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大友の姫巫女

とりあえず最終話 別府湾から見た景色 

「姫。こちらにいらしたのですか?」

「うん。
  ちょっと潮風を浴びたくてね」

 朝前の海は暗く、波の音だけが私の耳に届く。
  襦袢だけ羽織って甲板に出てきた私だが、いつもの事なので船員はさして気にする様子も無い。
  そんな明けの海を眺めていたらいつの間にか四郎が後ろに立っていた。

「よろしかったのですか?」

 全てが終わったから気が緩んだのだろう。
  私を抱きしめたまま、四郎が耳元で囁く。

「こうして貴方に抱かれている。
  それが答えじゃ駄目かな?」

 答えながら私は数日前の出来事を思い出していた。

 


  畿内で行われていた戦が一段落してから数日後。
  朝廷の仲介で正式に大友家と毛利家の和議が成立する。
  同時に、双方の家による同盟関係も公表され、西国の大部分から戦が消えることになった。
  で、私達も京に居る必要が無くなり、堺から帰る日の事である。

「のんびり滞在すれば良かったのに」
「まったくですぞ。
  できるならこのままこちらで暮らしませぬか?
  屋敷から生活まで全てこちらにて面倒を見る次第で」

 名残惜しそうにひきとめようとするのは、羽柴秀吉とねねの夫妻。
  私達の供応役を信長から命じられたらしいのだが、

「しかし、あんたが姫様だったなんて知らなかったわ」

 某携帯ゲームの影響もあってか、実にねねさん納得の姉さん女房ぶりが。
  帰りに秀吉の勝龍寺城に滞在したのだがこれが罠だった。
  彼女、秀吉より年下なのだがしっかり秀吉を尻に敷いてやがる。
  なお、ねねさん達と夜の話で大盛り上がりだったのはさておき。

「そーいや、あんた子供どうしたのよ」

「かかさまが今見てくれているわ。
  あんたの祈祷で見事男の子ができてね。
  もう、旦那のはしゃぎようったら……」

 あ、秀吉のおかんのなかさんもこっちに来ているのか。
  おーおー。
  のろけちゃってまぁ。

「ねねよ。
  こんなとこで言うでない。
  恥ずかしいじゃねーかぁ」

 中々見れないシーンを私は見ているのだろう。
  何しろ羽柴秀吉が真っ赤になって、ねねに抗議している姿なのだがら。
  秀吉、本気で惚れていたんだな。
  の割にはけっこう浮気癖があるのがたまにきずなのだが。

「でさ、また祈祷をお願いしたくてさ」

 だから連れてきたのね。
  羽柴秀長の嫁を。

「そ。
  頼むわ。
  色々お礼するからさ」

 いや、ねねさん。
  あんた誰に物言っているか分かってる?

「姫様。
  あんたに決まっているじゃない」

 うん。分かってない。
  この人絶対に分かってないよ。
  大友毛利連合の次期盟主の地位がどれだけの金と献上品を生むか分かってないよ。
 
「分かっているわよ。
  どうせ、支払うのは殿様だし」

 ぶっちゃけやがった。
  旦那よ。
  今、あんたの女房とんでもない事を言っているぞ。

「おお、それは確かに。
  えんりょなく祈祷をば」

 乗るなぁぁぁ!
  そこで乗ってどーするっ!
  あんたが突っ込まないと話が進まないだろうが!!
  まぁ、豊臣政権の可能性を考えたら一門はもう少し多い方がいいのも事実だし。

