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大友の姫巫女

南海死闘編

第六話 木崎原合戦 前編 

 日向国 都於郡城

 四郎こと立花元鎮が日向国美々津より伊東家本拠の都於郡城に入場した時、まだ彼の率いる全軍が上陸してはいなかった。
  とはいえ、伊東軍は既に集結を終えて前線基地たる三ツ山城に出発しようとしていたのだが。

「一条の姫より話は聞いておる。
  あの姫も心配性よの」

 伊東家当主伊東義祐は雅に笑いながら四郎達を歓迎した。
  従三位という高い位を持ち、都文化を取り入れた雅ないでたちは、たしかに親戚に当たる一条兼定に似ているような気もしなくはない。
  面談の間である広間には、高価な装飾品がこれでもかと並べられ、著しく調和が取れていなかったりするのだが。
  このあたり、生まれついての貴族の兼定と、それを模倣したに過ぎない伊東義祐の差なのだろうと四郎はなんとなく思った。
  珠姫の元で一流な品々に囲まれて暮らせば、それぐらいの事は四郎もいやでも分かってしまう。
 
「我等はこの地にて戦働きで武功を求めるつもりは毛頭ございませぬ。
  兵糧の運搬や一揆の牽制などで働く所存。
  それが一条の姫との約定にて」

 伊東義祐の挨拶もそれがこころからの歓迎ではないのは四郎とて承知していた。
  毛利家は今では大大名ではあるが、元就や無き兄隆元よろしく元は大内や尼子の命に従っていた国人である。
  おまけに、今の四郎は大友家の人質扱いでもあり、持って生まれた丁寧さと警戒心はさらに磨きがかけられていたのである。
  腰の低さと貴公子面した面持ちが伊東義祐の警戒心を下げ、控えていた伊東家重臣達も安堵のため息をもらした。

「貴公らにお頼み申すのは、三ツ山城への兵糧の搬入でござる。
  一条の姫が送っていただいた兵糧を、そのまま三ツ山城に運んでもらいたい。
  その後は、戦が終わって落ち武者狩りには参加してもらう程度か。
  一応、一条の姫の申し開き程度の働きは用意させていただくゆえ」

 今回の一条派遣軍が受け入れられた背景に、この軍勢だけでなく伊東軍の兵糧までも珠が出していた事も大きい。
  実は伊東家、伊東義祐の代に伊東四十八城と権勢を誇ってはいるが、圧政にて民の暮らしはあまり良くはない。
  おまけに山ばかりの土地である為に、基本的に兵糧が少いのだった。
  もっとも、その兵糧を伊東帰雲斎が着服し横流しをしている事は周知の事実で、他の伊東家家臣の恨みを買っていたりするのだが。
  そんな伊東家にて権勢を誇っていた伊東帰雲斎が傲慢を隠す事ない物言いで告げるが、それを四郎はさも当然のように了承したのである。

「承知。
  我等一所懸命に働く所存」

 

 城外に作られた陣屋に戻った四郎は率いる武将達と軍議を開く。
  最初に、立花家家老である清水宗治が情況を説明する。

「立花家の手勢は全て都於郡城に到着。
  雑賀鉄砲衆は油津に着いたらしく、松倉殿を向かわせております。
  御社衆の到着が遅れており、島清興殿率いる六郷満山僧兵衆は美々津に着いたとの報告が」

 この時代、軍勢の集結にかなりの時間がかかる。
  大友家自慢の南蛮船といえども、一度に三千もの兵士とその兵士が食べる兵糧や矢弾を運べる訳がなく、数度に分けてこの地に運ばねばならない。

「兵糧搬入だけでも我等の手勢で片付けてしまうか?」

 同じく家老である村上吉継が海の男らしく豪快に言ってのけるが、それを制したのは杉乃井家から派遣された寒田鎮将だった。

「姫との約束をお忘れか?
  我等だけで出るのはそれを破る事になりますぞ」

 ちなみに、今回の日向派遣において珠姫は三つの事を約束させ、四郎だけでなく参加武将にまで起請文の提出を求めている。
  それが、


  その一 必ず帰ってくる事。
      生きて帰る事こそ最大の功績なり。

 その二 隊を散らさない事。
      弱兵ゆえ寡兵は必ず崩れると心せよ。

 その三 川を渡らない事。
      鳥神尾の二の舞は絶対に避けるように。


  の三つであり、
  「島津忠平(義弘)の首を取って来いとか、戦に勝てとかではないので?」
  と諸将を呆然とさせた起請文である。

「今回の戦は兵を出した事に意味があるの。
  間違っても、戦うとか勝つとか言わないように。
  万が一戦って討ち死にでもしようものなら、墓前で罵倒してやるから覚悟なさい!!」

