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大友の姫巫女

南海死闘編

第十三話 日向侵攻 美々津物の怪奇譚 

 四方に薙刀を持った三人の巫女さん達。
  その中央にちょこんと置かれた漆塗りの木箱が一つ。

「姫様。厠へは行かずに、これに用をたしてくださいませ」

 近くに居るはずの麟姉さんの言葉がなぜか遠くに聞こえる。
  何?
  この羞恥プレイ?


  しょっぱなからかっ飛ばしております。珠です。
  とりあえず四郎に会いにと南蛮船使って美々津に上がったら居ないでやんの。
  なお、本陣出陣とかではなく視察なので、四郎の顔を見たらそのまま豊後に帰宅する予定。
  けど、間が悪いというか、四郎は日向三城と呼ばれる門川城・塩見城・日知屋城を落としに行っているとか。
  で、帰る前に状況の把握に努めています。
  そしたらまあ出てくるわ。出てくるわ。島津無双が。

「野尻城と紙屋城まで寝返ったって本当?」

 嘘を言うわけないだろうが、私はそう聞き返す。
  だが、くノ一のあさぎがつきつけた現実は冷酷だった。

「はっ。
  野尻城城主福永祐友と、紙屋城城主米良主税助は、先に寝返った内山城城主野村松綱の手に乗り謀反。
  高原城は開城し、長倉祐政は佐土原に向けて落ちた模様」

 地図をにらんで連鎖的に崩壊してゆく伊東四十八城を眺める。
  早く佐土原に入りたい所だけど、財部城(高鍋城)の落合兼朝が謀反を起こしているから合流すらできない。
  ここで、四郎の手勢が居たら一気に南下をという誘惑を振り切る。
  大軍は一気に揃えてこそ価値がある。
  敵に各個撃破のチャンスを与えてやる必要はない。
  とりあえず、四郎宛に私が美々津に着いた事は伝えているから、城を落としたらこっちにやってくるだろう。
  で、だ。

「あのさ。麟姉さんに舞さんに、八重・九重・政千代のお三方の皆様。
  なんで、そんなに獲物持ってびっちりと警戒しているのかな?かな?」

 これなのだ。
  むらさきが持ってきた肥後方面の報告を聞いた舞や麟姉さんの驚きと警戒振りがもう。
  というか、戦場から遠いのに姫巫女衆総警戒態勢って何事?

「姫様は、先ほどの報告を聞いてお分かりになりませんか?」

 ため息をつきながらも麟姉さんは片時も気を緩めていない。
  なんかあったっけ?

「久七峠を島津がどうやって抜いたか聞いたから警戒してるんです!」

 あ、怒った。
  たしか……あ。なるほど。

「姫様が、佐牟田長堅と同じ目にあわぬ様に気をつけるのは当然です!!」

 基本的に、峠というのは抑えていれば寡兵でも守れるので、よほどの事がないと突破できない。
  だから、私が鳥坂峠合戦で行ったようにおびき出して叩く必要がある。
  ところが、島津はその手を使わずに、意外と思う手を使ってきた。

 暗殺である。

 若くして武勇を誇る佐牟田長堅は狩の趣味があり、その最中に襲われて命を落としたというのだった。
  島津の忍び衆に私の忍びもかなりの数がやられており、あなどれないとは思っていたが、こういう直接的な使い方をしてくるとは思っていなかった。
  それだけではない。
  先の木崎原合戦で戦場前で逃亡という大失態をやらかして、相良義陽の不興を買っていた同じ一族の佐牟田常陸介が島津側に内応して久七峠は島津の手に落ちたのである。
  で、久七峠から相良氏本拠の人吉城に向かって進軍する島津軍の兵数はまだ不明だけど、大将は島津以久。
  これと時を同じくして水俣城にも攻撃を加えている。
  こっちは島津義虎だけでなく、新納忠元まで出ており、やっぱり兵力はまだ不明。
  というのも、木崎原と同じく偽旗を派手に立てているのではっきりわからないのだ。
  とはいえ、両方とも島津一門を大将にしているあたり島津の本気度がわかる。
  私はこの日向がど本命だと信じて疑っていないのだが、諸将の中にも動揺が広がっているのも事実で、

