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大友の姫巫女

南海死闘編

第二十三話 日向侵攻 あとしまつ

 日向国 美々津


「な に を な さ っ て い ら っ し ゃ る の で す か ? ひ め さ ま ?」

「ちょ……りり麟姉さん。
  これは色々と、そう!
  将来の大友家の雇用対策の一助に……」

「姫様がおっしゃる事に百歩譲って利があるとして、どうして姫様がその穴の開いた木箱に入ろうとしていたのかお聞きしたいのですが?
  ちなみに、先ほどの姫様自身の説明だと、この中に遊女が入って、銭を支払って穴から出るあれに奉仕するとか何とか」

「だって四郎が先行っちゃったし、しばらく会えないし、手と口は浮気じゃないし、戦終わったから色々煩悩開放をば」

「何処の大名家の姫様が、傀儡女以下の事を嬉々としてやりやがっていやがりますか!!!
  そもそも姫様、あんたお腹にお子がいらっしゃるじゃないですか!!!!!」

「うん。だから今なら浮気も問題な……ちょ!痛い痛い!!
  耳引っ張るのは駄目だってっ!!
  のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


「また、あの姫が豊後太夫に耳引っ張られてるぞ」
「こりないのぉ。
  あれで次期大友家当主になろうというのに……」
「あれで顔姿がいいから、一度やりたいとこなんだがなぁ」
「お前新顔か?
  だったら、戦が終わった後で杉乃井遊郭の大手門に朝行ってみろ。
  あの姫様が裸で晒されているから。
  触らなければ顔と口子種かけ放題」
「まことか!?」
「で、喜んでいる所をあの豊後太夫に耳引っ張られて奥に連れ込まれると。
  あれを見ると、戦は終わったんだと実感するよ」

 


  同じころ 豊後国 府内

 

「お味方大勝利!
  日向国はほとんどが大友の手に!!」

 その報告が府内の町に南蛮船で届けられた時、誰の顔にも歓喜が浮かんだのは当然の事だろう。
  出兵している者の身内は彼が帰る事を喜び、商人達は新たな征服地である日向にて金儲けを企み。
  何も関わりが無い者でも、その空気を感じてなんとなく喜んでいたのだった。

「町が、賑やかなようですな。
  ここまで、声が聞こえてきますゆえ」

「娘の戦が終わったらしい。
  詳細はおいおい届くだろうが、さしたる戦も無く日向を手に入れたらしい」

 府内城に近い武家屋敷の一角、吉岡家の屋敷はそんな浮ついた空気を気にする事も無く、閑静な空気の中に漂っていた。
  それは、隠居の身である吉岡長増が病に臥せっており、当主である吉岡鑑興も真面目な人物であるゆえ浮つく事をしなかったという事もあるのだろう。
  病身の吉岡長増の隣に見舞いに来た大友義鎮と供に連れてきた美々津帰りの恋が座り、府内の町の賑やかさを遠くから肌で感じていた。

「恋。
  奥方の文を持ってきておるのだろう。
  早く鑑興に渡してやるといい」

「は、はい」

 珠付である麟の為に、恋は麟から旦那宛の手紙を頼まれていたりする。
  なお、麟の子供達は、杉乃井や府内で比売御前や奈多夫人に可愛がられたりする。
  おかげで、彼女達に可愛がられた子供達は、同紋他紋一門係わらず全員、

「我らには母様が三人いる」

 と自慢するほどまでに可愛がられ、子供達が大人になって政治的影響力を持ち出しても、『母様に迷惑がかかる』と決定的な対立を避けるようになったとか。

「では、恋殿はこちらに。
  何かありましたらお呼びください」

 気をきかせた吉岡鑑興が恋と共に別部屋に移り、吉岡長増と大友義鎮の二人だけになる。
  話す事も無く、ただ二人がそこにいるだけの時間は思ったより長く、覚悟していたよりは短かった。

「で、だ。
  そろそろ、娘の監視を解いてもらおうと思ってな」

 何気なしに漏らした義鎮の一言だが、それはとんでもない爆弾発言だった。
  珠についている麟が間者であると言っているのだから。
  だが、その言葉を吉岡長増は否定しなかった。

「気づいておられましたか。
  あれが、姫様への監視であった事を」

 起き上がろうとする吉岡長増を手で制して、大友義鎮は呟く。
  浮かんだ笑みは、悪戯が成功したような悪餓鬼のように吉岡長増には見えた。

「長い付き合いだ。
  爺の考えそうな事はなんとなくわかる。
  あの娘と長く付き合える時点で、素性的に怪しいとは思っていたよ。
  もっとも、珠が連れてきた瑠璃御前やその娘達を見て世間は広いと驚かされたが」

