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大友の姫巫女

南海死闘編

第七話 木崎原合戦 中編

 日向国 三ツ山城

 この城は、伊東家の真幸院侵攻の最前線基地である。
  それを島津側も知っており、建設途中に二万の兵を持って攻め立てたが落ちなかった堅城である。
  四郎こと立花元鎮率いる一条家日向派遣軍も兵糧を伴ってこの城に入場した事で、伊東家の兵と合わせて六千もの大部隊が駐留する事になった。

「良くこられた。
  貴殿らが運ばれた兵糧には大いに感謝しておる」

 三ツ山城城主米良重方は、島津軍二万を相手に一歩も引かぬ戦振りのほかに、伊東家の悲願でもあった飫肥城攻略戦において島津の撤退と飫肥の割譲を実現させた知勇兼備の将として知られていた。
  それと同時に軍議の末席に座った四郎に対して中央の武将が立ち上がり言葉をかけた。

「良くぞ参られた。
  貴殿らの援軍にて我等の勝利は間違いないぞ」

 今回の戦の総大将である伊東祐安は豪快に笑い、それに諸将もつられて笑う。
  なお、彼は鳥神尾合戦時の伊東側の大将であった事もあり、復讐の念に燃えていた。
  場を和ませる為と、わざと勇敢な所を誇示する挨拶をして見せた伊東祐安は、四郎に対してその労をねぎらった。

「兵糧が届いた事で我等は千人力ぞ。
  貴殿らも戦に参加していただけると心強いのだが、ここから先は我ら伊東家の戦。
  この城にて休んで、国に帰って頂いて構わぬ」

 顔に出ているが、伊東祐安自身は四郎たちの戦力に期待しているし、参加もしてほしかったりする。
  戦場にて予備兵力が増えるのは心強いし、それを求めない大将にろくなやつはいない。
  だが、よそ者が活躍するのは何処の家も嫌がるのは一緒で、それを彼が代弁して言っているに過ぎない。
  その辺りの機微も四郎は見抜き、丁寧な口調で伊東祐安が求めているであろう言葉を口に出す。

「我等はこの地にて戦働きで武功を求めるつもりは毛頭ございませぬ。
  兵糧の運搬や一揆の牽制などで働く所存。
  それが一条の姫との約定にて」

 伊東義祐の前でも吐いた言葉だが、それが一条派遣軍がこの場にいる言い訳になる。
  戦場の伊東家の陣地にまで兵糧を運び、その背後を守ると言われて拒否する将はいない。

「立花殿は此度の戦、何処を攻めるか聞いておられるか?」

「さて。
  戦には関わるつもりもなく、伊東家の陣まで兵糧を運ぶのみゆえ、聞かずとも良いと思うておりました」

 しっかりと伊東家の攻撃目標から作戦計画まであさぎ達間者から聞いているのだが、四郎はあくまでしらを切り通した。
  そんな四郎の真意を知ってか知らずか伊東祐安は米良重方に目で合図をし、今回の攻撃計画を四郎に告げる。

「今回の戦は境目の城である飯野城ではなく、その支城にあたる加久藤城を落とそうと思うている。
  加久藤城を落としてから、飯野城を囲んで枯らしてしまおうという次第。
  飯野城を囲む為に長期陣になるゆえ、立花殿が率いられた手勢に大いに働いてもらいたい」

「承知。
  で、加久藤城を落とす手はずは?」

 一番気になった、加久藤城攻略の手はずを四郎が尋ねると、米良重方が棒を持ち三ツ山城から飯野城に向けて線を引いた。

「立花殿の手勢は荷駄を持って付城に兵糧を入れてくだされ。
  とはいえ、飯野城を攻める先鋒として見えるように、途中までは堂々と飯野城に向かっていただけるとありがたい。
  既に陣触れは『飯野城を攻める』と間者に触れさせているので、島津は手勢を飯野城に集めるはず。
  その隙に我等と相良の援軍を持って加久藤城を落す次第」

 その言葉に四郎は力強く頷きながら、地図上の北から伸びる矢印を見逃さなかった。
  背後から加久藤城を目指す矢印の元は相良領。

(なるほど。
  我等という囮に島津を引きつけて、背後から相良と共に襲うのが本命か)

