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大友の姫巫女

閑話 豊後婿取り物語 政千代の場合

 この物語は珠姫を追っかけてきたのだが、今回は少し視点を変えてその脇役達の物語を語りたいと思う。
  何故なら、珠姫という大輪の花の側で静かに咲き誇っていた彼女達も、いずれは摘まれる運命にあったのだから。

 これは、そんな花――政千代――の婿取り物語である。


  話は、小金原合戦後に遡る。
  戦が終わり、一息ついた戸次鑑連はなんとなしに床机に腰を下ろしていた。
  彼も大友の武人として生涯多くの戦に加わっていたが、その合戦で間違いなく最大の戦果と敵にとって最悪の惨禍となった小金原を眺め、己の罪を告白するかのようにゆっくりと息を吐き出した。
  戦国の世の習いとはいえ、あまりにも惨い突撃してきた尼子勢への大砲と鉄砲の直接火力支援。
  それに晒された尼子勢の死体で五体満足な物は一つとしてなく、首を取りに来た足軽達があまりの惨さに吐いてしまうほどだった。
  ふと、豊後に残してきた政千代の顔が目に浮かぶ。
  そして、その側で政務をしているのだろう珠姫まで思い浮かべてしまい、いやでも悟ってしまう。
  戦は、この合戦を機に彼の知らぬものになるであろうと。

「なるほど。
  これが老いか……」  

 その悟りを振り払うかのように笑う。
  まだ、死ぬつもりは無いと気を引き締めていた彼の後ろから声がかけられた。

「どうしたのだ?
  総大将ともあろうお方が珍しく呆けた顔など見せて」

「何、戦が終わって府内に残した娘の事を思い出してな。
  不思議な事に、それを思い出してから足が震えてきた」

 声をかけてきた田北鑑重におどけた口調で戸次鑑連が声を返す。
  互いに笑みを見せているのもこの戦に勝ったからこそ。
  戦場での後始末は、小野鎮幸や由布惟信等に任せればいいし、その上の話なら彼らの主である大友義鎮や珠姫に任せればいい。
  今、ここで彼ら二人がする仕事は残ってないからこその二人の会話である。

「そういえば、お主の娘は姫様付か。
  きっとあの姫に振り回されているのだろうな」

「よく文にも愚痴を書いてくれる。
  とはいえ、一番の心労は吉岡殿の娘が引き受けてくれるからまだましだとか」

 説教をしている吉岡麟の前で正座して涙目になっている珠姫が目に浮かび、二人して笑う。
  そんな時、政千代はどちらの側にも立たず、麟の心労を背負いつつ、珠姫も慰める、まさに貧乏くじの立場で二人の関係を取り持っていたのだった。

「いい娘に育った。
  あれにいい婿をつけてやりたいものだ」

 視線を空に向けて、戸次鑑連は呟く。
  現状、戸次家本家には男子はおらず、分家である戸次鑑方の長男戸次鎮連を養子にという話をしているが、いずれ婿を見つけねばと思っていた。
  まぁ、珠姫という前例があるので政千代自身が当主についても構わないとも思っていたが、孫の顔が見たいと思うのはどの父親も同じである。
  そんな呟きに田北鑑重が口を出す。

「どうだ。
  戸次殿の娘、我が弟の嫁にくれぬか?」

「田北殿の弟というと、鎮周殿か?」

 現在の田北家には、当主である鑑重の下に幾人か弟がいる。
  兄である田北鑑生(既に隠居している)を含め、田北兄弟と呼ばれるほど一族の結束が固く、名前が出た田北鎮周は四男である。
  なお、田北兄弟三男である田北鑑益は日田の地にて守りを固めておりこの戦には出ていない。ついでだが彼は既に嫁がいる。
  田北鎮周は、今回の合戦で先陣を率いて早朝奇襲を仕掛けてきた宗像軍に対して一歩も引かなかった功績もある。
  悪い話ではないと思いつつ、戸次鑑連は口を開いた。

「悪くは無いな。
  一度、二人を会わせてみるか」

 

 

