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大友の姫巫女

第九十二話 覇王対姫巫女 へうげものとボンバーマンリターンズ 

 堺にやってきています。珠です。
  三好の軍船に囲まれたりもしたけれど、南蛮船と大友の家紋に怯んでか手を出す事も無く無事に到着していたり。
  で、一緒に来るはずの小早川隆景が遅れるとの事。
  仕方ないといえばそれまでなのだが、備中三村家の処理の為に残らざるを得なかったのだ。
  とはいえ、毛利側からも一門が出張らないと話にならない訳で。
  まぁ、四郎や私を毛利一門にしてもいいのだが、私は明確に大友の人間だし、四郎はその大友側の人質扱いな訳で。

「やってもいいげど、高いわよ」

 この一言で、毛利側はぴたりと私や四郎へのお願いを止めやがった。
  私がふっかけると思っているのか失礼な事である。
  ただ、正当な対価を大友の利益として頂くだけだというのに。
  まぁ、妖怪蠢く畿内において、小早川隆景しか適任者がいないのは間違いないのだ。
  何しろ、今回の上洛は毛利側の都合が大きいのだから。
  小早川隆景は備中三村家の後継となる三村元親への挨拶のみで、対浦上戦はチートじじいたる毛利元就御大が老体を押して吉田郡山から指揮をするとか。

「しかし、この街はいつも活気があるわねぇ」

 まわり三好の軍船だらけだけど。
  何しろ、信長によって京を追われた三好三人衆が摂津に上陸。
  野田と福島に城を築いたというのだから。
  姉川合戦の敗北もあってか、旧三好領の国衆や四国から連れてきた兵、更に雑賀の傭兵集団まで雇ったらしく総数で二万を超える。
  で、そんな大軍が目の前に陣取っているから、堺商人は商売のチャンスとばかりこれら三好の軍船に補給物資を売りつけているのだった。
  彼らはこの大兵を持って京に上がるのかと思いきや、南下して高屋城を攻めるとか。
  このあたり情報の裏取りができていないから錯綜している。
  上陸したら、一度確認しておかないと。

「姫様。
  小船を出しますので先に上がってください」

 安宅冬康が私に声をかける。
  三好勢が私達に手を出さない理由の一つが、この彼の存在である。
  何しろ、三好一門かつ三好政権時の重鎮で、淡路で水軍を率いていた事もあって、海の上での知り合いがべらぼうに多い。
  ちなみに、三好三人衆は彼の帰参を狙っており、既に私の所にも使者が来る始末。
  状況変わればというか、なんというか。
  あんたら、ボンバーマンと組んで彼を殺そうとしていたではないかと、小一時間突っ込みたいのを使者の前でぐっと我慢していたのは内緒。

「わかったわ。
  四郎。
  エスコートお願い」

 四郎の種をしこまれた鶴姫と鶴姫侍女の夏は、せっかくなので来島に里帰り中。
  で、夜のお仕事軽減中の四郎に私はべったり甘えていたりする。
  なお、同じく四郎の種をしこまれた恋は私と一緒に堺に来ており、遊女の技を磨くために畿内で修行をするのだとか。
  この恋の決意は、遊郭における恋の上司にあたる由良太夫(出世したのだ)の入れ知恵だったりする。
  恋を我が母比売御前の連れ子、つまり私の義妹として大友一門に迎え入れると同時に、私の遊郭の総責任者となる事が規定路線となっている。
  まぁ、大大名大友宗家を継ぐ者が、遊郭の経営なんてやっているのはどーよという事らしいが、そのついでに畿内のえらい人や金持っている人に顔と体を売ってこいという事らしい。
  実に羨ましい。

「え、えすこうと?」

「もぅ、それぐらい空気でわかってよ!」

 南蛮言葉に戸惑う四郎に抱きついて、耳元でわざとらしく甘く囁く。

「私を守ってよって事。
  四郎の事、信頼しているんだから」

「……は、はい」

 顔赤くしちゃって。かわいい。
  そんな感じで、私達は堺に上陸したのだったが……
  何か、上陸早々に目に入る怪しげな人物が。
  こう、擬音で表現するなら、


  ずきゅゅゅゅゅゅゅん!


