戻る 目次 

大友の姫巫女

外伝その二 日本で初めてのすいーつクリスマス(後編) 

「遅いわよ。娘よ」

「速すぎです。母上」

 杉乃井御殿大手門前に待たされた馬車に乗り込んだ珠と麟に、着飾った母親の比売大神が言葉をかける。
  神力の上昇で実体化したのをいい事に珠の代わりに祈祷をしてもらったりと色々役に立っているが、神様と名乗るのもまずいので、杉乃井では比売御前と呼ばれその名が定着している。
  なお、父義鎮とは面会済み。
  母の遊郭における一番のお得意さまでもある。
  「父上自重しろ」とは珠の言葉だが、この父母にしてこの娘ありとは良く言ったものである。
  四郎の元服というよりも、珠の事実上の結婚式みたいなものなのでついてゆく事にしたらしい。

 牛車以降この手のものが日本で流行らなかった理由の一つに、山川が多すぎるというのがある。
  とはいえ、馬車による物流の拡大は商圏の拡大にも繋がるので、珠は府内―別府―宇佐までの街道を馬車が通れるほどに整備。
  久住や城島高原での馬の飼育に目処が立ったこともあり、南蛮人達の協力を経て馬車路線を開通させたのだった。
  府内の港に来航する南蛮商人は馬車に乗り、この別府で心と体の疲れを癒し帰ってもらうというしくみである。
  既に別府―府内間は珠姫が掲げる府内大堤防工事の一貫として堤防土砂切り出しと共に道が作られ、雨でも快適に走れるよう石とセメントもどき(香春の石灰石に阿蘇の火山灰を混ぜてコークスで焼いて作られている)で舗装されている。
  その道を見て、「何でローマ街道がここにある!」とローマに居た事がある宣教師が驚いたのは別の話。
  なお、宇佐までにある立石峠(147m)・赤松峠(130m)は標高が低い事もあり、難工事だけど完成できるだろうと珠は踏んでいた。
  そこから先は川を越える事になるからひとまず置いておくが、最終的には小倉経由で博多まで道が通せたらとは考えていたらしい。

 さておき、馬車なのだがばねが作れずに振動が荷台にダイレクトに来るから、乗り心地はあまり良いものではない。
  で、珠が考えたのが蒲団を荷台に敷き詰める事で吸収しようという事で、珠の専用馬車は牛車をもとに作った二頭立て四輪馬車である。
  荷台に畳を敷き、その上に南蛮商人から買ったペルシア絨毯を敷き、さらにその上に南蛮商人から買った綿布団に羽毛蒲団まで敷くという贅沢仕様で寝転がる事もできる。
  なお、牛車がモデルゆえばっちり屋根つき。
  馬のスピードに転がり落ちない様に後ろは塞ぎ、前の御者台から乗る形になり、前には簾がかかり見えないようになっている。
  そんな形式だから、この珠専用車、21世紀の高級車並に金がかかっている。
  ここまで珠が拘ったのは、「この馬車の中でもえっちしたいから。振動できっと気持ちイイわ」という事なのだが、当然秘密である。   


  馬車がことことと走り出す。
  前後を二頭の馬に乗った姫巫女衆が護衛についていたりする。
  珠の身の回りの世話をする事もあり、武士の子女が多く配されて乗れる者もいるからなのだが、更に途中で父上配下の者が馬で護衛する事になっている。
  今や、珠の身は大殿たる父義鎮に次ぐ厳重な警護対象なのだった。

「あ、姫様だ!」

「ひめさま~」

 保育所の前を通ると、馬車を見て子供たちが手を振る。
  同じように珠姫と比売御前が簾を開けて手を振る。二人とも子供好きだった。
  珠姫がオギノ式を伝えて避妊を勧めた結果、遊女の妊娠率は格段に下がったが、コンドームが作れないのでこれ以上の手の打ち様が無く、不意の妊娠・出産の果てに母親が命を落とし孤児になる子も少なくなかった。
  そんな子供達もここで同じように預けていたりする。
  なお、弟長寿丸もここで遊ぶのが好きらしく、この間、一人の女の子と大喧嘩をしていたのを珠は目撃している。

「ばーかばーか」

「ばかじゃないもん!!」

 そのやり取りを見て、孤児だった彼女を知瑠乃と名付けて取り立てる事を珠は決意したのだが、読みどおり補正がついてアドベント化の果てに、冬戦にめっぽう強い西海随一の弓の名手になったのは後の話。
  後に珠は「まさかここまでカリスマになろうとは……チルノ補正恐るべし……」
  と訳の分からない事をほざいた記録が残っている。
  なお、そのまま長寿丸との腐れ縁も続き、彼の側室に納まっていたりするのだがまたそれは別の話。


