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大友の姫巫女

第九十一話 覇王対姫巫女 厳島観艦舞


「そなたが、お爺様のお気に入りか?」

 そんな彼に対して私は、

(や、やる夫がいやがる……)

 と、思ってしまったのは仕方ないだろう。
  うん。

 宇佐で巫女をしている珠です。
  現在南蛮船で安芸の宮島にやってきています。
  厳島神社参拝を名目にして、本題は毛利輝元に会いに来たのです。
  争わない為に大事なのがトップに会うという事。
  知らない相手を敵と認識するのは良くある事で。
  幸いなのが毛利も大友もまだ父の世代が頑張っているので、次世代の私達が顔を見ておく事で少しでも戦火を避けようというのが狙いです。
  ……しかし、私より年下で一応武人なんだろうけど、ぽっちゃりというか、ぽややんというか。輝元君。
  一昔前なら、こう呼ばれるだろう体系である。

 常春の国のくされアンパン

 と。

 しかし、四郎と並べば四郎がやらない夫になるのだろうか。
  いや、やらない夫にうってつけの輩が隣に居るし。
  今度の上洛に置いて道中を共にする小早川隆景ってのが。
  となれば、これに嫁がせる我が妹は銀様に調教しなければ。
  まぁ、翠星石でもいいし。
  となれば、私の立ち位置って……ハルヒ?
  まぁ、どこぞのホテルモスクワのおねー様でないだけましか。

「何を考えているんですか?姫」
「なんでもないわ。
  こっちの事よ」

 四郎に尋ねられて慌てて雑念を消し去る。
  どうやら、顔に出ていたらしい。自重しなければ。


  さて、安芸の宮島というのは霊地であり、基本的に人はこの地に住まないという取り決めになっている。
  にも拘らず、ここに城を建てて、あまつさえ大合戦をやらかして、多大な血と万の屍を作り上げた大馬鹿野郎の罰当たり者が居る訳で。
  うん。毛利元就と言うんだ。その罰当たり者の名前。
  その後、死体を片付け、血を洗い流してその穢れを取り除き、侘びの参拝をしたというので毛利に祟りは襲ってこなかったとか。
  きっと地獄の閻魔や神様すら騙したんだろうと毛利元就被害者の会残存生存者の私は主張したいけど、助かった命は惜しいわけで。
  とにかく、毛利の厳島庇護は現在でも続き、水軍を率い瀬戸内海交易を収益源とする毛利は、この厳島神社にそれぞ多大な敬意と喜捨を払って保護している訳で。
  巫女としても名をはせている私の参拝と奉納演舞は、政治的アピールであると同時に、厳島神社への敬意も伴っているのである。

 ついでだから、少し厳島神社の話をしよう。
  ここで祭っている神様は、宗像の三女神(市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命)であり、海の神としての信仰が厚い。
  この海神信仰は祭る神様は違えども瀬戸内海全域に広がっており、大山祇神社や畿内の住吉大社も海に住む人達の信仰を受けていたりする。
  若干毛色が違うけど金刀比羅神社もこの系統に入るだろう。
  祭る神様の違いや、信仰の由来などはそれぞ語りだしたら終わらないので飛ばす。
  つまり宗像や厳島などの海神の系譜から、古来日本にどうやって人が流れてきたかが祭られている神様から見ても分かるという話で、いかに瀬戸内海が古来から交通に使われていたかを物語ってもいるわけで。
  武士の世になった時にこの厳島神社を大々的に保護したのがかの平家であり、彼らが奉納した平家納経なんかがこの社に残っていたりする。
  その平家は都を追われた後に、一の谷合戦、屋島合戦と負け続け、最後壇ノ浦で滅亡を迎える。
  海神が日本に広がる逆の道を辿る様に滅んだ平家を思うと、なんとなく感慨深いものが湧いてくるのである。 
  脱線ついでにトリビアを二つ。
  平家の対源氏防衛構想は大雑把な分け方になるが、二十一世紀で橋がかかっている場所と思うと分かりやすい。
  一の谷(明石海峡大橋)、屋島(瀬戸大橋)、壇ノ浦(関門橋)。
  で、「あれ?」と気づいた人は瀬戸内の人だろう。
  そう。
  源平合戦ではしまなみルートでの合戦が起こっていないのだった。
  これも理由があって、現在でも生き残っている伊予の河野家が源氏側についたからである。
  瀬戸内交易で富を得、水軍戦力が強かった平家勢力圏で、水軍勢力を持つ河野家の源氏参加は高く評価され、それが今の河野家に繋がっていたりする。
  彼らの情報伝達の速さと勝ち組につく適応能力はこの戦国の世でも変わらない。