「高千穂経由で肥後に後詰を送ってはどうか?」

 という意見が出たり。 
  だからどうして兵を分けて各個撃破の……(以下略
  ごほん。
  まぁ、相良方面は全部隈府鎮台に丸投げしている。
  志賀鑑隆も馬鹿ではないし、甲斐宗運もいるから大丈夫だろう。
  ちなみに、この二将は兵を千ずつ率いて志賀は水俣、甲斐は人吉に向かっているという。
  さっきまで各個撃破とわめいていたのに、この対応を黙認するのかと疑問に思うそこの貴方。
  それを言う前に、ちょっとだけ肥後南部の地図を見てもらいたい。
  実は、人吉から水俣へ救援を出す場合、球磨川に沿って八代まで出るか、祝坂峠を超えるかという大仕事が待っていたりする。
  つまり、どっちかに兵を出して後にもう一方を攻撃する場合、移動だけで疲弊してしまうという訳。
  それに相良家だって兵がいない訳ではない。
  敵を追い返し、もしくは足止めするだけならそれぞれ千程度の兵でも十分なのだ。

「ですから、姫様も『お犬遊び』は止めてくださいませ」

 何故っ?!
  立ち上がってさすがの仕打ちに私は猛抗議をするのだが……

「ひどいっ!
  麟姉さん私の欲求不満解消方法のわんこプレイを制限するなんてっ!」

「この状況下で島津の忍が入っていたら、我らでは防ぎきれませぬ」

 正論である。
  まごう事なき正論である。
  せっかく各陣をわんこプレイで訪問して真っ白けにしてもらう計画を立てて楽しみにしていたというのに、安全にはかえられない。

「仕方ないわね。
  麟姉さんの顔に免じて、少しだけ我慢するわよ」

 この私の妥協に、なぜか盛大にため息をつく皆様。
  私の疑念が伝わったのだろう。麟姉さんがあきらめ顔で適わない要望を口にする。

「できれば、大名家の姫君として色々とご自愛なされて頂けると嬉しいのですが」

「うん。それ、無理」

 ずっぱりと言い切る私である。
  何しろ四郎が、転勤族よろしく今日は別府、明日は博多、明後日は戦場な日々なのだ。
  性欲をもてあます。

「姫様。
  立花殿がお着きでございます」

 こっちの到着に兵をあわてて戻したのだろう四郎が鎧姿で入ってくる。

「姫様。ただいま戻りまして……」
「かたい挨拶はいいわよ。
  おかえり。四郎」

「はい」

 ああ、この四郎の笑顔を見るとほっと落ち着くわ。
  おっと、仕事を忘れる所だった。

「で、日向三城は抜けた?」

「姫様の支援で日知屋城が落ちた後、門川城が開城。
  日向街道はこれによって美々津までつながりました。
  塩見城が残っておりますが、現在佐伯惟教殿が囲んでおり時間の問題かと」

 日知屋城落城については、水城だったのが幸いして南蛮船からの大砲砲撃で支援したのだった。
  水軍衆の支援のない水城というのがこんなに弱いのかと思えるぐらい、大砲の砲撃であっさりと落城したのである。 
  まぁ、大砲で本丸ぶっ壊されたらそりゃ持たないか……ん?

「四郎。お連れの人はどなた?」

 四郎が見慣れない顔の偉丈夫な若武者を連れているのに今更ながら気づく。
  私の声にその若武者が一礼して自己紹介をする。

「それがし、信濃国で生まれた野崎綱吉と申す者にて……」

 まぁ、自己紹介は省くが、『あの』御社衆にも出来人がいたとかで引っ張ってきたとか。
  木崎原合戦や先の日向三城攻めにて戦働きだけでなく、荷駄運搬でも功績を出したので、四郎は褒美として私の顔を見せておこうという訳だ。
  過去経歴一切問わず、使えるのならウェルカムな採用方針を取っているので、こういう出来人を逃すつもりは毛頭無い。

「姫様にお願いしたき義がございます。
  あの南蛮船の威力を持ってすれば、薩摩沿岸を暴れさせる事は自明の理。
  なにとぞ、島津の後ろをかの船で襲わせるようお願いしたく……」

 うん。
  こいつできるわ。
  南蛮船の威力とその使い道を理解して、背後を襲うように進言するってのは並の将では出来る訳が無い。
  そして、四郎の顔を見るが、あらかじめ聞いていたのか、驚くそぶりすら見えない。
  案外、四郎が考えて自分の功績にすれば目立つから、部下のできそうなやつに功績を譲ったのかもしれない。
  確実に水軍の理解は毛利の血を引く四郎の方が高いはずだからなぁ。

「うん。
  それをしたいのは山々なんだけどね。
  できない理由ってのがあるのよ」

 私の言葉に、四郎の眉がぴくりと動いた。
  やっぱり、発案者は四郎っぽい。

「よろしければ、その理由とやらをお聞かせくださいませぬか?」

 とはいえ、あくまで自分が発案者のそぶりを崩さない野崎綱吉の評価も私的にプラスである。
  これはいい拾い物かもしれない。

「南蛮船が七隻しかないからよ。
  そして、その七隻全てを使って、二万の兵の兵糧や火薬や弾薬の手配を行っているから、薩摩を荒らすのは無理。
  これが理由その一」