 それから数ヵ月後の杉乃井御殿の一室……の隣部屋。
  
「な に を し て い る の で す か ? ひ め 」

 夜叉モード全開で尋ねる麟に、彼女の主である珠姫は顔を真っ青にしながら弁明した。

「え?
  いや、
  ちょっと……
  ああ、そうだ。
  ひとやすみしようと思って!!
  けっして!
  政千代と田北鎮周のお見合いを見物して、あわよくば茶々をいれようなんてこれっぽっちも考えていないんだからねっ!!!」

 語るに落ちている珠姫だが、長刀を持ってスターライトブレイカーでもぶっ放しそうな鬼気迫る麟相手に狼狽しまくっており、まったく気づいていない。

「ふっ……愚かな娘よ。
  こういう時こそ、堂々としておればいいのだ」

 さも当然のように、もちろん麟の冷気はしっかりと彼にも行っている筈なのだが、潜った修羅場の数が違う大友義鎮は娘の狼狽を嘲笑う。
  まぁ、大友二階崩れとか、小原鑑元の乱とかで培った修羅場をこんな場所で無駄遣いしているあたり、大友家が平和である証拠なのだが。
  なお、彼の目的も娘と同じたったりするあたり、娘も娘なら親も親である。

「お館様。
  お館様もご一緒なら、どうして姫様をお諌めなさりませぬか?」

 ため息をつきながら、しっかりと長刀は珠姫の首元にぴたぴたと当てられていたり。
  この姫に自重をさせるにはこれぐらいしないと聞きはしないと悟ってからは、実に容赦のない麟であった。
  とはいえ、さすが大友義鎮。
  九州六カ国に君臨する大大名の格をこんな所で無駄に見せつける。

「愚か者め!
  こんな楽しい事を、一人でするのが勿体無いから娘を誘ったに決まっておろうが!!
  という訳で、麟よ。
  さっさと娘を連れてゆくがいい」

「は、図ったわね!!父上!!!」

「呪うなら己の配下の教育を怠った己を呪うのだな。娘よ」

 その一言に威厳があるから、またこの場の一席ではシュールな事この上ない。
  流石に、義鎮に長刀をつきつける訳には行かず、仕方が無いので麟も奥の手を呼ぶ事にした。

「た の し そ う で す ね 。 お や か た さ ま 」

「なっ……なんでお前がここに」

 襖を開けて登場した奈多婦人に真っ青になる義鎮。
  その顔色変化に長刀をつきつけられている事を忘れて珠姫が嘲る。

「父上。ざまぁ」

「娘よ!
  こういう時こそ親を助けぬか!!」

 さっきの立場が逆転しているのだが、奈多婦人は「あらあらまぁまぁ」な笑顔のまま、つつつっと義鎮正面へ。
  その笑顔の仮面と背後からだだ漏れなドス黒いオーラで義鎮が後ずさろうとするが、それより速く奈多婦人が義鎮を捕まえる。

「昨晩の事をお忘れですか?
  牝犬散歩と称して夜の杉乃井で私や比売御前や白貴太夫を連れ回して嬲った……」

「ちょ!養母上ストップ!!
  まだ昼だから!太陽出てるから!!!」

 おお慌ててで止めに入る珠姫が慌てるのが、その散歩の後でお披露目と称して義鎮と三匹の牝犬が同じくワンコプレイ中の珠姫と四郎(当然いる鶴姫と恋)の部屋に乱入。
  六匹ワンコ大乱交大会になっていたからである。
  流石に隣の政千代と田北鎮周に聞かせるのはまずかろうと考えた珠姫の理性なのだが、その理性を覗きをするという発想の時に発揮してもらいたいものである。 
  とにかく、珠姫のフォローにより我に帰った奈多婦人は顔を赤めながらごほんと咳を一つ。

「近習の方が探していましたよ。
  仕事もしないで何処を放浪していたかと思えば、覗きですか?
  仕事をしないのならば、閨に来て子種を植えて欲しいものです」

 ……調教しすぎたか。

 奈多婦人の一言に父娘の心が一つになるが、そんなこと当人達にとって何の救いにもなっていない。
  しっかりと握られた手は義鎮を掴んでずるずると引きずってゆく。

「大体、お館様が父上はじめご兄弟を討伐した結果、一族が少なくなってしまったのではありませぬか。
  お家繁栄のためにもしっかりと子供を作らねば。
  ええ、昨日の閨で比売御前に種付けで負けた事等根に持っていませぬから。ええ」

