戻る 目次 

大友の姫巫女

外伝その二 日本で初めてのすいーつクリスマス(前編) 

永禄七年(1564年)十二月二十四日 別府

 観海寺温泉。
  別府温泉群の中でも山側の温泉群であり、その別府湾を見下ろす絶景はすばらしいものがある。
  そんな温泉郷に立てられた巨大城郭は、現在建設を進めている府内城に勝るとも劣らないものであった。
  だが、この城は建前上、城とは呼ばれていない。
  大友家長女珠姫が作りし大遊郭なのだった。
  本丸御殿、二の丸御殿、三の丸御殿に建てられし遊郭はそれぞれ価格によって区別され、各御殿には風呂が常備。
  本丸御殿には別府湾を一望できる露天風呂が備わっている。
  更に御殿外郭には病院や保育所に学校が作られ、遊女達が生んだ子供は読み書き算盤を教えて姫の側近に取り立てるという。
  また、この学校は学ぶ者に門戸を常に広げ、取り立てる者も貴賎を問わない旨が徹底されている。
  とはいえ戦国の世だけに、絶壁によって各遊郭は敵の侵入を阻み、その外壁には櫓が立てられて薙刀を持つ姫巫女衆が警護についている。
  ここで働く遊女の数は千人を越え、宇佐の本拠を越える規模と人員は誰もがここを姫の本拠と勘違いするほどだった。
  ここまで無茶ができる背景として、宇佐神宮巫女という宗教的権威に、大友家長女という権力があるのも見逃せないが、さらに遊郭やその他からあがる、金銭収入という裏づけがあるからこそ可能なのである。
  何より一番大きいのが、土地本位の封建制において金銭流通を主軸においている彼女の富の源泉を、国人衆が理解できない、つまり彼らの権益を侵していなかった事が大きい。
  その名前は欧州にまで轟き、アジアの商人達に「一度は行って見たい」と言わしめる快楽の街の女の城は、その立地と城と呼べぬゆえに人からは杉乃井御殿と呼ばれていた。

「♪ふんふんふ~ん」

 露天風呂で裸で泳ぐ少女が一人。
  既に雪がちらつき、露天風呂の庭先に積もっているというのに柚子が浮く湯の中が気持ちいいらしく、鼻歌を歌いながら人魚のようにその体を湯に任せていた。

「姫様。
  そろそろ支度をいたしませぬと」

 珠姫付きの侍女長である麟が不機嫌な顔をして告げる。

「まだ、四郎との事認めてないの?」

 珠の声は上機嫌らしく、湯船から上がり侍女達に体を拭かせながら麟に向かって笑う。

「かの者は毛利の一族。
  この縁にて姫様が害される可能性が高こうございます」

「じゃあ、そのあたりの侍に私の初夜をあげろと?
  もしかして、一人身で女とまぐわっていろとは言わないわよねぇ?
  麟姉さんだって結婚決まったんじゃない」

 それを言われると、まったく返す言葉の無い麟だったりする。
  なお、麟はこの後吉岡長増の子鎮興と祝言をあげるが、その費用を一手に出して盛大な祭りにしたのは珠だったりする。
  また、祝言後に麟は侍女長の地位を外れるが、この杉乃井御殿御殿代(城代)として珠の腹心として使え続ける。
 
  実際、珠の処遇について大友家は父義鎮を始め、加判衆一同が頭を悩ませていた問題であった。
  珠が得ている収入は知行が宇佐・香春・筑豊十万五千石に遊郭や鉱石販売など含めると二十万石にのぼる。
  既に大名と同等の権力を有している彼女の婿を誰にするかで、一同が大いに悩んだのだった。
  そんな中、珠を追って宿敵毛利から元就の四男たる少輔四郎が出奔してくる。
  もちろん婿に出来る訳がないのだが、珠が気に入っているし。また適齢期だし、孫も見たいしと悩みが尽きない中、珠は一同に対して、平然とこんな事を言ってのけた。


「大丈夫よ。
  四郎は妾にするから」

 その時の一同の顔を表現するなら、

( ゜Д゜)゜Д゜)゜Д゜)

 まさにこんな顔だったという。

 いや、まさかまだ十五で処女の娘にいきなりそんな事言われて「うむ」と返事をする親がいたら見てみたいものである。
  その後、養母の奈多夫人(妊婦)からは「夫の悪い所ばかりまねして」と珠の尻を叩きながら夫を責め、義鎮は義鎮で「お前の育て方が悪いからだ」と責任転嫁。
  地味に夫婦の危機が迫っていたのだが、やる事しているのである種のろけに見えるのは気のせいだろうか?
  戦国の世ゆえ家族の事はひとまずおいて、利害と打算でこの案を検討すると悪い話でもない。
  要するに、四郎と珠の子供の正当性がなければないほどお家騒動は起こらない。

