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大友の姫巫女

第八十八話 中洲川端 鶴恋事情 

 立花山城での博多奉行毛利元鎮の働きが始まって数日。
  今日も政務を終えた彼が己の部屋に戻る途中にこんな声をかけられた。

「仕事は終わったかの?
  四郎殿」

 声をかけたのは四郎の正妻となる予定の押しかけ妻である鶴姫。
  とはいえ、夫となる予定の男に殿づけというあたりがこの複雑な関係を表していた。

「はい。
  鶴姫は恋殿を迎えに?」

 四郎は鶴姫と並んで歩く。
  背丈が小さい鶴姫と並んで歩くと夫婦というより兄弟に見えると、後ろについている鶴姫つきの侍女の夏は思ってしまうが口には出さない。

「うむ。
  博多遊郭に顔を出して色々学んでいるらしい。
  あれも、そなたの子種がもらえるので、喜んでもらおうと必死なのだろう。
  覚悟しておけ」

「……まぁ、それなりに」

 珠しか見ていない四郎ではなるが、彼が一人立ちを始めようと視野を広げた時に目に入り、また支えてくれるのがこの二人であった事は四郎も否定ができなくなりつつあった。

「四郎の子、生んでいいわよ」

 杉乃井戦において文字通りその身を差し出して士気崩壊を防いだ遊女の恋だが、その褒賞として珠が用意した物も世の常識からぶっ飛んでいた。
  とはいえ、大友義鎮のアドバイスにてこれを政治面から見るように心がけつつあった四郎は、この背後にあるどす黒さも見えてしまい、涙を流して喜ぶ恋をその時にまともに見る事ができなかった。
  大友と毛利の和解、西国連合の成立において、両家に嫁や婿を出す事によって親戚関係となるという方法は初歩かつ効果的ではある。
  既に毛利輝元の元に大友義鎮の次女梢姫を嫁がせる事が決定しており、毛利側は四郎をある種婿養子に出している形になっている。
  とはいえ、珠姫が大友家次期後継者に内定してしまった事が多大な問題を生む事になる。
  珠が実権を握った時に四郎がどれほどの影響力を保持するかを大友家中は恐れており、義鎮によって一門が殆ど粛清された大友家の一門不足が四郎の価値を危機的に高めてしまったのだった。
  義鎮と珠姫が話し合った結果、四郎に立花の苗字を与えて新家を立てざるを得なかったのはこんな事情がある。
  そして、新家を立てた四郎に早急に正妻をつけておかないと、四郎を取り込みたい九州各家総出の嫁出し合戦が始まってしまう。
  何しろ大友宗家を継ぐ珠が立花の嫁になれない以上、誰が手を出すか分からない超優良物件。
  で、政治的にまた都合のいい場所に居たのが、四郎に惚れて危険を犯してまで杉乃井に残った鶴姫だった。
  生まれは瀬戸内海村上水軍の一門の出で出仕も問題がないので、珠の一存で遠慮なく正妻の座につけたのである。
  近く、立花山城で派手に祝言を挙げる予定となっているが、それが内乱鎮圧後の大友の武威を誇る政治劇でしかないというのも四郎は見抜いていた。
  恋という妾を許したのも政治が絡んでいる。
  色恋の盛んな男と回りが見ることで、珠姫のみに入れ込んでいるわけではないというアピールになるからだ。
  それは他の国人衆にとって第二第三の恋を狙える事を意味し、四郎への求心力ともなるという訳だ。
  また、恋という遊女相手の子供だと、遠慮なく毛利の血として他家に出せ、かつ宗家の求心力を弱めないという実家筋の配慮にもなる。
  今や大友と毛利の血を求め、外戚や一門に連なるのを望むのはいくらでもいるのである。
  また、彼女の立場もこれから著しく強化される予定である。
  姿形があまりに似ているのと、珠姫の母親である比売御前の御乱交の数々(しかも珠を産んでから長く失踪までしている)を知っている大友家中では、

「恋は種は違うが、比売御前の娘らしい」

 というまことしやかな噂が出ては消え、それを珠や比売御前が否定しなかったのもあって、何処かの家に養子縁組させてそれに相応しい身分をという声が上がっているのだった。
  そうなれば養女という形にはなるが大友一門、もしくはそれに準ずる事になり、恋の身請けと縁組によって珠側の外戚を狙うという動きまであった。
  この企みは恋自身の、

「私、この仕事好きなので」

 という一言で潰えるのだが、それはそれで珠姫の直属配下である姫巫女衆を担う次世代のリーダーとして期待されており、彼女もまた政治に否応無く巻き込まれている。
  顔が険しくなっていたのだろう。
  鶴姫が軽く脇をつく。

