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大友の姫巫女

南海死闘編

第二十一話 日向侵攻 佐土原停戦勧告

 その使者は、まさに全軍を島津が待ち受ける木崎原に突入させようとした矢先に到着した。

 従者も少なく、兵士で群れるこの佐土原にたどり着いたのは前関白近衛前久。
  そして、彼の従者みたく共に来ていたのが古田重然で、彼は主人である織田信長から命を帯びていた。
  この二人が珠姫に出会う事で、歴史は次の時代を告げようとしていた。


「兵を引けですって!?」

 周りの人間を無視して叫んでしまう珠です。
  というか、このお公家様は今何て言った?

「いかにも。典侍。
  お上は此度の戦で三位入道が国を追われる事に心を痛めておる。
  どうであろうか?
  このあたりで戦を止めるというのは。
  その労ならば、いくらでも骨を折ろうというもの」

 空気読んでくれ。
  おねがいだから。
  公家謁見だから、諸将が全員この場所にいるんだぞ。
  さっと目だけで諸将の顔を見るが、ある者は怒りに、ある者は鳩が豆鉄砲食らったような顔とまちまちだが、とりあえず皆この急展開におどろいているという事だけは把握。
  ちなみに、典侍は私の事で、三位入道というのは出家して京に落ち延びていった伊東義祐の事である。

「何故、今、この状況で、どうしてそれを言うのか理解して、その言葉をおっしゃっているので?」

 はっきりと、ドスの効いた声で睨みつけながら近衛前久に問いただす。
  しかし、腐っても関白という公家の頂点位にいた男は、小娘の恫喝にさした反応を示す訳でもなくとある事実を提示してみせた。

「典侍に尋ねるのだが、この戦はそもそも伊東家と島津家の争いのはず。
  それが何故大友家が出張っているのか、そこをお聞きしたい」

 いやな所をついてきやがった。
  この戦は、近衛前久の言うとおり、島津家と伊東家の戦だ。
  そして、現在行われているのは、大友家と伊東家の戦である。
  この二つの合戦は同時進行しているようで、実はきっちりと分けられて考えられている。
  どうしてかというと、戦の始まりと終わりの定義づけは、それがその後の論功行賞に密接に関わってくるからだ。
  だからこそ、当初計画ではあくまで伊東家を相手にして日向を征服、その後真幸院の領有問題を火種に対島津戦開戦となっていたのだった。
  ところが、島津の日向侵攻に伴って、この戦は島津と伊東の戦がまだ続いている状況になっている。
  それがゆえに、伊東家が大友に従属してしまった現在、対島津戦に開戦のロジックエラーが点っているのだった。
  何を理由に島津に喧嘩をふっかけるのか?
  それが、今の私にない。

「という事は、近衛様がいらっしゃったのは、島津と伊東の戦のあとしまつと考えてよろしいので?」

「もちろん。
  典侍の戦に手を出すほど愚かではない」

 私達が何を言っているかといえば、現状で戦を止めるならば、大友の全占領地をそのまま伊東家に返さなくていいと言っているのだった。
  何でかというと、大友と伊東の戦は伊東が従属した時点で既に決着しているからである。

「ならば、盟主としてこの戦を続けるという事もできるはず」

「それをする為にも、木崎原の後始末をつけてもらわねばならぬ。
  言わんとする事は、典侍ならば分かろう」

 合戦というのは思った以上に手続きというのが多い。
  それも命のやり取りだから、その手続きはかなり厳密に決められている。
  近衛前久が指摘しているのは、木崎原合戦後の伊東家の進退を含めた事務手続きの不備である。
  伊東家従属を見ても、伊東家を継いだ伊東祐兵が府内に人質を連れて出向き、父上に従属の申し入れをするという政治的儀式が必要になる。
  ところが、現状で合戦真っ只中の伊東家で、大将たる伊東祐兵が離れる事などできる訳もなく。
  そのあたりの筋を通す為にも、一度合戦を止めろと言っているのだった。 

