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大友の姫巫女

第八十七話 立花元鎮博多披露 

 筑前国 立花山城

「博多奉行立花元鎮である」

 その四郎の第一声に、商人と武士一同が皆頭を下げたのだった。
  これが、博多奉行としての四郎の初仕事となる。

 既に戦の後始末として年貢などは軽減され、豊後から戸次一族等が国替えとして宗像の地に移り住む等、筑前国の統治は順調に進んでいるように見える。
  とはいえ、平時ですら問題が出て、戦時ならそれが大問題に発展するのが世の常。
  陳情や紛争など早くも多くの問題が四郎の前に現れていたのだった。
  博多奉行というのは元々臼杵鑑速が勤めていたが、大友家の外交全般を見ていた為に博多を開けがちにしており、その空いた時の代役として立花性に改名した四郎に任せたのである。
  もっとも、本来は毛利との和議という政治的要求による名目的な地位で、四郎も基本は珠姫の側に居るので開けがちで実務はその下が補佐として執り行う事になるのだが。
  ちなみに、臼杵鑑速と四郎が同時期に博多にいる場合は、臼杵鑑速の下に四郎がつくように決めており、命令や責任が迷子にならないようにしている。

 さて、今回珠姫は臼杵鑑速に頭を下げてまで、四郎に実務を経験させる事を望んだ。
  いずれは四郎も家を立て、その家が大友や毛利の一門家となる以上、彼も長としての責任を教えないとという理由なのだが、臨月になって大友・毛利の全家中から『H禁止令』が出されたのも大きい。
  毛利もとあるあたり、珠姫の好色ぶりが伺える。
  なお、毛利の総帥である元就公自らが手紙を書き、

「わが娘よ。
  一門の柱石はそなたのお腹の中にいるのに、お腹を子を危うくさせるのは大友・毛利の家のみあらず、父として悲しき所業」

 なんて、延々と丁寧にかつ容赦ないたしなめ方をしていたりする。
  なお、父である大友義鎮は、

「あれの娘だ。
  生まれるまでまぐわっているぞ。きっと」

 という、実体験を披露して珠を除く家臣一同から、母である比売御前ともども正座にて総突っ込みを受ける始末。

「大丈夫。私の子だから」

 という比売御前にしか分からない説得よりも、毛利元就の方が常識持っているあたりこの父母娘は色について狂いきっている。
  まぁ、その父母娘が正しいのだが、世の中の常識が勝った瞬間、

「四郎見てると、したくなっちゃうからさぁ」

 という駄目妊婦の駄目理由によって、四郎は博多の地に来ていたのである。
  なお、四郎はじめての行政職という事もあって、珠姫は多くのスタッフを四郎につけて博多に送り出した。
  スタッフから見れば『四郎は珠姫に相応しいのか?』というテストにもなっている。
  そんな緊張感と共に四郎は仕事を始めたのである。

「博多の自治については町衆にお任せし、我らは関与するつもりはありません」

 まず四郎の町衆に対する扱いがこれであって、町衆の顔役達はほっと胸をなでおろす。
  うまくいっているものをあえて壊す必要も無い。
  信長みたいな流通掌握を目指すと、町や関所そのものを支配した方が後々面倒にならない事の方が多い。
  だが、珠姫が作り出したシステムは町では無く、商人たちとカルテルを作って市場を押さえるやり方であり、その為の情報掌握を考えると商人たちとの友好関係は絶対必須条件である。
  かくして町衆を敵にする事は避けた四郎だが、その町衆が対処できない問題に頭を抱える事になる。

「異国人の問題はそんなに多いのですか……」

 仮にも奉行を名乗っている以上、案件として一番多いのは裁判や仲裁などの仕事である。
  そして、国際都市である博多は異国人がらみのトラブルが府内より格段に多かった。

「府内の場合瓜生島に停泊し、そこで素行の悪い輩を閉じ込めておく事ができました。
  ですが、博多は格段に異国から船が着くのでそれもできませぬ」

 地元に詳しい筑紫広門が簡単に事情を説明する。
  こと、言葉が通じない以上コミュニケーションに問題があり、それをどう解決するかがポイントとなる。

「ちなみに、今まではどのように対処を?」

 これに答えたのは、かつてこの地に領地を持っていた一万田鑑種。
  しかも、博多近隣の案件処理を不在がちな臼杵鑑速に代わって処理していただけに、格好の四郎の補佐役として珠姫が送り込んだのである。

