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大友の姫巫女

第九十六話 覇王対姫巫女 姫巫女的閨での睦み事

 京都に来てからはや一週間。
  珠です。
  え?前回の返事はどうしたったて?
  はぐらかしてそのまま逃げたに決まっているじゃないですか。
  まぁ、この話はおいおいするとして。

 さて、京でのお宿は一条おじゃる丸……もとい一条兼定亭を利用。
  屋敷の建築段階から私が銭出しているんで、大友家の京都滞在施設として屋敷の中に私の別邸をこさえていたりする。
  屋敷の周囲に堀をめぐらし、土塁で囲まれて四隅には櫓を配置。
  家人も多く、彼らの屋敷も周囲に作らせているので、ちょっとやそっとでは攻められない造りになっている。
  このあたりおじゃる丸も腐っても戦国大名をやっていただけある。
  で、二条城に誘う羽柴秀吉の誘いをふりきって一条亭にやってきた訳なのだけど、これも信長をはじめ織田家の軍事行動のおかげだったりする。

「朝倉家が軍を率いて琵琶湖西岸を南下!」

という報告が行軍中に届いてなかったら、私はあの場で覇王にあの問いの答えを言わなければならなかっただろう。
  内心ほっとすると同時に、

「もうちょっと早く来いよ」

 と朝倉軍を心の中で罵倒したのは内緒。
  結果、京まで一緒にやってきた織田軍二万六千は、近江の織田勢を糾合して三万以上の兵を集めて近江国堅田に陣を敷いて朝倉軍を迎え撃つらしい。

 どーでもいい話だが、一条亭到着の夜、四郎はめちゃ激しかった。
  具体的に言うと、次の日もその次の日もしっぱなしで離してくれないぐらい。
  まぁ、あの場での嫉妬の炎が燃えあがったのだろうなと、欲望全て体で受け止めてあげましたよ。
  繋がったままご飯口移しとか素敵駄目プレイとかもできたし。
  ここで、四郎をちょっと見直したのが、やってる時に一言も非難や不安を漏らさなかった事。
  はっきりやせ我慢と分かっているんだけど、それを口に出さないあたり私的ポイント+1だったりする。

 まぁ、信長のあの告白は本気でぐらついたけど。
  あのカリスマある告白は女だったら絶対落ちる。
  男でも落ちる。
  実際落ちかけた。
  あのまま畳み込まれていればやばかったと思う。
  その答えを口に出さず、信長と顔をあわせることも無く京にて一週間。
  あえてその問いを心に封印して、仕事を再開していたりします。

「『ほととぎす なくやさ月の あやめぐさ』
  毎夜毎夜激しいことよのぉ……」

 古今和歌集を使って朝の挨拶から嫌味をぶちかましてくれる輩なんて、この館の主人である一条兼定しかいない。
  なお、この歌の全文は、


  ほととぎす なくやさ月の あやめぐさ あやめもしらぬ こひもするかな


  で、ポイントはかかっているあやめ。
  『あやめぐさ』とは菖蒲の事なのだけど、ぶっちゃけると前の区は後ろの『あやめ』を導く序詞で、『あやめ(文目)』は世の道理とかいう意味を持つ。
  つまり、

 (ほととぎすが鳴いて、あやめが咲き誇る)春先にもかかわらず、ものの分別のつかない恋をしているなぁ。

 という訳になる訳で。
  鶴姫という正妻がいるのに愛人といちゃついている四郎の事や、その愛人に堂々と告白しやがった信長や、そんな状況を作ってしまった愛人である私を見事にぶった切る皮肉歌に化けているのである。
  このあたり、日本の宮廷文学は本当に奥が深い。

「『かりにはあらず 契りしものを』。
  こればっかりは……ね」

 この私の返歌の前に、この歌遊びそのもののルールから説明しないと分からないと思うので、ちょっと説明する。
  歌――短歌――というのは、五・七・五、七・七によって構成され、五・七・五を上の句、七・七を下の句と呼ぶ。
  で、私と一条兼定のやった歌遊びだが、兼定は上の句しか言っていない。
  つまり、下の句を私が返す事で一つの歌を作るというゲームである。
  このゲーム、ここからが肝なのだが、意図的にルールが曖昧化されている。
  真面目に上の句の歌を継いで下の句を返してもいいし、今回みたいに省略された下の句の意味を読み取って、その返歌を上の句を省略した下の句で返答したりする事もOK。
  当然、できあがった歌のレベルを図る見方と、隠語で意味をやりとりする見方があり、恐ろしく高度な言葉遊びであり、読み手の知識とセンスを問われるゲームだったりする。

