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大友の姫巫女

南海死闘編

第十一話 日向侵攻 那由他の決意とソドムのサロメの演説 

 薩摩国 内城

 島津家の本拠たる薩摩から見る桜島は今日も煙を噴いていた。
  ついこの間、大隅から見る桜島も島津のものとなり、先の大戦果である木崎原合戦に意気軒昂しているように見えた。
  表向きは。

「兄上。
  博多の商人どもが物を売り渋っております。
  かつての竜造寺と同じかと」

 島津家久が上井覚兼と共に焦燥した顔で報告する。
  今、新大名となった島津義久とその兄弟達、更にその側近達の顔は皆一様に暗い。
  木崎原合戦から端を発した大金融恐慌と珠姫特融を中心としたその収拾は彼らには分からないが、彼らには分かる範囲での影響が既に出始めていたのだった。

「何故じゃ!
  我等は勝ったのではないか!!
  にも係らず、何故商人どもは我等に物を売らぬ!!」

 老中の一人である喜入季久が激昂するが、土地を巡って争ってきた彼らにとって、銭もうけ、ましてや投機や融資という概念で合戦そのものを組み立てた珠姫のロジックが理解できるわけがない。
  上井覚兼などはじかに博多に行って交渉したがその全てを断られ、薩摩商人は木崎原合戦の英雄である島津家久が出向いて頭を下げても物の売り買いを渋る始末。
  現状ではまだ危機的状況ではないが、その真綿で首を絞める経済封鎖に島津義久は的確に反応したのである。

「それだけではありませぬ。
  大友が日向に兵を入れるとの事。
  当然、真幸院も狙うと公言しており、先の戦の意味がなくなるやもしれませぬ」

 筆頭老中である伊集院忠棟が顔には出さずにその危機を皆に伝える。
  珠姫が意図した通り、大友軍の日向侵攻は島津家に筒抜けになっていたのだが、その規模と兵力も珠姫が意図した通りに彼らに衝撃を与えたのだった。
  小金原合戦で確固とした武名を轟かせた戸次鑑連が実質的に率いる二万の兵による日向侵攻に、木崎原で壊滅的打撃を受けた伊東家が耐え切れる訳が無い。
  そして、二万もの兵を集めた以上、日向だけで終わる訳も無い。

「何処か大友の背後を突ける勢力があれば……」

 喜入季久が救いを求めるような声で呟くが、その希望をぶった切ったのは島津家久だった。
  家久は博多に送り出した上井覚兼から情報を仕入れていたのである。

「無理です。
  野心があり大友に楯突く力がある家といえば、肥前の竜造寺家だが、大友はあのあたりの兵に一切手をつけていない」

 実際はもっと惨かった。
  日向侵攻で竜造寺が動くと確実に判断していた珠姫は対竜造寺包囲網を強化。
  博多は田原鑑種ががっちりと守護し、その両脇を臼杵鑑速と戸次鑑方が固めていた。
  直接的に戦場になるであろう筑後はなお酷く、蒲池鑑盛に警戒をさせた上で田北鑑重を持ってくるという念の入れよう。
  彼は、現役加判衆であり、竜造寺謀反が発生していた時の総大将として派遣されたのである。
  なお、この筑前と筑後で竜造寺謀反が発生した場合に、初期動員で三千を越え(これは竜造寺家の最大動員に近い)、その三日後には一万を越える兵が展開できるようにしているあたり、いかに大友が太刀洗合戦の惨敗を教訓にしているか分かろうというもの。
  先の経済攻勢で十二分に珠姫の怖さを思い知っていた竜造寺隆信は、先制攻撃に近い恫喝に手を上げて釈明の為に鍋島信生を派遣する始末。
  それは同盟国と呼んでいい毛利家の正面になる豊前でも同じだった。
  現在、対浦上戦真っ只中とはいえ、互いに血を流してきた相手なだけに、警戒の兵をしっかりと残していたのである。
  最前線の小倉鎮台の兵に手をつける事も無く、中津鎮台は宇佐衆を抜いたのみだし空いたとすれば香春鎮台ぐらいのもの。
  これとて、宗像鎮台がフォローに入れる位置にあるし、豊前方面で戦が発生したら南蛮船による妨害も兵糧輸送任務の合間に警戒ローテーションを組んでいる念の入れようである。
  珠姫は、この日向戦において、『負けても動揺しない』分を除いた全力を投じたのである。
  それですら二万の兵である。
  今、この場に集まっている島津家首脳陣の表情は暗い。

