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大友の姫巫女

第八十九話 覇王対姫巫女 赤子に乳と芸術と政治を

 すっぽん。


  安産でした。
  珠です。
  という訳で、長い間宇佐の巫女なのに別府にいたりと戦に出たりだったのですが、久しぶりに宇佐からこの話をお送りしたいと思います。 
  現在私の隣にすやすやと我が娘がお休み中。
  とはいえ、陣痛から出産までのあの痛みといったら言葉に表せません。はい。

 なお、娘である事が分かった瞬間に安堵した豊後国人衆と、ため息をついたそれ以外の国人衆の対比が笑えて笑えて。

「次は男子を産んでくださいね」

 という無言の圧力がひしひしと。

 だが、断る。

 まだ下手に男子なんて産むとお家争いの火種になりかねないし。
  なお、産湯と祝福はままんである比売大神自らされたのだから当然加護つきである。
  とはいえ、ちょっと運がいい程度に抑える予定。

 何でかというと、力を持つ代償に背負わされる物がやっぱり桁違いなのだ。
  たとえば私の場合、まず布団の上で死ねない。
  考えてみれば当然なのだ。
  女に生まれた以上憧れである不老スキルは手に入れられるが、それは老いの否定と同時に周囲からの孤独を生む。
  永遠なんて果てる事の無い牢獄でしかないとは誰の言葉だったのか。
  でも、それでも私は不老を否定できない。
  だって、女って生き物は、愛している人の前では常に美しくいたいものだから。
  母上みたいに、いずれ何処かで老いを止めるんだろうな。きっと。
  で、そうなったら道は二つしかない。
  母の後を継いで神に成り上がるか、人として何処かで隠れて死ぬかである。
 
  ちなみに乳母は三人体制だったりする。
  乳母長として全責任を負うのは、この為にわざわざ四国からリクルートしてきたという建前の瑠璃姫。
  で、護衛兼お乳係としてこの間仲良く娘を出産したばかりの霞とあやねのくノ一二人を採用するというバックアップつきである。

「で、この子の名前は決めているの?」

 母である比売大神が孫をあやしながら私に尋ねる。

「黒耀と名づけようと思っているの。
  養母上の娘達ってみんな植物系だし、私の名前の珠も宝石から来ているから」

 きっと黒い帽子の似合う怖いおねーさんに育つだろう。
  下手すると我が娘は秀吉に差し出されかねないし。
  ちょっと怖くて切れる女になってもらわないと困る。
  あ、淫蕩なのは母からの血だから仕方ない。うん。

「ひめさまぁ~~~~~
  祝い物がこんなに……どうしましょう?」

 産後の疲労回復の為に床についていた私に代わって、挨拶や祝い物を受け取っていたのが政千代である。
  なお、既に書庫と化している私の屋敷の蔵に入る訳もなく、また食い物や酒系もあるので、宇佐遊郭の大広間を借り切ってそこに置いて、そのまま遊郭の宴会に出していたりするのだ。有効利用とも言う。
  何しろ九州一円どころか、大陸商人やマカオのポルトガル商館だけでなく、毛利や島津や織田等の大名も祝いという名を借りた外交の為に祝い物を持ってくる始末。
  島津は、何でも育児の為にとえらいお坊さんが書いてくれたいろは歌というものをくれた。
  なお、『これは姫様に実践してもらわないと!』と麟姉さんや政千代感激の日々の行いの指針である。
  別名道徳の教科書ともいう。
  余計な事しやがって、島津のチートじじいめ。
  ためらう事無く写本して領国内にばら撒きましたよ。
  私については、まぁ、ね。
  細かい事はいいんだよ!
  毛利は大陸渡来の絹製の赤子の産着を持ってきた。
  石見銀山があるから、銀の匙でも持ってくるのかと思っていたのは内緒。
  で、そんな華美なものを送りつけたのが博多や堺の大商人。
  めずらしい食べ物から、赤子のおもちゃに精のつく食べ物や薬など、祝いの品がある種のアピール合戦になっているのだった。
  そんな中、目を引いたのが誰が送りつけたか知らないけど、赤子用の赤マントがある。
  あのドラキュラがつけているものの赤子用とでも考えればいい。