 と、こんこんとといて回る始末。
  ここまで来ると、珠姫の島津恐怖症はよほどのものかと笑う者もいたが、

「その笑い声、返ってきた時にまた聞きたいものね」

 殺気と恐怖と嘲りをミックスした珠姫の一言に一同凍りつく始末。
  その顔を思い出したらしい村上吉継が首をすくめて慌てて言い訳を口にする。

「わかっておるわ。
  それがしとて、姫の言葉を信じぬ訳ではない。
  だが、島津というのはそこまで怯えるほどなのか?」

 それは、四郎を含めた一同の偽りない感想だった。
  現在の島津家は三方向に四戦線を抱えて、追い詰められているとしか見えなかったのである。
  まず、肥薩国境。
  ここは、相良家が担当しているが、鳥神尾で壊滅的打撃を受けた事もあって実際は大友家が出張っている。
  まず、水俣―出水の海岸線部分は、隈府鎮台や阿蘇家が出張って激しく小競り合いを繰り広げていた。
  守る島津義虎も下手に出る事をせずに押せば退き、退けば押すの繰り返しだが膠着化させる事で兵力を拘束していたのである。
  一方、同じ肥薩国境の人吉―大口間だが、こちらは夜盗などを片っ端から送りつけてはいるのだが、守将新納忠元の巧みな統治と容赦ない夜盗狩りで送れども送れども帰らずという始末。
  まぁ、それでも真幸院に一番近いこちらも拘束はしている事になるだろう。
  そして、大隅戦線は肝付と一進一退を繰り返し、総大将たる島津貴久が病に倒れるというアクシデントが発生。
  どどめとばかりに今回の真幸院侵攻である。
  普通に考えるなら、負けると考える方がおかしい。
  だからこそ、三つ目の『川を渡るな』という約束に繋がっている事を、四郎以外は理解していなかった。
  四郎は今回の出兵に際して徹底的に鳥神尾合戦を調べ、その教訓として釣られて川内川を渡った菱刈軍の敗走時の溺死者に気づいたのだった。
  ここにいる将の中で一番長く御社衆を率いており、御社衆の負けすら経験している四郎にとって、御社衆がどの程度のものか良く知っていた。
  彼は御社衆を率いて川を渡って崩れた場合、元に戻せないと悟っていた。

「ひょっとして、姫様は旗本の育成が目的で我等を派遣したのではないのか?
  そうならば、弱兵の御社衆をここに連れて来た意味があろうというもの」

 毛利から来た清水宗治が盛大に勘違いをするが、その勘違いも外から見た限りではある種の真実をついていた。
  珠姫の大友家次期当主就任という背景には、豊後国人衆と豊後外国人衆の対立という背景があり、何かの事態が発生した場合に御社衆を使うと考えられていたからである。
  もちろん、これは盛大な勘違いではある。
  何しろ、南蛮人攻撃時などを見れば分かるとおり、珠姫は最初から現在に至るまで常に信頼していた兵力は宇佐八幡の膝元である宇佐衆なのだから。
  彼らこそ珠姫の旗本と呼ぶに相応しい。
  それを知っているだけに、立花家の武将達はこの戦で功績をと密かに思っているのだった。
  珠姫の家臣団には宇佐衆だけでなく、高橋鎮理率いる香春鎮台(香春岳城兵が中心)や、大兵力を率いて博多を守護している田原鑑種なんてのもいる。
  そんな家臣団同士の勢力争いは、人として組織ができれば必然におきてしまう物である。
  ちなみに、そんな事を知る由もない珠姫にとって、御社衆とは緑と一マナで出てくる『リバーボア』程度にしか考えていなかったりするのだが。
 
「そこまでして彼らを連れて来る必要はあったのか?」

 まだ疑念を持っていた村上吉継が御社衆の必要性について漏らす。
  何しろ御社衆は、北浜夜戦や太刀洗合戦での見事な負けっぷりが宣伝されているから、その疑念はもっともだったりする。

