様……どうしてこちらに?」

 声をかけられた古田重然が振り向くと、供を連れて万寿寺に向かう侍達の中央にいたのは羽柴秀吉だった。
  ちなみに、羽柴秀吉と同じ城主である古田重然ではあるが、石高は古田重然が美濃国山口城一万石に対し、羽柴秀吉は山城国勝竜寺城という京都近郊および摂津の一部合計十三万石を統治する出世レースのトップランナーの一人である。

「何、殿の名代よ。
  西の守りゆえ、越前や加賀の一向一揆征伐に加われぬのが残念よ。
  お勤めご苦労であった。
  それがしの口からも殿の耳に入れておこう」

 古田重然を列の中央に招き入れて、一行は万寿寺を目指す。
  まさか、戻る事になるとはと内心思っているのだが、それを顔に出さない程度の分別は古田重然ですら持っていた。

「加賀越前の一揆はどのような次第で?」

 長旅という事もあって己の仕える家の近況を聞こうと小声で訪ねた古田重然に、羽柴秀吉は厳しい顔のまま織田家の苦戦を伝えた。

「加賀・越前の一揆が近江にも飛び火しかねん」

 越前は前波吉継を越前守護代として旧朝倉家家臣によって統治を任せていたのだが、富田長繁をはじめとした内部対立と押さえつけていた一向一揆の蜂起という事態に対処ができずに多くの旧朝倉家臣が滅亡の憂き目に会っている。
  しかも、背後の越前の混乱が加賀への侵攻を挫折させるだけでなく、主家が滅んで不穏な空気が漂う旧浅井領に拡大。
  浅井朝倉滅亡後に領地をもらった、若狭後瀬山城の丹羽長秀や近江小谷城の柴田勝家、近江佐和山城の明智光秀らが必死になって押さえ込んでいる状況だった。
  近江宇佐山城の森可成を大将に中川重政・塙直政・梁田広正らをつけて後詰を編成するという話が出たのが、秀吉が九州に渡る前のことである。

「伊勢長島の門徒が蜂起したらと考えると、尾張や美濃・伊勢の兵も動員するのは厳しかろう。
  それがしをここに遣わしたのは多分、それが理由よ」

 日々悪化する一向宗の蜂起を一気に解決するにはその大元、つまり石山本願寺を叩くしかない。
  それを理解していた秀吉はあえてそのあたりをぼかして、古田重然に漏らす。
  彼にとって石山本願寺と結託しかねない府内は、気が抜けぬ敵地みたいなものだった。
  なお、京都を守る最後の砦である勝竜寺城には羽柴秀長を留守居役に三千の兵(織田家から付与されたのも含む)と竹中半兵衛が軍師として補佐し、淀城に蜂須賀正勝、天王山に築かれた砦には山中幸盛を入れて睨みをきかせていたのだった。
  それだけではなく、三好三人衆の野田・福島での蜂起に呼応した池田勝正・伊丹親興の領地を没収してその家臣を組み込み、荒木村重・中川清秀・高山友照らが武将として台頭していたのだった。
  なお、古田重然の妻が中川清秀の妹であるという事実は、古田重然の織田家中における立ち位置がわかろうというもの。
  信長が号令をかけたならば、石山本願寺にまで兵を進める用意を整えて彼はこの府内にきているのだった。
 
  一行が万寿寺境内に入るとぴりっと空気が変わる。
  古田重然一人の時は感じなかった、その殺気にも似た空気の変化に戸惑うが、その空気の源がにこやかに笑みを作り揉み手で口上を述べる羽柴秀吉に向けられているのにやっと気付く。

「今、羽柴様とお話しているのが大友家加判衆の一人で臼杵鑑速殿。
  少し離れてお二人を見ておられるのが、毛利の安国寺恵瓊。
  我らの後ろにて順番を待っているのが、島津家の上井覚兼殿で、彼と話をしているのが長宗我部家の谷忠澄殿。
  境内を警護している大友の侍に混じって戦装束で警備しているのが日向帰りの竜造寺兵で、あそこで指揮をとっているのが鍋島信生」