  と、何かに撃たれたような顔でこっちを見ている侍が一人。
  露骨に警戒して刀に手をかけている四郎を手で制して、つかつかつかとその侍の前へ。

「何よ。あんた?」

 と、声をかけてもぴくりとも動きもしない。

「おーい?
  もしもし?」

 目の前で手をひらひら。
  あ、まばたきした。

「こ、この南蛮船から巫女が出てきたらと思ったら、女主人は胸元が開いた朱色の南蛮衣装で、つけている刀は大典太光世だと……
  なんて破天荒な……
  なんて目新しい……」

 何だか凄く該当する名前が頭に浮かぶのだが。
  とりあえず言わないといけない事がある。

「ちょっと!
  褒める所ぬけているわよ!!」

「なんと!」

 私の一言に我に帰ったらしい侍に私が言葉を畳み掛ける。
  口を大きく開けてムンクの叫びのポーズをしている彼に、私の魅力を叩きつけねば。

「南蛮のドレスを褒めるのはいいわ。
  ならば、首元につけている銀の鎖までみなさいよ!
  わざわざきつめに巻いて首輪代わりにしているんだから!」

「く、首輪!?」

 きょとんとしている侍だが、まだ私のターンは終わらない。 

「次に、頭!!
  せっかくヴェールまでつけているんだからこれを褒めてよ!
  絹製で高かったんだから!」

「う、ヴぇぃる!?」

 南蛮言葉を理解できない彼など置いていって、ずんと仁王立ち。
  ここから、このファッション、ちなみにテーマは、


  スタイリッシュ痴女のイケないLipStick


  の真骨頂なのだから。

「そしてっ!
  大事なのは、南蛮衣装をわざと短めにして、絹の靴下で太もも強調した事!
  これによって、絶対領域を演出し、わざわざ作らせた下着……
  あれ、四郎。
  なんで手を押さえつけるのかな?
  ちょっと、白貴姉さん。
  ずるずる引っ張るのはやめてぇぇぇっ!
  まだ真骨頂の下着を見せて……ちょ!
  のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………………………!!!!!!」

 ずるずる四郎と白貴姉さんに引っ張られてゆく私の最後の視野に、私の周りで数少ない良心持ちの政千代がぺこぺこと侍に頭を下げていた。
  なお、三人の説教時間は一刻もかかった。

 


「まったく、そんなに怒らなくても……」

 宿である今井宗久亭でぶつぶつと文句を言う私に、怒り足りなかった政千代がまた爆発する。

「当然です!
  何処の世界に、港のど真ん中で、下着を見せ付ける姫がいらっしゃいますか!」

「ここに……」


「「「姫様は例外です!!!」」」


  四郎、政千代、白貴姉さん、三人声ハモらせないで。
  耳が痛いから。

「はぁ……せっかくの売り込みの機会だったのに」

「売り込み?」

 白貴姉さんが食いついてくれたので、そのまま話したかった本題に入る。

「下着のよ。
  この手のは、見せて売り込まないと買い手がつかないでしょうに。
  ましてや、相手は侍とはいえ茶の湯心得がある者。
  売り込みに最適だったのに台無しよ……」

 下着、ようするにブラとショーツの事だ。
  この時代にそんなものがある訳もなく、私は最初海で泳ぐために紐ビキニを作らせたのだった。
  紐で布地も少ないし、さしたる手間も無く完成したはいいのだが、これを見た遊女連中は別の使い道に気づいた。

「これ、胸たれなくて済むわ」

 と。
  ちなみにその言葉をおっしゃったのが、目の前にいる白貴姉さんだったりするのだが。
  その一言で銭の臭いを嗅ぎつけた私が、下着販売を狙って画策して、わざわざこんな素敵衣装まで用意して堺でお披露目というビックイベントを狙っていたというのに……

「姫様は、銭と「銭に決まっているじゃない!」」

 政千代のお説教を即答でぶった切る。

「当然の事だけど、私達は民を飢えさせる事無く、国を豊かにしなければいけないのよ。
  そのためには銭がいる。
  その銭の為に身を差し出すことの出来ぬ輩は、この戦国生きていけないわよ」

