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大友の姫巫女

南海死闘編

第二十二話 日向侵攻 粥餅田対陣 

日向侵攻後半戦における時系列のまとめ。

 大友軍、佐土原城占拠。都於郡城占拠。
  >>佐伯惟教率いる延岡鎮台に高城包囲続行を指示。
  >>近衛前久薩摩に移動。

 内山城内応。
  >>大友軍主力再編。
    立花元鎮及び鍋島信生率いる二千を小野鎮幸指揮下に。
    先陣は小野鎮幸を大将に久留米鎮台と立花元鎮及び鍋島信生の手勢三千。
    第二陣が戸次鑑連率いる臼杵鎮台で三千。
    本陣が大友珠率いる旗本鎮台他で五千。
    合計一万千に再編。
    志賀親守率いる大野鎮台を後詰に指定。
  >>島津軍は高原城に後退中。

 神屋城内応。
  >>飫肥城後詰交代。
    斉藤鎮実率いる千から朽網鑑康率いる千に変更。
  >>入田義実率いる千を大隅国財府城(龍虎城)方面に分派。大隅国境前で停止予定。

 大友軍主力、内山城へ移動。
  >>志賀親守率いる千を佐土原に後詰として残す。

 内山城開城。
  >>島津軍、高原城より退去。

 大友軍主力、神屋城へ移動。
  神屋城開城。
  >>近衛前久帰還。
   『島津は朝廷の和議に従う旨』を通告。

 大友軍主力、高原城占領。
  >>米良矩重内応
  >>島津軍真幸院へ撤退を確認。

 大友軍主力、三ッ山城へ移動。
  三ッ山城開城。
  >>米良矩重より、島津軍のかなりの戦力が木崎原に集結しているのを確認。
  >>米良矩重、兵五百を持って参加。先陣に編入。

 

 

 大友軍主力、三ッ山城出陣。 
  粥餅田近辺に島津軍を確認。

 

 


「伝令!
  粥餅田付近に島津の旗印!!
  兵数は不明!」

「米良矩重より、『島津は偽旗で兵を欺くので注意されたし』との事」

「先陣より伝令!
  先陣は進軍を停止し、合戦準備に入る!」

「間者より報告!
  島津軍が木崎原より粥餅田方面に移動!
  多くの間者が島津の間者に討ち取られております!!」

 珠です。
  現在戦場にいます。
  何で、こんな場所にまで出張らないといけないかと言いますと、前関白である近衛前久の和議勧告の受諾の為である。
  戦争では一歩でも引いたら舐められます。
  だから、ギリギリのチキンレースを行わないといけません。
  今回の戦は木崎原合戦の続きであるために、その領有を争っていた真幸院に入らないといけなかった訳で。
  同時に、島津にとっても大友軍を絶対入れたくない訳で。
  そういう意味で、この対陣はある種予想ができた事。

「先陣に伝令!
  絶対にこっちから仕掛けない事!
  間者は損害をまとめて動ける者は本陣を警戒!
  相手がやるなら絶対に伏兵を仕掛けてくるわよ!
  戸次鑑連にも伝令!
  こちらからしかけない以外は全部任せると伝えて!!」

「はっ!」

 私の怒鳴り声に伝令が飛び出して馬に乗ってその命令を伝えに行く。
  騎馬武者達が号令をかけ、足軽達が隊列を整え、陣を構築してゆく。

「旗が多いわね。
  偽旗とはいえ、そこそこの数はいるんでしょうが」

 前線から離れた本陣からでも林立する島津の旗、旗、旗。
  これが、前の木崎原や先の大畑合戦で島津の勝利に貢献した偽旗である。
  それがずらりと山や丘に林立しているのは壮観なものである。
  もっとも、その前の平地で万の兵を動かしている我らも島津にとっては脅威なのだろうが。
  流石に待ち受けていただけあって地の利は向こうが握って離さないか。

「戸次鑑連様より伝令!
  雁行陣を敷くとの事。
  本陣はそれに伴い後備に退いてもらいたいとの事にございます」

 雁行陣。
  雁の群れが列をなして飛ぶ陣形で、縦深陣を展開する事で私を島津に近づけさせない腹か。
  この陣はそのまま魚鱗陣や鶴翼陣に移行しやすいという特徴もあり、大兵で相手の出方を見るのに最適な陣の一つである。

「姫様。
  このままお引きになって、三ッ山城にお下がりになられては?
  姫様がおられる事で、かえって危くなる可能性が」

 麟姉さんの進言は実に正しいのだが、この状況で下がるのはかえってまずい。
  一応、双方とも和議は受諾しているのだ。
  この対陣は大友と島津の国境線の確定の為である。
  もちろん、裏切り裏切られの戦国の世だからこのまま開戦というケースもある。

「向こうは争う気も無いし、こちらも争うつもりは無い。
  一応はね。
  ここで下がったら豊後国人衆になめられるわよ。
  だから、戸次鑑連も『後退』であって、『城まで退け』とは言ってこないでしょ。
  麟姉さん。田原親賢に荷駄を下げさせるように伝えて」   

