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大友の姫巫女

南海死闘編

第二十四話 対島津内線作戦計画 ……の挫折

 日向国 佐土原城

「で、取った日向だけど誰かいる?」

 この一言で、諸将を呆然とさせてしまっている珠です。
ちなみに諸将の手には知瑠乃から渡された証文が一つ。
私が発行した千貫文の証文なんだけどね。
麟姉さんは吉岡長増の葬儀の為に先に帰しているので、私の後ろには白貴姉さんが座っていたり。

「え?
千貫文で足りなかった?
それならば、足りない理由を書いて持ってきて頂戴。
ちゃんと理由があるなら払うから」

「姫様。
お願いでございますから、少しお待ちくださいませ」

 諸将を代表して戸次鑑連が珍しくうろたえた声で私を止める。
はて?
何か彼らを呆然とさせる事をしたかしら?

「どったの?みんな?呆然として?」

「姫様。
まず、これは何かとお尋ねしてよろしいですかな?」

 角隈石宗が証文をひらひら揺らして尋ねてみる。
いや、見ても振っても銭は出ないと思うよ。換金しないと。

「見ての通り、千貫文の証文。
みんな戦で色々元手がかかったでしょ。
その支払いはこっちでするから、その支度金」

 鎮台制度の為にかなりの軍事費用を大名家本体が受け持つとはいえ、払い物が出るのは消費活動しかない軍事行動において当然の事で。
たとえば、士気向上の為の宴会や物資を集める為の荷駄の手配(予定より速く多く集めたい場合、軍計画とは別に将が自腹で用意したりする)。
情報収集に間者を雇ったり、住民慰撫の為に銭をばら撒いたり。
軍を動かすというのは支払いの連続でもあり、このあたりの手配は基本的にその将の自腹だったりする。
だからこそ、将は褒美の段階で永続的収入が見込める土地を欲するのだ。

「だって、今回の日向遠征で日向をほぼ手に入れたとはいえ、戦に焼き働きでろくな収入にならないじゃない。
とりあえず、貴方達の名前で証文書いて商人から銭借りるのより、私が払った方がいいわよ。
基本満額だし。
私の証文」

 そこまで言って何人かに安堵の顔が見える。
今回の遠征で功績は立ててないけど、出兵に参加した将達にとっては、借金地獄に落ちなくてすむ事を意味しているのだから。

「いえ、ですから、我らは日向の戦の後を考える為に集った訳で……」

 角隈石宗の説明に得心が言った私は手を叩きながら先走る。

「だから恩賞でしょ。
払いはそれで片付けて、問題は誰に日向を任せるかって所なのよねぇ……
ああ!
復興資金が欲しいって事か!!
おーけーおーけー。
復興資金も私が払うから、どーんとこの価格……」

「姫様!
お願いですから、もう少し、我らに噛み砕いて、ご説明をお願い申し上げまする!!」

 テレビショッピング口調で最後の価格を言おうと思ったら、戸次鑑連に怒られた。
あれ?

「たしかに、戦は終わり申したが、島津の脅威はそのまま残っております。
これをどうするかという話を忘れて、恩賞の話をするのは少し浮かれていると思うのですが」

 あ。
そこか。

「国境線で防ぐのって実質的に不可能だし。
島津が侵攻を決意した時に、こちら側の兵が後詰に間に合わない可能性高いし」

 今回の戦で大友は日向の大部分、肥後相良領の過半を入手。
島津は大隅をしっかりと制圧している。
で、一応戦は終わったけど戦術環境はむしろ悪化していたりする。
経済封鎖できりきりと島津は締め上げていくのだが、島津が暴発した場合に対処ができないという欠点を抱えているのだ。
目の前に日向の地図を持ってこさせて、簡単にそれを説明する。