 これに先立ち、香春城代の吉弘鎮理(高橋紹運の方)を秋月旧領を加えて独立させようと珠が申請して、加判衆を驚かせる羽目に。
  珠にしてみれば持ちすぎた権益を削って身綺麗にする施策の一つなのだが、土地に拘る彼らからすれば「何考えている小娘!」と怒鳴りたくもなるだろう。
  秋月騒動時に手に入れた筑豊秋月十五万石も、珠はあっさりと秋月旧臣の知行(五万石)を安堵し、大友に反抗的な豊後安岐城の田原親宏(田原本家)を筑豊・秋月五万石で移設するなど知行にまったく拘っていなかった。
  なお、田原親宏はこの一件を持って「姫様に何かあれば真っ先に駆けつける」と公言するほどの珠姫贔屓になる始末。
  民からも慕われ、香春城代の吉弘鎮理も「城代で結構」と断った為にこの話はお流れになったのだが、この話が成ると加判衆の父吉弘鑑理より知行の多い次男という凄くやっかいな問題を抱えただけに、吉弘鑑理などは珠姫に「領主としての自覚を」と懇々と説く羽目に。
  珠姫当人は「領地をちゃんと経営して、功績ある者を賞しているのに何が悪いのよ!」とえらくお冠だったが。

 ならばと、珠姫が出したのは香春・筑豊の直轄案。
  義鎮直轄にすれば問題はないだろうという正当な理由なのだが、これはこれで問題がある。
  義鎮直轄で代官として差配するのは、当然豊前松山城に詰めていた田原親賢となり田原一族の影響力が強くなりすぎてしまう。
  田原親賢は彦山川合戦に従軍し、千家宗元内応の功績があるとはいえ義鎮の寵臣という事もあり、府内ではまだ評判が良くなかった。
  珠姫が抑える現領は、誰がもらっても問題が出るという事を露呈させただけであり、結局、現状通りにせざるを得なかっただけに、この婿問題は、ある種自業自得ともいえるだろう。

 更に、四郎の元服問題が一同の頭痛の種を増やす。

「わたし、これから女になりまーす♪」

 と、頭に花を咲かせて色ボケている珠姫の相手が男になっていない、つまり元服していないのはもの凄く問題がある。
  で、一応毛利側にお伺いを立てたが、

「四郎は毛利を出奔した身ゆえ、どう扱っても構わぬ」

 と、にべもない返事。
  で、そのまま受け取って毛利側に開戦理由にされたらたまらない。
  出奔した身の上、毛利の名前を名乗らせるのもどうかという話も出て、またこれが話をややこしくさせる。
  中国六カ国を支配する毛利家の四男をある種人質にするようなもので、粗略に扱えないのだった。
  で、名乗りをあげたのが珠姫に入れ込んでいる田原親宏。
  息子がいないのを逆手に取って、「うちの娘と結婚させてうちの養子に」と手をあげてまた大問題に。
  ただでさえ筑前に加増されて移され、反抗的だった田原家に大友最大の仮想敵国毛利家の一族が婿養子なんて、悪夢以外の何者でもない。
  しかも、それで珠姫とまぐわうのだから、不義密通以外の何者でもない。

「それはそれで燃えるから問題なし♪」

 と、ほざいた珠姫は奈多夫人に説教のために奥に引っ張られていった後、一同の義鎮を見る視線がものごっつ冷たい。
  義鎮も加判衆の顔をまともに見られず、横を向いて目をあわそうともしない。

「殿。色々と自重して欲しいのですが……」  

 加判衆を代表して戸次鑑連が一言。
  それに、義鎮は、

「すまん」

 と頭を下げざるを得なかった。
  流石に己の所業を娘がまねしていると説得されれば、親として心が痛むのだろう。きっと。

 結局、あーだーこーだと話す事数日、四郎には毛利を名乗ってもらい、元服は義鎮にしてもらうことでやっと落ち着く事になる。
  そして、凄く長い前ふりだったが、珠姫のうきうきしたよそ行き準備はその元服式が、今日府内で行われるからだった。

 

 

(一言)
  すいーつな話を書こうと思ったらこれだよ!
  後編はあまあまに成る予定。多分。きっと。

(おまけ)
  四郎と珠のえろい話を書きたい人へ。
  私は一向に構わん!
  というか書いてください。お願いします。(土下座)



 


戻る 目次