 そう。
  開戦できるのだ。
  だからこそ、ここまで出張って、そして迷っている。

「雁行陣に従い本陣を下げるわ!
  私の姫巫女衆の前を宇佐衆、後ろを香春鎮台が固める事。
  島津側に動きは?」

「ありません!」

 物見の確認の声に私は大声で命令を伝えた。

「陣を変えなさい!」

 
  地理説明 粥餅田

 数字 大友軍
  黒色 島津軍 偽旗

 

←木崎原
          ▲ ▲

     ▲
     ▲

       ①①①
  ▲      ②②②
          ③③③ 
           ③③
                 →三ッ山城
大友軍
① 先陣    小野鎮幸  三千五百
②  第二陣 戸次鑑連  三千
③ 本陣    大友珠    五千

島津軍     不明


「手が出しづらいわね……」

 既に陣を組んでから一刻が経過している。
  島津も大友もまったく動きなし。
  更に厄介なのが、島津の旗が立っている場所は全部山だったり小高い丘だったりする訳で、敵兵の把握ができずに攻めるのを躊躇する地形だったりする。
  中央部の旗が立っている場所を総攻撃して突破できればいいが、島津軍が左右に少なからぬ兵を置いていたら挟まれる。 
  島津軍がこちらより多いとは思えない。
  だが、確実に兵力比は木崎原より縮まっているのは間違いない。
  二十倍の数で負けた島津軍相手に、たった数倍で戦うなんて悪夢じゃないか。

「向こうの動きは分かる?」

 私の言葉に軍師として控えていた角隈石宗が口を開く。
  考えてみれば、この人軍師として私と組んでお仕事したのはこれが最初のような気がする。
  南予侵攻時は武将で、しかも別行動だったし。

「物見を出した所、どの旗の下にも人影はある様子。
  ですが、もし和議を破って攻めるのでしたならば、早めに攻めるべきかと」

「どうして?」

 私の問いかけに、角隈石宗がただ指を曇り空に向けて一言。

「雨が降りまする。
  鉄砲及び大筒が使えなくなりますゆえ」

 そうだった。
  この人軍師というより、気象予報士というか幻術使いという方がしっくり来る人だった。
  そんな角隈石宗の雨が降るの一言に私の心は更に乱れる。

「雨が降る前に、あの陣ぬける?」

 西の空を見るとかなり暗くなっている。
  これは夕立が降る可能性が高そうだ。

「無理でしょうな。
  兵数不明で飛び道具も使えず、守り手にあの島津忠平(義弘)がいる可能性が高うございます。
  雨降る中で乱戦になって、釣りだされる可能性の方が高いですな」

 私と角隈石宗の会話を聞いていた麟姉さんが、傘を持ってこさせるように姫巫女衆に指示を出している。
  火縄と火種を濡らさぬようにと、田原親賢の声が遠くから聞こえる。
  そして大きな傘が次々と広げられる。 
  時間はもうあまりない。

「ならば旗の立っている所全部攻めてみようか?」

「大兵の多さをお捨てになるつもりですか。姫様。
  一手抜かれたら本陣にまで迫られますぞ」

「ごめん。
  言った私が馬鹿だった」

 扇を取り出して意味も無く扇ぐ。
  顔から汗が垂れて、着ていた巫女服が汗で気持ち悪い。
  心の中で悪魔が囁く。
  このまま開戦してしまえ。
  連戦で消耗している島津を叩くチャンスなのだと。
  ここで島津を潰せれば、後ろを気にする事無く信長と対峙できる。
  そう。
  島津を潰せるのならば。

 

 なるほど。
  ここが、私のルビコンか。

 

 戸次鑑連も小野鎮幸も兵を完全に掌握しているらしく、勝手に仕掛けるようなそぶりは見せていない。
  戦になるかもというか、私が散々この和議について迷っていた事は、大友軍の武将ならば誰でも知っていた。
  だから、臨戦態勢でじっと私の命を待っている。

「時に姫様。
  お聞きしたい事があるのですが?」

 不意に聞こえた角隈石宗の好々爺な声に、毒気を抜かれた私は扇を扇ぎながら口を開く。

「手短にお願い。
  残り時間、少ないから」

 手短にと言ったのに、実にのんびりとした口調で角隈石宗はその聞きたい事を私に告げた。

「申し訳ござらぬ。
  年ゆえ物忘れが激しくて。
  この戦、何の為に行うのでしたかな?」

「何言ってるのよ!
  そんなの日向征服の……」

 激昂しかけた私の頭が急速に冷える。
  そうだ。
  この戦は日向征服が目的のはず。
  ならば、既に目的はほぼ達成している。
  最初のブリーフィングで私は何て言った?