「居ないよりはましです。
  兵は多い方がいい」

 その疑念を聞いていた四郎が否定する。

「『兵を出した事に意味がある』と姫様は仰いました。
  この兵が日向に留まるか、大隅の肝付家に向かうか迷わせて伊東家の助けになる事こそ肝要なのです」

 流石に四郎は珠姫が何を意図しているのか分かっているつもりだった。
  これは珠姫の十八番になりつつある同時飽和攻撃の亜種なのだ。
  四方向からの攻撃に更に後詰を送る事で、敵の対処能力を破綻させる狙いである。
  とはいえ、疑念がないわけではない。
  そこまで手を構築しているのに、珠姫はこの戦を負け戦と踏んでいる節があった。 
  その珠姫が見ている負け戦を四郎は見ることができない。
  だからこそ、彼は日向に来たのである。
  珠姫が見た負け戦を打ち破る為に。
  もちろん、そんな事は誰にも言えない秘密なのだが。
  だから、彼は知らない。
  二つ目、三つ目の制約と御社衆が繋がる事で、否応無く枷となって派遣軍の行動を縛る事を。
  味方の行動を縛ってまで戦場に出させないぐらい、珠姫が島津義弘を恐れている事を。

「これはあくまで伊東家の戦。
  我等がでしゃばる必要なく、無用な戦は避けていただきたい」

「「「はっ」」」

 四郎の言葉に一同が頭を下げる。
  と、同時に四郎に控えていた巫女が頭を上げて、一同に向けて口を開いた。
  珠姫がつけたくノ一あさぎであり、さくら・むらさきを含めた三十人程度の間者を率いる者としてこの評定に参加していた。

「今回の真幸院派遣ですが……情報がまったく手に入っておりません」

 その一言にしんと場が静まる。
  彼女が放った言葉の持つ意味を皆の脳が咀嚼して理解するまでに瞬き数瞬程度の時間を要し、どう対応するかまでにさらに数瞬の時間を要した。 
  四郎をはじめとした一同が呆然とする中で、あさぎは極力表情を消して報告を続ける。

「実は、真幸院をはじめ薩摩に手の者を出したのですが、その殆どが帰ってきていないのです」

 あさぎの報告に、我に返った四郎が苦い顔をして尋ねる。
  表情を消しているように見えるあさぎだが、見るとその手は震えておりこの失態に対して必死に堪えているのが四郎にも分かってしまう。

「それはどういう意味です?」

「こたびの戦に先立ち、姫様は薩摩および日向に手の者を送りました。
  ですが、薩摩に送った者はほとんど帰らず、戻った者も正体が露見して命からがら逃げおおせた者ばかり。
  薩摩の動向をまったくつかめていないのです」

 これは、なまじ共通語が広がった前世を持つ珠と、忍びの編成が甲賀抜け忍や蜂屋残党という九州外から作られた諜報組織の構造的失態たった。
  薩摩の強い方言に応対できず、なによりも地場の防諜組織を持つ島津家にとって、たとえ忍びの適応力といえどもわすがな語尾の違いで間者を次々と摘発していったのである。
  この失態に珠姫は第二派を送ったが、これも殆どが帰らず。
  失った忍びが三十人を超えた時点で、薩摩への派遣を打ち切ったのである。
  だからこそ、この軍議の場にあさぎが控えているのだ。
  戦略レベルでの情報入手に失敗していたからこそ、せめて戦場での情報把握にと姫巫女衆のくノ一まで投入したのである。

「日向の方は取れたという事ですか?」

「はい。
  伊東家に忍び込んだ者の話では、今回の伊東家の狙いは飯野城ではありません。
  加久藤城です」

 

 日向国 美々津

「おっと、申し訳ござらぬ。
  拙僧、ご覧の通り目が見えぬゆえ」

「いや、こちらこそ申し訳ない。
  同じ僧として御仏の加護があらんことを」

 一条派遣軍はここから徒歩で都於郡城に向かうことになっている。
  既に立花元鎮と立花家家臣団が都於郡城に着いているが、御社衆がまだ到着していなかった。
  更に珠姫が提供する兵糧を輸送する為に、先に着いた六郷満山僧兵衆と御社集の一部がその搬送に奔走していたのである。
  冒頭の台詞は、そんな僧兵の一人が盲僧にぶつかった事から始まる。