「では、肥後大畑合戦で我らに従属している相良家についてはいかがか?
  盟主として、相良の代わりに島津を討つならば問題はないと心得ますが?」

 元々従属していた相良家の一件で島津戦を行う旨を伝えるが、それでも近衛前久は首を縦に振らない。

「相良家も木崎原へ伊東家の援軍として出ていたではないか。
  島津の大畑合戦は、木崎原合戦の島津の報復として取られても仕方なかろう。
  なにより、相良の戦を何故日向で行うのか問われたら、典侍はいかが答えるおつもりかな?
  おまけに、相良家もお家の継承についてちゃんとしたという報告は届いておらぬ。
  ここで戦を強行すれば、姫と大友の名前に傷がつきますぞ」

 まったくもって正論である。
  はっきり言って、木崎原からこの方負けすぎた。
  日向国木崎原で伊東を、大隅国財部城(龍虎城)郊外で肝付を、肥後国大畑で相良と立て続けに大敗している。
  結果、伊東は大友に従属、クーデターの起きた肝付は島津に降伏、大将を討ち取られた相良は家督相続でどうしようもないというすてきぶり。 
  かくして、九州はおろか天下に轟く無敵島津軍神話ができあがり、はやくも商人連中は島津と戦う事の愚を唱えてきている始末。

「それでも、今島津を討つというのならば?」 

 あえてその事を近衛前久に問いかける。
  この言葉に、ぱっと扇子を広げた近衛前久はこれ以上なく雅に笑って、今までの流れを全て投げ捨てた。

「別に、構わぬでおじゃるよ。
  末法かつ下克上な世の中ゆえ、朝廷の権威も地に落ちているのは事実。
  塵のごとく帝の言葉を吹き飛ばすのも世の流れというもの。
  もっとも、それができるとも思えぬが」

 うわぁ。
  この公家えぐい。
  最初から、こっちがその言葉を呑めない事を判って言い放ちやがった。
  下克上だの、戦国だのと中央がその権威を勝手に落としていた傍ら、地方ではその権威が保持どころか更にその価値を高めていたりする。
  なぜか?
  簡単な話で、それしか権威が無いからだ。
  元々武士というものは、荘園の警護や略奪から始まった夜盗や山賊達の成れの果てである。
  そんな彼らが天下を差配するまてに勢力を拡大させたのはなぜか?
  源氏や平家という貴種を御旗にして、権威を確立したからに他ならない。
  力だけの統治ではいずれその力によって倒される。
  それをさせない為に正当性という権威を手に入れて初めて統治は機能するのだ。
  事実、室町幕府はその権威の確立に当初から失敗して南北朝時代を作り出してしまったり、戦国時代を引き起こしてしまったりしたのだけど。

「耳に挟んだのじゃが、典侍はこの戦の前に右馬頭の所に怒鳴り込んだとか。
  色々お忙しい事でおじゃるなぁ」

 そこまで耳に入っていたか。
  なお、大友と毛利の和議も朝廷和議である。
  つまり、ここで朝廷の勧告を無視して戦を始めると、自動的に毛利との和議もぶっ飛ぶ。
  ならば、幕府の権威で……って、将軍が二人並んでいる状況だし、京にいる足利義昭を頼ったら必然的に織田信長が絡んでくるからパス。
  おまけに、どこぞのTERUが南蛮船交易に手を出して、私が激怒して広島にすっ飛んだのは西国に知れ渡っている。
  完全に詰んだ。

 何も言う言葉を持たずに、ただ私は近衛前久とその従者をにらみつけた。
  こんな手を前関白とはいえ、一介の公家である近衛前久一人で組める訳が無い。
  私にも朝廷には一条おじゃる丸がいるし、彼に与え続けた銭でそこそこの朝廷内の与党を持っている。
  そして、何よりも近衛前久がこちらの情勢を知りすぎている。
  朝廷にこんな停戦勧告を出す政治力と経済力を持ち、西国の事情を把握するだけの情報力を持ち、それを駆使して私の行動に足止めをかける人物なんて一人しか居ない。
  間違いなく、従者面をまったくしていない古田重然の主人たる織田信長の仕業だ。 
  しかし、妙だな。
  近衛前久は元々三好政権と組んだ結果として、織田信長上洛後に都落ちをしていたはすだが。

「……」

 で、何か言う事があるだろうがよ。
  そこで、従者顔どころか相変わらずへうけた顔している古田重然よぉ。

「す、すばらしい……
  その燃えるような緋色、そして絹ごしに透けるおみ足、何よりも怒り顔にありながらその気品を際立たせている金の肩飾り……
  これは、ぜひとも報告せねば……」