「この素敵かつ頭がぶっ飛んでいる物を送りつけた馬鹿は誰よ?」

「はい。織田信長様からの贈り物と羽柴秀吉様より。
  他にも色々華美な物が送られていますが、それらは遊郭の大広間の方に」
 
  信長ならしょうがない。うん。
  凄く分かりやすくて何を言ったらいいか困る。うん。
  好きなんだろうなぁ。こんなの。
  信長って外交攻勢は派手な事この上ないし。

「ちなみに、他にどんなの送りつけてきたの?
  織田信長の事だからこれだけじゃないでしょ?」

 政千代が手を頬に当てて考える事数秒。
  ぽんと手を叩いた政千代は、とびきりのものを私にぶちかましてくれた。

「ああ。
  京の絵師さんが書いた屏風絵を。
  たしか、か、狩野永徳という方が書かれた洛中洛外図とか……
  ひっ、姫様どうしたんですかっ!
  そんな急に飛び起きてっ!!」

 慌てて政千代が私を床に戻そうとするが、それを強引に振り払って現物を見に。
  うわ。
  なんというか、遊郭の大広間に一際場違いなオーラを放っている屏風絵がでんと。

「凄いですよね。
  絵の事はよく分からないのですが、これは違うなと皆が言うのですよ」

 そりゃそうだろう。
  後の国宝である。
  というか、その隣にあるのも洛中洛外図に負けじとオーラを放っているのですが。

「こっちは堺町衆のお祝いの品ですね。
  何でも売り出し中の絵師さんらしくて、花鳥図屏風とか」

 ああ、納得。
  武家が狩野派なら町衆はこっちを使うわな。
  たしか、町衆有力者の茶聖と縁があったはずだし。
  これも国宝物だよなぁ。
  長谷川等伯だし。

 ポルトガル人のお祝いもぶっ飛んでいる。
  まぁ、スペインを追っ払ったお礼も兼ねているのだろうが、これは想定外だった。
  そりゃ、ルネサンスな話もしましたし、むこうの物くれとおねだりした覚えはありますが、ヴェールを被っている婦人絵なんてどうしろと?
  もうこの時期には工房が稼動して、弟子の作品が多いらしいからそんなものの一つと思いたい。
  もしくはあれだ。
  時の流れに消え去った遺失作とか。

 改めてさらりと見渡すとあるわあるわの宝の山。
  ここにある物で一生遊んで暮らせるだろう。
  というか、美術館が建つ。まじで。
  これが西国の覇者となったという証拠なのだろう。
  色々と何かこみ上げてくるのをぐっとがまんして床に戻る。

 粥を食べつつ、わが娘をあやしている三人の乳母を見ながらも思考は別の所に。
  お椀を置いて、大量に送られてきた手紙にさっと目を通す。
  これでも、政千代が振り分けて必要なものしか持って来ていないのだ。
  まずは政治的に重要な毛利との和議の件についてだが、現在幕府が将軍が二人立つ異常事態だから巻きこまれたくない。
  とはいえ、西国の和平を公式に権威が認めると色々便利がいいのだ。
  たとえば、大内の滅亡によって中断されている勘合貿易の復活とか。
  で、幸いにも京都で羽振りの良い(というか私がスポンサーなんだけど)おじゃる……もとい一条兼定の貴族的装飾な雅なお手紙にはそのあたりの事が書かれていた。
  このおじゃる丸、田舎ではただのおじゃるだが、都では凄く有能に化けやがった。
  まぁ、田舎で揉まれて戦国大名やっていたからなぁ。
  で、彼の曰く朝廷の和議勧告を出すために、大友と毛利の双方の官位の調整が必要という事らしい。