「おぼーさーん!
  いたいた。探したんだから!!」

 見るからに遊女姿の女が手を振りながら盲僧に駆け寄る。
  その女のたわわな胸や晒した太ももに僧兵の目が行きながらも、口笛を吹いて二人を茶化す。

「おや、そのおなごはどんなご縁で?」

 言外に『あんたの愛人か?』と匂わせるあたり、正しく僧侶達もこの戦国の世では腐っていた。
  事実、この僧兵も学よりも槍働きを得意とし、学がないからこの二人の違和感に気づけない。
  それを分かっているからこそ、盲僧はただ笑みを浮かべて僧兵のいるだろう方向に言葉を紡ぐ。

「この女子、三ツ山城の女中をしていたらしいが、杉乃井に働きに行くとか。
  だが、学がなく字が書けぬので拙僧が代筆した次第。
  その縁で、見送りにきておるのよ」

「ほう。
  杉乃井で働くのかい。
  こりゃ、一度会いに行かねばならぬな」

「あははははは。
  そん時は安くしてあげるよ。
  けど、乗るはずの船が乗れなくなっているのよ。
  で、私じゃ言いくるめられるから、お坊さんに頼んで説教してもらうのよ!!」

 ぷんぷん怒ったしぐさをする女に僧兵も気を緩める。

「すまんな。
  そりゃ、俺達が港に入ったので、他の船が押しのけられているんだ
  あと数日は堪えてくれんか?」

 みるみるがっくりする女の姿は見えないはずなのだが、気配で分かるのだろう。
  盲僧が横から口を挟む。

「なんとかならんものかのぉ?」

「帰りの船に乗せられたら何とかなるかも知れぬが……」

「ならば、お頼み申す。
  このおなごの身元は拙僧が保証しよう。
  こんな僧だが、幸いにも三徳院に置かせてもらっている身でな」

 この時期の寺社は権力と軍事行政権を握っている所が多く、その寺社に住む者の保障は旅においてかなり広範囲の身分保障になった。
  この場に珠姫直属の姫巫女衆がいたらまた話は別だったが、杉乃井で遊女になるという事は、将来この女は姫巫女衆の候補になると同義語でもあった。
  それぐらいはこの僧兵も知っていたがゆえに、ぽんと心地よく手を叩いた。

「なら大丈夫だろう。
  上に相談してみよう」

 はしゃぐ女を尻目に盲僧が僧兵の耳元で囁く。

「……もしかして、戦か?」
「ああ、伊東の殿様の手伝いだそうだ。
  このあたりが戦になる事はないから安心しな。
  ほら、港に連れてってやるから坊さんの手を繋いでな!」

 途中から声を大きくして女を呼んで、僧兵は港に戻ってゆく。
  だから、手を繋いだ女と盲僧が呟いたのを聞く事は無い。

(今の話、島津の殿様に伝えとくれ)
(……心得た)

 

 薩摩国 内城

「兄上。父上の容態は?」

 そう問いかけるのは島津四兄弟の末弟、島津家久。
  その後ろに三男島津歳久も控え、大隅にて倒れた島津貴久の身を案じる島津義久に尋ねる。

「思わしくないらしい。
  できれば、こちらに戻ってきて欲しいのだが」

 島津義久。
  若き島津の当主は、今その大器を咲かせようとしていた。
  だが、兄弟間に見えるのは純粋に父を心配する息子の姿でしかない。

「では、肝付はそれがしに」

「任せた」

 歳久の志願に義久も即答で返す。
  稀代の知将と呼ばれ兄義久の参謀としてついていただけに、この場での代役にうってつけであった。

「それがしも手伝わせてください!」

 家久の志願を義久は手で制す。
  黙る兄弟達を前に音も無く入る女中は、島津忠平が放った間者だった。

「伊東勢は既に都於郡城を発ったとの事。
  おそらく、数日で三ツ山城に入城するかと。
  更に、大友家の後詰が日向に上陸しております」

 その報告に歳久も家久も顔色を失うが、義久だけは全てを聞かされていたので笑顔が崩れる事がない。
  その笑顔に若干戸惑いながらも家久が言葉を口に出す。

「兄上。
  このままでは飯野城が。
  直ちに後詰を……」

「いや、伊東勢が攻めるのは加久藤城だ」

 ぽかんとする家久だが、義久の近くにいた歳久はその笑みから察して苦笑するしかない。

「忠平兄者が何か仕掛けたな?」

 その智謀は四兄弟の中でも随一の歳久が即座に見抜く。
  義久は忠平から先に来た文を見せてその策を口にした。

「既に伊東家は数度に渡り真幸院にて焼き働きをしていたが、それに紛れて女間者を伊東家の三ツ山城に送り込んだ。
  『加久藤城には忠平の妻子ら50名ほどの兵しかおらず、加久藤城の鑰掛口は攻められると脆い』と教えてな」