「忠平。もう一度木崎原ができると思うか?」

 若き当主である島津義久が弟で木崎原大勝の立役者である島津忠平(義弘)に尋ねる。
  縋る訳でもなく、現状認識でしかないと分かっていたからこそ、忠平は即答した。

「無理ですな。
  あの場には大友の援軍がいた。
  その援軍に我等は手も足も出なかった以上、次に木崎原で躯を晒すのは我等島津でしょう」
 
  その容赦のまったくない物言いに義久の顔に笑みが戻る。

「ならば、頭を下げるか?
  今ならば、竜造寺よりはましな座を用意してくれるだろうよ」

 そもそも、何の妨害も無く上井覚兼が博多に行けた事自体が大友側の明確なサインだった。
  珠姫が意図的に諜報をオープンにした事もあって、『真幸院を譲ればそれ以上島津には手を出さない』という条件提示まで彼らの耳に入っていた。
  だが、その真幸院自体が南九州における最重要戦略拠点であり、この地を押さえれば薩摩・肥後・日向の三方向に兵が出せる以上絶対に譲れるものではなかった。
  それを分かっているからこそ、あえて冗談の形で義久は口に出したのである。
  だが、その冗談を笑う者はこの場には誰も居なかった。

「何だ。何だ!
  兄上達や家久までしょんぼりとして、戦はこれからですぞ!」

 そんな場をづかづかと破ったのが、遅れて入ってきた島津歳久である。
  彼は肝付戦の事後処理の為に遅れてきたのだった。

「ご苦労だった。歳久。
  大隅の方はどうだ?」

「おとなしくはするでしょうが、兵として使うのは難がありますな」

 義久の労いの言葉に、歳久は核心をついた答えを最初に出す。
  祖父の島津忠良から『始終の利害を察するの智計並びなく』という評価をされた彼ゆえに、この状況が詰みに近いのは十二分に分かっていた。
  だからこそ、彼にしか見えないか細い可能性を歳久は口にした。

「ですが、こたびの戦は今までと比べて格段に楽でござるな。
  何しろ、ただ一人を相手にすれば良いのですから」

 その一言に場の空気が変わった。
  それは、島津家勝利のか細い可能性でしかない。
  だが、歳久から語られる可能性は理路整然としており、十二分に説得力があったのもまた事実だった。
  判断するのは当主である兄義久であると言下に言い含めて、歳久はその可能性の全てを語り終える。

「まぁ、この様に戦が進むならば楽なのですがね。
  万が一、いや、億が一もないですな」

「ふん。
  那由他の果てでもいい。あるのならば十分だ」

 そう言って、忠平がこの上なく楽しそうに笑う。
  それは、自らが言った那由他の果ての賭けに勝つと確信している笑みだった。
  見ると家久も似たような笑みを浮かべている。

「なるほど。
  我等に分からぬ理ならば、我等に分かる理まで持ってくれば良いか。
  さすが兄上」

 いつの間にか皆歳久と同じような笑みを浮かべている。
  それは、中央に座る義久も同じだった。 

「いいだろう。
  その可能性に賭けようではないか。
  その時のかの姫の顔が楽しみだ」

 かくして、島津家は開戦を決意した。

 

 

 

 

 黄金の国にはソドムがあり、そこを支配しているのは女帝である。
 
  その女帝の手はミダス王の手と同じで、彼女の手で書かれた証文はこの地域だけでなくマカオや明帝国でもその価値の銀で支払われた。

 その姿はサロメのようで、男を惑わす踊りを好み、男を欲情させる衣装を身につけていた。

 だが、民衆や将兵の前に出て彼らの歓呼の声を浴びる女帝は、カエサルのようだった。


  ある宣教師の記述より。

 