「はいはい。
  すりゃいいんでしょうが。祈祷」

 とりあえず二人とも女にしとくか。
  これで外戚が作れるから豊臣政権内は後継者がいないという事もあるまい。
  さすがに後継者争いで割れるまでは知らんが。

「ふふっ。
  姫から色々聞いているから、あとで楽しみにしてよね」

「おうとも。
  次の子の為には国でも取って見せようぞ」

 祈祷終了後の羽柴夫妻のコメントなのだが、やりそうだからマジで怖い。

「そういえば、北の方様からも言伝をもらっているのよ。
  『あなたが奥に入るのを楽しみにしているわ』って」

 入らないから。
  というか、斉藤が滅んでも奥に残っているのですね。
  濃姫よ。

「北の方の入れ込みも殿様並みだから。
  『私の仕事は彼に美濃を与えるまで、彼に天下を与えるのは貴方の仕事』って」


  あ ん た も か


  聞くと、尾張脱走時の一部始終を聞いて、「絶対手にいれろ!」と猛プッシュしたとか。
  さすがマムシの娘。
  まぁ、祈祷の代わりにねねさんに料理を教えてもらったり。
  いや、姫だからって料理させてもらえなかったのよ。
  気づいてみたら、私、ねねさん、まつさん(あんたいつ来た)の三人で料理を作っていたり。
  安く美味しく多くという料理の基本をきっちりと学ばせてもらいましたよ。
  今度四郎に手料理を振舞ってあげるのだ。
  そんな素敵な奥さんであるねねさんだから私の脳内では、

「ねねは秀吉の嫁」

 という事実が紳士どもに耐えられないという愉快な妄想が、が。
  まぁ、私は凛子派なのだけど。
  しかも、ファンのきっかけが某国営放送のカードアニメではなく、某学園告白ゲームのラジオパーソナリティなあたりかなり上級紳士っぽい。
  あ、まつさんはツンデレでした。
  待てよ?
  この流れだと、まつさんが凛子なのは確定的にあきらかだとして、私、愛花?
  うん。愛花ファンの紳士に殺されるからそろそろ止めよう。
  で、私達三人+政千代・白貴姉さん・恋の料理をぱくつく四郎と羽柴家家臣一堂に、織田家馬廻衆。
  なんでてめーらがここにいると言ったら、秀吉がさらりと一言。

「殿のご命令で。
  『戦も無いし、あの蛇(ボンバーマン)の近くに備え無しで置いていたら噛まれそうだからついとけ』と」

 そのあたりの状況判断と洒落っ気は信長らしいわ。うん。
  で、まつさんを連れてきたのは誰の差し金よ?

「……まぁ……その……
  手を回したのがそれがしだが……ねねが……まつ殿の文で……」

 つまりあれか。
  まつさんデレイベントなのか。これは。
  戦が終わってほっとしたら、顔が見たくなったとやってきたのか。この人は。
  そしてそれを手紙で知って織田家重臣である秀吉に段取り組ませたというのですか。ねねさん。
  いろんな意味で勝てねえと何か感じた今日この頃。

 四郎は四郎でいい機会と、前田利家に槍を習い、前田慶次と馬を駆け、佐々内蔵助に鉄砲を学んでいたり。
  別名、可愛がりという名のふるぼっこ大会なのだけど、これに勝手に参加した掘久太郎や仙石権兵衛よりも長く可愛がりを受けたあたりさすが四郎と言う所か。
  まぁ、信長を前にあれだけ大見得を切ったのだから、早く信長に追いつきたいのだろうなぁ。
  それが分かるだけにますます四郎が好きになる。
  ちなみに、滞在中に山中幸盛や井筒女之介とも初めて顔を合わせたり。
  殺意と敵意を隠さない井筒女之介を制した彼の言葉、

「小金原より前、あんたが尼子を支援してくれていたのにそれを繋ぎとめる事ができなかった。
  だから尼子は滅んだんだな」

 の言葉に、こいつもチートだなといやでも思い知らされたり。
  で、そんな彼を手玉にとった毛利元就はやっぱり化け物だわと思い知らされたり。 

 まぁ、そんな事でさらに勝龍寺城に滞在するハメに。
  実にゆるゆると畿内を旅してやっと堺に入ったのだった。


 
「ごあいにくさま。
  やっぱり家が一番落ち着くのよ。
  娘も居るしね。

 なお、小早川隆景は先に戻っていたりする。
  大敗をかました、備中三村家の建て直しと備前浦上家と宇喜多家の離間工作の為に、安国寺恵瓊とまだ東奔西走するらしい。
  ご愁傷様である。
  なお、臼杵鑑速も先に戻っていたりする。
  和議成立後に起こるであろう外交関係の変化に対応する為にも急いで戻る必要がある訳で。
  本当ならば、私も一緒に戻る予定だったのだ。
  それを、この眼前の羽柴夫妻の遅滞攻撃にやられまして。はい。

「ふむ。
  祈祷で加護を得て、夜の合戦に挑むか。
  羽柴殿も大変よの」

 お願いですから笑わないでください。ボンバーマンこと松永久秀殿。
  悪魔が笑っているようでめちゃくちゃ怖いですから。
  というか、何で当然のように堺にいるのですか?あなた?