 しっかり根に持っている奈多婦人に一同ドン引き。
  こういう時の女というのは何をやっても勝てないと経験則から義鎮は分かっているのだが、それでも足掻くのは男の性である。

「ま、待て。
  近習が探しておると言ったではないか!
  わしにも仕事が……」

「珠がいるから問題ないでしょ。
  では、後をお願いしますわ。失礼」

 か~な~し~み~の~む~こ~う~へ~と~

 珠姫が脳内BGMを流しながらずるずると引きずられてゆく義鎮と奈多婦人を見送る。
  で、姿が見えなくなった後で我に返り、長刀を突きつけている麟に尋ねる。

「ねぇ。
  もしかして、父上の仕事全部私が代行するの?」

 とてもいい笑顔で麟がにっこりと笑う。
  珠には、その姿が妙に奈多婦人とだぶって見えた。
 
「当然じゃないですか。
  姫様はお館様に何かあった場合、この大友の家を背負って立たれるお方。
  きっと閨のまぐあいを減らしても民の願いを適えるだろうと信じておりますわ」

「ちょ!!!
  そんな殺生なっ!!
  四郎とのまぐあい減らさないでぇぇぇっ!!!!」

「鶴姫や恋がいるからいいじゃないですか。
  第一、そのお腹でまだ種をもらってもお子は増えませぬ」

「人がもらっているのに自分がもらえないのがいやなの……ちょ!耳引っ張らないで……」

 どなどなど~な~ど~~な~~珠姫~~連~~れ~~て~~~(BY珠姫脳内BGM)

 そして、部屋に静寂が訪れた。

 


「……」
「……」
「……」
「……」
 
  超大大名大友家の恥部が丸聞こえだった隣の部屋で、政千代と田北鎮周のお見合いが行われようとしていた。
  が、あの空気を読めない体を張った当主と次期当主のコントの前に何を言えばいいか一同固まっていたのだった。

「とりあえず、後は若い者に任せて」
「そうだな。
  それがし達は席を外す事にしよう」

 同じく戦場での経験が違う戸次鑑連と田北鑑重がその場の空気を察してさっさと逃走に移る。
  その言葉を聞いた政千代と田北鎮周は「「ちょ!おまっ……」」と顔で語っていたが、流石に常識人だけあって口にする事ができずに二人の逃走を許してしまう。
  かくして、微妙極まりない空気の元、当時者二人だけが残された。

「……」
「……」

 互いに固まったまま、ししおどしの音だけが十数回鳴る。
  先に口を開いたのは政千代だった。

「あ、あの……
  姫様はいつもはああではなくて、優しくて、仕事もちゃんとして……」

 己の挨拶より、主のフォローから始める辺り、実に良く出来ている。
  それは、田北鎮周も同じだった。

「お館さまも、杉乃井だからこそ羽を伸ばされているのであって……
  府内では真面目に仕事を……」

 そんな弁明合戦なのだが、いつしか二人の顔に笑みが浮かび、楽しそうに話す姿を茶菓子を持ってきた白貴太夫に見られ、

「なんかいい雰囲気よ。あの二人」

 という報告に、一同安堵したというのは言うまでも無い。
  これより半年後、大友と毛利の和議が成立した後に二人は祝言をあげる。
  なお、その時に本人以上に喜んで派手にお祭り騒ぎに仕立てた珠姫の姿とか、女の尻に敷かれるんじゃないぞと自分を棚の上に上げて説教する大友義鎮(なお、隣の奈多夫人のお腹は孕んで膨らんでいた)の姿が見れたりするのだが、それは別の話。

 

 

 作者より一言。
  この話も本来は戦争芸術終章の後に入れるつもりでしたが、みんなが信長を待っているので没に。
  とはいえ、消すのも惜しいのでこうして閑話として出した次第。

 田北家ですが、田北鑑生と田北鑑重は親子説と兄弟説があり、私の話では兄弟説を採用しています。


 

 



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