 で、新古今和歌集から返した私の返歌の全文は、


  春行きて 秋までとやは 思ひけむ かりにはあらず 契りしものを


  ポイントは『かり』で、『雁』と『仮り』をかけている。
  歌の訳は、

 春に去って、秋に戻るとは思わなかったけど、そんな(長く間を空けてしまうような)雁のような、仮の関係じゃないから。

 四郎(肉体的)とも信長(政治的)とも長い付き合いになると返すあたり、わたしも中々都合のいい女である。
  で、一条兼定と私の歌を足すとこうなる。


  ほととぎす なくやさ月の あやめぐさ かりにはあらず 契りしものを


  ほととぎすが鳴いて、あやめが咲き誇る春先から、雁がやってくる秋まで貴方と愛し合いたいのに。

 アラ不思議。
  歌としてはあまり出来はいいものではないが、ちゃんと求愛歌になっていたりするのである。
  冬どうするんだろう?この歌?
  歌った私が言うのもアレなのだが。 

「で、宮中の方はどうよ?」

 朝の雅かつ嫌味な挨拶も終わったので本題に入る。
  湯浴みして、香をたいて、着物を着ての挨拶だから、既に昼に近いという事は言わないように。
  一条兼定は優雅に扇を開き、庭の池を眺めながらため息をつく。

「駄目でおじゃる。
  三好の一件もあって、宮中は皆様子見を続けて動こうともせぬ」

 朝廷に蠢く公家にも格というのがあり、頂点に立つ摂関家を筆頭に、清華家、大臣家、羽林家、名家、半家と分かれる。
  さて、ここで問題。
  この一条おじゃる丸は何処に入るでしょう?
  実は摂関家なのだが、兼定自身はそれを自由に扱えない状況になっているのである。
  これも複雑怪奇な理由がありまして、
  まず、兼定の祖父に当たる一条房冬の弟一条房通が一条家を継いでいる。
  で、現在一条家の主は房通の次男で、兼定より五歳年下な正二位権大納言一条内基なのだが、子がいなかったりする。
  そんな時に、土佐でがんばっていた一条兼定が一族を連れて大友のバックアップつきで京に帰還。
  その金と権力(もちろん私が画策したのだが)によって、兼定の子供の一条内政が一条家を継ぐように仕向けていたりする。
  まぁ、こうして一条家乗っ取りは成功したのだけど、兼定自身は一条家の分家格で、従三位左近衛中将でしかない。
  それでも朝廷工作においては申し分ない格ではあるのだが、今回のように外部勢力が二派に分かれた状況で動くにはちと心苦しいのもあったりする。
  遅滞工作をかましてくれているのが、足利義昭というのがまた……。
  彼は京都に帰還後、関白二条晴良と組んで上杉輝虎と面識がある前関白の近衛前久を追放していたりする。
  朝廷内の上杉(足利義輝)勢力の粛清と、一条(つまり大友)に対する見せしめだ。
  関白と征夷大将軍のタッグは、代替わりで官位が低い一条家にはかなりきついハンデとなる。
  それで、私や小早川隆景が呼ばれた訳なのだが、野田・福島での三好三人衆を蹴散らした信長の勢いに押されて状況の改善には繋がっていない。

「そういえば、小早川殿が今日こちらに来るんだっけ?」

 私の問いかけに、何やら考え込む一条おじゃる丸はぽんと手を叩く。

「そう言う事を家人が言っておったような」

 もっと早く言えよ。そういう事は。

「姫。
  よろしいでしょうか?」

 そう言って現れたのは、ついさっきまで繋がっていた四郎なのだが、昼に見ると凛々しい若武者なのが素敵。
  おじゃる丸も、

「まるで平家の公達武者のようじゃ」

 と褒めてくれたのだけど、それ微妙に褒めていないような。
  たしかに水軍を抱え、厳島への信仰著しい毛利を平家になぞられるのは当たってはいるのだが、壇ノ浦で滅ぶとおっしゃいますか。あーた。

「何?」

「小早川殿と共に安国寺殿も来られるとか。
  つきましては、臼杵殿と共に話がしたいらしく」

 その時の四郎の視線に何かを感じた私は、軽く頷いて口を開いた。

「いいわ。
  一条殿、宮中へはお任せします」

「よかろう」

 億劫に頷いた一条兼定に挨拶をして私は四郎と共に部屋を出る。
  人目がなくなったのを確認してから、四郎がぽつりと本題を切り出した。

「先ほど、毛利の間者から連絡が。
  備前明善寺の合戦において、毛利・三村軍が浦上軍によって大敗したと」

「なんですって!」

 明善寺合戦っていうと、宇喜多直家唯一のガチ合戦だったような気がするが、三村軍だけでなくて毛利軍まで出して大敗って何よ?
  流石にこれ以上はうかつな事は聞けないので、閨にすっ飛んで行って詳しい話を聞く。
  まぁ。裸で繋がって、耳元で囁く様に話しているのはご愛嬌。
  間者がいても、別の声で聞こえないだろうし。