 そしてもう一つのトリビア。
  この源平合戦時に宇佐八幡宮は平家について、源氏の焼き討ちを食らっていたりする。
  我が母はこの時の失敗を糧に、私を生んだとか生まなかったとか。
  歴史を知れば知るほど、己に絡む因果の糸にため息をつきたくなる。

 話がそれた。
  で、私の参拝と奉納演舞を効果的な政治ショーに仕立てようと画策する訳で。
  ならばと、私が提案したのが、参拝にあわせた大友・毛利水軍合同の観艦式なのだった。
  何しろ海の民の社だ。船が出るのは当然だし。
  まぁ、観艦式と聞いて、

「私は帰ってきた!!!」

 と、核持って突っ込んでくる輩を想像したのは内緒。
  で、冒頭の出会いは宮島対岸の桜尾城での話である。

「珠でいいわ。
  一応、あのじじいの娘扱いになっているから」

 それを聞いた、輝元君。
  手をぽんと叩いて一言。

「つまり、おばうえと」

 


  ぴきっ

 


  ああ、こいつは間違いなく輝元だ。
  その空気の読まなさ加減や、余計なところで一言言う迂闊な所や。
  しかもいい笑顔で言い切ったあたり、何がまずかったのかまったく分かってないときやがる。
  で、何で私の手を握っているのかな?四郎。
  後、鶴姫も三歩ほど後ろに下がって何を怖がっているのかしら?

「姫。
  分かっていると思いますが、ご自重を」

「そ、そうじゃぞ。
  夜叉は物の怪ゆえ、霊地を前にするこのような場所に現れるのはまずいとわらわは思うのじゃ」

「失礼な。
  か弱い姫を捕まえて、まるで私が大立ち回りでもして輝元をぶん殴るとでも思うのかしら?」 

 なお、鶴姫は四郎の正妻としてこの地に招待されていたりする。
  観艦式ゆえ、村上水軍の参加も予定されている訳で、彼らへのサービスも兼ねている。
  もっとも、先の響灘会戦以降、村上武吉は隠居を表明し、鶴姫の実家である来島水軍が今回は出張ってくるとか。
  こういう場所で村上水軍が表に出てこないあたり、彼らの中でも世代交代というか権力闘争が行われている訳で。
  観艦式を使い来島水軍を持ち上げて、さり気なくこなをかけておくのも忘れない。
 
「姫。
  ここはそれがしに免じて」

 場を取り付くようにはまったく聞こえない淡々とした声で、小早川隆景がわびの言葉を述べる。
  いつの間にか、輝元君涙目になっているし。
  こりゃ、小早川隆景の説教フルコースと見た。

「ごほん。
  話を進めるけど、私は厳島神社で奉納演舞を舞えば言い訳ね。
  で、その前を水軍が並んで参拝すると」

 私の確認に小早川隆景が真顔で言い切った。

「さよう。
  此度は脱がなくて構いませぬ」
 
  まてやこら。
  私を恥女か露出狂かなにかと勘違いしていないか?
  で、何でこっちを見ないのかな?四郎?
  鶴姫も真っ赤になって顔をぶんぶん振るんじゃない。

 

「なんだ。
  脱いだ方がいいなら……」

 

 致命的なまでに空気が読めない輝元君が言葉を途中で飲み込んだのは、目が口ほどに語っている小早川隆景が「黙れ」と目で語っているからだろう。多分。
  あ、桜尾城主の桂元澄がため息をついて天井を見上げてやがる。
  毛利家も大友以上に楽しい事になりそうなのだが、はやくくたばらないかしら。あのチートじじい。
  敵でも恐ろしいが味方でも安心できない怖さがあるし。
  でも、ちーとじじい亡き後、この輝元君が魔王様の矢面に立つというのは不安感全開だし、痛し痒しというか。
  そんなどうでもいい顔通しの次の日。
  大友毛利合同水軍の観艦式が行われたのであった。


 

 厳島神社にはためく一文字三つ星の旗印。
  この場は毛利主導という事で私も大友ではなく毛利の縁者としての参加である。
  神社本殿に四郎や鶴姫、毛利輝元や小早川隆景など毛利一門や重臣が居並ぶ中、管弦の調べが雅に宮島に響く。
  私はゆっくりと巫女装束正装で舞台に上がる。
  ところで、頭の飾りから、金細工のかんざしや、薄絹の千早まで吉田郡山でストリップしたのと同じ衣装なのは、何かの嫌味でしょうか?
  とはいえ、舞台に上がれば私は私で無くなり、神を降ろす人形となる。
  ゆっくりと手を振り、鈴の音を鳴らす事で、奉納舞は始まった。