「何を厳しく考えておるのじゃ。
  仕事は終わったのだろう。
  わらわの前で、仕事の顔をするでない」

 少し偉ぶりながらもそれとなく鶴姫は四郎の心を解きほぐそうとする。
  そんな彼女の献身ぶりが分かってしまうがゆえに、妙に辛く、そして心苦しい。

「そうじゃ!
  気分転換に一緒に恋を迎えに行かぬか?
  わらわが博多の町を案内してやるぞ!」

 ぴょんぴょん飛び跳ねながら、四郎を強引に引っ張ってゆく鶴姫に、四郎は逆らおうとはしなかった。
  何しろ、険しい顔が自然と笑みに変わっていたのだから。


  博多の町は四郎の目から見ても発展著しい。
  先の謀反で被害を受けなかったのもあるが、その発展に寄与し、支えていた珠姫が居たからこそでもある。
  既に人口は五万を越えようとし、外周に新たな町を作るべく縄張りも始まっていたのである。
  そんな縄張りの作業を横目に見ながら、護衛を引き連れて四郎と鶴姫を乗せた馬車が走る。

「珠姫が心配か?
  四郎殿」

 馬車の中で思案に耽っていた四郎に鶴姫がわざとらしく声をかける。
  この馬車は杉乃井から持ってきた珠姫の移動用の馬車で当然車内わっふる可能となっている。
  おそってOK、むしろかもんかもんと鶴姫が期待に無い胸を躍らせているのだが、別の女の事を考えているのだから怒りたくもなる。
  とはいえ、鶴姫も女であり姫であった。
  そんな四郎を見て微笑むぐらいには成長していたのである。
  胸はまだちっぱいだが。
 
「はい。
  お産に男が出来る事など、側に居る事ぐらいしかないのですが」

 既に臨月の珠姫は出産の為に母親の比売御前と共に宇佐に戻っている。
  次に顔をあわせる時には四郎と珠姫の子供が隣で寝ている事になるだろう。

「気にするでない。
  男など花の種と同じよ。
  咲くだけ咲いて、散ったらどこにでも種を撒きつける。
  むしろ、他の場所にも種を撒いて欲しい所じゃがのぉ」

 楽しそうに笑いながら鶴姫が誘う。
  とはいえ、妖艶にからかう、女のたしなみ程度のものだが。
  しかも、無駄に幼児体系なので大人ぶっているようにしか見えないあたり、かなり自滅っぽい。  

「まぁ、分かってはいるのですが、『はいそうですか』と襲うのも色々と……」

 このあたり四郎とて聖人君子ではなく、ヤリタイ盛りではあるので色々と溜まっているのだが、戦場で言う所の、

「これ、絶対伏兵居るよね。しかも島津の釣り野伏せタイプの」

 あたり珠姫なら言いかねないぐらい見え見えの罠であるがために、踏み込むのはどーよという気持ちが四郎を思いとどまらせているのだった。
  男女の関係も戦であるとはよく言ったものである。

 馬車が博多の町に着く。
  道の往来も激しく、門司のように馬車往来前提の街づくりをしていないからここからは歩く事になる。

「さ。
  鶴姫。手を」

「おう。
  ありがとうなのじゃ」

 手を繋ぐと四郎の無骨な手に鶴姫の柔らかい暖かさが伝わる。
  それが妙にくすぐったいし、それを受け入れてしまう己に嫌悪感を持ってしまうが、顔に出す事無く四郎は鶴姫の手を繋いで護衛と共に歩く。
  中洲遊郭は博多の町の外れにあり、那珂川の河口にあったそれを珠姫が大遊郭に仕立て上げたものである。
  川の真ん中で橋や船で無いと行き来できないから、さり気に防御施設としても高い造りをしているのは内緒だったりする。

「四郎様。鶴姫様」 

 中洲遊郭の朱色に塗られた大手門前で恋が手を振る。
  周りに居た博多太夫直属の花魁が恋に対して頭を下げていた事で、彼女もまた政治的要人であると四郎は否応なく思い知らされるのだった。
  そんな四郎の覚めた思考など気づく事無く、鶴姫は恋の元に駆けて行き、手を繋いでいた四郎もまた引っ張られるのだった。
 
「恋よ。
  閨での事を色々学んだのか?」

 往来激しい博多の街中で直球堂々と恋に尋ねる鶴姫もどうかと思うが、先人とは偉大なものでこんな言葉を残しているものである。
  『朱に交われば赤くなる』と。 

「はい。
  後で色々お教えしますね」

 笑顔で言い切る恋もどうかと思うが、この二人珠公認の対四郎攻略同盟中だったりする。
  珠が臨月でHできない以上、性欲はどこかで発散させねばならぬ訳で。
  それならば、色々(特に政治的に)この二人を使ってもらった方がありがたい訳で。
  幸いにも、美乳な恋と貧乳な鶴姫とバランスも悪くない。
  なお、