「姫の見送りだが。
  羽柴殿。それがしも夜の合戦には一家言ある身ゆえ一度話を。
  何、茶室で茶を振舞いながら語り合いましょうぞ」

 それ、凄く死亡フラグっぽいのですが。
  まぁ、夜の閨で行われる合戦にこのボンバーマンが一家言あるのは事実で、性技指南書を著していたり。
  で、遊女を辞めるつもりはないらしい恋が修行の為に彼のところに滞在していたらしいのだが、これが外交問題になりかねない大問題をやらかしていたり。
  詳しくは語らないが、その時の私と信長の言葉で分かると思われる。

「「仕方ないよね。森一族なら」」

 何しろ、被害者の私と加害者の信長がそれで手打ちをしているのだけど、完全に蚊帳の外に置かれたボンバーマンこそいい面の皮な訳で。
  今思ったが、もしかして次男へのあの大甘裁定はこれが原因か?

「畿内での振る舞いは貴殿にお任せしますわ。
  あなたの害にならない程度に、大友毛利を売り込んでくださいませ」

「おや、毛利も売り込んでもよろしいので?」

 こちらの皮肉をこのように返せるからボンバーマンなんだよなぁ。
  さらりと毒を吐きやがる。

「当然。
  いずれ織田とは争うことになるでしょうから、今仕込んでおけば高く売れますよ」

 こちらの含みをわかって笑う姿が頼もしいほどに怖い。
  本当にこのじじいは、謀反で自滅するのか実に疑わしくなっているのだが。

 さて、船に乗ろうかと思ったらなにやら周りが騒がしい。
  周りを見ると秀吉についていた信長馬廻衆が整列してるし、秀吉と久秀が目で笑い会ってやがる。
  まさか…… 

「間に合ったか!
  もう出て行ったかと思ったぞ!!」

 当たって欲しくない予想は見事に的中し、一騎駆けですか。覇王様。
  呆れて何を言っていいか分からないけど、とりあえず突っ込んでおく。

「あんた、美濃で仕事じゃなかったのよ?」

 唖然とした私の顔がおかしいのだろう。
  実に楽しそうに信長が笑う。

「その仕事をしにきたに決まっているだろう。
  忘れたのか?
  馬をやると言ったのを」

 ああ、京にあがる道中でそんな事を言ったような……って、まさか……

「とりあえず、こいつはうちの牧場で一番の駿馬だ。
  もってゆけ。
  足は美濃からここまで駆けて来たから保証するぞ」

 これだけの為にわざわざ美濃から堺まで駆けてきますか。信長。
  そして、やっと察した。
  羽柴夫妻の遅滞攻撃はこれが理由なのだと。
  その信長の顔を呆れた様子で見ていたら、彼の真顔の視線とかち合う。

「姫巫女。
  この間の問いの答えを聞きに来た」

 四郎アウトオブ眼中ですか。覇王様。
  たしかに、彼の問いに私は答えてない。


  時が止まる。


  皆が私の言葉を待つ。


  それが世界を決める言葉である事を知っている。


  だから、


  信長が、


  秀吉が、


  四郎が、


  私の言葉を待った。

 

 

「天下を取る意思が無い者に、天下なんて転がり込む訳がないじゃない」

 

 

「本音は?」

 


「知ったことか。天下など。
  私は、私の傲慢を貫いてやる。
  だから、天下なんかこっちから振ってやるわ」

 


  吐き捨てた捨て台詞の後で私が笑う。
  それを見た信長も笑う。
  多分予定調和の言葉。
  それは、私も信長も分かっていた。
  だからこそ紡がなければならない言葉。
  歴史には書かれないだろう、これは特異点。
  この瞬間をもって、大友珠は織田信長に対して宣戦布告した事を。
  いずれ起こる西国大乱の道が今敷かれた事を。
  知っているのは、私と信長だけ。

「俺は欲しいものは必ず手に入れる男だ」

「知ってる。
  だから、私を手に入れるなら精々九州までやってきなさい」

 信長の視線がいつのまにか私の隣の四郎に移る。
  四郎も私の手を握り、信長から視線を逸らさない。

「小僧。
  毛利のじじいが死ぬまで預けておいてやる。
  それまで精々乳繰りあっていろ」

「その言葉、戦場で返してやる。
  その時まで、精々一人で天下と踊っているがいい」

 それが、私達の堺を出る挨拶となった。

 