  珠です。
  府内城でずが、お祭りです。
  別名出陣式と言うのですが。

「母さま~お人いっぱい~」
「いっぱい~」
「い……」

 娘達も喜んでいます。
  祭囃子が鳴り響き、府内の町に飾られた大友の杏葉の旗が。
  姫巫女衆達が歌い踊り、酒が振舞われながら住民達が兵を見送ってゆく。
  お祭りと出陣式を一体化して大友家の権威を創出する。
  まぁ、某国の国家社会主義政党あたりがみたら鼻で笑う程度のプロパガンダである。

 もちろん、府内にいるのが全軍ではない。
  旗本鎮台の兵に宇佐衆に姫巫女衆、香春鎮台の兵を足した分だけである。
  臼杵鎮台および大野鎮台は既に移動が始まっており、日出鎮台の移動はこれら府内の軍勢が出陣してから行われる。
  全て同じ装備で固められた数千の兵達は見る者を圧倒していたし、だからこそ華として歌い踊る姫巫女衆のあでやかさに人々はあてられる。
  府内城大手門前にお立ち台が作られ、その前を精悍な兵達が行進してゆく。
  それを私と父上がじっと観閲していた。

「お前は時々妙な事を言い出したり、やったりするが、これは一際変わっているな」

 むっつりと兵を観閲していた父上が小声で私に囁く。
  私は、娘達と共に(裏でぐずった時用に麟姉さん達が待機している)にっこりと営業スマイルで兵達を見送っていた。
  ちなみに今日の私は禰宜スタイルで、ストリップはしない方の巫女服である。
 
「士気は戦に係ります。
  ならば、上げるだけ上げるのも大将の義務です」

 営業スマイルを崩さずに父上と同じように囁き返す。

「二万で足りるのか?」

 何だか、娘からこづかいをせびられた父親みたいな台詞を父上が吐く。
  だが、単位は「円」ではなく「人」である。

「それ以上増やすと、兵が飢えます」

 ちなみに、史実の耳川合戦の話だが、大友軍は公称六万実数四万の大兵を送ったが、その兵給は脆弱極まりなくそれも耳川大敗の一因としてあげられていたりする。
  筑前立花合戦や肥前今山合戦で似たような兵力を運用していた大友家がこの合戦で兵給が維持できなかったのは何故か?
  理由は簡単で、日向が山国だからである。
  ぶっちゃけると、略奪するだけの物すらない。
  いくつかのエピソードを紹介しよう。
  史実の耳川合戦で日向北部は神(キリスト教)の国建設に向けて父上が寺社建築・仏像・古文書など日向北部の文化財がことごとく破壊・破脚していたりする。
  これには裏面があって、当時の神社仏閣というのは領地を持つ独立勢力で、多くの寺社には兵糧が蓄えられていた。
  つまり、この時点での破壊(略奪)で既に大友軍の兵給が限界に来ていた事を暗示していたりする。
  まだある耳川裏話。
  この耳川合戦は正確には第一次日向遠征と第二次日向遠征に分けられて、耳川合戦は第二次日向遠征に分類される。
  で、上の寺社破壊は第一次遠征時で、第一次と第二次の間は半年ほどしか経っていない。
  こんな状況だから、なまじ日向に近い南群衆は遠征そのものに反対し、それが無理ならと肥後経由侵攻の搦め手勢として参加する始末。
  最前線の部隊が戦場を回避するぐらい略奪が激しく、搦め手勢は九州山地の山奥をのろのろ進んでついに耳川に来る事すらなかったそうな。
  なお、この耳川合戦で豊後北部と筑後国人衆が壊滅的打撃を受けて、竜造寺飛躍のきっかけになるのだからほんと突っ込み所満点である。
  そんな素敵な可能性のある戦場に足を踏み入れるのだ。
  兵給線の確保は絶対条件である。
  幸いにも一条派遣軍が帰還の為に美々津を押さえていたのは大助かりだった。
  海路で兵糧や物資が運べるからで、美々津―延岡間が確保できたらそこまでは将兵は移動するだけでいいはすである。
  現在ある南蛮船は、建造やら購入で七隻。
  今回は全て投入し、かつ他の船まで使っての水軍総動員の兵糧運搬作業になり、投入する水兵だけで実は一万を越えかねない(累計で)という状況に。
  戦争の鉄則の一つである必要な所に必要なだけの物資を投入する為に、近代以降は戦闘部隊と後方部隊の比重が逆転し、ベトナム戦争の米軍などでは比重が1対9になっていたりするほど。  
  なお、今回はあくまで日向遠征が目的という事で、肥後方面は隈府鎮台の志賀鑑隆と同盟国の阿蘇家の甲斐親直に丸投げしっぱなしである。
  え?そっちも指揮しないのかって?
  どーやって指揮するんですか?肥後南部から豊後経由で日向美々津の私の本陣になんて非効率極まりないでしょ。
  だから、「足止めしといて」という戦略目的だけ伝えて後は二人の裁量に任せっきりである。
  このあたり、本気で幕僚団が構成できないと織田家みたいな方面軍制度に移行せざるを得ない訳で。
  そういう所で織田家やその発展形である豊臣家、その最終形態である徳川幕府の組織を見ていると進化の方向がとてもよく分かったりする。
  話がそれた。
  お仕事モードに戻らないと。