 あ、政千代が何か言いたそうだけど、見つからなくてぷるぷると体を震わせてる。
  そんな政千代を白貴姉さんが抱きしめて慰めながら一言。

「まぁ、姫の言いたい事は理解するけど、ならば一言ぐらいこっちに相談してくれてもいいじゃない」

「したら、絶対反対するでしょうに」

 私の返しに白貴姉さんも苦笑するばかり。
  なお、今回の上洛に当たって、姫巫女衆は私のお付を入れて百人ばかりつれてきていたりする。
  既に西国経済圏が完成しているから、私の信用で証文払いができるのが大きい。
  で、彼女達の体で京の連中を篭絡するのと同時に、下着を畿内の遊女連中に広めてしまおうという下心もあったりする。

「元鎮殿も苦労しているわね」

 で、四郎。
  なんで、白貴姉さんの言葉にうなずくのかな?かな?
  まぁ、そんなコントみたいな時間は、今井宗久亭に勤める下女によって終わりを告げられるのだが。

「主人、今井宗久から姫様に茶室に来ていただきたく」

「分かったわ」

 さぁ、政治の時間だ。

 


「おう。
  久しく見なかったが、元気そうで何より。
  また茶を馳走しようと思ってな」

「それは何より。
  いると思っていましたわ。
  お久しぶりです。
  今井殿。松永殿
  えっと……そちらは?」

 流石に名乗る前に言い当たるのは失礼だろうなぁ。きっと。
  で、港で政千代が頭を避けていた侍は、私の目の前で涙まで流して感動のムンクの叫びポーズをとって、目の前にある平蜘蛛に目を奪われている。
  という事は、九十九茄子は信長に送ったと見た。

「ごほん」

「し、失礼仕った。
  それがし、織田の使い番、古田左介と申す。
  信長様のご意向を珠姫様に伝えに参った次第」

「というより、数寄を見る為に堺にやってきたような気がするが?
  港での一件といい、茶室でのしぐさといい」

 あ、ボンバーマンが本音をぶっちゃけやがった。
  固まっちゃっているよ。彼。
  なお、今井宗久は静かに微笑みながら口を閉じている。
  場を提供したのみで、話に関わらない事をアピールしているのだ。

「そろそろ本題に入るわよ。
  何を企んでいるの?」

 古田左介が私が持ってきた夜駆を見て固まってやがる。
  これも大名物茶器だったか。
  さすが神屋紹策。いい仕事してやがる。
  
「企むとはまた。
  姫の四万貫のお礼にて、こうして一席を作ったまでで。
  いい物だ。大事にするがいい」

 ああ、めっちゃいい笑顔だな。ボンバーマン。
  私の夜駆に松永久秀が茶を立てる。

「どうぞ」

 作法に則って、おいしく頂く。
  茶人だけあって、本当に美味しいから困る。
  これに毒入れられていても、飲みたいといいかねないだろうな。
  目の前の古田左介なんかは。

「まぁ、いいけど。
  どうせ、信長の言葉も、『出向いて挨拶しろ』って所じゃないの?」

「はっ。
  我が主信長様は姫君ご一行を歓待したく、二条の城に来て頂きたく」

 茶席での上下などはなく、フレンドリーに接するつもりだったのだが、私やボンバーマンの格の違いゆえか、敬語を外さない古田左介。
  まぁ、彼の観察はほどほどにして、私は夜駆をおいてゆっくりと口を開く。

「結構なお手前で。
  で、それだと足利殿に会う事になるんだけど。
  将軍家の跡目争いに巻き込まれるのは御免よ」

 あえて、将軍や公方と言わずに足利殿と言うあたりがポイント。
  現在、畿内の戦は二つの導火線がある。
  一つは、先ほど私が言った、足利義輝と義昭の将軍家の跡目争い。
  これはそれぞれ擁立する織田信長と上杉輝虎が、姉川で激突するという合戦にまで発展している。
  もう一つは、堺の目の前で行われている三好家の跡目争い。
  冒頭でちらりと触れたが、四国から上陸した三好三人衆は京ではなく、三好家宗家三好義継が匿われている河内国高屋城を目指している。
  その戦の大義名分は、

