戻る 目次 

大友の姫巫女

外伝その四 奸雄の茶席  

 堺 今井宗久屋敷 茶室


  使われた茶器も天下一品、差し出された茶も天下一品だった。

「結構なお手前で」

 言葉を発したのは屋敷に招かれた客である松永久秀であり、その言葉を引き出させたのは主人である今井宗久である。

「筑後、八女の茶葉だそうで。
  近く大々的に生産されるとか。
  少し、あちらに縁がありまして手に入れた次第」

 その大々的に生産される前の茶葉をどうやって手に入れたのとか、そもそも畿内の人間である彼の所にどうしてそんな茶葉が流れたのかなんて野暮は久秀は聞かないし、聞く必要も無い。
  二人を繋ぐ共通点は、その筑後を統治している大友家の珠姫と知り合いであるという事だろうか。

「そういえば、かの姫は毛利少輔四郎殿、今は毛利元鎮と名乗られているのでしたな。
  その子供を孕んだとか」

 宗久が独り言のようにかなりの重大事を漏らすが、そこは久秀。
  当然知っていたりするのだが、今知ったかのように驚く。

「なんと!
  それはおめでたい事ですなぁ。
  大友と毛利にとって、その子は架け橋となるでしょう。
  何か祝いの品を送らねばなりませぬな」

 そのくせ、正式な祝言はあげていないし、双方の関係はあくまで休戦中であって、南予では大友家と親毛利勢力が一戦やらかしている。
  双方ともまだまだ正式な和議が結ばれる気配は無いように見える。

「あの姫は普通の姫と違いますからな。
  中々いいものが見つかりませぬ」

 宗久の愚痴めいた口調に久秀も苦笑せざるを得ない。

「何しろ、官位も近く得るとの事ですからの」

 土佐から羽振り良く京に屋敷を構えた一条兼定によって、珠姫は外従五位下、宇佐八幡禰宜(ねぎ)の官位が与えられる運びとなっていた。
  これにより彼女は大友禰宜、もしくは宇佐禰宜と呼ばれる事になるのだが、大友が朝廷に対する影響力を強める事を毛利は警戒しており、毛利側も献金と官位による権威付けを画策しているという。

「火薬でも送って差し上げればよろしいのでは?
  あの姫が今一番欲しがっている物だと思いますが?」

 久秀のおどけた口調に今度は宗久が苦笑する。

「よろしいのですかな?
  久秀様が使う分まで豊後に送る事になりますが?」

「宗久殿。それは困る。
  だが、戦も一息ついたし、仕入れたはいいがそれを当て込んだ連中は喜んで豊後に吐き出すのでしょうな」

 畿内を震撼させた、後に永禄騒乱と呼ばれる畿内の動乱のさきがけとなった将軍足利義輝の失踪は、後継をめぐって三好氏の押す足利義親と六角氏が押す足利義秋が対立。
  矢島合戦と呼ばれる合戦が勃発したが、その元凶になった足利義輝の居場所が判明した事で天下は大きく揺れる事になる。

 足利義輝、越後春日山城来訪。

 以後、彼は越後御所と呼ばれる事になるのだが、側近すら連れぬ来訪で幕臣・大名達は大いに揺れた。
  義親と義秋では、畿内をまとめる力などない。
  とはいえ、仕えるには越後は遠すぎる。
  朝廷はこの事態に畿内に居る二人に対し一万貫の献金を将軍就任の要件として求めたのだが、これを二人とも出す事ができなかったのだった。
  更に事態は悪化する。
  六角氏は野良田の戦いで浅井長政と戦って敗れた上、観音寺騒動で後藤賢豊父子を粛清する等その勢力は没落に向かっており、矢島合戦で辛うじて三好三人衆を退けたが京を抑える力すら残っていなかった。
  一方の三好氏も病を経ていた当主長慶がついに病死。
  後を三好義継が継ぐも三好三人衆の傀儡にすぎず、その就任当初から対立が続いていたのだった。
  その危うい状況を取りまとめ、勢力を拡大した男が居た。