 

 朝前の海は暗く、波の音だけが私の耳に届く。
  潮風は穏やかに私達を豊後に運ぶ。
  この闇もいずれ朝日に消され、世界が鮮やかに現れるのだろう。
  里帰りをしていた鶴姫達を乗せて南蛮船は別府湾に入る。

「本当は」

 ぽつりと本音が漏れる。

「信長について行ってもいいなって思ったのよ。
  少しだけ」

 四郎は何も言わずに抱きしめるだけ。
  その暖かさがとても愛しい。

「けど、彼の道は、並んで歩く事はできないのよ。
  それだけが唯一、決定的に相容れなかったわ」

 抱きしめる四郎の手を握る。
  絡める指の強さに四郎の思いを感じる。

「四郎とは並んで歩ける。
  いえ、他の人とも。
  父上や母上、養母上や、麟姉さんや政千代、鶴姫や恋とも……」

 こぼれる言葉を塞いだのは四郎の口だった。
  絡める舌が、握り締める手が、私を包む体が私を満たしてゆく。

 

「愛しています。珠。
  信長よりも、天下よりも」

 

 日が昇る。
  夜の幕が消えて、別府湾がその全貌を現す。
  ぱっと広がった私の世界に映る四郎の笑顔を、私は一生忘れない。
  天下に逆らった私の手を闇の中握り締めた四郎の手の暖かさを、私は決して忘れない。
  くやしいけど、
  織田信長を振ってまで、
  やっぱり私は四郎が、
  立花元鎮が好きなのだから。

「何をやっているのじゃ!朝っぱらから船上でっ!!」
「姫様、おはようございます」

 やっと起きたらしい、鶴姫と恋が同じ襦袢姿で私達に駆け寄る。
  なお、三人ともお腹に四郎の子が居たり。 

「姫様っ!
  またそんな格好で出歩いてっ!!」
「あ、おはよ。姫」
「白貴さんも襦袢姿で出歩かないっ!!」

 鶴姫の声につられてか政千代と白貴姉さんもこっちにやってくる。
  朝日に輝く別府湾は波が輝き、澄みきった青空を背景にした府内の街が私達を出迎える。
  相変わらず杉乃井御殿からは湯煙が絶えない。
  瓜生島に停泊している南蛮船やシャンクの船員もこっちを見ている。
  大友の杏葉紋が彫られた帆から、この船に私が乗っているのが分かるのだろう。
  下手な船だと衝突とか起こるけど、この船の船長は安宅冬康だから心配していない。
  府内の街を眺める。
  南蛮人の襲撃でもその繁栄は衰えず、府内城の天守閣がその繁栄を誇るかのようにそびえていた。
  府内の港が見える。
  近づくと出迎えなのだろうか、みんなの顔が見える。
  あ、麟姉さんと舞達が手を振ってる。
  その前に長寿丸と知瑠乃も手を振ってる。
  流石に喧嘩はしていないみたい。流石の手並みだな。二人の後ろにいる大谷紀之介よ。
  八重姫と九重姫発見。
  瑠璃姫と旦那の藤原行春は杉乃井だろうから出迎えに来たと見た。
  爺こと佐田隆居、ハヤテちんこと佐田鎮綱もいる。
  わざわざ宇佐から出てきたのかな?
  一万田鑑種や高橋鎮理は流石にこっちに来てないか。
  あの二人が仕事を放棄してこっちに来るとも思えないし。
  更に視線を移すと母上と養母上が交互に黒耀をあやしながらこっちを見ている。
  地味に養母上のお腹が膨れている辺り、さすが父上という所か。
  で、その父上もこっちを見て笑っている。
  吉岡老と田北老、軍師の角隈石宗に戸次鑑連や田原親賢が父上の側に控えている。


  これが、私が天下を捨ててまで求めたもの。


  振り返る。
  四郎が笑う。
  鶴姫はきょとんとしているが、恋に促されて微笑んで見せた。 
  政千代も白貴姉さんも私達を見て笑っている。
  その笑みで分かる。
  私も笑っていると。
 

 ここが私の居場所なのだと万感の思いをこめて、みんなにその言葉を口にした。 


「ただいま」

 

 

 大友の姫巫女   とりあえず終わり


 

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