「父上みたいな三匹ワンコプレイがもうすぐっ!」

 とその牝犬の一匹である妄想著しい妊婦が、宇佐の地で邪悪な笑みを見せていたがそれは気にしない方向で。
  養母の奈多夫人もいつのまにか比売御前によって立派に染まっているので、鶴姫も堕ちるのは早いだろう。きっと。

「それは楽しみじゃ。
  という訳で、四郎殿。
  わらわ達は隣の部屋で寝るので、一人で寝て欲しいのじゃ」

「え?」

 目が点の四郎に鶴姫は珠姫ばりの悪魔の笑みを浮かべて冷酷に宣言してみせる。

「四郎殿には珠姫がいるではないか。
  それを知って仕掛けるのも無粋。
  もちろん、襲ってくれるのであれば、歓迎するがのぉ。恋よ」

「は、はいっ!」

 真っ赤になってこくこく頷く恋だが、その本性は珠姫情報によって淫乱であるとしっかり聞いている鶴姫だったりする。
  珠姫も気づかなかった盲点なのだが、珠姫が統括する姫巫女衆の遊女達には二種類の系統があり、プレイの感じ方が違うのだった。
  珠姫や比売御前などの巫女系統の遊女達は、性交が神へのチャネリング手段として用いられた事から、トランスする事を前提に始める。
  だが、正規の遊女系はそもそもお客に情を移してはならない事から、否応無くトランスの制御を学ばされるのである。
  恋は正規の遊女である花魁の由良からその手ほどきを受けたので、快楽の制御に身を悶え、しかしその淫蕩の血が否応無く恋を狂わせて突然乱れ始める。
  純真無垢で清楚可憐な少女が男の快楽に狂い崩れる様は、多くの男達の征服感を刺激しそして溺れさせるだろう。

「魔性の女がいやがる……」

 とは恋から話を聞いた珠姫の言葉。
  何しろ珠姫イメージの恋は、清楚可憐で、物静か。
  それぞ、

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花

な見事な大友女である。
  また、その姿が珠姫とそっくり(だから替え玉なんぞやっているわけだが)なので、

「恋の方が、姫様らしく見えね?」

 という意見が杉乃井だけでなく、大友家中からまで出る始末。
  その時の珠姫のマジ凹みは物笑いの種になり、

「いいもん!
  恋みたく清楚可憐になってやるんだから!」

 と、壮大に宣言したが、

「姫様。普通の姫は加判衆の仕事なんてしません」
「姫様。普通の姫は銭儲けの算段の為に商人と談合なんてしません」
「姫様。普通の姫は調停工作や鎮台の編成で悩んだりしません」
「姫様。普通の姫は妊婦なのにまぐわったりしません」

 と、普通の姫になって欲しい麟姉さんや政千代のお説教に見事なまでに挫折。
  そして、麟姉さんと政千代も、

「姫様に、奉行衆から諸法の提案を見ていただきたく」
「姫様に、鎮台の編成と物資備蓄の動向を見ていただきたく」
「姫様に、毛利の安国寺殿と京の一条殿から文が」
「姫様に、商人たちが証文発行の動向と流通の談合のお誘いが」

 という、まったく姫らしくない案件を断り続けた結果行政機構が停滞し、評定衆の話題となって、


「姫様、仕事してください」


  と、評定衆代表として珠姫の爺である佐田隆居が、麟姉さんと政千代に頭を下げられて珠姫ともども三人揃ってがち凹む始末。
  自業自得というこれ以上ない茶番劇を見せられて、珠姫のお姫様計画は頓挫するのであった。 

 話がそれた。
  まぁ、そういうわけで、恋は魔性の女なのだった。


  立花山城に着いた三人だが、四郎の部屋の前で恋と鶴姫が仲良く頭を下げた。

「では、お休みなのじゃ」
「お休みなさいませ。四郎様」

 どうやら、隣の部屋で二人仲良く寝るらしい。
  で、そこから勉強の成果と予習復習をしているらしい二人が悶える声が襖越しに延々と。


「押して駄目なら押し倒せ!」


  という、駄目妊婦の積極的アドバイスによって、四郎の理性は徐々に削り取られてゆくのであった。
  なお、この四郎の抵抗は一週間ほど続いたが、鶴恋二人の貝合わせプレイの声によって陥落した。
  

「父上。
  四郎はいつ落ちますかね?」

「持って半月だな。
  人とは良くできているもので、頭と下は別の生き物だ」

 と、何処かの色狂い父娘が賭けをしていたなど三人が知る由もない。



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