「まずは都城盆地なんだけど、あっこの北郷家って島津家分流なのよね。
今回は一応こっちについたみたいだけど、まず寝返るだろうし」

 元々薩摩・大隅・日向に権勢を誇っていた島津家は、日向にも分家があったりする。
それがこの北郷家なんだけど、島津側として伊東家や肝付家と戦い、私の支援もあって飫肥城陥落時に伊東家に従属していたりする。
とはいえ、その理由が伊東家と肝付家が反島津に回ってしまい、飫肥城も取られて孤立してしまったというのが大きい。
だが、その伊東家と肝付家の二家は木崎原合戦から始まる戦乱によって没落。
北郷家は当主の北郷忠親が病で倒れ、動くに動けなかったという理由である種の中立を貫いたのだった。
結果、島津分家筋という理由もあってか島津軍の略奪から外れ、大友軍を都城平野に受け入れるという寝技で今回の戦を切り抜けていたりする。
まぁ、うちの一門や譜代もそうなのだが、豪族クラスの寝技ぶりはいつもながら感嘆に値する。
ちなみに、その北郷家は今回の集まりにも、病欠という届けをだして来ていなかったりする。
だから、ものすごくやっかいなのだ。
次に後を継ぐであろう北郷時久の出方次第ではあるのだが、まず彼は島津に転ぶだろう。
飫肥城は伊東家が入り島津憎しの炎を燃やしているからまぁ問題は無い。
真幸院からのルートは山道なので塞ぐのは簡単である。
だが、大隅が実質的に島津支配下に入った事によって、今まで孤立していた北原家が島津領国とくっついてしまい、都城平野から北上されるルートを島津が手に入れてしまった。
それを考えると、島津は三つある日向侵攻路の内二つを握った事になる。

「……と、言う訳で、島津は二方向からこの城にやってくる事になる訳で、この城を最前線に考えるならば、いっその事この城の主に日向全部任せてしまおうと思って。
その方が私も楽だし」

「ぶっちゃけやがったよ。この姫様」

 後ろで白貴姉さんがぽそっと言った言葉は完全に無視して、私は真顔で話を続けてみたり。
やっと、ここで私が欲しかった「おお……」という声が聞こえてきたり。

「という訳で、早い者勝ちで一名様先着で日向一国プレゼント!
おまけに、今回は特別サービスという事で、戦で荒れた復興資金も出しましょう!!
どうよ!
このサービス価格!!」

 これで、サクラがぱちぱちの拍手をすればテレビショッピングの一本できあがりで、後は電話を待つばかり……

「お願いでございまする。
姫様。
おふざけにならないで、ちゃんと話を進めてくだされ」

 どったの?
みんなため息ついて?
何で、角隈石宗は耐えるような声で、私に説明を求めるのかな?

「いや、真面目な話、日向一国あげるって。
私にとって、元々いらない土地だったし。日向」

 真顔で言い切った私の一言に、今度こそ完全に見事なまでに時が止まった。
あれ?
なんで、戸次鑑連と志賀親守と角隈石宗のお三方がつつっとやってくるのかな?かな?

「姫様。少しこちらへ……」

 がっしりと両手を捕まれて、そのままずるずると隣の部屋へってあれ……?

「あの姫様、妙に欲が無いのが困り物なんだよ」

 いや、したり顔で諸将に説明してないで助けろよ。白貴姉さん。

 


「話を真面目に進めるわよ~~~」

 隣の部屋で三人に泣かれて、土下座されてやさぐれています。珠です。
いや、本当に日向いらないというのに。まじで。

「大名として御立ちになるのに、その欲の無さは罪です!」

 って、加判衆+軍師の三人でこんこんと説教とされても、本気でいらないんだからしょうがないじゃないか。
いつの間にか佐土原城は私の城になっているし。
城代派遣しないといけないじゃないか。めんどくさい。

「さっきの話の続きだけど、島津の侵攻に対して防衛がかなり難しいという事は理解してもらえたかしら?」

 とりあえず、確認の言葉を投げてみるがそれについては誰も異を唱えなかった事にほっとする。

「今回の島津の動きを見て分かったと思うけど、島津の行動限界がこの佐土原あたりなのよ。
事実、高城には兵を入れたけど少数だし、間にあった穂北城や富田城は抜けなかったでしょ。
できれば、島津と戦うにはもう少し上の方がいいのよ。
あいつらを飢えさせ、疲れさせるためにもね」

 そう言って、私は地図上のとある一点を指差す。
その場所に諸将がじっと私の指の先を見る。

「高城川対岸。
ここを島津の阻止限界線とするわ。
美々津は私の直轄にして、今回の戦と同じように兵をここで集結させて島津軍に当たる予定。
ただ、違うのは財府城も高城も今回は我々の城で基本守りという所よ」

 それに手をあげるのが最前線に領地を持つ米良矩重。
日向国人衆の皆様を代表してだろう、彼に期待の目を向ける日向国人衆。

「それでは、我らの領地を攻められている時に後詰を送らぬと言っている様に聞こえるのですが?」

「うん。
送る気ないから、逃げても寝返ってもいいわよ」

 だから何でそんなに固まる。お前ら。
というか、また戸次鑑連と志賀親守と角隈石宗のお三方が立ち上がってこっちに……

「ちょっと待った!
これは、ちゃんと説明するから少しだけ待って!!
米良矩重。
あなたに尋ねるけど、あの島津とガチで戦いたい訳?
また、木崎原の二の舞があるかも知れないというのに?」