 三好義継を救い出し、君側の奸である畠山高政を撃つ。

 なのだから。
  もちろん、松永久秀もというか彼主導で三好義継を擁立したのだが、裏で糸を引いていた事もあって直接的に彼を叩く理由が無い。
  そして、松永久秀まで撃つと今度は背後が不安定になる信長が黙っていない。
  とはいえ、浅井朝倉方面に敵を抱えている信長にとって、京都で戦なんて絶対に避けたい訳で。
  かくして、三好にも織田にも顔が利くボンバーマン演出のこの河内合戦は、織田の黙認という了解を取り付けた三好三人衆の有利が伝えられているのだった。
  で、三好三人衆に畠山高政を始末してもらった後に、同じロジックで三好三人衆を追い落として摂津や和泉河内を掌握しようと企んでいると私は読んでいる。
  そうでないと、戦寸前のこんな所でこの男が茶を立てていたりしない。

「では、三好の争いには介入するので?」

 将軍家の跡目争いという言葉尻をきっちりと理解した松永久秀は、まったく笑っていない目で私に尋ねる。
  安宅冬康という駒が私の手元にある限り、三好家の内紛にどうとでも介入できる事を分かっているのだった。

「私がこの地にやってきたのは西国の安定のみ。
  畿内の戦に興味は無いけど、海と四国の戦は関わらないといけないわ」

 問題は四国の三好勢力と三好水軍が支配する東瀬戸内海にある。
  この二つを攻める為に織田が進撃してきたら、いやでも大友も毛利も介入しなければならない。
  そんな私の言葉を聞いて、実にわざとらしく松永久秀がぽんと手を叩く。

「おお、そういえば備中での出来事で、面白い話を聞きましたぞ」

「聞かなくても、浦上の仕業って分かっているからいいわよ」

 実行犯が宇喜多直家の手の者だって事も知っているが、あえて不正確な情報を返す事でボンバーマンを釣ってみたが、食いついたのは思っていた以上の大物だった。

「では、姫はその浦上が何処から得物を手に入れたかご存知か?」

 ん、得物って狙撃されたからには鉄砲な訳で。
  待てよ。
  やつら、何処から鉄砲を買い付けた?
  九州は論外。
  堺だって、大友毛利連合の成立を心待ちにしていたから、敵対確定の浦上に売るとは思えないし。
  何より瀬戸内海は我らの海だ。
  と、なれば生産地から直接、近江の国友から陸路で持ち込んだか。
  ……と、言う事は……

 私が正解を導き出したのを顔を見て察したのだろう。
  とてもいい笑顔で、

「いかがですかな?
  茶をもう一杯。
  どうせ、二条城でも振舞うつもりではおりますが」

 と、いけしゃーしゃーと言ってきやがる。
  近江から陸路で鉄砲を運ぶのならば、絶対に通らないといけない京都で摘発されないのはおかしい。
  という事は、京を押さえていた織田信長の許可、もしくは黙認があったという事だ。
  で、先に敵対するだろう毛利の膨張を食い止めたい織田信長にとってみれば、見逃すだけであとは宇喜多直家が勝手にやってくれる訳で。
  毛利が何か言ってきても、不手際と謝ってしまえばどうとでも言い逃れができるのがたちが悪い。
  何しろ、市場を支配しているのは我らが大友毛利連合だ。
  正規の外交手段で手を打つならば、それは織田信長に会わねばならない訳で。
  毛利が会う以上、私が会わないと当然釣り合いがとりない訳で。

「なるほど。
  畠山を討った三好三人衆掃討に、織田に兵を出させる手土産が私って訳ね」

 怒気というか殺気をこめてボンバーマンを睨むけど、そこはボンバーマン。
  ただ笑みを浮かべるばかりだった。


  茶席の後、信長へのいやがらせに、出産祝いに貰った大名物の北野茄子を古田左介にくれてやったりする。
 
「お前の所の使者は、茶の湯をやっているのにこんな物も持っていないのかよ。ばーやばーや」

 という、完全八つ当たりなのだが、そんな私の真意なんて分かる訳も無い古田左介は今井亭というのに狂喜乱舞しているし。
  きっと一部始終を聞いて、こちらの意図を見抜いた信長も笑い転げるんだろうなぁ……


 


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