  ことこと走る馬車の眼前に広大な別府湾が広がる。
  その中央に浮かぶ瓜生島の周りには数隻の南蛮船が屯している。
  よく見ると明のシャンクも停泊していたり。
  ポルトガル船の交易は肥前大村領の横瀬が中心になって行われていたが、その後別府に立ち寄って心と体をリフレッシュする船が続出。
  結果、横瀬で卸す荷の他に府内でも荷を卸す事になり、その荷を堺商人が狙い、それが更なる府内の繁栄に繋がっていた。
  なお、よく見ると大友の家紋である杏葉紋が帆に彫られた南蛮船が一隻見える。
  これは大友がというより珠が保有する南蛮船である。
  永禄4年(1561年)に、宮ノ前事件(みやのまえじけん。ポルトガル商人と日本人との間で発生した暴動事件)というものが肥前平戸で起こり、この事件を期にポルトガルは平戸から撤退する。
  これで大打撃を受けた松浦氏を取り込んで日本海の交易船を確保したのが珠だったりするのだが、この松浦氏、その報復に船を仕立てて大村領福田浦に停泊中のポルトガル船を攻撃するという暴挙に出る。
  幸いかな撃退はしたが船が損傷し、帰る事ができるかと心配した船を大喜びで買い取ったのが珠だった。

「帰れないなら次の船で帰ればいいじゃない。
  その間の滞在費と女は私が用意するから」

 と、甘言で篭絡してその損傷船を買い取ったのだった。
  珠は同じように馬関海峡(関門海峡)で損傷した南蛮船を買取り、それを淡路から逃亡してきた安宅冬康に「使えるようにしてね」と一言かけて一任。
  一隻は船大工と共に解体・解析し、部品を取り、修理を終えた一隻を使えるようにと現在猛訓練中。
  この南蛮船は500トンで300人乗り、片舷17門のカルバリン砲(もう一隻の船の大砲は府内城に装備された)を持つナウと呼ばれる、ポルトガルの国家機密の塊であるキャラック船なのだが、目の前の大金と女にくらんだのと、動かせるわけ無いとたかをくくっていたのが大きい。 
  で、直して使おうとする様子に真っ青になるが、本国に報告して別府に立ち寄れなくなったら皆困るので二隻の南蛮船は難破したと報告されて見なかった事になっている。
  そんな南蛮船の名前は当然「珠姫丸」と名付けられ、試行錯誤をしつつ大神に造船施設を作り、二番艦以降の建造を目指しているのだがこの施設が、後に海軍大神工廠になる。
 

 片道二時間ほど揺られて府内に到着。
  大分川堤防はまだ工事中だが、新しい本丸と四層五階の天守閣は完成しており、その黒色の天守が府内の繁栄を象徴するかのようにそびえ立っていた。
  二の丸となる大友館も工事が進められているが、今日はめでたい日という事で工事はお休みとなっている。

「到着~」
「ぅ……ぉぇ……」
「は、吐きそう……」

 神様はなんとも無かったが、半人半神とその付き人の人間はめでたく車酔いを起こしていた。


  で、元服式は厳かに行われた。
  家臣、珠に比売御前、奈多夫人に長寿丸・新九郎の見守る中、義鎮の「鎮」の字が与えられる。

 毛利少輔四郎元鎮、毛利元鎮の誕生である。


  で、祝いの席。
  元服式ともなると華やかになるものだが、この宴はそれを超えていた。
  家臣だけでなく南蛮人や領民にも門戸を開き、来た者全員に餅が配られる。
  ご飯に団子汁関アジ・関サバ・城下カレイにカボス醤油をかけた刺し身が置かれ、干し柿やミカンが置かれ、蜂蜜たっぷりのカステラに蝋燭が立てられ、南蛮人から買い込んだワインが振舞われている。
  また、その宴の席に華やかにと、別府から飛びぬけた遊女達を着飾らせてお酌の相手をさせる。
  南蛮人も調子に乗り故郷の歌を歌い、大いに客を喜ばせた。
  これぞ大友の繁栄の象徴だろう。