しゃん


  鈴の音色にあわせて神へ舞を捧げる。


しゃん


  海原の先から隊列を組んで毛利の軍船が通り過ぎる。
  私のストリップを期待した者も多いだろうが、それでも彼らはこの舞を忘れないだろう。
  万の瞳に曝されながら、彼らに微笑みかけた舞姫を。
  その笑顔は神に捧げれたもの、見ていた一同の幸せを願った物だと。


しゃん 


  緩やかに、けどリズミカルに私は舞う。
  塩風が髪を揺らし、波の音も神楽に組み込まれる。
  これは海に捧げられた舞だから。
  小早の先導の元、関船が通り過ぎる。
  その隊列に歪みなどなく、その顔に恐れもない。
  響灘で一敗地にまみれたとしても、彼らは己の庭で失態を犯すような事はしない。


しゃん


  髪と共に千早が風に舞う。  
  静かなる瀬戸の海は隊列を組む毛利の船団を母のように歓迎する。
  そのわだつみの化身として私は舞いながら宗像の三女神を憑依させる。


しゃん


  かれらの航海の安全を。
  これから始まる織田との死闘に奇跡を。
  その願いは舞を通じ管弦の調べによって彼女達に届けられた。


しゃん


  最後に、威風堂々と波をかき分ける数隻の安宅船に、唯一大友の杏葉紋をつけた一隻の南蛮船が登場する。
  誰も声を発しない。
  それが神聖である事を肌で感じ取っているから。
  誰も目を逸らさない。
  それが、奇跡である事をいやでも理解できたから。
 


しゃん


  
  こうして、伝説となる観艦舞は幕を閉じる。
  大友毛利連合の政治的アピールは、既に機能している西国交易路を通じて瞬く間に諸国に伝わり、この連合が早期破綻しない事を内外に知らしめる事になる。
  あと、こっそりと久しぶりに神力げっと。
  ここ最近の信仰UPによって、かなり大きなスキルを扱えるようになったのです。
  そして、ここ厳島で宗像三女神から手に入れたスキルは、交易路の安全。
  私のお札を貼ったり、祈祷した船は難破しないという超絶スキル。
  カタンちっくにいえば、ゲームスタート時に最長交易路を持ってスタートするようなもの。
  しかも、私の領土には2:1港どころか、1:1港に等しい博多なんぞある訳で。
  順調に人間を辞めつつある今日この頃です。

 ちなみに、これだけの事をやらかしたのだから、当然トランススイッチ入りっはなしな訳で。
  演舞後にぶっ倒れた私を、四郎と鶴姫が慌てて南蛮船に連れ帰ったのを毛利一門は怪訝な目で見つめていたという。
  まぁ、その夜に朝まで嬌声が聞こえたとか聞こえなかったとか。
 

 

「おや、我が弟と鶴姫は?」

「さぁ、まだ眠っているのでは?」

 桜尾城に私一人でやって来た事に小早川隆景が疑問の声をあげるが、白々しく私はとぼける事にする。
  まぁ、四郎や鶴姫が眠っている事は事実だ。
  南蛮船の家畜室で。
  後、大友側の水兵の大部分と、近隣に停泊していた毛利船の水兵が干からびていたりするんだろうが、どうせ知っているだろうに。 
  なお、この家畜室になんでか恋もいるのだが、まぁそれは言わぬが華である。

「で、輝元殿は何を怯えているので?」

「お、怯えてなんかいないぞ!
  いないんだからな!!
  ちょっと、叱られたからって謝らないからな!」

 よほど小早川隆景の説教がこたえたのだろう。
  横目で小早川隆景を見ながら、虚勢を張る姿がなんとなく可愛すぎる。
  まぁ、そんな事を頭の隅で考えながら、艶々する肌を真顔に変えて本題に入る。
 
「で、せっかく顔をあわせたのだから、少しまじめな話をしようと思って。
  四国どうする?」

 私が早々にぶっちゃけるが、四国というか土佐が大問題になっていたりする。
  土佐は京都に屋敷を構えた一条兼定を頭にすえた国人連合となっているが、土佐中央部を制圧した長宗我家部と土佐東部を支配する安芸家が激突。
  しかも、合戦の理由が今後を見据えての話し合いの場をつくるだけだった長宗我部元親の申し出に、安芸国虎が降伏勧告と勘違いして安芸側からの宣戦布告ときたもんだ。
  一条経由でもフォローしきれずに大いに頭を抱えていたりする。
  京にいる一条兼定に強引に和議を結ばせてもいいのだが、今度は時間がネックになる。
  和議を結ぶためには、まずこちらから土佐で何が起こっているか申し出、京都から長宗我部と安芸に使者を送り、それを吟味して裁定を下さねばならない。
  それを京都土佐間でのんびりやっている間に戦が終わってしまう。
  合戦が終わって、篭城戦にでもなったらもう和議よりも滅ぼした方が速くなる。
  畜生。
  ここにきて距離の壁がえらく立ちはばかりやがる。