 兵は多いがその力量を知らぬ一条軍よりも、何度か共同で島津軍に当たった相良軍の方が信頼できると言われたら四郎とて返す言葉が無い。
  むしろ、この相良援軍は珠姫の指図かとも勘ぐってしまうが、これは純粋に伊東家と相良家の外交交渉の成果だったりする。
  伊東軍と同等の兵を持つ一条軍を潰す場合でも、多方面に敵を抱える島津軍にとっては一条軍を潰すだけの兵が揃わない可能性が高い。
  島津軍が一条軍を叩いた場合は飯野城と加久藤城はがら空きとなり、伊東軍は打って出た島津軍を一条勢と挟んでしまえばいい。
  逆に、この二城に篭るならば、伊東・相良・一条という大軍で囲んでしまえばいい。
  今の島津家に、合計で六千以上の兵力を叩くだけの戦力を一戦場に用意出来ない事は、この場の全員が認識していたのである。
  相良の援軍は城攻めでも効果が出るだろう。
  ただでさえ加久藤城は守兵も少なく、見取り図もそこに勤めていた女が逃げだした事で分かっている。
  伊東軍が攻めている背後から相良軍が襲えばひとたまりも無いだろう。
  伊東家も馬鹿ではない。
  二手・三手と手を打って戦に望んでいる事に四郎は安堵する。

「で、立花殿は途中まで向かったら兵を付城の方に向けてもらいたい。
  立花殿の手勢を破るだけの兵を島津が持っているとも思えぬが、兵糧を積んだ荷駄を持っての行軍ゆえ、不覚を取らぬとも分からぬ」

 それは、事実上の戦力外通告でもあったが、御社衆の負けっぷりを知っていたらそれもあるだろうと四郎は思っていたので、気にするそぶりも見せない。
  このあたり、囮として使いつつも、使い捨てにできない伊東家側の苦心が伺える。
  一条派遣軍の総大将は、大友家次期後継者である珠姫の愛人たる立花元鎮。
  囮として使い捨てて、珠姫の逆鱗に触れたくなかったのである。
  そんな事情を感じ取ったのか、米良重方の申し訳無さそうな声にも四郎は反応する事無く、淡々と出陣に際して必要な物を要求する。

「ならば、真幸院の地図と土地に詳しい者を。
  運ぶ前に一揆などに襲われては困るゆえ」

「心得た」

 この真幸院そのものが島津と伊東の長年の係争地であった事もあり、伊東側の人間も多くいた。
  事前情報が入手できなかった一条派遣軍において、もっとも欲した現地案内人の確保に目処が立った事で四郎は安堵のため息をつく。

「それで、我等はこの城から何処に兵糧を運べばよろしいので?」

 長期の包囲戦になると、この三ツ山城でも遠すぎる。
  近くに付城を作るのが攻城戦の手順なので、四郎はその付城の場所を尋ねたのである。

「何度か真幸院を攻めている時に使っている陣城がある。
  放棄した故に守りは薄いが、此度もそこに本陣を置こうかと思っている」

 中央に地図が置かれ、米良重方がある一点に石を置いた。
  そこは川内川と池島川の合流地点にほど近く、陣を敷くならば格好の位置にあった。
  その一帯を木崎原という。

「我等はこの城を鳥越城と呼んでいる。
  我等が着いた後に、ここに兵糧を送ってもらいたい」

 米良重方に四郎は頷いて、最後の質問をする。

「で、戦はいつ始まるので?」

「明日。貴殿らの到着を待っておったのだ」

 我が策に自信ありとその言葉の裏に込めながら、伊東祐安が答えたのだった。

 


  四郎は軍議の後、地図と地元に詳しい者を連れて与えられた陣屋に戻る。
  そこには一条派遣軍の全ての大将が揃っていた。
  なお、こちらでの軍議は、これが初顔合わせという事もあるので、互いの情報交換をこめて行われている。
  そして、与えられた地図を広げ、地元の者の話を聞いて四郎達は珠姫の『川を渡るな』の意味を知るのだった。

「なるほど。
  これは姫様が『川を渡るな』と念を押したくなるな」

 地図を見ながら清水宗治がぼやく。
  真幸院は南九州随一の暴れ川である川内川の上流に当たる。
  鳥神尾合戦で大量の溺死者を出しただけに、その懸念がやっと実感できたのである。
  しかも、伊東軍の攻撃目標である加久藤城は川内川と池島川の合流地点に当たり、流れが速く川も深い。

