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大友の姫巫女

南海死闘編

第十二話 日向侵攻 伊東崩れと島津電撃戦 

 日向国 美々津 大友軍先陣(一条派遣軍)

 日向における事態の急変を豊後本国に送った四郎こと立花元鎮率いる大友軍先陣なのだが、だからといって軽々しく動ける状況でもないのはしっかりと理解していた。
  木崎原合戦で一仕事終わったと思っている兵は多いし、褒賞とてまだ払われていない。
  彼らをどうやって次の戦にかり出すかという仕事に首脳部が頭を悩ませていたのも事実だった。

「帰りたい奴は返しましょう。
  いても邪魔です」

 御社衆がどの程度か良く分かっている四郎はあっさりと御社衆を切り離す決意をする。
  戦場にて手持ちの兵を切り離す決断をあっさりとする四郎に諸将もびっくりするが、この戦で御社衆というものがどういうものか観察してよく分かっていた島清興が四郎の決断に賛同する。

「それがよろしかろう。
  どうせ、御社衆は豊後で再度募集をかけるのだろう?
  そこから使えるのを拾ってくればいい」

「豊後は無理ではないかと。
  多分門司か博多で募集といった所でしょうか」

 御社衆の内情をやっぱり知っている恵利暢尭がぽつりと漏らす。
  豊後ではこの日向戦の動員が始まっていて、既に人手不足になりつつあるのだった。
  何しろ二万の兵の出陣である。
  彼らについてゆく荷駄や宿泊などは既に大繁盛しているのが目に見えている。
  それでも二千はこの美々津に残る訳で、ここでじっとしているのならば十分すぎる兵力である。

「で、日向三城の動向は分からぬか?」

 怒留湯融泉が少しいらつきながら、地図に書かれた美々津の北側にある日向三城と呼ばれる門川城・塩見城・日知屋城を睨んで言葉を口にする。
  この三つの城は伊東家の対大友戦における第一防衛線にあたり、延岡鎮台が美々津で合流する為にも絶対に抜かねばならぬ城だった。
  で、ここで伊東家の内紛が壮絶に影響している。
  今回の日向侵攻において大友軍は伊東帰雲斎側についてその反対勢力を叩くという名目で出兵している。
  もちろん、そのついでに伊東家そのものも滅ぼしてしまう気満々なのだが。
  で、その反対勢力の筆頭である財部城主落合兼朝が先手を打って蜂起。
  この財部城は美々津の南にあって伊東家の対大友防衛線の要であり、伊東家の北部勢力が軒並み反大友に回りかねない事態になっていたのだった。

「佐伯殿にお任せするしかないでしょう。
  あの方はこちらにも知己が多いゆえ」

 四郎がやんわりと延岡鎮台の佐伯惟教を匂わせて怒留湯融泉を嗜める。
  豊後と日向の国境である祖母山が源である大神系一族の頂点に君臨する佐伯氏は、それゆえ日向にも顔が利く。
  その佐伯家当主である佐伯惟教の手腕は、珠姫が主導して帰参を許した南予戦でも遺憾なく発揮されており疑う必要も無い。
  だが、問題は時間にあった。

「こんなに早く三ツ山城が抜かれるとは……」

 清水宗治がくノ一あさぎの報告に声を震わせる。
  三ツ山城どころではない、日向南部全域に渡って伊東家の防衛線が破綻した事をあさぎは職務上淡々と伝えたのだった。

「日向三ツ山城は島津軍により開城。
  また、日向須木城城主米良矩重が島津に呼応し謀反。
  野久尾城も島津側に寝返った模様です」

 これは、伊東帰雲斎の大失敗だった。
  木崎原合戦で討死した米良重方の弟だった米良矩重が兄の領地を全て継ぐ事になったのだが、その時に理由もわからずに加江田郷が伊東帰雲斎の領有になっていたのである。
  木崎原合戦の戦犯として非難を受けていた伊東帰雲斎だったが、すでに大友軍を入れて内部粛清を考えていた彼は米良矩重の抗議を黙殺。
  かくして、激怒した米良矩重はそのまま島津の諜略に乗って寝返ったのだ。
  あさぎがあげた城は全て米良矩重の持ち城である。
  対島津防衛線の主戦力である米良氏の離反に呼応して、対大友防衛線の主戦力だった落合氏も蜂起。
  これも、落合兼朝の嫡男である落合丹後守を伊東帰雲斎が成敗した怨恨が絡んでいるのだから、自業自得である。
  もはや戦う前に伊東家は崩壊していたのだった。
 