 大工事にこれだけの贅沢、それを支える資金源は実を言うと借金だったりするが、それもからくりがある。
  工事にかかる金を分割して、それを債権として商人達に売り出したのだ。
  一括での莫大な借金をいやがった商人達は、この広く薄くの借金にとびついた。
  しかも、複数交渉の結果金利が低下し、低金利からは多く借り、高金利は優先返済を行った結果、大友家発行の債券を主軸とした擬似金融市場を形成するに至る。
  互いが互いの信用を前提に始める商人間の信用取引が更なる富を生み、大友家は紙きれ一枚で金を生む打ち出の小槌を手に入れる事になった。
  また、収入の方も年度毎に信じられないぐらい伸びている。
  大友領の不作知らずの収穫が戦国の世における穀物交易の一大勢力を形成し、戦乱による食糧不足によって大友家は莫大な収入を入手していた。
  更に珠姫が握るコークスに鋼の収入がこれを下支えする。
  そして、珠姫はナウと呼ばれる南蛮船の自力建造をもくろみ、商圏を堺だけでなく朝鮮半島や大陸、南蛮に船団を送ろうとしていた。
  それが木材価格の上昇をもたらし、更に大友領は潤う。
  公共工事が富を生み、その富が更なる富を生む。
  領地を取らずに豊かになるという手法を珠が編み出し実行した結果である。
  秋月騒乱以降戦をしなかったこともあり、民は大友の善政を喜び、その善政が他国の介入を招きにくくなり、結果、ますます統治の安定が進むという、良い循環をもたらしていた。

 ただ、この繁栄をある種冷静に見ていたのは、その仕掛けを作り出した珠本人だったが。
  これで戦にでも負けて、大友の威信の低下や政情不安が広がったら、全てが逆になるのだから。
  だからこそ戦に慎重になるべきなのだが、そこまで気づいている人間が、まだ珠しかいない。

「はいはいは~い。
  今日は、異国でクリスマスという異国の神の誕生を祝う祭りでぇす。
  我が国には八百万の神様がいるので、その神様の一人としてお祝いします。
  みんな、今年も一年ありがとう!
  そして、来年もよろしくねっ♪」

 何処のアイドルかと間違えるほどの演説をかましてくれた珠姫は、わざわざ着替えて異国の司祭風で皆に色気を振りまいていた。
  うん。色気なのだ。着ているのがROのハイプリ服にしかみえないのだから。
  もちろん中服は絹で、しっかり乳が透けている。
  外服は染めやすい木綿で高価な緋色の染料で真っ赤に染められている。
  そして肩や前垂れにつけられた十字架の意匠に、難破船から拾ったものを買った金のロザリオが胸に光り、マイクよろしく十字架の錫杖を持って口元を隠してウインクなんぞしてみたり。
 

「てん~かでっ、いちーばん、おーひーめーさーまー
  そういう、あつかい、ここ~ろ~え~て~~~~~~
  よねっ♪」

 現在、珠姫と姫巫女衆の楽器使いが絶賛ライブ中。

「ご存知、ないのですか!?
  彼女こそ、門司合戦から負け知らずで、九州を席巻する、大友の姫巫女、珠姫様です!」

 南蛮人に熱く説明しているのはどうやら豊前か筑前の招待された国人らしい。 
  なお、マリア信仰にかこつけてキリスト教を盛大に歪めまくっているくせに、微妙に教義や主張を取り入れる柔軟さで信者というか珠姫の個人崇拝者急増中。
  そんなファンに「きらっ」とウインクを投げかけて声援をもらうあたり、アイドルとしても食ってゆくつもりなのだろうか?
  こんな感じで派手に歌い踊り騒いでいるが、後の世になって「クリスマス中止運動」における第一級戦犯として、電子の海にて「珠姫死ね」と罵倒されるとは当人思っていなかったのだろう。

 なお、この宴の席でさり気なく四郎が、お祝いと称して大友家若手家臣にボコられていたりする。
  珠姫は若手家臣団でも誰がしとめるかと虎視眈々と狙っていただけに、とんびにあぶらげを攫われた形になったその心境の発露だろう。
  四郎もやり返しているし、殺しはしないみたいだ。
  これがしっと団最古の記録と言われている。

 珠姫はライブ終了後に宴の他の席を眺める。
  父義鎮の左右に、実母比売御前と養母奈多夫人が座って冷戦かましているので、ひやかしに。

「何やっているのよ?父上、母上、養母上?」

 まるで天使の助けを見るような目で義鎮が珠を見るが、珠はにこやかに義鎮の助けの手をぶった切る。

「もっとくつろげばいいじゃないですか。
  別府の遊郭じゃあ、母上ほか、裸で躍らせていたくせに」

 ぴしっ!