 当然、嘘である。
  だからこそ、歳久が真っ先に疑念を呈す。

「その策は分からぬでは無いが、伊東側とて愚かではあるまい」

 その歳久の言葉に、とても面白そうに義久は忠平の策のタネをばらす。

「その女間者は、加久藤城の女中という設定で、女中はとある武士と不義密通を重ねていたのであるが遂に事が露呈してしまい、罰せられることになっていた。
  しかし、忠平の妻がこれを哀れに思い、自身の住まう部屋に通じる「鑰掛口」よりそっと逃がしてくれたという話を吹き込んでな」

 流石に呆然とする二人に義久は楽しそうに笑う。

「しかも、伊東に来た理由も、女が相良へと逃げようと思ったが加久藤の峠は山深い上に険しく、相良の焼き働きに襲われたらと思うと怖くなってときたものだ。
  あれは、将の才もあるが語り部としても食っていけるかも知れんぞ」

 義久の笑いに釣られて歳久も家久も大笑いをする。
  ひとしきり笑った後に、真顔になって歳久は口を開く。

「では、真幸院にて伊東と雌雄を決すると?」

「そうだ。
  我等は四方から攻められているが、その最も強い所を打ち砕けば残りは雲散霧消するだろうよ。
  新納忠元に後詰の準備をさせよ。
  その間は伊集院忠棟に任せる。
  歳久。
  お前は肝付兼盛と共に大隅に行け。
  伊東家の侵攻にできるだけ派手にうろたえて見せて、兵を引くそぶりをみせるのだ。
  肝付良兼はそれに食いついてくるから……」

 義久の言葉に途中からにやりと歳久が笑って答える。

「伊東が負けた後で、散々に打ち破れと。
  かしこまった」

 歳久の言葉に満足そうに頷いて、義久は家久の方に声をかける。 

「俺は万一に備えてここに残る。
  新納忠元の後詰だけでは少し足りぬ。
  家久。
  お前が率いろ」

「はっ。
  ところで兄上。
  大友の後詰はどうするので?」

 家久の獲物を狙う獣のような笑みに、義久は笑いを堪えながら言い切った。

「伊東ともども丁重にお出迎えしようではないか。
  木崎原でな」

 珠姫が犯した最大の失敗。
  それは、島津にこの戦が決戦であると認識させてしまった事である。

 

 一条家 日向派遣軍   雇い主 一条珠

 総大将         立花元鎮 
    立花家         清水宗治・村上吉継・寒田鎮将         千
    御社衆+六郷満山僧兵衆 島清興・恵利暢尭・怒留湯融泉      千五百
    雑賀鉄砲衆       松倉重信                           五百

 合計                                                  三千


   伊東家 真幸院侵攻軍  伊東祐安                        三千
  伊東・一条連合軍合計                                   六千

 

 島津家  真幸院防衛軍  島津忠平(義弘)                   三百
       援軍      島津家久・新納忠元                      千五百

 合計                                                 千八百 

 

 

 作者より一言

 この時期の島津義弘は島津忠平と名乗っていたので、会話文についてはそれに修正。
  なお、島津側の素敵な策のソースは『戦国ちょっといい話悪い話まとめ』より

 http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2473.html 木崎原の戦いと加久藤城の女中
  http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2720.html 島津義弘と三徳院の盲僧、菊市

 島津義弘はただの最強な野戦指揮官なだけじゃない。
  優秀な諜報官でもあったんだよ!

 ……なにこのチート。
  どうやって勝てとorz


  読者の皆様にお願い

 こんな島津家なのですが、伊賀・甲賀みたいな間者組織の名前をご存知の方はぜひ教えてください。
  ちなみに、島津義弘は女間者使いでもあったそうで。


 


 

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