 そっちか。オマエは。
  ちなみに、今回は赤セイバー服である。
  上質の絹を使っているから前は丸見えだが、ちゃんと黒いぱんつはいているからはずかしくない。
  ふと思い立って、麟姉さんに大典太光世を持ってこさせて構えてみる。

「なんと!
  そのお姿は巴御前のごとくたけだけしく凛々しいではないか!
  これも報告せねば……」

 ちょっとは気がはれたので、大典太光世を戻して改めて座って話を元に戻す。

「で、その隣の古田重然とやらも何か話があるんでしょうが。
  とっとと、話してくれるとありがたいんだけど?」

 あ、急に現実に戻ったのが、顔に影がさしこんだぞ。へうけもの。

「し、失礼つかまつりました。
  それがし、織田家美濃山口城主の古田重然と申しまする」

 城主?
  こいつ、何時の間にそんなに出世したんだ?
  というか、何で城主の言葉の時にそんなにどんよりとした顔をするよ。

「そういえば、堺で会ったわね。
  私があげた大名物の北野茄子は使ってる?」

 まさかそれが地雷とは私も気づく訳もなく。
  突然マジ泣きする古田重然に、私も近衛前久もどうしていいかおろおろするばかり。

「そ、その時は本当に良き物を頂き、それがし天にも昇る心地でござった。
  ですが、信長様が名物をお集めになると聞いた父が……ぉぅ……ぉぉぅ……」

 いや、ちょっと待て。
  だから、諸将満座そろって日向侵攻の総仕上げをしようとする場に乗り込んでの朝廷からの停戦命令なんでド修羅場に、何いきなり昼メロ持ち込んでやがる。
  なんとなく分かった。
  本人与り知らぬ所で北野茄子一個で城を手に入れた訳だ。
  そりゃ、出世できないわなぁ。このへうけもの。

「気落ちしたそれがしを気遣ってか、信長様は摂津の中川清秀殿の妹と縁談を取り持って頂いたりと色々していただいているのですが……」

「わかった!
  あんたの縁談祝いに何かあげるから、そのおもいっきり電話相談みたいなのりはやめて!!」

「本当でござるか!!!」

 目爛々に輝かせるなよ。へうけもの。
  まぁ、これでやっと本題に進めるわ。

「実は、それがしは近衛殿に御付して、土佐からこの地に来たのみで。
  姫様にこれを届けろとしか信長様の命を頂いておりませぬ」

 古田重然が差し出した箱を麟姉さんが受け取って持ってくる間、私は気になった言葉をそのまま近衛前久に返してみる。

「土佐?
  たしかに、日向行きなら土佐にもあるけど、畿内からこっちに来るなら、府内なり門司行きの方が船便多いでしょうに」

「そのとおり。
  じゃが、土佐の長宗我部元親に守護職もしくは土佐守の打診をする仕事があったゆえ」


  今、何て言った?

 長宗我部元親に守護職か土佐守の打診だと?
  それが何を意味するのかいやでも悟らざるを得ない。
  長宗我部を取り込み、停戦命令を出して島津を助けるという意味が今、線で繋がった。
  土佐は一条という権威によってゆるやかな統治が進んでいた。
  だが、風雲児たる長宗我部元親に守護職か土佐守という権威を与えるとどうなるか?

「土佐国では俺が一番偉いから俺に従え!」

 という権威を中央が与える事によって、大友が管理している土佐一条領が問題化する事に他ならない。
  現在、南予と土佐一条領には戦時動員をかけたら四千程度の兵が集められるが、長宗我部が本気で突っ込んできたら八千近い兵力を集められる。
  そして、一番厄介なのが本来後詰を出す豊後はこの日向侵攻に兵を使っているから後詰が出せない。
  海を越えての派遣だから、一合戦やって負けた場合、四国の大友領を全部かっさらわれる可能性もある。 
  朝廷の勧告だけでなく、実際の危機まで用意して島津を助けるか。織田信長。