「……すまぬ。
  さっぱり分からぬのだが……」

 情けない事実を小声で漏らした古田重然に、説明をした若武者姿の井筒女之介が艶っぽいため息をつく。
  ますます女らしさに磨きがかかり、多くの男性陣からの求愛を受けるまでになった美少女……ではなかった男の娘は、既に西国の諜報世界において最高級のくノ一の一人と恐れられていた。
  ……何か根本的な所が間違っているような気がするが、気にしたら負けである。

「そうだ。
  お主はここに来られる方々に詳しいとお見受けしたが、人を探してもらえぬか?」

 思い立った古田重然の相談に、井筒女之介が視線だけ向けて古田重然が懐から出した文を確認する。

「それは?」

「申し訳ないが、織田家とは関係が無い事でな。
  それがしの祝言祝いを、この文を渡す御仁にもらうようにと言われておるのだ。
  中々見つからなくてのぉ……」

 手紙を持ったまま手ぬぐいで汗を拭きながら、古田重然は楽しそうに言葉を続ける。
  その私事をこの状況で頼む度胸に、呆れかつ感心しつつ仕事の邪魔をしない程度に彼の相談を引き受ける事にした。

「それで、どなたをお探しで?」

「うむ、何でも、この葬儀に奥方や側室を連れてやってくる御仁……お、いらっしゃった!
  それがし、これにて!!」

「お待ちくだされ!
  古田殿!!そのお方は……」

 この時、古田重然の頭は完全に数寄になっていた。
  何しろ、あの北野茄子をくれた珠姫がくれる祝い物である。
  きっと、それと同じかそれ以上のものを頂けるのだろう。
  だから、彼の目には、その御仁が同じく奥方と側室二人を連れてやってくるという事実に気が回らない。
  ついでに、彼ら四人を取り囲むように護衛が十重二十重に取り囲んでいる事も気にしていない。
  どどめに、目が合う瞬間に殺気を飛ばす西国の外交官達が、その視線を驚愕に変えて古田重然を見ていた事に彼が気づくわけがない。 

「無礼も……」

 腰の刀を抜こうとした護衛の声を遮って、古田重然はまだ見ぬ大名物に思いをはせて手紙を差し出して叫んだのであった。

「織田家美濃山口城主!
  古田重然!!
  珠姫様より祝言の祝いの品を頂くべく参上つかまつりました!!!」

「……九州探題大友家当主。
  大友左衛門督様にございますゆえ……」

 古田重然以外全員真っ白になった万寿寺境内で、手を頭に押さえたまま呻くように呟く井筒女之介の声が妙に色っぽく聞こえたのだった。

 

「す、凄い……
  松島に九十九髪茄子に大内筒……
  そして、茶碗が景徳鎮の青磁……」

 既に茶人として極めていた大友義鎮にとって、この古田重然の羨望の言葉がどれぼと自尊心をくすぐったか言わずもがなである。
  かくして、万寿寺の一室にて『故人を偲ぶ』名目で即席の茶会が開かれ、大名物自慢を始める大友義鎮を誰が責められよう。
  ついでというか、自慢するなら多い方がいいよねとばかりに、

 羽柴秀吉、臼杵鑑速、安国寺恵瓊、上井覚兼、谷忠澄、鍋島信生に井筒女之介までよんでいるあたり彼の機嫌がとてもよいのだろう。
  なお、警護の任についていた鍋島信生はその武者姿で参加というあたり、重臣が死んでそんなに嬉しいのかあんたと知らなければ邪推したくもなる。
  臼杵鑑速が頭に手を当てて『また始まったよ。殿の悪いくせが』と顔で語っていたりするのだが、まだこれがましな方なので黙っていたりする。
  何しろ、この殿は茶狂いの他に女狂いの趣味まであるから、そっちを見せ付けられたらと思うと胃がきりきりと痛む。
  なお、そんな趣味を融合しやがった某姫様の入れ知恵で、姫装束に着替えさせられた井筒女之介を玩具に話を咲かすお三方の人間花入デビューなんてやらかしているから、彼のストレスの種はつきない。