 さらに阿波・讃岐・淡路を押さえる三好家の問題もある。
  三好家は畿内側が三好宗家である三好義継と、三好三人衆を保護したこの三国とに分裂してしまっている。
  しかも、三好義継側は織田信長に服従する形でだ。
  各国の国人衆はどうか知らないが、この三好家内紛は場所が場所だけにやっかい極まりないのだった。
  何しろ、信長側は長宗我部に肩入れすれば、服従した三好義継から阿波侵攻の大儀名文を得られるのだから。
  で、それはこちらも同じで、長宗我部を取り込んで阿波侵攻を目論んでいただけに、この予想外の激突にどうすればいいか悩んでいるのだった。

「土佐は大友が押さえる場所。
  我らが口出しするつもりはござらぬ」

「それは分かっているわよ。
  問題は、長宗我部が仕えない事による、対三好への対応の練り直しよ」

 これが一番頭が痛かったりする。
  将軍家分裂という異常事態に忘れそうになるが、その将軍家を立てて畿内にある程度の秩序をもたらしていた三好政権が内部分裂し、しかも片方に織田信長がついているときている。
  扱いをしくじれば、対織田戦の開戦理由になりかねないこの火種について、毛利側とも話し合ってお互いの認識を確かめておかないといけなかったのである。
  何で攻めないのかって、あんな四国の果てに兵を送るのにどれだけかかると?
  南蛮船で海岸線を吹き飛ばしてしまえという考えもあったが、交易や運搬で各船とも精一杯。
  船というのは、平時は事故を避けるために運用・整備休暇・訓練の基本三交代で運用している。
  その為、平時状況で長宗我部戦のみで土佐沖に滞在させるにはもったいない。
  しかも、前年度は南蛮船の襲撃に謀反と戦てんこ盛りであったから、その体制固めを早急に進めなければならない。
  今回の観艦奉納演舞も、大友以上に内部体制を立て直さないといけない毛利への大友からの支援という側面も持っているのである。
  何しろ毛利は内部の反乱分子の修正と同時に、東方の山名と浦上へ兵を出しているのだから。
  大友は表向きに勝ち札を拾えたので、体制固めに専念できる時間がある。
  だが、望んだとはいえ負け札を引かねばならなかった毛利は、毛利元就の寿命も絡んで対外的に強硬路線を取らざるを得ず、吉川元春が対山名戦、毛利同盟勢力である三村家親が浦上戦を担当していた。
 
「先に安国寺恵瓊を堺に出している。
  向こうの動向を調べねば動けぬというのが我らの方針だ。
  何しろ、畿内には大蛇が一匹、とぐろを巻いておるゆえ」

 小早川隆景の言い分はある意味正しい。
  だが、何よりも畿内にはあの織田信長がいる。
  何でか姉川で上杉輝虎に蹴散らされるという想像外の戦は既にこちらに届いている。
  ボンバーマンプラスあの革命児を手負いにしたまま後手に回るなんて、最悪の展開になりかねない。
  ん、何か騒がしいな。 
  そう思った矢先、小早川隆景の近習とおぼしき男が慌てて部屋に入り、何かを隆景に耳打ちする。
  その言葉を聞いた小早川隆景も言葉を失い、事態が尋常ではない事が否応にも分かってしまう。

「何事です?」

 私の一言に毛利側が過剰反応するが、それを怒鳴りつけたのが小早川隆景だった。

「我らは既に手を携える仲。
  何よりも、大友は南蛮人の一件すら我らに話したのだ。
  これぐらいの事を話せぬようで、我らが信用されると思うか!」

 小早川隆景が一喝してみせる。
  ここ一番の胆力は流石だ。

「お恥ずかしい所をお見せしました」

「いえ、構いませんわ。
  それで、何が」

 ろくでもない報告である事は分かっている。
  畿内か、土佐か、あるいは両方か。
  それが間違いであった事は、小早川隆景の言葉によって露になる。

「我ら毛利家は九州の戦が終わった事で東に目を向けて戦をしているのはご存知の通りだと思いますが。
  備前を支配する浦上家との戦に難儀している次第で……」

 その枕詞を聞いた時に、私はマークしておかねばならなかった一人の梟雄を完全に見過ごしていた事を痛切に思い知らされたのだった。


「備前に侵攻していた備中三村家当主三村家親が、浦上家の者に鉄砲で撃たれて討ち死にしたと」


 


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