「現在、島津軍は日向高原城を囲んでいます。
  ここが抜かれると今の伊東家では押さえるのは難しいでしょう」

 あさぎの言葉に一同は半ば呆然と伊東家の地図を眺めるしかない。
  伊東四十八城を誇り、従三位に叙せられた伊東義祐率いる伊東家がこんなに崩れるとは誰も予想していなかったのである。

「まずいぞ……
  このままでは、美々津以南が全て島津に持って行かれかねん」

 村上吉継も事態の急変振りに焦りの色を隠さない。
  そこに、あさぎの部下であるくノ一さくらがやってきて、とどめの報告を皆に伝えたのだった。

「日向内山城主野村松綱が島津に呼応して謀反。
  もはや、伊東家では島津を支えきれないかと思われます」

 押し黙る一同。 
  呻く様に松倉重信が口を開く。

「しかし、島津の奴等、佐土原まで出張る兵糧があるのか?
  勢いはいいが、これでは立ち枯れるぞ」

 

「あ!?」

   

 すっとんきょうな声をあげたのは寒田鎮将。
  島津の怒涛の進撃の種に心当たりがあったからだ。

「どうした?寒田鎮将。
  何か言いたい事があったら言ったらどうだ?」

 いつもつるんでいる村上吉継が軽い口調で言ってのけるが、それに返す寒田鎮将の声は重たい。

「殿。
  それがし、殿の命で兵糧を『半分だけ』焼いたのですが……」


「「「「「「!!!!!!」」」」」」


  ここにいる将はそれだけで分かってしまった。
  木崎原からの撤退時に安心して逃げられるように、一条・伊東軍の六千が真幸院で十分行動できるだけの甚大な兵糧。
  いくら島津が火を消したとしても半分丸々ではなく、1/3、1/4程度だろう。
  だが、寡兵の島津にとって今回の軍事行動に賄うに足りるだけの兵糧分だったとしたら……

「責めは全てそれがしが負う。
  あさぎ。この事を府内の姫の元に届けよ。
  さくら。お主はこの事を佐伯殿に届け、以下を付け足せ。
  『我等はこれより、兵二千を持って日向三城を背後より突く』と。
  怒留湯殿。
  寒田鎮将と共に残って美々津を押さえて頂きたい」

「心得た」
「承知」

 了解の声を出した二人を見た後で四郎は立ち上がり、声を張り上げる。

「姫様の戦で島津に漁夫の利を持ってゆかれるわけにはいかぬ。
  佐伯殿率いる延岡鎮台と合流した後にそのまま財部城を落す。
  何としても島津より先に佐土原を落すのだ!」

(だが、木崎原と同じく遅いだろうな……)

 四郎は心中を漏らす事無く、出陣の陣振れを出したのだった。
  そして、それは的中していた。

 


  日向国 高原城 正面 島津軍本陣

 今回の日向侵攻において、もっとも衝撃を受けた将は誰かと言われたら、今この場に居る島津忠平(義弘)に違いなかった。
  何しろ、真幸院や飫肥で散々伊東家と死闘を繰り広げてきた彼にとって、この伊東家の自壊はまるで夢を見ているような感覚に襲われるのだった。

「内山城主野村松綱殿が手はず通り謀反の旗をあげました。
  これで、高原城へ伊東家は後詰を遅れないでしょう」

 今回の諜略の立役者がこの上原尚近で、日向関連に人脈を持ち、伊東家との交渉を行っていた事から伊東家の内情を熟知していたのである。 
  野村松綱の寝返りなどはその情報の最たるもので、野村松綱の妹が既に没している伊東義益の側室になっているのに正室となった一条房基の娘の命で彼女が殺された事を知らなければこの寝返りはありえなかった。
  そして、縁戚顔で堂々と進駐してきた一条派遣軍(大友軍)を見た野村松綱の心中を察した上原尚近が手を回して、この寝返りを成立させたのである。
  とはいえ、木崎原合戦後の伊東帰雲斎と他の家臣の対立を島津側が知っていたからこそこの一手が光るのであって、やっぱり今回の伊東家崩壊は自壊と言った方が正しいだろう。
  現在、この場に居る島津軍の兵力は千ばかり。
  木崎原合戦での大消耗で残った戦力を軸に鹿児島からの後詰を足した貴重な貴重な野戦戦力である。
  この千が無くなってしまったら、今の伊東家と同じく篭城するだけしか戦法がなくなってしまい、島津家も今の伊東家と同じく崩壊する事を島津忠平はしっかりと理解していた。