 で、詳細を聞いたはいいが、頭が痛くなるような惨さで本気でため息が出る。
  三村家親を討ち取られた三村家の弔い合戦という事もあって、毛利も本気で介入を決意。
  毛利輝元率いる毛利軍二万を含めた四万の軍勢にて、備前になだれ込んだという。
  ところが、これがそもそもの失敗の元だった。
  三村家主導の敵討ちという大儀が、毛利の侵略戦という大儀に化けてしまい、前線司令部が三村元親と毛利輝元の二つに分かれてしまったのだった。
  また、毛利の次期当主を危ない目に合わせられぬという名目(もちろん、本音は三村の戦に毛利が出てくるなという三村側の拒絶である)で、輝元および毛利軍は備中高松城に待機してついに戦に関わらずじまい。
  逆に、毛利の援軍まで含めた浦上側は四万という大軍に驚き、総動員をかけて一万五千ほどの兵を集めて迎撃する事に。
  合戦そのものは、明善寺山を攻めた三村軍二万とそれを迎撃した宇喜多軍五千で行われ、背後の毛利輝元に気を使い戦意が低い備中国衆が、地理を知り戦意も高かった宇喜多勢に蹴散らされる。
  しかも、謀将よろしく三村軍に偽りの降伏をした岡山城主金光宗高と中島城主中島元行、舟山城主須々木豊前守を寝返らせ三村軍の背後を叩くという容赦のなさぶり。
  かくして包囲下にとじこめられた三村軍に、追い討ちとなる浦上宗景率いる一万の援軍が宇喜多軍に到着。
  前線の三村軍と連絡が取れなくなった毛利輝元が慌てて出陣してきたら、既に三村軍は総崩れでこれに毛利軍まで巻き込まれるという情けなさ。
  この合戦で、毛利・三村軍は五千の将兵を失い、三村元親・庄元祐・三村元範・植木秀長・中島加賀守をはじめ、三村家の一門譜代諸将の殆どが戦場の露と消えるという凄まじさ。
  一戦もせずに撤退した毛利軍によって、浦上軍の備中侵攻という事態は無くなったみたいだけど、何?この耳川合戦。
  聞き終わった後の徒労感と、何か四郎とやっていた快感のほどよいブレンドに身を委ねながら、私はため息をつく。

「こっちに向かっている兄上が、軍監としてついていればこんな無様な様を見せる事はなかったと思うのですが……」

 四郎の呟きに私も頷く。
  彼の兄である小早川隆景が輝元についていれば、こんな醜態にはなっていなかっただろう。
  いや、彼がいなくても四郎が毛利輝元についていれば、この失態は防げたはずである。
  毛利の三の矢と隠し矢まで京に持ってきてしまった、己の失態であり、弄くりまくった歴史の手痛いしっぺ返しに私も苦笑するしかない。

「何がおかしいのですか?珠?」

 閨の睦み事だから、四郎は私の事を名前で呼んでくれる。
  四郎の上で深く繋がったまま、私は微笑みながらその問いに答える。

「別に。
  ただ、天下って思い通りになるものじゃないなって思い知っているだけ」

 信長はそのあたりをどう思っているのだろうか?
  人生には無数の困難があり、恥辱と後悔にまみれる失敗がある。
  そして、それらと折り合いをつけてゆくのが人生だと思っていたが、彼はどうやらその全てをねじ伏せる気らしい。
  その果てが本能寺であっても彼はその選択を止めぬし、後悔しないのだろう。

「姫さん。
  やってる?」

 そう言って入ってきたのは白貴姉さん。
  御簾越しとはいえ、影や臭いで何をやっているか分かるのだろうが、そこはトップクラスの遊女ゆえ顔色一つ変えない。
  まだ、政千代あたりは真っ赤になって恥ずかしがるのでからかいがいがあるのだが。

「堅田の織田軍が兵を引いた。
  比叡山に篭るみたいで門徒と揉めているわ」

 はい?

「えっと、もう一回、織田軍が何処に篭るって?」

「だから叡山。
  あっこの娘達、うちと知り合い多いから間違いない情報よ」

 

「あははははははははははははっ!
  何よ!この素敵な世界っ!!
  全然思うとおりにならないじゃない!!!」

 

 四郎や白貴姉さんには分からないだろうな。
  この歴史の皮肉は。
  あの信長率いる織田軍が、比叡山に篭って朝倉軍と対峙するですって?
  信長。あんた気づいている?
  あんたが果てまで眺めたいと言っている天下は、この日ノ本だけでこれだけの顔を見せてくれている。
  天下が私を選んだ?
  そんな訳ないじゃない。

 

 私もあんたも、天下に遊ばれているのよ。

 

「ちょ、姫さんどうしたのよ。
  そんなに狂ったように笑って。
  四郎殿。まさかやり過ぎて壊した?」

「白貴太夫、失礼な事言わないでください。
  むしろ私が討ち死に寸前で……」

 何か失礼な言葉が耳をよぎったが、気にする事無く涙まで流して、私は四郎の上で繋がったまま笑いごろげたのだった。


 


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