「大友の杏葉の旗に集う諸君!
  それを見る府内の町の諸君!
  日向木崎原における悲劇において、我等は適切なる義務をはたした。
  にも拘らず、伊東家は我等に感謝するどころか、身内同士で争いを始める始末。
  これは我等を愚弄し、我が父であり九州探題である大友義鎮の権威を軽んじる行為であり、たとえ慈悲深い父がこれを許すと言えども、偉大なる父を敬愛する私はこれを断じて許す訳には行かない!!」

 気分は某公国の三女で、ノリはグラビティフロントのPVちっくである。
  お立ち台での演説なんて当然皆始めてだし、真面目に仕事をして訴える私の姿というのも新鮮だろう。

「私は諸君に尋ねる。
  諸君は私とともに、大友家の武力の勝利を信じるか?」

 沸き起こる歓声。
  もちろん、サクラもちゃんと用意してある。

「私は諸君に尋ねる。
  諸君は私ともに、勝利が我々の手中に帰するまで、激しい決意をもって、そして迷うことなく、この戦いを続ける用意があるか?」

 湧き上がる歓声。
  今度はさっきの歓声より大きい。
  流石だ。
  この演説のネタ元は本当にプロパガンダの天才だ。
  何よりも、あの演説がスターリングラードの敗戦後に行われているあたり、本当に彼は口先の魔術師と言うしかない。

「私は諸君に尋ねる。
  父上を、九州探題大友義鎮の栄光を信じ、私に力を貸してくれるか?」

 ゆっくりと、不安げな表情で私は尋ね、その回答が万来の歓声として返って来るのを確認して、ゆっくりと笑みをこぼして、一筋の涙を零す。
  女は生まれながらにして女優である。

「ありがとう。
  みんな本当にありがとう。
  私は誓うわ。
  貴方達に勝利を!
  父上達に栄光を!!!
  そして、大友の敵に絶望を!」

 誰もが熱狂している。
  将も兵も観衆も、皆がこの一体感に飲まれ陶酔している。
  だから、私は最後の魔法の言葉を唱えた。

「出陣!
  日向を大友の国に!!!」


「「「日向を大友の国に!!!」」」


  観衆の歓声が止まぬ中、私は府内城に戻る。
  さぁ、後に引けなくなったぞ……と。
  父上、何か狐につかれたような目で私を見ないでください。
  というか、何で諸将の皆様は「うちの姫様はやれば出来る子だったんだ」という生暖かい目で見ているのかな?かな?
  あと麟姉さん、涙ふいてください。うちの娘にたれてます。