 日知屋城は豊後への帰り道だったからこそ、ついでにとやっただけなのだ。
  私の言葉に頷いた四郎と野崎綱吉は目で私にその続きを促す。

「二つ目。
  南蛮人の府内・別府攻撃を見たでしょ。
  無関係の民を巻き込んでの攻撃は避けたいわ。
  後々を考えてね」

 府内の町がかなり焼けた南蛮人達の攻撃は、終わったあと、報復もかねて生き残った船員の大部分が吊るされる事になった。
  戦争をやっている以上、恨みを買うのは仕方ないが、よけいな恨みまで買うつもりはない。
  そして最後の理由を口にする開く前に、日向のとある場所を指で指した。

「最後。
  その七つの南蛮船の内、どれかを油津に回すから。
  本当に余裕が無いのよ」

 日向国油津。 
  飫肥城の外港である。
  この間島津から奪ったこの飫肥方面は、幸いにも伊東義祐の三男である伊東祐兵が抑えていた事もあって崩れてはいない。
  私はここに後詰を送る事で伊東家の崩壊を防ごうと考えていたのだった。

「ここに後詰を送るわ。
  財部城(高鍋城)の落合兼朝が邪魔をする以上、早く伊東家の崩壊を止めないと高城川以南が全部島津に抑えられちゃうから」 

 その言葉に四郎が反応した。

「でしたら、油津に向かわせる手勢にそれがしを加えてくだされ」

 言うと思った。
  私はため息をついてそれを了承する。

「兵は千。
  兵糧と火薬を考えたらそれ以上はもたないわ。
  島津が押してきても絶対に戦わない事。
  目的は飫肥城および油津の確保。
  美々津での全軍終結が終わったら交代させるわ」

「はっ」

 四郎の声にかぶさる形で野崎綱吉が声をあげる。

「今ひとつお尋ね申す。
  今の姫様の差配も見るに、姫様は島津を恐れている様な気がするのですが、それはいかな理由で?」

 今の発言は予想外だったらしく、四郎も顔色を変えている。
  たしかに、過剰とも思える準備と堅実極まりない指揮は、『なんで姫様は島津を恐れているんだ?』という声が上がるのは当然だろう。

「鳥神尾や先の木崎原を見るだけでも恐れるのは十分だと思うけど?
  あんな化け物と当たるのだから、警戒するのは当然だわ」

 そう言ってはぐらかしたけど、納得はしないだろうなぁ。
  あの島津の化け物ぶりを知っているが故に、それを伝えられないもどかしさがある。
  たとえるならば、私はニセアカギ程度の才能しかないのにワシズやアカギ相手に麻雀をするという所か。
  なんかその雀卓、某国総理大臣も居そうで怖い。
  天地創世(ビギニングオブザコスモス)あたり食らったら人生\(^o^)/である。

 あ、すごくいいたとえ思いついた。
  これもみんなに説明できないのがもどかしいが。
  野球で三割バッターといえば凄い打者の部類に入るが、裏を返せば七割は打ち損ねている訳だ。
  で、今、目の前に打率.273のバッターがいるんだけど、彼にボールを投げるようなものである。
  ちなみに、その試合って、

 

 第二回 WBC 決勝戦 十回表 二死 ランナー一・三塁 って言うんだけど。

 

 その例えがおかしいという人は冷静になって木崎原合戦を思い出してほしい。
  史実で兵力十倍、今回なんて兵力二十倍であいつら勝っているんだぞ。
  何故、恐れない?
  何故、怖がらない?
  戦場の向こうに居るチート野郎島津義弘は、そんな化け物なのだという事が何故理解できない?
  ましてや、私が今立っているのは戦場であり、ちょっとしたミスや何気ない不運が即座に命を落とす場所である。
 
  話がそれた。

「んじゃ、船で豊後に引き上げるけど、ね♪」

 四郎に向けてウインクをして私は港に帰る。
  南蛮船の出港は明日。
  朝までたっぷり四郎に可愛がってもらおう。

 

 

 


  珠姫一行が港に帰った後、四郎は野崎綱吉を注意する。  

「差し出がましい事を言うな」

「申し訳ございませぬ。
  ですが、気になったのです。
  かの姫が、門司合戦、彦山川合戦、鳥坂峠合戦等を勝って見せたほどの将であるのに、それほどまでに島津を恐れるのかを」

 珠姫は理解できない。
  理解できる訳が無い。
  彼女自身が皆に心底恐れる島津義弘と同等、もしくはそれ以上の『化け物』に見られている事を。


 


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