 行き着く所、西国の覇権というのは瀬戸内海を中心とする制海権を誰が握るかの争いと言ってもいい。
  古くは源平から、近くは足利尊氏の九州落ちとそのカムバックもこれである。
  この制海権争いに影響力を与えるのが、水軍が留まれる港を確保できるかにかかっている。
  それを、伊勢湾海上交易利権で富を成した織田信長がわからないはすがない。
  土佐から薩摩に抜ける航路は瀬戸内航路を押さえる外周線。
  すでに私の名前が轟く東アジア一帯で、反珠姫のラインを構築するだけで、私ほどではないが織田家にとっては十分な富が流れ込むだろう。
  たとえば、畿内にもいる宣教師経由でスペインに話をつけたりとか。私なら間違いなくする。
  では、外周線に押さえ込まれた瀬戸内海をどう攻略するかだが、瀬戸内海というか畿内に織田水軍の港が絶対に必要になる。
  ぶっちゃけると堺だ。
  西国有数の巨大貿易港を押さえ込んでしまえば、東瀬戸内海の水軍衆に巨大な楔が打ち込める。
  それは、信長がついに天下という彼の概念を私が抑える西国に広げようとするに等しい。
  信長は、このタイミングで堺を狙っている。
  私にとってこのタイミングはものすごく悪い。
  この日向侵攻は、私が大名として立つ絶対条件として企画立案された案件だ。
  ここで全権を掌握、特に本国となる豊後国人衆の支持を取り付けないと私が大名時に行うつもりの、


  信長以降にできるであろう武家統一政権に目をつけられない程度に大友家を分割・縮小させる


  事ができなくなる。
  私も毛利元就も天下なんて望んでいなかった。
  そして、天下を望まないならば、大友も毛利も最終的には豊後や安芸一国まで削られるだろう事も覚悟していた。
  だから、私が大名の時に近隣諸国に同紋衆を大名化させて血の継承を画策し、先の証文バブル崩壊でかき集めた富で豊後一国でも生きられる体制を構築するつもりだったのに。
  信長の堺侵攻が現実化したら、間違いなく堺だけでなく博多の商人達も私の出馬を促してくる。
  それは、大友毛利という大名連合を基幹とする、現在の流通・決済システムに先のバブル崩壊以上の致命的打撃を与える事になるからだ。
  私もそうだが、毛利輝元はもっとやばい。
  彼は宇喜多直家相手に明善寺合戦で大敗を喫しているから、実は現在進行中の備前・美作での対浦上戦は負けるわけにはいかない戦いになっている。
  これに失敗しようものなら、毛利家当主としての資質を失いかねず、次期後継者をめぐる吉川元春率いる山陰派と小早川隆景率いる山陽派の内部分裂が起こりかねない以上、堺への対処など出来る訳もない。
  古田重然が持ってきた箱を開けると、中にはただ蛤が一つ。
  開けようとするけど、のりでぴったりとくっついているらしく開かない。

 私は、シギという訳ね。

 はっきりと、今信長の言葉を理解した。
  どこの中学生よ。
  これじゃあ、まるで好きな子相手にいたずらするいじめっこと同じじゃないの。 


「そんな端っこで踊ってないで、俺と中央で踊れ!」


  織田信長が恐ろしい。
  彼の本当のチートを見せつけられて。 
  織田信長は、それを言う為だけに、こんな仕掛けを作りやがった。


  天下を捨てた私に、彼は明確に天下と言う舞台に踊り出ろと誘っているのだった。


  そして、この場に近衛前久がいる意味も理解した。
  彼があの場所にいると、たしかに戦はしにくいだろうからなぁ。
  堺を取る為には、どうしても堺の近くに織田側の拠点が必要になってくる。
  同時に、京都が最前線にならぬようかつ、畿内の諸大名(特にボンバーマン)に睨みをきかせる場所に拠点が作る必要がある。
  そして、その拠点が大友毛利連合にも使えるのならなお良い。
  そんな都合の良い拠点は畿内広しといえども一つしかない。
  何よりも、彼の天下布武の邪魔になるし、実際最後まで抵抗したのも彼らだった。


  諸将や麟姉さん及び近衛前久や古田重然に心配されながら、恐怖と羨望、そして歓喜と優越感の入り混じった笑みを浮かべ、いや、笑っていた。
  壊れるぐらいに、笑いながら、分かってしまった。

 

 

 

 

 織田信長の目的は石山本願寺だと。





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