 どういう事かというと、毛利元就の死後を考えて毛利側は毛利輝元が前に出る事になる。
  で、この時点で輝元は無官なのだ。
  それはこっちの代表である父上こと大友義鎮(左衛門督)とのバランスが取れない。
  まだ問題がある。
  四郎を博多奉行につけるためにも大友は四郎に官位をと申請している。
  何しろ大宰府という朝廷の出先機関があった場所だ。
  既に滅亡しているが肥前・筑前に覇を誇った少弐家は、大宰少弐という官位が名前の元になっており、少弐を潰したかった大内家はその為に上の官位である大宰大弐を求めたぐらいだ。
  まぁ、そんな影響力がある大宰府の職は四郎に箔をつけるのにちょうど良かったから、私の外位みたいなものでいいからないかと頼んでいたのだった。
  一応つながりがある分家が本家より先に官位を貰うのは絶対に問題が出るので、大急ぎで輝元の官位が何になるのか調べていたのだがこれが大難航しているらしい。
  大難航の元凶が織田信長……の協力者である足利義昭だったりする。
  理由は簡単。
  朝廷を頼れないなら幕府を頼るしかない訳で、そうなると京を押さえている義昭側に頭を下げる事になる。
  本来ならば、元服と同時に官位をもらうはずだったのだけど、わざわざ足利義輝から名前をもらった毛利輝元を足利義昭が良く思う訳も無く。
  かくして足利義昭に妨害というかサボタージュによって朝廷内は毛利輝元任官問題という爆弾を抱え込み、にっちもさっちも動けないとか。
  一条兼定はそこまで書いて、こっちに代表を出せと言って来ているのだった。
  この代表とは特命全権大使であり、朝廷や幕府や町衆をネゴシエートし、最終的には織田信長と言葉で戦う事になるのだろう。
  つまり、私に出て来いと言っているのだった。
  これに対して私が妊婦だった事もあって断っていたのだが、出産が済んだ以上そうも言っていられない。
  一条兼定が出してきた『京に出向いたあかつきには、姫が大友を継いだ時の官位についてなにがしらの……』のなんて言ってきた以上、向こうもかなりやばいのだろう。
  体が元に戻ったら、出向かないといけないだろう。

 既に毛利にも話を通しており、毛利の外交僧こと安国寺恵瓊だけで無く、小早川隆景まで同行するという。
  向こうも本気である以上、こっちも大規模な外交団を編成しないといけないだろう。
  表向きは朝廷のご機嫌伺いという事にするから、臼杵鑑速を団長に四郎や姫巫女衆を引き連れ、大量に銭を持って南蛮船で乗り付けるつもりだ。
  こういう時に積載量の大きな船は便利だ。本当に。

「おきゃぁ!」

「あらあら、お乳ですか?お漏らしですか?」

 考え込んでいた私を現実に戻したのは、わが娘の泣き声だった。
  しかし、赤子ってのは泣くわ泣くわ。
  世の母上は、これを一人でしていたのか。おそるべし。
  三人どころか、もう二・三人雇ってもいいかもしれない。

「お乳の方みたいですね。待ってくださいね」

「あ、ちょっと待って。
  私の乳をあげたい」

 考えてみると、私も乳が出るのだが、飲ませていたのは四郎だったりする。
  神力の無駄使いでそりゃ美味しい滋養と健康に良いお乳ですよ。
  で、それを肝心の子供に飲ませていなかったと今更気づいた訳で、四郎が博多にいる間は私も娘にお乳をあげよう。

「ほら。
  母の乳ですよ」

 赤子が乳を飲む間は、政治を考えずに絵でも眺めている事にしよう。
  あの三枚の絵はこっちに持ってこらせよう。

 今度、ポルトガル人が来たら、聖母像の絵でも頼もうかしら。
  そんな事を考えているなんて娘は知る訳もなく、あむあむと吸い付くようにお乳を飲むのだった。


  追記
  娘は意外とテクニシャン。

 

 

 作者よりアンケート。
  珠の官位と四郎の官位を募集します。
  珠は女性で、現在外従五位下、宇佐八幡禰宜(ねぎ)を持っているのでその上となります。
  四郎は無官ですが、大宰府に関連のある官位を貰う事になります。
  毛利輝元は現在では無官ですが、いずれ従五位上、右馬頭に叙任という事になるので、それより下をお願いします。
 


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