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大友の姫巫女

第九十三話 覇王対姫巫女 東亜大航海浪漫 

 珠です。
  現在堺に滞在中です。
  いや、眼前で合戦なんてやっているから京に上がれる訳も無く。

 京に上がるには二つのルートがある。
  一つは陸路で、もう一つは船で淀川を上るルートなのだが、船を使うルートならば問題なく京に上がれたりする。
  まぁ、京に上がらないのは理由があって、現状京は信長が支配する敵地というのが最大の理由だったりする。
  じゃあ堺はどうかというと、商人の自治都市というのとすぐ南蛮船に乗り込んで逃げられるという事もあって、畿内滞在中の拠点にと考えている。

「とりあえず、安国寺恵瓊と合流して頂戴。
  彼、京で調停工作を既に始めているはずだから」

「畿内情勢は複雑怪奇ですな。
  このまま進めてよろしいのですかな?」
 
  一緒に来ている臼杵鑑速との打ち合わせで、彼は盛大にため息をついた。
  何しろ信長が負けて京に足利義輝が帰還した場合、全ての外交・朝廷工作が無駄になりかねない可能性を秘めているのだから。
  とはいえ、私自身は織田信長のチート加減を良く知っているから、信長一点賭けでファイナルアンサーなのだが。
  それを知らない臼杵鑑速はのため息は、私の一点賭けに対する懸念でもある。

「信長が京を失う事は無いわよ。
  そのあたりは安心していいわ。
  京都の奉行に羽柴秀吉も居るしね」

 勝龍寺城城主羽柴秀吉は与えられた三千の兵で京を守っているが、現在四国から上陸してきた三好三人衆がその矛先を京に向けたら風前の灯でしかない。
  だが、足利義輝に京に戻ってきてもらうと困る松永久秀は、その一点では織田信長と利害を共にしている。
  姉川の復讐とばかり、織田信長が近江横山城を落とした報告はこちらにも届いている。
  これで信長は東山道の確保に成功し、京への最短ルートを握った信長なら一週間で三好三人衆以上の兵を集められるだろう。
  その程度の足止めなら松永でも十分できる。

「上杉はしばらく関東に出張らないと無理でしょうね。
  姉川の代償は高くついたわよ。かなり」

 東国からながれてきた噂だと、上野国箕輪城が陥落。
  武田北条連合軍の猛攻の前に、上杉輝虎の後詰も期待できない箕輪城は奮戦の後落城。
  長野業盛は城と運命を共にし、長野家は滅びる事となった。
  更に織田の支援で武田は飛騨にも進出し、その過半を制圧。
  武田信玄の高笑いが聞こえてきそうである。

「では、織田と誼を結ぶので?」

「お付き合い程度には。
  けど、織田はいずれ敵に回るわ。
  伸びて欲しくないけど、今は手を握るってのが正直な感想かな」

 わかんないだろうなぁ。
  現状での織田の窮地を見ているならば。
  史実の信長はこれよりもっとしゃれになってない状況からひっくり返した所を知っているのならば、これがどれほどぬるい情況なのかを。
  何しろ史実における信長最大の仇敵であった石山本願寺がまだ動いていない。
  彼らのもっか最大の懸念は制圧された加賀であり、その矛先は加賀を蹂躙した上杉や朝倉に向かっていたりする。
  そんな状況下で織田というあらたな敵と当たりたくないというのが本音だろう。

 信長の最大のチート加減は、濃尾という豊かな国土で常時徴兵される傭兵と、その傭兵を駆使し続けた戦略にある。
  何時でも何処でも相手以上の兵で押せるその動員能力と、その動員を効率的に使うために戦場を主導し続けた戦略勘こそ彼のチート能力の最たるものだろう。
  そんな彼が、三好三人衆相手に何も考えてないはずがない。

「四郎。
  あんたが信長なら、どのタイミングで三好三人衆に殴りかかると思う?」

 四郎に話を振ってみると、四郎は地図を見つめたまま呟く。

「高屋城が落ちる前でしょう。
  三好義継は、織田信長の傘下に入る事を表明しています。
  彼を見殺しにする事は、後詰めの失敗を意味するはず」

 高屋城の三好義継側は畠山高政主導の下、河内や紀伊の国衆に雑賀衆を雇って八千程度かき集めているとか。
  まともに戦えば負けるのは間違いないが、籠城で時間を稼げるなら、松永や織田の援軍が期待できる畠山高政にも手はある。

「ま、そんな所でしょ。
  だから、三好の連中が一戦終わるまでのんびり堺で待ちましょうか」

 この時はそう思っていたのだ。一応。

 