「だが、加久藤城も飯野城もこの川を渡らねば攻める事はできぬぞ」

 村上吉継の言葉に寒田鎮将が反論する。
  それで仲が悪いという訳でもなく、うまが合うのか良く酒を酌み交わしていたりする。

「だから、攻めるなという事だろう。
  我らはこの戦にて槍働きをするなと、姫様より仰せつかっているではないか」

「……それは分かるが……」

 言葉に詰まる村上吉継だが、功績が欲しいのは誰もが同じである。
  重苦しい空気の中、ぽつりと呟いた声が思いのほか大きく聞こえた。

「気になる事がある。
  伊東家の連中、兵に若い輩が多い」

 松倉重信の懸念も当然だが、そもそも伊東家は鳥神尾合戦の大敗で、大量の熟練兵を失っている。
  今回の動員はその伊東家がやっとの思いで再編した外征軍であり、それもあって若年層にて構成されていた。
  このあたり、御社衆の方が戦場経験が高いという逆転現象が起こっていたりするが、その経験は敗走時に己一人が逃げる時に発揮されるのが玉に瑕なのだが。

「鳥神尾で壊滅的な打撃を受けたからな。
  むしろ良く持ち直したというべきか」

 怒留湯融泉が懐かしそうに呟く。
  彼の人生において、この御社衆に左遷されるきっかけとなった大刀洗合戦の後に起こった合戦だけに、顔は苦々しそうに見えるのだが。

「我等の手勢だけでも、島津勢は超えているはす。
  ならば、一気に飯野城を落しても構わないのでは?」

 恵利暢尭が村上吉継と同じく強硬論を主張する。
  だが、それを隣にいた島清興が反対したのである。

「我らに地の利なく、人の和もこの様。
  これで御大将は天の時があるとお思いか?」

 その理路整然とした口調に一同見事なまでに黙り、四郎がたえきれずに苦笑する。

「その通りだ。島殿。
  これで戦に勝てると思うほど、我らは阿呆ではない。
  姫の命をただ遂行して、無事に帰る事を第一に考えようぞ。
  この戦における全ての悪名はこの立花元鎮が引き受けるゆえ、諸将は皆それを心得てもらいたい」

 その四郎の一声にて軍議は決して、諸将は四郎に対して一礼すると共に、彼を大将として認めたのだった。
  同時に、退路の確保と木崎原への偵察をあさぎ達間者に命じ、各自明日の出陣に備えたのだった。

 

 その日の夜、準備をしていた一条軍を尻目に伊東軍が三ツ山城より出発する。
  何事かと駆けつけた四郎達一条家の諸将を前に、鎧姿で馬に乗った米良重方が苦笑する。

「馬上から申し訳ござらぬ。
  我らが攻める加久藤城は、飯野城より遠くてな。
  先に出させてもらう次第」

「馬鹿な!
  いくら遠いとはいえ、話で聞いた距離ならば、今からなら夜更けには加久藤城に着くではないか!
  朝から出ても十分……殿!」

 抗議する寒田鎮将を制したのは、四郎の手だった。
  まだ何か言いたげな寒田鎮将を制したまま、米良重方と同じように四郎も苦笑して見せる。

「油や松明が山と積まれていたのはこれが理由でしたか。
  えらく往生しました」

 四郎達が運んできた荷駄には兵糧だけでなく、松明や油が通常よりはるかに多く積まれていた。
  たしかに、三千の兵が夜に移動するならばこれぐらい必要だろう。
  と、同時に四郎はこの戦における伊東側の勝利を確信した。
  少なくとも、彼らは油断していないし、これだけの規模での夜襲をかけられる錬度がある。

「後武運を」

「明日の朝、鳥越城で会いましょう。
  では!」

 そう言って、米良重方を乗せた馬は伊東兵と共に闇夜に消えていった。
 


「立花様。
  よろしいでしょうか」

 夜半にあさぎに叩き起こされた四郎は、そこで驚愕の報告を聞く事になる。

「こちらの間者が襲われた……!?」

「はっ。
  立花様が連れてこられた者の話を元に手の者に確認に行かせたら、島津側の間者と遭遇したとの事。
  三組送り出して、一組が二人やられ、まだ二組が誰も戻ってきておりません」