「実は、この茶碗は此度買ったものでな。
  ここでの披露のついでに名をつけようと思っておった所よ。
  茶を楽しみながら、皆で考えてもらえるとうれしいのだが」

 もの凄く楽しそうな声で、大友義鎮は笑う。
  どうやら、彼の機嫌の元はこれらしい。
  茶道は、教養として武士階級に広がり、大名との距離を測るバロメーターとして流行していたから、本当に趣味として楽しむ者は意外に少なかったりする。
  だが、目の前のへうげものは純粋に茶を楽しみ、茶器に羨望し、茶の席を喜んでいた。
  珠姫が持たせた文に書いていた、『父上の茶席に一度招待してやってくれ』という彼女の言葉を古田重然の姿を見て理解し、そして喜んだのだった。

「お、おやめください……奥方様……」
「こんなに可愛いなんて、少し妬きそうです」
「昔はもっと可愛かったのですよ。この娘」
「捕まえた時に、姫巫女衆で散々玩具にしましたから」

 女四人あつまれば姦しいどころではない。あれ?一人増えた??
  それに引き換え、残りの男どもは一言も発しない。
  というか発せない。
  これから、西国どころか天下を決めかねない戦が目前に迫る中、互いの生き残りをかけての死力を尽くした舌戦が始まるはずだったのだが、どこぞのへうげものが見事なまでに空気をぶち壊してしまった。
  そして、その空気を再構築しようにも女四人のぶっちゃけトーク大会の真っ最中にそんな事出来る訳がない。

「よろしいのでしょうか?
  それがしが言うのも失礼かと思われますが、故人を偲ぶ場でこのような宴をたてるのは……」

 珍しく言葉に困る鍋島信生が、言葉を選びながら口を開く。
  彼の主君である竜造寺隆信とは違う、おぞましい狂気を感じていたからに他ならない。
  大物に囲まれて存在感が薄れぎみの芦屋釜からこぽこぽと気泡が立つのを耳に入れながら、景徳鎮の青磁茶碗を手にとって大友義鎮は笑う。

「あれは喜んでくれるさ。
  昔、父を殺し、叔父を殺し、弟を見殺しにして、娘を殺そうとした馬鹿な男がいてな」

 それが、大友義鎮の事だと全員いやでも分かってしまったから、姦しい女達も声を閉ざして義鎮の独白を聞く。

「何もかも忘れて走ってきたが、俺の手は何も握られていない事に気付いた。
  そしたら、全てがどうでもよくなってな」

 立てた茶を古田重然の前において、そのまま大友義鎮は彼が愛する三人の女性を抱きしめる。
  抱きしめられた女達は顔を赤め、嬉しそうに笑い、このような場面を見られて困惑したりと三者三様ではあったが、決して嫌がってはいなかった。

「こんな俺の手を取ってくれた女がいた。
  その手を取って歩む事の幸せを教えてくれた。
  その事を教えてくれたのが、吉岡長増だ。
  あれは、きっと喜んでくれるよ」

 全てを受け止め、全てを愛する男の顔があった。
  何も知らぬし何も考えなかった古田重然だけが、大友義鎮のおもてなしの心を理解したのだった。

(このお方は、笑いながら泣いて……吉岡殿を偲ばれておられる……)

 きっと、彼は満足しているのだろう。
  そんな説得力を持った空気に皆が飲まれてしまった直後だから、大友義鎮はとんでもない爆弾発言を何気なしにぶちかます。

「羽柴殿。
  貴殿の主に伝えるといい。
  『大友は天下を望まぬ。
   天下をほぼ固めた後、貴殿を寄越すならば、九州全て差し上げよう』とな」

 その発言のやばさに、今度は古田重然と女達以外の全員が硬直する。
  次の戦に大友は参戦しないと表明したようなもので、露骨に対織田戦に巻き込まれざるを得ない安国寺恵瓊などは顔が真っ青になってしまっていた。
  その顔を確認してから、今度は大名の顔で大友義鎮は笑う。

「ふむ。
  あれを偲んできっと錯乱したのだろう。
  茶の席の戯言として流してくれると助かる。
  安国寺殿。
  輝元殿に『二度目は許さぬ』と伝えてくだされ」