「まず、お手元に配られた地図をごらんください。
  大陸、南蛮のおもな交易路を記載しております。
  現状、南蛮から大陸にかけては二つの道があります。
  古典にも出ており、大陸を横断する『絹の道』と呼ばれる陸路。
  そして、現在ではこちらが圧倒的に多い海を渡る交易路、『海の道』です」

 なんで、堺町衆相手に私はプレゼンテーションをしているのだろう?
  ふと我に返るがよどみなく言葉を続ける。
  いや、町衆主催の宴席をひらいてくれると言うからほいほい出て行ったのだが、銭儲けの話になると途端に目の色変えやがって。
  町衆十数人に手書きの世界地図を速攻で書いて手渡して、プレゼンテーション中。
  運命の女神様は前髪しか無いらしいから、せっかくのチャンスは逃さないようにしないと。
  で、そんな言葉を思い浮かべると、世紀末モヒカン美人という謎の言葉が笑いと共に出てくるからこれを封じ込める。

「既に南蛮船、大陸船の往来は激しくなり、この中の商人の幾人かも船を大陸に派遣している方がいらっしゃるでしょう。
  ですが、その帰還率は低く、ある種の博打とにっているのはご存知の通り。
  この博打の危険を緩和する策を我が大友家は考え出しました。
  町衆各人が名を連ねる座を作り、そこで銭を出し合って船を出し、その銭の配分に合わせて分け前を得るという策です」

 何の話をしているかというと、早い話簡単なリスクマネジネントである。
  複数人で船を購入して、船が沈んで積荷が無くなって無一文になる事をさけるという分かりやすい策ゆえ、町衆の皆様もうんうん頷きながら耳を傾けている。

「それでも、船が沈む危険は大きいものです。
  そして、その対策に我が大友家は着手しました。
  『保険』です」

 町衆にとっては耳慣れない言葉だが、私にとっては当たり前の世界の言葉だったりする。
  きっと、日本で始めて保険という言葉を使った女と言われるんだろうなぁ。
  ある人は保険のことをこう言った。

「保険とは、人生二番目に高い買い物であり、人生二番目の賭けである」

 と。
  ちなみに、人生で一番高い買い物とは家であり、人生最大の賭けは嫁だそうな。
  うまい事を言ったものだとその時は笑いながら聞き流したが、今考えると本質をついていると思い知る。
  保険というのは時間をチップに、可能性に賭けるものである。

「たとえばの話。
  保険に入る方は、荷料の三割を大友家に支払っていただく。
  その船がもし難破した場合、その船の荷物を全額大友家が補償します」

 私の声に算のできる商人が私の利と彼らの利を考え、その発想に驚愕する。
  この例だと、三回以内の航海に船が難破した場合、大友家がその損失を全てかぶる。
  つまり、大友家は『この船は三回以内の航海で難破しない』に賭けている訳だ。
  そして、船が四回以降も無事ならば、大友家は何もせずに丸儲けである。

「もちろん、全ての船に保険をかけるほど大友家には銭がありません。
  で、最初は大友家が保有する南蛮船を対象にしたいと思います。
  現在、我が大友家は年に一隻の割合で南蛮船を建造しており、南蛮人より船を購入したりなどで十年後には三十隻の南蛮船を運用したいと考えております」

 交易から保険・金融に手をつけて造船業へ。
  まるで、何処かの三つのダイヤモンド企業群みたいな事業展開である。
  初期の資金調達が石炭という鉱山経営から、別子銅山を基盤とした某フレンドリーな企業群でも可。
  ついでだから、現金商売の某レディス4のスポンサーが母体の企業群もやろうかしらん。
  近代経営史における明治の企業勃興は、開発国の発展プロセスとして知ってて良かったとひっそりと思ったり。
 
  なお、これは勝てる博打である。
  だって、厳島神社でもらった航海の安全スキルを遠慮なく使う予定なのだから。
  ……しかし、この神力、インド洋や大西洋で効果があるのだろうか?
  怖いから、日本近海に限定しておこう。
  まぁ、堺―マカオ、博多―マカオに投入するに留めるつもりだったが。