 麟は吉岡鑑興の嫁であるのだが、彼女自身の氏素性は謎に包まれている。
  林左京亮の娘というのが一応紹介ではあるがそれも怪しく、武勇知略に秀で、何よりも色事に長けている(彼女は珠の愛妾だったのである)のが義鎮にとって決定打だった。 
  珠の行動は、遥か前からじっと監視され続けていたのである。

「事実、あれと殺し合いをする寸前だったのだからな。
  何故止めた?」

「簡単な事じゃよ。若。
  父に弟まで殺し、子まで殺させるほど世の中はひどくはないと思ったまでの事。
  それに、既に麟への命は遥か昔に解いておりますゆえ。
  あの晩、姫と若が戸次鑑連の屋敷で語り合ってから」

 あの晩の醜態を思い出してか、大友義鎮は顔をそらして庭を眺めるふりをするが、頬に伝わる汗が全てを物語っていた。
  それを見た吉岡長増が寝たまま力なく笑う。
  そんな姿は本当の若と爺に見えただろう。 
  だが、大友義鎮の本当の爺は既に居ない。
  彼にとっての爺は本来は入田親誠。
  大友二階崩れの首謀者として粛清された彼が大友義鎮にとっての爺だった。
  だが、入田親誠亡き後にその爺の席に座ったのが吉岡長増だったのである。
  最初は吉岡長増の事を警戒したし、排除も考えなかった訳ではない。
  だが、小原鑑元の乱時に府内から一時逃げるまで追い詰められた大友義鎮を支えて、謀略で敵を切り崩していったのも吉岡長増だった。
  そして、吉岡長増が切り崩した敵を戸次鑑連が討ち取るという形で、小原鑑元の乱を乗り切ったのだった。
  大友義鎮の生涯で最も危なかったこの乱の時、吉岡長増が珠を預けていた宇佐八幡および宇佐衆を率いる佐田隆居に文を出して謀反に走らせなかったのを義鎮は知っていた。
  それ以後、大友義鎮は吉岡長増を信頼し、互いに言うつもりは無いがその関係は破綻する事無くこうして続いていた。

「覚えておきなされ。若。
  姫様が大名の座を降りる時に、必ず血が流れましょう。
  佐田・城井・田原・立花・佐伯・竜造寺、これらの家の処遇にはゆめゆめ気をつけなされ。
  佐田と立花は姫様と一心同体ゆえ、旗頭に担がれましょうし、竜造寺は火種があれば燃え上がる油のようなもの。
  姫様を殺したくなくば、姫様の旗本である彼らに必ず枷をつけなされ」

 あえて、殿ではなく今まで呼んだ事すらない若と呼んだ事で、大友義鎮は吉岡長増の命が残り少ない事をいやでも悟らざるを得なかった。
  吉岡長増は爺らしく最後まで大友義鎮の身を案じていたのだった。
  それは、大友義鎮が望んでいた家臣とのふれあいでもあった。

「既に、此度の戦において佐伯惟教が勲功をあげる事を、姫様が大名になる以上に国衆は嫌っておりまする」

 特に吉岡長増が問題視したのが佐伯惟教で、彼自身に恨みは無く名将であることを評価もしていたが、大神系国人衆と長年にわたる血みどろの闘争を繰り広げてきた大友同紋衆にとって、大神系国人衆の宗家的立場である佐伯氏の復権など認められる訳が無い。
  何よりも、彼は南予侵攻時に珠の声で帰参を許された珠姫与党だ。
  とはいえ、佐伯惟教は今回の日向遠征の前半において日向北部をきっちりと掌握し、その功績は評価されるべきだった。
  雄城鎮景を立花家に追いやった形で、他紋衆から加判衆に入る危険をぎりぎりまで下げたつもりだったのに、厄介な事になったと吉岡長増は言っているのだった。
  しかも、木崎原より長期で日向に残って、今回の合戦の功績第一位に上げられるだろう立花元鎮は毛利一門でもっと問題だった。
  志賀親守も地味に功績を立てていたりするが、この二人を押しのける事は難しいだろう。
  珠の政権下で確定で加判衆に入る佐田隆居に続くであろう、毛利(立花元鎮)+大神系国人衆(佐伯惟教)という他紋衆の加判衆入り。
  それは二階崩れや小原鑑元の乱以上の恐怖を同紋衆に与えていたのだった。