 宗久とのんびりと茶を楽しんでいた松永久秀当人である。

 彼は、三好義継が継ぐと三好家の政から一歩退いて三好三人衆に恩を売り、幕臣として足利義親の将軍就任費用一万貫を全額捻出する。
  この金は、先に上洛した大大名大友家の珠姫が彼に与えた金と、珠姫の御用商人の内示を受けた今井宗久が働きかけた堺町衆が出したといわれている。
  これによって十四代将軍足利義栄が誕生する。
  三好三人衆支援の下、足利義栄は永禄八(1565)年春に入京を果たし、六角氏と和議を結び(これにより足利義秋は若狭武田家に逃亡)永禄騒乱はひとまず終結する事になる。
  だが、三好義継と同じく、足利義栄も傀儡である事に不満を持ち三好三人衆と対立。
  三好三人衆は畿内の覇権を握ったはずなのに、その覇権に押しつぶされつつあった。
  一方で松永久秀が求めたのは大和の支配権であり、足利将軍の権威を持って大和を掌握。
  元々大和を支配していた筒井氏を追放して大和を統一する。
  ここからが彼の真骨頂だった。
  あくまで幕府とも三好家とも一線を引き、大和で兵を整えながら善政を敷いてその自壊を待つ戦略を取る。
  さらに伊賀に目をつけ、自治の力が強い伊賀を支配するのではなく、伊賀の忍達を大量に雇い入れたのだった。
  情報という武器の大切さを知っていた久秀は、各地に、特に畿内以外に安芸と筑前と豊後に忍びをばら撒いた。
  彼は毛利か大友、もしくはその両方による西国軍が畿内に攻め上る事を想定していたのだが、珠が博多町衆と調整を続けていた門司中立化構想を掴み、毛利にその案を流し、堺町衆に売り込んで珠に堺町衆との間を取り持たせたのだった。
  この茶席はそのお礼の意味も兼ねている。

「やはり、一戦しないと西国は治まりませんか」

「でしょうな。
  門司の話もつまる所、戦で博多が焼かれても商売ができるようにという目的とか。
  尼子は、そう長く持ちますまい」

 宗久の言葉に久秀は実にわざとらしいため息をつく。
  尼子は、去年秋に行われた珠姫暗殺未遂の首謀者にさせられ、山陰の国人衆に一気に背かれたのだった。
  もちろん毛利がしかけた謀略の濡れ衣なのだが、

「和議を模索していた珠姫を尼子残党が襲った」

 という事実に対して、真実なら裏切りの果てにその手を暴露されるという最悪の形になり、嘘ならそんな残党の統制すら尼子はできないという現実を目の当たりにして尼子の滅亡を国人衆が悟ったのだった。
  もちろん、珠本人は尼子支援を続けているのだが、手足となって動いている博多商人や松浦や隠岐の水軍衆は、尼子支援は「捨て金」と逆に珠を諭す始末。
  こうして、尼子の望みの綱である珠の支援が途切れて尼子は月山富田城に追い込まれる。

「尼子無き情況で、毛利が全軍をあげて九州を襲うというのは姫にとって面白くない。
  尼子に代わる毛利の背後を脅かす大名が必要になるのですが」

 一呼吸おいて久秀はいい笑顔でその家の名前を告げた。

「備前浦上家。
  あそこと備中三村家は既に揉めている。
  伊予に勢力を築いた大友はそこから村上水軍を牽制し、浦上を使って塩飽水軍を牽制できますからな」

 もちろん、久秀が大友に浦上を売り込むのである。
  宗久はそれを聞いてため息をつく。

「それに対して、毛利殿は長宗我部殿や島津殿と親交を深めているとか。
  どちらも考える事は同じですな」

 九州南部に勢力を持つ薩摩の島津家は、日向の伊東家と死闘を繰り広げていたが、大友家が肥後を掌握した事で肥後相良家との国境紛争で島津の敵に回る。
  当然、毛利がそれを放置しておく訳も無く手を差し伸べると、大友は相良家を介して伊東家の支援に乗り出す。
  多くの大名家を巻き込み、大友と毛利の決戦は近づいていたのだった。
 