「スバラシイエンゼツデシタ。ヒメサマ」 

 拍手をしながら私に近づくキリスト教の修道士の名前はルイス・デ・アルメイダ。
  医師であり商人でもあった彼は私の絶大な支援の下で病院を建設し、その運営と発展に努めている偉大な人物である。
  既に病院は府内だけでなく博多と門司にも作られており、多くの命を救っているはすである。
  なお、病院の制服(もちろん女性)は私がデザインしたナース服である。

「ありがとう。
  で、そちらのお方はどなた?」

 最初の挨拶に一発かまそうとラテン語でお話すると相手が見事に固まりやがった。
  異国の話を商人達に聞き続ければこれぐらいはできるものである。
  人間仕事と金儲けと異性を口説く事は、最高の異国語学習というのは嘘ではない。
  なお、彼らはスペインと壮絶にドンパチしているので、同じく一発見せ付けておこうと私が招待したのである。

「フランシスコ・カブラルトイイマス。
  ヨロシクオネガイシマス。ヒメサマ」

 紹介された宣教師の視線がもの凄くとげとげしい。
  まぁ、キリスト教の布教は許したけど、マリア信仰にかこつけて彼らの信者奪っちゃったからなぁ……

「珠姫よ。
  それとも、『ソドムのサロメ』と名乗った方がいいかしら?」

 『ソドムのサロメ』とはスペイン艦隊を叩き潰して、ルソン侵攻までかました私に対して西洋世界が名付けたあだ名である。
  上手い事いうものだと南蛮人相手にはネタとして自己紹介に使っていたりするのだが、これを言うと大体の南蛮人は唖然としたりするのだが彼は敵愾心の方が上回ったらしい。やっかいな。

「コレハ、ヒメサマヘノケンジョウヒンデス」

 いつの間にかアルメイダ神父の手には眩く光る黄金色のカットラス。
  なんというか、浪漫武器?

「ありがたく受けとっておくわ。
  で、誰かこれいる?」

 諸将に即座に渡そうとしてアルメイダ神父がうろたえる。

「ヒ、ヒメサマ。
  コレハ、センジョウデヒメサマノミヲマモルタメニヒツヨウナモノデス。
  ソレヲワタスナド、ヒメサマハドウヤッテオンミヲマモルオツモリデスカ?」

「え、日向なんぞ素手で」

 一同ものの見事に固まりきった中で何故か父上が大爆笑していたり。
  いや、これだけの大合戦で私が剣振るうようじゃ負けでしょ。
  と、言おうとした時に、あの最凶アコライト先生と同じ台詞を言った事に気づいたのだった。

「姫様。
  少しよろしいでしょうか?」

 いつの間にか仕事モードに戻った麟姉さんが私の耳元でぽそぽそと囁く。 

「え?」

 いけない。
  素で声が出てしまった。
  おちつけ。
  悟らされるな。
  胸元に入れていた扇子をぱっと広げて麟姉さんの耳にぽそぽそと。
  麟姉さんは一回頷いて場の空気を乱さないように姿を消したのだった。

 それから少し時間が経って、父上と南蛮人が話している時に厠と言って姿を消す。
  少し離れた部屋には、麟姉さんと麟姉さんが私に頼まれて呼んだ戸次鑑連と角隈石宗と佐田鎮綱の三人が。

「ごめんなさい。
  出陣前に呼んでしまって。
  けど、耳に入れておかないとまずい情報が来たから。
  諸将には三人から伝えてくれないかしら?」

 説明している私の顔が青いので何かまずい事態が発生したと気づいた三人に、麟姉さんがその情報を持ってきたくノ一に声をかけた。

「むらさき。お願い」

 一条派遣軍につけていたくノ一のむらさきは麟姉さんの声で、淡々とその事実を伝えた。

「はっ。
  島津が動きました。
  肥後国水俣城を包囲。
  それだけでなく、久七峠を突破して人吉に向かっている模様。
  それぞれの将・兵の数共に不明です」

 その報告に角隈石宗と佐田鎮綱の顔は変わるけど、戸次鑑連は動じた様子はない。
  本当に雷神頼りになるなと思いながら、むらさきは私が「え?」と声を漏らした報告を口に出していた。

「日向国三ツ山城が島津軍に包囲されました。
  総大将は……島津忠平(義弘)です」


 


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