「それが、同紋衆の意見か」

 大友義鎮がため息をつく。
  二階崩れと小原鑑元の乱を知っているだけに、娘の権力基盤そのものが爆弾であるという吉岡長増の指摘に同意したからに他ならない。

「姫様によって、他紋衆はいやでも強大になりましょう。
  なんなれば、乱が起これば他紋衆は毛利の後詰を期待できます。
  小原鑑元の乱より激しく、そして悲惨な事になりましょう」

 幸いにも表立った謀反の動きは無い。
  これも、此度の日向戦を含めて珠にさしたる失態が無く、国人衆への利益供与を与えていたという実績がその芽を抑えているに過ぎず、与えられた利益と比例するように失ってゆく権力にじわじわと不満がたまっているのも事実だったのだ。

「評定衆か。
  あれで、豊後外での謀反はだいぶ押さえられたと思うが、豊後が火種になろうとはな」

「人は、与えた恩より、失った恨みを長く思うもの。
  同紋衆の疎外感は、長寿丸様が家督を継いだ時に一気に噴出しましょう」

 珠の進言で導入した評定衆という制度も問題の一因になっていた。
  評定に参加できるというある種の栄誉職ゆえに、遠慮なく外様にまでその門戸を広げたのだった。
  結果、必然的に豊後国人衆の地位は低下する。
  だからこそ、珠が大名の座から降りて長寿丸がついた時に血が流れると吉岡長増は言っているのだった。
  長寿丸が大名の地位についた時に、珠との違いを出す為にも加判衆編成はいやでも同紋衆を主体とした豊後国人衆で構成される可能性が高いからだ。 

「手はあるのだろう?」

 さしたる心配事では無いように大友義鎮は尋ねた。
  なぜならば、吉岡長増は問題だけを指摘するような男ではない。
  指摘するだけの男が大友家中枢に居座っていられるほど戦国大名は甘くも無い。

「今川から分かれた北条よろしく、家をお分けになりなされ。
  そして、姫のみを大友内部に取り込むしかございませぬ。
  絶対に姫を加判衆からお外しになってはなりませぬ」

 珠が大名を降りた後で新設分家を作り、そこに先にあげた連中を陪臣として入れる事で大友本家への影響力を削る事は珠自身も考えていた。
  本人は宇佐近辺と杉乃井があればいいと楽観視していたが、筑前と豊前の二国は確定でくれてやらねば家臣が納まらない。
  現状の大友領内で珠が多大な影響力を持っているのは、筑前・豊前・四国に征服された日向と広大であり、この二カ国確保ですら珠にとっては影響力削減になってしまうという所に珠という姫の英傑ぶりとやっかいさがある。

「そして、姫様が家督を継ぐ前に、志賀親守と吉弘鑑理を隠居させ、後釜に同紋衆をお入れなさいませ」

 次の引退が囁かれていた二人を先に隠居させてその後継を決める事で、他紋衆の影響力排除を狙う。
  そして、こんな話をするという事は、後任の根回しは既に行っているのも吉岡長増だった。

「次は誰にする?
  既に考えているのだろう?」

「志賀鑑隆殿と田原鑑種殿」

 志賀鑑隆は大友三大氏族で一番の勢力を持つ志賀家の南志賀家当主であり、北志賀家当主だった志賀親守が加判衆についていた後釜とすれば当然の選択である。
  だが、吉岡長増が田原鑑種を推したのには流石の義鎮も息をのまざるをえない。
  元々大友家に反抗的だった田原家を継ぐ前の苗字は高橋家で、その前は一万田であり大内義長の重臣だったという経歴を持つ彼は、同紋衆の血を引く野心ある男であった。
  実際、この二人は知らないが珠ですら一度は粛清を考えたにも係わらず、有能すぎたので取り込んだという前科を持っていたりする。
  と、同時に田原家の代表として加判衆に入るという事で、大友義鎮の寵臣である田原親賢を加判衆に入れさせないという側面を持っていたのだった。
  田原親賢が何故嫌われるのか?
  理由は大友義鎮の寵愛でも才能でもなく、彼が奈多家という他紋衆かつ義鎮の外戚になるという同紋衆の恐怖から来ている。
  だからこそ、大友義鎮は大友三大氏族である田原家へ養子に行った彼を同紋衆として扱うよう狙ったのだが、小原鑑元の乱の記憶が残る同紋衆がそれを認める訳がなかった。
  もっとも、田原親賢を警戒しすぎて立花元鎮と佐伯惟教の台頭を許してしまうあたり、世の中はうまく行かないと吉岡長増は力なく笑ったりしているのだが。