「どっちにしろ、伊東家を滅ぼして日向を制圧する以上、日向国人衆を掌握する為にも真幸院には足を踏み入れないといけないわ。
  でないと、こっちが日向国人衆に舐められる」

 もう、目的達成しているじゃないか。
  米良家がこちらについた事で、真幸院の一部領有は成功している。
  日向国人衆も島津の焦土作戦で疲弊した上に、難民を全部こっちで引き取ったから逆らえる訳が無い。
  無理して戦わなくて良いんじゃなかろうか?

「孫子にこんな言葉があります。
  『高陵には向かうことなかれ』(高所を攻めるな)、
  『佯(いつわ)り北(に)ぐるには従うことなかれ』(わざと逃げる敵を追うな)、
  『鋭卒には攻むることなかれ』(やる気の兵と戦うな)、
  『餌兵には喰らうことなかれ』(餌に食いつくな)、
  『帰師(きし)には遏(とど)むることなかれ』(帰る敵を追うな)、
  『窮寇(きゅうこう)には迫ることなかれ』(窮地に追い込んだ敵を攻めるな)。
  今の我らに色々当てはまりますな」

「……」

 すげぇ。
  指摘されるまで気づかなかったけど、孫子のやっちゃ駄目な事、8つのうち6つまでクリアしてやがる。

「『軍争篇』だったっけ?
  けど、一番言いたい事はこれなんでしょ。
  『兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり。察せざるべからず』。
  これも合うわね。
  『兵は拙速(せっそく)を聞くも、 いまだ巧の久しきを睹(み)ざるなり』」

「お見事でございます。姫様。
  それが言えるのならば、この場の決断はおのずと明らかかと」

 角隈石宗があえて言わずに、私に言わせた孫子始計篇の言葉は、


  戦争は国家の大事であり、国民の生死、国家の存亡にも関わるのだから細心の注意を払って検討に検討を重ねなければならない。
  戦争において長期戦に持ち込んでうまくいった事は聞いた事が無い。


  読んでいたはずなんだけどなぁ。孫子。
  現場の今の今まで綺麗さっぱり忘れていた。
  これは日向伊東戦であって島津戦ではない。
  島津戦を行うなら、一からちゃんと島津戦の仕掛けを作るべきなのだから。
  なし崩しに戦って、薩摩が取れるとか何甘い事考えていたんだろう。私は。

 ぽたりぽたりと雨粒が頬に当たりだす。  
  これで、鉄砲と大筒の使用が事実上不可能になったか。

「神は言っている。
  今ここで争うべき運めでは無いと」

 雨粒に当たりながら天を見上げて冗談を口にする。
  それを聞いたらしい角隈石宗も冗談で言葉を返す。

「姫様。せめてそこは仏あたりで返して頂けると拙僧としては嬉しいのですが」

「あら、私は神に仕える巫女なのよ。
  忘れた?」

 麟姉さんが差し出した傘に入り、軽く首を振って悪魔の誘惑を振り切る。
  島津戦もそうだが、織田戦でもここでの開戦は悪手だ。
  今、島津と戦って勝っても、軍の再編に半年、後始末に一年、日向・大隅・薩摩の復興に三年はかかる。
  あの織田信長に三年の自由時間を与えるなんて、どう考えても敗北必至じゃないか。

 持っていた扇をゆっくりと下ろした。
  そして、その決断を口にする。

「撤退するわ。
  殿は高橋鎮理、残りは戸次鑑連の指示で三ッ山城まで後退」

 私の決断に皆安堵の声が漏れる。
  決断した以上は手早く、早口で私は命令を飛ばし続ける。

「角隈石宗殿。
  近衛前久公と話をして、島津と誓紙の交換の手続きをお願いします。
  田原親賢と麟姉さんは酒と粥の用意を。
  戦はこれで終わりだからありったけ出すこと!
  伝令!
  佐伯惟教に和議成立を伝えて、高城を開城させるように。
  くれぐれも島津の将兵は丁重に扱う事」

 喋っている内に、妙なスイッチが入ったらしい。
  最後はやけの大声でこの戦を締めくくった。

「勝どきをあげなさい!
  日向における戦は、我ら大友の勝利と!!」

 対峙していた大友軍一万一千五百から上がる勝どきの声に負けじと、島津側からも勝どきがあがる。
  この対陣双方の勝どきは、大友側が、

「日向をほぼ征服した」

 という勝どきであり、
  島津側は、

「真幸院を守った」

 という勝どきである。
  勝どきの声をあげる兵達にも安堵の顔色が見える。
  そりゃ、あの島津軍、鳥神尾・木崎原・財府(龍虎)城郊外・大畑と連戦連勝の無敵島津軍を相手にはしたくは無いか。 
  こっちの損害がどれだけでるか本当に分からなかったからなぁ。

 三ッ山城に帰る途中に駆けてきた四郎を見ずに、次の命を伝える。
  天下に引きずり出された八つ当たりというのは自分でも分かっている。

「四郎。
  編成途中の御社衆を率いて、毛利一門として淡路の岩屋城に入りない。
  あなたが石山救援の総大将よ」

 

 ならば、引きずり出した事を後悔させてあげるわ。信長。


 


 

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