 間者を預かっているあさぎにしても、想定外の大損害なだけに顔が青ざめている。
  ここで、四郎も狼狽などしようものならば取り返しがつかない事になりかねないので、落ち着く為にゆっくりと息を吐き出して尋ねる。

「やられたと思うか?」

「おそらく……」

 陣触れが出ている一条派遣軍の事は、知られる事が前提なので構わない。
  問題は、その陣触れに際して出した間者が襲われた事にある。
  姫巫女衆を始めとした大友の諜報組織は、三人一組で行動する事が基本となっている。
  これは、遊女や歩き巫女などの情報収集部門から始まって、甲賀脱忍や鉢屋衆残党、彦英山山伏という感じで拡大していったので、一騎当千で活躍する専門的な忍集団に技量錬度が劣るという欠点を抱え込んでいた事が理由である。
  この問題を、その諜報組織の頂点にいる珠姫は溢れんばかりの銭の力で解決した。
  通常の忍び里の数十倍の規模の誇る、末端関連組織まで入れたら二千人を超える数で押したのである。
  単独行動が多い忍び集団の中での数的優位は、できて間もないつぎはぎだらけの大友家諜報組織が機能していた最大のポイントだったのである。
  今回珠姫がつけた十組三十人の間者達も一戦場どころではなく、一国の諜報組織に匹敵する規模なのだ。
  その間者の二組が丸ごと戻らず、残り一組も一人しか帰ってこないという事は、大友側を上回る間者、おそらくは島津家が抱える忍び衆である山潜衆を投入している事に他ならない。

「向こうも、存亡の戦とばかり総力を注いでいるのだろう。
  次の手配と伝令を伊東軍の後衛に走らせろ。
  島津の間者が動い……て……?」

 急に黙り込んだ四郎の言葉をあさぎは待っていたのだが、四郎はあさぎがいる事すら忘れて、今気づいた事実に愕然とする。  
 
(何で、この真幸院を島津は『存亡の戦』と認識しているんだ?
  相良に肝付も軽視できる戦線ではないのに……我等の存在か?
  いや、一条派遣軍は目的地がこことは伝えてられていなかったし、肝付支援の可能性もあった。
  にも拘らず、島津は間者をここに集中させた……)

 額から汗が吹き出て、体の震えが止まらない。
  そんな中、四郎は唐突に父である毛利元就の言葉を思い出す。


「そして観察せよ。
  己の目で見て、耳で聞いて、考えろ。
  それがお前の身を守る事になるだろう」


(あの時はうまくいくと思ったが、伊東家の策はあくまで机上の策。
  だが、現実はあさぎの報告どおり、島津家は山潜衆を投入するほどこの戦に力を入れている。
  どうしてだ?
  姫がしかけた各地から島津を攻める策は破綻していないはず……)


  唐突に四郎に電流が走る。
  それは思い出した毛利元就一世一代の大決戦となった厳島合戦の事。
  あの合戦で、毛利元就は徹底した情報誘導で陶軍を勝っていると思い込ませ、誘導させて厳島という死地に足を踏み入れさせた。

 

 

 丁度、今の伊東軍のように。

 

 

 みかねたあさぎが声をかけようとした時に、四郎は耐え切れずに決定的な事実を叫んだ。 

「おい!
  こっちの情報が島津に筒抜けになっているぞ!!!」

 だが、四郎の叫びは、一手遅かった。

 


  一条家 日向派遣軍   雇い主 一条珠

 総大将         立花元鎮 
    立花家         清水宗治・村上吉継・寒田鎮将              千
    御社衆+六郷満山僧兵衆 島清興・恵利暢尭・怒留湯融泉      千五百
    雑賀鉄砲衆       松倉重信                             五百

 合計                                                    三千


    伊東家 真幸院侵攻軍  伊東祐安                          三千

   相良家 伊東家派遣軍  佐牟田常陸介                     五百

 伊東・相良・一条連合軍合計                                 六千五百

 

 島津家  真幸院防衛軍  島津忠平(義弘)                     三百
       援軍      島津家久・新納忠元                        千五百

 合計                                                    千八百 

 


  作者より一言。

 薩摩の忍者組織の名前ありがとうございます。

 地理メモ 鳥越城 宮崎県えびの市池島鳥越


 


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