「南蛮人達は宣教師を使って苦情の処理をしています。
  ですが、南蛮人の神父による手助けは『南蛮人に甘い裁きが出る』と前々から不満があり」

 通訳者の不足によるある種の治外法権が発生しており、これに対する不満が燻っていたのである。
  そこまで察した四郎は解決策を口にした。

「通訳をこちらで抱え込みましょう。
  姫が辞書を作っているはずなので、それを取り寄せて奉行所の者に習わせましょう」

「先はそれでよろしいですが、今の対策はいかに?」

 筑紫広門がその点を指摘する。
  何しろ四郎不在中の実務を担当するのは彼だから、そのあたり容赦ない。

「筑紫殿。
  大陸の者とは揉め事は大きくなっていないのですね。
  互いに筆談ができるから。
  大陸の者で異国の言葉が分かる者を雇い、通訳を二重にさせます。
  宣教師がひいきで訳しても、彼らならばそれに気づいて我らに伝えられるでしょう」

 通訳を二重に置く事でひいきを消すという四郎の判断に筑紫広門も納得する。
  それが顔に出たのか緊張が解けた筑紫広門を見て、四郎も内心安堵しながら続きを口にした。

「南蛮人および大陸人を裁く要諦ですが、『法三章』でいきましょう。
  それで片付かない場合は、私か臼杵殿に。
  なお、問題が出るならば姫に出てもらうという事で」

 かつて、大陸で栄えた秦帝国が滅んだ後、その混乱を立て直す為に漢の高祖が唱えた簡潔なルール。
  人を殺した者は死刑、人を傷つけた者、物を盗んだ者はそれ相応の罰を与えるという三つの取り決めが由来のこの言葉に、皆は四郎を見る目を変える。
  口悪い者など『珠姫の男娼』と呼ばれていた四郎だが、古典知識を持ち、それを場所によって使うのを見せ、閨だけでのし上がっただけではないと分かったからである。

「悪くないですな。
  よければ、その人探しそれがしに任せてもらえぬだろうか?」

 横から志願したのは博多に屋敷を構える事になった大内輝弘。
  まだまだ大内の名前は勘合貿易をしていた事もあって大陸では大きい。
  それを踏まえての志願である。
  四郎はそれを了承し、彼に頭を下げた。

(なるほど。
  やはり毛利の血を引く者だけある。
  才があるのに、腰が低い)

 元内応者で、四郎以外の毛利関係者を知っている一万田鑑種などは、内心で合格点をつけているのだが、初仕事の四郎はそこまで気が回らない。
  四郎は次の議題の為に地図を広げさせて、緊張気味に口を開く。

「次に、大宰府鎮台の設置について」

 南蛮人の府内攻撃から、龍造寺・宗像・原田の三家謀反の鎮圧に多大な効果をあげた鎮台制度だが、これを未整備であった筑前と筑後に置こうという話が出ているのだった。
  既に筑後は定数千名で久留米に設置が決定し、評定衆についた蒲池鑑盛を総大将に問駐所鎮連等筑後の国人衆を旗下に置く事が決定している。
  また、中津鎮台は珠姫が次期後継者兼筑前・豊前守護代に決定した事もあり、鎮台総大将から外れて同じく評定衆に就任した佐田隆居が総大将に就任している。
  更に隈府鎮台は託摩一族を筑前に移した代わりに赤星家や城家等の菊池氏分家に入ってもらい、定数を千に拡張させる事も決定しており、同時に鎮台総大将の志賀鑑隆の評定衆就任が決定していたりする。
  そして、今から四郎が口にしようとしている大宰府鎮台の設置の話もこれら鎮台の拡張策と同一構想の中にある。

「田原親宏殿が評定衆に就任するに伴い、大宰府に鎮台を設置する運びとなりました。
  定数は千で、筑前国衆はこの鎮台に所属してもらう事になります。
  また、姫様の中州・二日市・原鶴の御社衆もこの鎮台に属して貰い、何かあったら即座に応対してもらう事になるでしょう。
  これについて何か意見があったら言ってもらいたい」