「……はっ。
  かしこまりまして……」

 硬直した面子は、義鎮の戯言の意味を的確に理解した。
  日向遠征時に大友軍の後方を大混乱に陥れ、珠姫自身が広島まですっ飛んで行った門司-堺の南蛮船航路に対する火事場泥棒の一件の事だと。
  珠自身が穏便に収めたがゆえ、大事にはしないがこうして仮想敵までいる中で脅しをかける事は忘れないあたり、大名大友義鎮の真骨頂でもあった。
  的確に名指しされた毛利は輝元はともかく小早川隆景は間違いなくこれを理解するだろうし、手が結べる可能性を羽柴秀吉に示唆した事で、織田信長の外交戦略に迷いという楔を打ち込んだ。
  何より、大友の不参加はそのまま周辺部の敵性大名の掃討に入ると宣言しているようなものだから、上井覚兼、谷忠澄、鍋島信生あたりは安国寺恵瓊以上に真っ青になっていたりするのだが。
  その手腕に素直に感心した羽柴秀吉の隣で、臼杵鑑速が今の戯言をどう大友家の利益に繋げようかと楽しそうに頭を働かせていたり、きっとさっきまでの胃の痛みは消えているのだろう。
  
「……『吉岡』でよろしいのでは?」

 今までの流れをまったく気にする事無く、美味しくお茶を頂いた古田重然が何気に一言場違いな言葉を呟く。さすがへうげもの。
  彼以外、まったくついていけない時が芦屋釜の中で気泡が三つほど泡立てるほど流れた。

「これだけの将が並び、自らこれだけ故人の事を偲んで立てた茶です。
  ならば、この茶碗の名に相応しいでしょう?」

「……あなたもしかしてずっとそれを考えていたんですか?」

 さすがに耐えられなくなったのか、井筒女之介が古田重然に突っ込んでしまうが、大友義鎮が大爆笑をはじめ、奥方に側室、羽柴秀吉や臼杵鑑速まで笑い出した事でこの茶席の全員が笑い出してしまったのである。

「『死せる吉岡、毛利を青ざめさせる』ですか。
  たしかに、吉岡殿は手強き相手でござった」

 場の空気をここまでやわらげてしまった為に、笑いながら安国寺恵瓊が諸葛孔明の逸話を元に由来をでっちあげる。
  ここまでエピソードと由来が作られたら、この青磁茶碗は『吉岡』の名前で決まりだった。
  箱に楽しそうに『吉岡』と書きながら、大友義鎮はこの名前の功労者に褒章を渡す事を忘れてはいなかった。
  茶席でまったく使われなかった箱を手にとって、古田重然の前に差し出す。

「古田殿。
  これは、娘から頼まれた祝言祝いと、この茶碗に良き名を頂いたお礼だ」

 皆の注視の視線を浴びながら、古田重然はゆっくりとその箱の蓋を取る。

「こ、これは……!!!」

 万緑の緑を思わせる濃い緑の壷で黄色で花を描き、その花の中に十字が彫られた南蛮の壷だった。
  華南三彩貼花唐草文五耳壷と呼ばれるこの壷に古田重然は雷にうたれたような顔のままその壷を見続ける。

「その顔が見たかった。
  大切になされよ。
  今度は父上に献上されぬようにな」

「な、何故それを……」

 古田重然のうろたえ声に自然と場から笑い声が聞こえる。
  みなの肩が抜け、茶菓子を片手に自然と話し声と笑い声が聞こえ、側室二人が井筒女之介と共に舞を舞う。
  それが、吉岡長増という謀将が望んだであろう弔いだった。

 大名として、男として、親として、人として、それを府内の空気と共に茶筅で混ぜて、客と冥土にいるであろう吉岡長増に差し出す茶人大友義鎮渾身の茶席は、『吉岡』の青磁茶碗と共に伝説となった。
  そして、茶人古田重然はこの茶席に出た事を生涯忘れなかったという。  

 なお、古田重然は嫁の為に簪を買う事はできなかった。
  そこにいた奥方や側室からの祝いとして着物や飾りが送られたからである。
  ついでに、井筒女之介にも女物の着物が送られているのだが、それを着たかどうかについては歴史の謎となっている。


 


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