「そ、それは……」

 流石に、何度も島津と戦っているだけあって、島津の強さが分かっている米良矩重が言葉を濁し、日向国人衆も私に目を合わせようとはしない。
そりゃ、木崎原以降島津に勝ち星をつけた所がないゆえに、この恐怖を皆が引きずっていたり。
まぁ、その恐怖に一番脅えきっているのは私なんだけど。

「あれとガチで戦って勝てると思う人がいたら手をあげなさいよ。
だからその人に日向を任せるって言ったのに、何で分かってくれないかなぁ」

 実に白々しくため息をついてみたりしたのに、何でみんなして私を見る。あんたら。
ちょっとした緊迫状態に飽きたのか、また白貴姉さんが私にぼそっと。

「姫様こそ分かって無いでしょ。
その島津に勝てる可能性があるの、姫様しかいないって」

 な、なんですと!?
最近過労死した某ポルなんとかさんちっくに言うと、


あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
『島津と戦いたくないから誰かに押し付けようと思ったら、いつのまにか島津戦の矢面に立たされていた』 
な…何を言ってるのかわからねーと思うが、私も何をされたのかわからなかった。


ほとんど気分はそんなのりである。
今までじっと聞いていた高橋鎮理が淡々と私を諭す。

「お気づきになられておりますか?姫様。
姫様の言う『あの』島津相手に、策を披露しているのが、姫様しかおらぬというこの矛盾を。
姫様はやればできると皆が信じておるのでございます」

 さらりと米良矩重が追随する。
彼も最前線に立っているだけに必死なのだろう。

「そうでございます。
皆、姫様なら島津を潰せると期待してるのでございます。
どうか、その期待を裏切らないでくださいませ」

「……」

 言わんとするのは分かるのだけど、それは私を買いかぶりすぎ。 
私とて魔術師でも神様でも無いのだから、兵を瞬間移動なんて出来る訳が無い。

「んじゃ、もう少し具体的に言いましょうか。
今回の兵の移動を見れば分かるとおり、美々津集結すら一月かかっているわ。
これで、最前線たる三ッ山城まで後詰を送るとなると、二月かかる計算になる。
兵を逐次投入するつもりはないから……」

「つまり、それまで持ちこたえれば良い訳ですな」

 お願いだから、人の話を聞けよ。おい。
何で、さわやかに無理難題を言いますか。君達は。

「いや、今回の戦で見せたとおり、避難民も全部受け入れるから、高城川まで逃げてくれると私的には本当にありがたいのだけど」

「我らに土地と城を捨てろとおっしゃいますか!」

 激昂する日向国人衆に対して、私も今度は一歩も引かない。
彼らを守って外線で戦ったら、それぞ第二次木崎原合戦である。

「そう言ってるんだって!
寝返りも逃亡も全部私が責任持つからって、さっきから再三再四言ってるでしょうがぁぁ!!!」

「伊東家の時はちゃんと後詰を出して守っておりましたぞ!」

「その伊東家が鳥神尾と木崎原で大敗して、あんたら国人衆が出せる兵力が無いからこういう事言っているんでしょうが!!!」

 そして、場が急速に固まる。
そうなのだ。
普通の状態ならば、この日向で万の兵を編成できたりする。
だが、鳥神尾と木崎原という二つの合戦で、文字通り日向から徴兵できる青年男性をあらかた奪い去っていた。
そして、それは彼ら日向国人衆の身内がその戦でかなり亡くなっていた事を示す訳でもあって。

「ごめん。
少し言い過ぎた」

 潔く頭を下げた私に今度は米良矩重も頭を下げた。

「こちらこそ助けていただいた姫にご無礼を。
ですが、我らの窮乏はご理解していただけたらと」

 ご理解も何も、粥餅田で先手に加わった米良矩重の五百の手勢が、子供に老人に女だったという事実が全てを物語ってる。
旦那や子供を殺されて、焼き働きで土地を荒された島津に対して、寝返ろとか逃げろという選択肢が既にないという事を。
杉乃井からの報告では、逃れてきた日向女がまとめて遊女として働きたいという報告が届いている。 
そのほとんどが旦那を殺されて逃れていた女性だったりするから、島津に対しての日向の人間の恨みはしゃれでなく深い。
彼女たちに伴侶をつけるべく近くネルトンパーティーを企画しようと、文を杉乃井に送ったばかりだったりする。