「一万田も下げさせるつもりだな。
  兄弟で加判衆を務めるだけで嫉妬を買おう。
  次に同紋衆で加判衆に近いとなれば……」

「木付鎮秀殿を。
  彼にはそのまま日出鎮台を率いさせてくだされ」

 一万田親実と田原鑑種は兄弟である。
  弟が入る以上、兄が下がるのはその前の加判衆人事で田北鑑生の引退時に田北鑑重が入るという前例がある。
  そこまで読んでいたらしく、吉岡長増があっさりと後任の名前を告げる。
  鎮台制度ができた事によって、従属大名を除くと加判衆および評定衆は鎮台大将から選ぶというのがある種の不文律になりつつあった。
  なにしろ、現地裁量権の大きい鎮台の大将である。
  これを大過無く勤められるのならば、資質とすれば十分である。
  木付鎮秀は別府奉行時に珠との付き合いがあり、珠が連れてきた八重姫と息子である木付鎮直が夫婦になっている珠姫系の同紋衆である。
  なお、志賀鑑隆は珠が香春岳城を持った時の城代だった男であり、先に上げた二人を含めて全員珠と顔見知りな者達ばかりだった。

 互いに言いたい事は言ったし、聞きたいことは聞いたので、また部屋が静かになる。
  これは聞かなくてもいい事なのだろうが、大友義鎮は三途の川を渡ろうとする老人に最後の声をかけた。

「しかし、最後の会話がこれでいいのか?
  息子も孫も、嫁でもなく、わしで?」

 それは当然の疑問だが、吉岡長増は息子や孫や嫁に見せるような笑顔を大友義鎮に見せて、先ほどより弱い声でその問いに答える。

「既に他の者とは別れを済ませておりますゆえ。
  息子に、嫁に、孫。
  戸次鑑連に角隈石宗殿にも殿と姫を支えて欲しいと頼んでおきました。
  姫様の凱旋を見れなんだのは残念ですが、こうして若に来て貰いました。
  何の不満がありましょう」

 吉岡長増が大友義鎮の手を取る。
  しわがれた老人の手から命はどんどんこぼれてゆく。
  けど、その取った手を最後の力で強く握って吉岡長増は笑った。

「誇りなされ。若。
  この府内の声を、この府内の空気を、そして豊後大友家をちゃんと姫に渡せる事を誇りなされ。
  若の罪、この老いぼれが少し背負っておきますゆえ……」

「死んでからまで世話になるか。
  ……おい……」

 ことんと乾いた音がして、力強く握られていた吉岡長増の手が落ちた。
  安らかな笑顔を浮かべて、吉岡長増は寝たまま静かに逝った。
  その死に顔をじっと見つめたまま、大友義鎮は何も言うでなく、吉岡長増が最後に伝えた府内の空気をじっと感じていた。
  祭囃子が聞こえる。
  戦勝を祝って誰かがやっているのだろう。
  お祭り好きの、珠の配下である姫巫女衆あたりだろうか。

「殿様。
  お茶を……」

 お茶を持ってきた恋を手で制し、大友義鎮はそれを静かに告げた。

「逝ったよ。
  恋。済まぬが人を呼んでくれぬか?」

「は、はい。
  誰か!誰か……」

 安らかに逝った吉岡長増の顔を見ながら、大友義鎮はぽつりぽつりと言葉を漏らす。
  目から涙を流しているのに、それを気づかないふりをして。

「なぁ、爺。
  知っているか?
  俺は今泣いているんだぞ。
  親の死に目にすら泣かなかった俺が、弟を見殺しにした俺が。
  まだ人らしい事ができたと爺は教えてくれたのだな。
  目を開けてくれよ。爺。
  俺は爺に教えてもらってばかりで、何も爺に返していないのだから……
  なぁ……」

 吉岡長増の死は大友一門として扱われ、珠たち日向遠征軍までも喪にふし、盛大に葬儀が行われた。
  それだけでなく、毛利・織田・島津・長宗我部等の外交使節が弔問に訪れて、葬式の裏で色々どす黒い事を話し合っていたあたり、彼は最後の最後まで大友家に尽くしたのだった。
  彼の死後、長寿丸の元服を待たずして、義鎮の名前で珠が大友家を本格的に動かしだす。
  そして、珠が最初に手をつけたのが対織田戦になる石山本願寺への救援だった。

 

 地理メモ
  粥餅田  宮崎県小林市北西方2450-46
  由来   ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2439.html



 

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