 何でマカオなのかというと、日本にとって外交断絶状態に近い明帝国の唯一の公式出先窓口がマカオだからだ。
  まぁ、明とここまで関係が悪化したのも倭寇のせいなので、こちらとすれば何も返す言葉が無い。
  このマカオ、ポルトガル人が海賊退治で明帝国から永久居留権をもらった長崎の出島みたいな街であり、この航路を掌握できると大陸交易と南蛮交易が一気に押さえられるドル箱路線である。
  なお、瀬戸内海はもちろん、日本海も西日本近海の航海については大友家の影響力が及ばない所は無い。
  このマカオ航路のほかに、陶器や大陸馬、漢方薬や書物を交易物とし朝鮮を目的地とする朝鮮航路、ルソン制圧後にそこを起点とし、香料や象牙や香辛料などを交易物とし南越やシャムを相手とした南洋航路など夢は大きく広げていたりする。
  最終目的地はオーストラリア・ニュージーランド。
  新大陸は西洋の殖民が進んでいていまから手を出しても遅い。
  だが、この二つならば十分にこちらの勝ち目がある。
  何しろ地球の裏側からかの地を殖民地にした国があるのだ。彼らにできて我らにできぬ訳が無い。 
  私の代では無理だが、娘の世代、もしくは孫の世代にはそこに行けたらと夢想する。

 その為にも、大航海時代というバブルに便乗して日本にもバブルを興す必要がある。 
  バブルは前世にあいて悪の代名詞といわれている事もあるが、経済活動においてバブルが発生しない経済活動などありえない。
  少なくとも、私が企む金融決済システムと交易路独占からなる東アジア経済圏構想は、開発途上国である戦国日本がその戦火を癒すだけの時間と富を与えてくれるはずである。
  多分、明から清への王朝交代がバブル崩壊のトリガーになるだろうけど、その処理もかなりというか尋常じゃない形になるだろうが、その時の経済閣僚で飛び切り優秀な奴が二人ほど出てくるのを知っているから安心していたりする。
  豊臣政権の石田三成と、江戸幕府の大久保長安という二人を。
  どちらの政権になろうとも、彼らならばバブルの発生と崩壊にともなう一部始終を伝え残してやれば、うまく処理できるだろう。
  戦国の世が終わる十七世紀初めに、どれほどの日の丸南蛮船がこの海に浮かんでいるのか楽しみで仕方ない。    

 私のプレゼンテーションは大成功のうちに終わった。
  鳴り止まない拍手と、次々に出資の話を持ちかけてくる大商人達をさばきながら、私はある事に気づいた。
  こっちに来ていたボンバーマンこと松永久秀がいない。
  町衆の会合とはいえ影響力も強く風流人の彼ならば、コネを駆使して顔を出す程度の事はできるはずである。
  それが私のプレゼンが終わっても出てこないなんて……

「菜子。里夢。
  いる?」

「はっ」
「こちらに」

 少し場を離れて私の護衛についているくの一二人に声をかける。
  尼子滅亡後に保護した鉢屋衆の為に急速に図体が大きくなった姫巫女衆諜報部門は、組織のすり合わせの為にも里長である舞を持ってくる訳にはいかなかった。
  舞と同等の技能を持つ霞とあやねは娘の乳母として離れるわけにも行かず。
  で、次善の策として舞の直弟子である菜子と里夢が、あさぎ・さくら・むらさきを部下に私の警護についている。

「ボンバー……じゃなかった。
  松永久秀の姿が見えないけど分かる?」

「はっ。
  誰か松永の屋敷に様子を見に行かせましょう」

 菜子が命令を下そうするのを慌てて押し留める。

「そこまでしなくていいわ。
  彼、伊賀者を大量に雇っているから、下手に手を出して返り討ちにあったらたまらないもの。
  少し気になっただけ。
  このまま警護を続けて頂戴」

「かしこまりました」

 悔しそうに菜子と里夢の顔が歪むが、己の技量について過信しない事を徹底的に舞に教えられた二人は顔を戻して私の命に従う。
  諜報の世界は騙し騙されが常である。
  いくら敵対していないとはいえ、貴重な手駒であるくノ一を伊賀忍者が張り付いているボンバーマンに向かわせるという危険に晒すつもりはない。
  幸いにも、私の疑問には同じく参加していた今井宗久が答えてくれた。

「聞きましたか?
  松永殿が、昨日のうちに大和に戻ったとか」

「大和に帰った?
  という事は、河内国高屋城の後詰でしょうか」 

 口ではこう返していたが、私の心中では嫌な予感でいっぱいである。
  今、松永久秀が高屋城を助けるメリットは少ない。
  にも拘らず、私を置いて大和に帰るという整合性がとれない行動に、私の第六感がびんびんと警報を鳴らしていた。
  そんな私の感は当たった。
  高屋城攻めに向かっていた三好軍へ、体を使った情報収集に行っていた遊女の報告を、白貴姉さんは戻った私に告げたのだった。

「三好軍が兵を返したそうよ。
  織田信長が馬回りと羽柴勢のみでこっちに向かってくるだとか」
   
 
  この時、寡兵にも関わらず信長が勝つだろうなとなんとなく思った。
  そしてそれは当たって欲しくは無かったが実現する。


 

 

 

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