「……」
「……」

「それでは、姫様。
この佐土原に鎮台を設置してくだされ。
そして、大友同紋衆をこの日向の地に置く事で彼らも安堵するでしょうし」

 黙り込んだ私達に角隈石宗が妥協案を提示する。
鎮台大将は大友家の国政に参与できる評定衆だし、大友一門を人質に置くことで、大友がというより私が日向を捨てないという枷を作る事に私も同意せざるを得ない。

「分かったわよ。
佐土原に鎮台を作って、高原城が空いているから、ここに大友一門の誰かを入れましょう。
誰か高原城に入る者はいる?」

 高原城を守っていた長倉祐政は伊東家が飫肥に移った事で、その所領が空いていたのである。
ここで前に進み出た男が一人。
さすがにこれは意外だったらしく、大友側の将も皆彼が出た事に驚いていた。

「さすれば、その大任をどうかそれがしに!!」

 入田義実。
大友二階崩れの首謀者として粛清された入田親誠の嫡子である。
そんな背景を持っているから、何かあったら即粛清と冷遇されていた一門でもある。

「そりゃ、構わないけど、何かあったら逃げるか裏切るかちゃんとしなさいよ。
城を枕に討ち死になんて絶対にしたら駄目だからね」

「ご安心なされ。
わが家は冷遇されているゆえ、島津も内応の手を伸ばしてきましょう。
その手を掴んで操って見せまする」

 自分の立場を分かって、ちゃんと私のオーダーも理解しているみたいだし、まぁよしとしよう。
一応、確認を取っておくか。

「なんなら、この城と日向国丸ごとあげるけどどうよ?」

 私の言葉を、入田義実は即座に切って捨てた。
笑顔で。

「姫様ご冗談を。
わが才ではせいぜい城一つ守るのが精一杯。
国ではこの身滅ぼしてしまいますゆえに」

 あ、これは裏切らないわ。
同時に、死なせたらもったいない人間だ。
私は、そのまま高橋鎮理を見て口を開く。

「高橋鎮理。
あなたにこの城を任せるわ。
入田義実を絶対に死なせないように。
いいわね!」

「はっ」

 長い付き合いだから、今の『入田義実を絶対に死なせないように』の意味は分かっているだろう。
やばくなったら入田義実連れて逃げろと暗に言っている事を。
間違っても、城を枕に討ち死になんてしてくれるなよとアイコンタクトで念を押して、そのまま今度は四郎が先に行ったので残った元一条派遣軍の一人に声をかける。
私の前にいる将は、鎧姿の似合ういい爺で御社衆のまとめ役をやっていた。

「香春鎮台は怒留湯融泉に任せるわ。
長く冷遇してごめんなさいね」

「あ、ありがたき幸せ……」

 あ、怒留湯融泉がマジ泣きしてる。
筑前での戦で左遷されてからずっと冷遇していたからなぁ。

「佐伯惟教には財府城をあげるわ。
高橋鎮理と入田義実と共に、この地をしっかり治めなさい」

「御意」

 後継者を殺されて跡継ぎのいない落合兼朝は、開城時にそのまま僧になったことで財府城も空いていたりする。
佐伯惟教をここに置くことで、日向北部はまず寝返らないだろう。  
延岡鎮台を拡張し、この佐土原鎮台も機能させたら六千程度の兵が作れる計算になる。
本来ならば。
青年男性が崩壊しきっている日向において、その六千の数字が出せるのはおそらく十年後。 
念には念を入れておくか。

「大野鎮台と延岡鎮台から兵を出して、交代で佐土原で警護をする事。
島津の焼き働きで逃れた民が帰るのにあわせて忙しくなると思うけど、何かあったら私の所に持ってくるように。
日向諸将は城を捨てて逃げるのがいやならば、それぞれの所領の地図を提出するように。
我々は豊後の人間だから、出さなかったら迷子になるかもしれないわよ」

 私のこの言葉を冗談だと分かったらしく、やっと皆が笑う。
とはいえ、佐土原に詰める兵は千程度。
経済封鎖で締め上げるとはいえ、回復するであろう島津が侵攻した時には足りなすぎる。

「日向が守れるかどうかは、島津に荒された日向を復興できるかどうかにかかっているわ。
それぞれそれを忘れぬように」

「「「「「はっ」」」」」

 皆が一同に頭を下げたのを見て、私は深く深くため息をついたのだった。
実質的に対島津防衛計画が何も決まっていないという事実を見ない振りをして。

 

 

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