 先の御社衆の負けっぷりに激怒した珠姫が命じた御社衆強化策が、御社衆大将に怒留湯融泉をはじめとした武将をつける事と、運用を円滑に行う為に自分が守護代となった国に鎮台を設置し、その指揮下に収める事だった。
  これも、豊前と筑前の守護代に珠姫がついた事によってできた統一運用だが、御社衆というへそくりを正規兵員に入れる事によって、他の鎮台より定員数が増えていたりする。
  中津鎮台は、香春と宇佐の御社衆を指揮下に置いて定数が千五百となり、大宰府鎮台は中州・二日市・原鶴の三遊郭を組み込んだ定数二千の巨大鎮台となる。

「気になったのだが、大宰府鎮台の大将は田原殿でいいのか?」

 怒留湯融泉が、疑念半分嫉妬半分で大将の資質を口にする。
  領地である旧秋月領で秋月残党の謀反を発生させ、小金原合戦の前哨戦においては功に走った彼は部隊を突出させ敗北を喫している。
  いくら、大友家三大支族の一つである田原家とはいえ庇いきれるものではないのに、彼の評定衆と大宰府鎮台総大将就任である。
  同じく敗北を喫し左遷された怒留湯融泉からみれば納得がいくものではない。
  その質問は出ると思っていた四郎は淀みなく、田原親宏の評定衆就任のからくりを解いてみせる。

「ちかく、田原殿の娘達が縁談を控え、その縁談を機に隠居する事を守護代である姫様に申し入れています。
  現在の知行は田原殿の三人の娘達に分け与えられ、その一人に田原家を継いでもらい、大宰府鎮台の総大将は田原殿の隠居に伴ってその婿殿にとってもらう事になります」

 その説明に怒留湯融泉も嫉妬の炎が消えた。
  婿養子を取って隠居の上知行分割など、責任論ならばこれ以上強く言えないだろう。
  もっとも、それをやってすら積年の悲願であった大友家国政に参与できる評定衆就任にこぎつけるあたり、田原親宏もしたたかではあるのだが。

「では、その婿殿はもう決まっているのか?」

 原鶴御社衆を率いる恵利暢尭の質問に四郎も軽く頷いて答える。

「はい。
  公家柳原家より養子をもらい、末娘に嫁がせて家はそちらに継いでもらいたいという意向だそうです。
  ですが、まだ元服しておらず、それまでは上二人の娘に嫁いだ者が支えると」

 なお、この柳原家というのは日野家の流れを汲む公家で、大友家の京における幕府・朝廷活動の窓口の一つだった家である。
  経済的窮乏と貴種という青い血を求める政治的結婚だが、こうした結婚は戦国の世の常識でもあった。
  話は少しそれるが、現在の大友家の対幕府・朝廷活動は他家を圧倒するほどの影響力がある。
  幕府は松永久秀というえらく使い勝手のいい、もちろん色々デメリットもある輩がいるのが大きいのだが、朝廷も大友家の銭の力というのもあるが、殿上人の頂点位に大友派の有力公家が存在していたからである。
  五摂家に連なり、分家なのに本家より栄えていると京で噂されているかつての土佐の大名、一条兼定という公卿が。

「では、他のお二方は?」

「一人はそれがしが。
  一人身の方が良いと申したのですが、押し切られまして……」

 恵利暢尭の質問に横から口を挟んだのに、珍しく口を濁したのが一万田鑑種。
  長門に筑前に伊予と流浪の人生を送っていた彼は、妻をその流浪の旅の途中で亡くしており、子もおらずそれからはずっと一人身で過ごしていた。
  だからこそ、派手に内通なんぞ企めるのだが、そんな才人のデレというのを一同ははじめて見たのである。
  この歳の差結婚も、田原親宏の珠姫へのご機嫌取りを兼ねているのだった。
  彼が珠姫に一万貫で雇われたのを知った田原親宏が、

「大友一門の出てある一万田殿は出来人ゆえ、知行無しでは家中で浮いてしまう」

 と、珠姫と一万田鑑種を説得して長女を押し付けたのだった。
  そんな歳の差結婚だが、珠姫の神力で半ば諦めていた息子ができてしまい夫婦仲はとても良く、一万田鑑種はその才の切れに親としての落ち着きまで持つ珠姫家中の押しも押される重臣の一人に上り詰めて行くのだがそれは別の話。
  なお、後に本家を継いで田原親虎と名乗る柳原家の養子が元服するまでは彼が田原性を名乗り、田原鑑種と改名していたりするが親虎元服後に名前を変えるので彼については一万田鑑種のままにしておく。
  そんな彼は田原親宏の所領五万石の内、二万五千石を相続して鎮台の実質的指揮を執ることが内定している。  
  で、末妹の養子に一万石を受け継がせ、残り一万五千石を次女の婿に渡す事になるのだが、四郎が告げたその人物の名前に一同納得するのだった。 