「できれば、この城も諜略で落としたい所だ」

 軽口を叩く忠平に上原尚近がニヤリと笑う。
  その笑みに策がある事を知った忠平目で合図してその策を語らせた。

「野村松綱殿より文を。
  『野尻城主福永祐友殿も我等に降伏しても構わない』と」

 野尻城主福永祐友は伊東家と縁戚関係を結んでいる譜代の家臣である。
  彼すら寝返っても構わないというのは、この時代の大名と家臣の主従関係が安全保障によって成り立っている事を如実に表していた。
  その意味で、木崎原にて野戦能力を完全に失った伊東家はその時点で滅んでいたと言っても過言ではない。

「野尻城主福永殿の所領を安堵すると伝えよ。
  同時に、この話を高原城に伝え開城を迫れ。
  逃げるなら逃げて構わぬと」

「御意」

 高原城を守る長倉祐政は伊東姓を賜るほどの剛の者で、崩壊する伊東家にまだ忠義を尽くしていた。
  それゆえ、この城は落さざるをえないと覚悟していたのだが、背後の野尻城や内山城が島津側に寝返ったのなら話は別だ。
  事実、この二日後に長倉祐政は和議に応じて高原城を開城する事となる。

「正直、ここまで上手くいくとは思っていませんでしたな。兄上」

 上原尚近退去後に今回副将を務める島津家久が軽口を叩くので忠平が嗜める。

「勘違いするな。家久。
  あいつらは今は勝てぬと分かっているから、俺達に尻尾を振っているに過ぎぬ。
  大友の大軍が迫れば、此度と同じように旗を大友に変えるだろうよ」

 それもまた一面の真実を突いていた。
  伊東家の多くの将兵が木崎原で討死しており、その意味で決して彼らは島津を許してはいない。
  幸いにも伊東帰雲斎という島津以上に憎まれた者がいるからこそ隠れているが、彼が排除された後でその恨みは確実に思い出されるだろう。
  そして、今の伊東家には千程度の島津軍を相手にするほどの野戦戦力が用意できないという、目を覆いたくなるような現実に直面していたのである。

「分かっております。兄上。
  我等の後ろで旗を変えぬように目を見張らせておきますゆえに。
  で、佐土原までの道が開けましたな」

 かつて島津歳久が語った『万に一つの賭け』だが、その条件の一つが整いつつあった。

「大友軍が使ったあの方陣は陣がしっかり組まれているからこそ、移動には不向きだ。
  だから、大友軍が『移動せざるを得ない』場所にて戦いを挑む」

 それが、島津の対方陣対策なのだが、木崎原では警戒されるのが目に見えている。
  何より、『川を渡るな』と木崎原戦で珠姫が厳命していたのを、島津は後になって知ったぐらいである。
  だからこそ、彼らが警戒しても川を渡らざるを得ない状況を作り出す必要があった。

「降伏する城については家久に任せる。
  篭城する城についてはそのままほおって置け。
  やつらは後ろを突く事すらせぬだろうよ」

 島津軍の寡兵による猛進撃に伊東家の諸城は心理的罠に陥っていた。
  その寡兵を叩く野戦軍が今近くには無いが、我慢して篭城すれば大友軍が大軍を率いて日向にやってくる。
  ならば無理して闘うことは無いと、事なかれ主義に走る事を忠平は見抜いていたのだった。
  そして、そんな中で打って出る気概のある将は既に木崎原であらかた討ち取っていた。

「と、いう事は佐土原も落さぬと?」

「もちろんだ。
  佐土原を落したら、かの姫が手打ちを考えてしまうだろうからな。
  だからこそ、あの場所に陣を張る事に意味が出る」

 島津忠平は笑う。
  万に一つの可能性に『那由他の果てでもあるなら十分』と言い切った彼の笑みを見ていると本当にその賭けに勝ってしまうのではないかと家久は思ってしまう。

 

「日向根白坂。
  そこで、かの姫の大軍を待ち受ける」

 

 島津忠平は知らない。
  だが、そこが大隅の防衛まで考えたら迎撃する最上級の場所であることは知っていた。

 珠姫は知っていた。
  その地が大友没落の決定的引き金となった耳川合戦、その主戦場である事を。 



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