「そういえば、毛利殿は三好家にも接近しているとか」

 思い出したように、宗久が今回の茶席の核心に触れる。
  それは、宗久からの警告である事を久秀は警告を受ける前から分かっていたのだが。

「うむ。
  三人衆にわしの排除を依頼したらしい。
  もっとも、彼らにそれができるとも思えぬが」

 毛利の依頼を待つまでも無く、三好三人衆も松永久秀の排除を考えなかったわけではない。
  だが、三好義継・足利義栄の擁立の立役者であり、表舞台から久秀が去る形をとって大和である種の隠居をしている以上それ以上の介入ができないのも事実だった。
  久秀攻撃はそのまま傀儡である三好義継と足利義栄に三人衆攻撃の大義名分を与えてしまうし、久秀と親しい堺町衆が久秀の根回しで幕府や三好家に金を出す現状で、彼を討つ事は三好家の緩やかな餓死に繋がるぐらいの事は三人衆も分かっていたのだった。
  結果、三好家・幕府・堺とも、久秀の調整なくして畿内の安定はないとまで言われるほどに彼の権力は増大しているのだが、彼はこの体制が崩壊するまで、表に出る気は更々なかった。
  だが、この畿内の偽りの安定を打破したのは彼が想定した西国勢ではなかったのだが。

「将軍様を擁したのが気に入らないのでしょう。
  何しろ、毛利の御曹司は越後御所から名を貰いましたからな」

 毛利の御曹司というのは、長男隆元の息子幸鶴丸の事で、わざわざ越後まで使者を出して義輝の輝の字を貰って元服している。
  元服後、彼は毛利少輔太郎輝元と呼ばれる事になる。
  先に少し触れた朝廷からの官位もこれに絡み、右馬頭叙任の内示を受けている。

 この痛烈な足利義栄へのあてこすりは、その実権を握っている久秀へ「幕命和議という形で介入するな」という毛利側のメッセージでもあるのだった。
  それに対して大友は、すかさず大金を幕府(を押さえている久秀)に送って、大友義鎮を幕府の相伴衆にしている。
  更に一条兼定を動かして、毛利元鎮にも(当然輝元より高い)官位を与えるよう運動していたりする。

 

 詰まる所、大友も毛利も、畿内における朝廷・幕府工作は、出口戦略を考えての外交攻勢なのだった。
  商人を中立化させ、朝廷や幕府の権威を使っての和議というゴールを設定した上での双方の味方作り。
  戦争は戦場で行われる訳ではない。
  はるかにその前から、激しく火花を散らしているのだった。

 それは博多を巡る西国最大規模の大戦になるだろう。

 そして、茶を飲む二人は結果しか知る事ができぬ戦でしかない。

「おかわり、いかがですかな?」

「頂きましょう」

 二人は、その勝者をあえて考えない。
  肩入れは所詮二分の一の博打でしかない。
  勝った者に従い、操るのが二人の最終的な目的だったのだから。

「願わくは……」

 にもかかわらず、久秀はぽつりと本音を漏らす。

「願わくは、姫がまたこちらに来てもらいものだ。
  今にして思うと、あの姫の嵐のような慌しさが懐かしく思うのだよ」

 茶のせいか、とてもいい笑顔で久秀は笑う。
  その笑顔に釣られてか宗久も笑いながら声を漏らす。

「たしかに。
  あの姫の注文は分からない。
  だからこそ、商いのしがいがあるというもの」

 そして、それ以後二人は言葉を話す事も無く、茶席は終わる事になる。

 


戻る 目次