「小野鎮幸殿」

 南蛮人襲撃から杉乃井御殿を守り、小金原合戦では大友親貞について大内勢を撃破して見せた大友側で最大の功績を誇る将である。
  ただ、戸次鑑連の陪臣という事もあって直接賞する訳にもいかず、どうしようかと珠姫が悩んでいた事を察しての田原親宏の提案だった。
  田原家の領地分割も、陪臣である小野鎮幸が戸次家より大きな領地を持っていたらまずいという判断のもとに行われていたのだった。
  これで大友本家から睨まれていた田原家は一万田鑑種を使って珠姫に恩を売り、有力加判衆である戸次家の下に入る事で一門衆に返り咲き、戸次家は小野鎮幸が田原家を食べる事で有力一門としての揺ぎ無い地位を確立。
  小野鎮幸は戸次家の最大の知行を持つ一の家老、しかも望めば大友本家直臣どころか、加判衆にもなれる出世の道を得る事となる。   
  これらを丸く治めた手腕を見せたのは珠姫ではなく、田原親宏に頼まれた戸次鑑連から相談を持ちかけられた角隈石宗と吉岡長増であり、大友義鎮も一枚噛んでいたりする。
  手の内を見せられて、小野鎮幸に銭か物かあげようと考えていた珠姫が、

「やっぱり年の功には勝てないわ」

 と、呟いて敗北を宣言したの四郎は聞いていたりするが、それは閨の睦み事ゆえ口にはしない。
 
「鎮台大将の件は了解した。
  だが、ここまで兵を整えるのは何故か?
  よろしければ、立花殿の意見をお聞きしたいのだが」

 大内輝弘が四郎にこの巨大すぎる鎮台そのものの疑念を尋ねてみる。
  あまりに強すぎる現地軍団と司令部は中央の統制を外れて軍閥化しやすいので、そのあたりの意図を尋ねてみたのだった。
  それに四郎は珠姫から出た言葉をそのまま伝えた。

「この鎮台は対龍造寺戦において機能するようにと、姫様はおっしゃっています」

 それを聞いた大内輝弘、筑紫広門、怒留湯融泉、恵利暢尭が唖然と言う顔で声も出せずにいるのを見て、四郎自身も珠姫から聞かされた時に同じ顔をしていたなと苦笑する。
  何しろ、龍造寺は謀反を起こしておきながら、水城合戦や小金原合戦における鍋島信生の格段の功績によって、知行削減を免れた。
  あげくに、

「差し押さえよ」

 といって珠姫から赤札の代わりかつ褒美代わりの杏葉紋の付与を鍋島信生に与える始末。
  龍造寺は外様における珠姫の一の与党と見なされていたのだから、その衝撃は四人にとって計り知れない。  
  なお、一万田鑑種も初めて聞いたはずなのだが、相手が分かっただけでその意図を全て察したのだろう。平然とした顔で四郎を見ている。
  久留米鎮台と大宰府鎮台の設置、これは露骨なまでの対龍造寺対策であった。
  久留米鎮台総大将の蒲池鑑盛も知勇兼備の良将ではあったが、筑後を守りながら博多を維持するのは無理がある。
  太刀洗合戦の経緯を知った珠姫は鍋島信生を押さえ込める将で無いと博多防衛は無理と判断しており、最初は四郎を戦時限定だが博多に置く事を考えていたのである。
  だが、田原親宏の婚姻政策を知り、一万田鑑種が大宰府鎮台を率いるのならばと彼に全てを丸投げする腹積もりだった。
  太刀洗合戦で数百の兵を率いた鍋島信生を押さえ込める一万田鑑種が、大宰府近隣に常時二千の兵を率いて睨んでいる。
  これ以上ない恫喝であった。

「姫様は、
  『龍造寺はこっちが大敗して、大友家中が動揺する事態になったら絶対に謀反を起こすわ』と何故か確信している様子。
  まぁ、本音はともかく建前は龍造寺対策という事にしておくのが差しさわりがないという事でしょう」

「では、その本音としてこの鎮台は誰を叩く為に置かれているので?」

 一万田鑑種が意地悪く四郎に尋ねるが、四郎は淀みなくその相手を言い切った。

「毛利」

 その声と笑みは、毛利元就の血を引いた者に相応しかった。




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