 うん。何か、奈多夫人の頭に角が生えた気がするけど、気にしない。
    
「な、なぁ、そんなに怒るとお腹の子に悪い……」

「大丈夫ですよ。
  貴方の子ですから。
  これぐらい聞いても問題ありません」

 ざざっーと潮が引くかのように周りから人が離れるのだが、気にしない奈多夫人はにこりと笑って夫を脅迫し、娘に尋ねる。

「珠。
  私、お館様が別府でどんな遊びをしているか詳しく聞きたいのだけど?」

 夜叉の笑みに珠も引くが、さすがに逃げるわけにも行かず。

「えっと、古式ゆかしい遊びを……」

「貝合わせでしょ」

 逃げを打った珠に、空気の読めない比売御前が本質を言ってしまい、ばきっ!と奈多夫人の箸が折れる。
  なお、貝合わせとは女性のある場所を貝に見合わせて、暗闇でその貝を触る事で誰か当てるという古式ゆかしい遊びで、平治の乱の折に近衛大将藤原信頼がやったという話が残っているが本当かどうかは定かではない。
  彼、男色でもあって後白河天皇の愛人だったとかなんとか。

 義鎮は逃げ出そうとした。
  だが、夜叉の奈多夫人からは逃げられない。

 珠も逃げ出そうとした。
  やっぱり、夜叉の奈多夫人からは逃げられない。

「他にも、どんな遊びをしているのかしら?」

 奈多夫人は比売御前に尋ねるが、空気の読めない比売御前はまた素直に答えてしまう。

「えっと、わかめ酒は当たり前で『酒を飲むのに器は要らぬ』と言ったり、湯につかる時は女の体で垢を刷り落すし、布団よりも女の温かみがいいと……」

「とてもよく分かりました。
  お館さま。今日、私にも同じ事をしてもらいますゆえ」

 むんずと襟元を捕まえて奥に引きずられる義鎮。
  顔が真っ青で、「ドナドナ」がとても良く似合う。
  というか奈多夫人妊婦なのだがそのぱわぁは何処から出るのだろう?

「あ、私も行くわ。
  じゃあ、娘よ。明日迎えにきてね」 

 と残して比売御前がほいほいついてゆく。
  いや、空気読めよとその場全員が心の中で突っ込んだが、口に出して言う猛者はいなかった。
  次の日、えらくげっそりとした義鎮が真面目に政務に励んでいるのを家臣は見るが、誰もそれに対して声をかける事はなかった。
  そして、えらく艶々な奈多夫人と比売御前が奥で談笑したりするのだが、これにも誰も声をかける事ができなかったという。

 

「で、どうだった?
  勝った?」

 宴が終わって、ぼろぼろの四郎を巫女服に戻った珠姫が連れ出して、のんびりと大分川の堤防を歩く。
  ちらちら雪が舞う中、繋いだ手の温かみが妙に残る。

「勝たせてもらいました。
  彼らとて、姫を悲しませたくはないらしく」

 珠姫は四郎を妾にすると公言している。
  つまり、次以降の愛人、もしくは主人の座はまだ空いているのだ。
 
「くすくす。
  私の上に跨るのは結構難しいわよ」

 口に手を当てて珠姫が楽しそうに笑う。
  その当たりは四郎も分かっており、自分一人の力など、謀略一家毛利一族の全面支援あっての事だと。 

「分かっております。
  それに見合うだけの働きは戦場にて見せる次第」

 その一言に実に機嫌悪そうな顔をしたので、慌てて四郎が付け足す。

「もちろん、閨でも」

 その一言に満足したらしく、珠姫はまた嬉しそうに笑う。

「よろしい。
  期待しているから」

 珠姫は四郎の手を離し、くるりと回って四郎の前に立ち、前屈みで胸を揺らして嬉しそうに口を開いた。

「メリークリスマス。四郎」

 四郎もそんな珠姫を抱きしめ、その唇に唇を重ねる。

「メリークリスマス。姫」

 抱きしめられたまま、珠は悪戯っぽく、四郎に囁いた。

「こういう時は、珠って呼んで」

 

 これからしばらく、珠姫は公務を休み、別府の遊郭から出てこなくなる。
  後に見つかった、珠姫の日記と言われるものにこんな記述があるので、それをもってこの話を締めくくる事にしよう。

 

『四郎。
  初めてなのに抜かずの三段撃ち、マジ自重』

 

 戦国の世は終息に向かいつつも、まだ戦は続き、大友家も珠姫も四郎元鎮も幾度も戦をくぐり、多くの血を流す事になるが、それでもこんな奇跡は起こせるという。
  これはそんな話。


 

戻る 目次