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大友の姫巫女

第八十三話 恩賞のかなたに

「お前に筑前をくれてやる」

 え?
  何をいいやがりましたか?このくそおやじ。

 そんなのりで始まります。
  現在府内に滞在中の珠です。
  ちょっとえっちな踊りを踊ったら、家中大問題に発展してこうして説教を受けているという名目で茶室に二人きり。
  その間に、筑前小金原で討伐軍が宗像勢に対して大勝利の報告が府内にも届いて、府内は祝勝ムードがほのかに。
  そのムードを使って誤魔化そうと考えていた私に向けて、ぱぱんである大友義鎮の第一声がそれでした。

「父上。
  そんなに殺されたいですか?
  まじで」

 お茶を飲みながらこれぐらいは堂々と言える仲になったのもつい最近だったり。
  それまでは、粛清フラグが立たない様に、出す言葉が既に詰め将棋だったなぁ。
  なお、この筑前で約四十万石ぐらいあり、博多の金銭収入を加えれば百万石近くになる大友家で最も豊かな国である。
  で、私にそんな言葉を返された父上は、ため息をついて愚痴をこぼす。

「仕方ないだろう。
  守護代という名前貸しだ。
  これも、毛利との和議条件に入るのだからな」

 毛利との和議については、大内の後継という政治的旗頭を立てている毛利への餌として、四郎に立花姓を継がせて博多奉行にするという事で合意している。
  ところが、これについて大友家中より、

「名目とはいえ、博多の奉行を毛利の子に渡すというのはどうか?」

 という意見が出て、じゃあ、その上の筑前国守護代に誰か大友の人間を当てればいいやという事になった。
  まではいいのだけど、毛利一門という貴種な上に筑前の名族である立花の名前に対抗できる血というのが、大友家は意外なほどに少ない。
  まぁ、父上が粛清しまくった果てなのだが。
  もちろん、一門衆としての同紋衆はいるが、彼らは既に臣下となって世代が変わっているので加判衆を守護代に持っていってもバランスが取れているともいえない。
  どうしても苗字に大友の名前が必要なのだった。
  で、そうなった時に大友の名前がついている人間が現在において二人しかいない。
  私と、現在出陣中の大友親貞だ。
  で、四郎が博多奉行なら私が筑前守護代でちゃんと立場もはっきりしているし。
  ……夜になると進んで立場が逆転するのは内緒。うん。
  で、冒頭の「筑前をくれてやる」発言に繋がるわけだ。
  名貸しとはいえ、大友家総石高の五分の一、実体経済の半分を新設分家にやるなんて馬鹿なの?死ぬの?とゆっくりボイスで叩き付けたい所だが、ぐっと我慢する。
  そんな説明をしている父上の顔もむっつりだ。
  まぁ、おもしろくない話ではあるわけで。

「あと、大友と毛利の間に一家挟む事で仲介を頼むという事を考えている。
  大友と毛利、それに双方の血を引く分家だ。
  この分家に大友と毛利の間を仲介する事でいざござを無くす。
  それを前提に、大友と毛利の間で縁談を結ぶつもりなので、頭に入れておくように」

 まぁ、鼎の足ではないが、二つより三つの方がまとまりやすいのは事実だ。

「ですが、筑前は多すぎです。
  何より毛利は何も出してないじゃないですか」

 私の抗議に、実にいまいましげに父上は言葉を吐き捨てた。

「あの毛利狐も領地を出す。
  隠岐だ」

「ぷぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅう!!」

 その一言に思わず飲んでいた茶を噴き出してしまう私。
  お、隠岐ですって?
  それは、日本海の制海権をその家に譲るって……あ!

「そうだ。
  向こうも、お前がこの分家を作る事に賛成している。
  だから名貸しでも、派手な支度金を出さねば親の沽券にかかわるだろう」

 隠岐は私の支援もあって、膝を屈したとはいえ反毛利風潮が強い。
  しかも島国だから、反乱が起こった時に気楽に遠征などできない土地である。
  だからこっちに押し付けたな。あのチートじじい。
  けど、水軍持ちで筑前を治めるって名貸しでないならば、本気で双方にとっての壁になるわけだ。
 
「新設分家への向こう側からの押し付け人材は?
  このまま大友独占という訳にもいかないでしょうに」

 内部がバリバリ大友派で固められたら壁にも何もならない。
  その答えを言う前に、父上は茶を一口飲んで喉を潤す。

「何も言ってこなかった。
  領地を出すのが少ない代わりに、中はこっちで決めろという所じゃないか?
  お前の子の代になって本格的に動く家だ。
  いずれ、大友・毛利の双方の血が入ると心せよ」

 はいはい……ん?
  おかしいな?
  何かこの話齟齬があるのだが??
  あ!

「父上。
  私と四郎の縁談で和議って筋書きではなかったので?」

 祝言挙げて、マスオさん状態な四郎の妻という役で大友家に残る筋書きだったのだが、これでは私の立場が分からない。
  で、私の一言を聞いた父上が深く深く、とっても深ぁぁぁぁぁぁくため息をつきやがった。
  これ見よがしに。

「珠。
  言っておくが、長寿丸が元服したらわしは隠居するからな。
  実権は離すつもりはないが」

 そりゃそうでしょう。
  『何を言っているんですか?この父上は?』という言葉を出す前に、

「で、隠居後に大友の杏葉の家紋を継ぐのはお前だ。珠。
  名貸しではあるが、お前が望むなら本当にくれてやる。
  いい修行だ」

 はい?
  見事なまでに固まる私に、父上はため息をじつにわざとらしくつく。

「やりすぎたんだよ。お前は。
  戦に政に、そのどれをとっても満足のいく結果を出し続けた。
  既に、お前が次を継がなければ、豊後以外の全ての国が謀反を起こすぞ」

 うわぁ。
  そこまで、高まってましたか。
  珠待望論。

「父上。
  色狂いを理由に廃嫡できませんか?」

 一応無駄な抵抗を試みる。
  けど、私も無駄だと分かっている時点でまぁ、お察しくださいな言葉が。

「お前のあれは己が楽しむのもあるだろうが、それが狙いなのも知っている。
  わしも昔同じ事をしたからな」

 大友二階崩れですね。分かります。
  と、心の中で突っ込んでいるのを知らずに父上は続きを口にする。

「お前の母もあれだし、わしも色狂いだ。
  『親子だな』で終わると思うぞ」

 ですよね~。
  父上、この間団鬼六ちっくに母上を人間花入に仕立てて、茶室に飾っていましたよねぇ……
  嬉しそうに自慢しながらいじって楽しんでいたのを横目に、『これいいかも』と考えていたのは内緒。

「お前が継ぎたくないのは分かっているし、姉弟の家督争いなどわしも見たくない。
  わしが実権握ったままお前に家督を継がせて、しばらくして長寿丸に変える。
  これがぎりぎりの手だろうよ」

 まぁ、そこまで聞けば理由は納得したが、

「んじゃ、私と四郎の祝言は?」

「立花を継ぐ四郎の妻に、大友宗家を継ぐお前がなれると思うか?
  せめて、お前が降りてからにしろ。
  どうせ、祝言なんて祝い事が目当てだろうに」

 ばれてやがる。
  四郎と一緒なら妻じゃなくて、愛人でも構わないし。
  それに今の状態で大友を離れる事もできない。
  大友壊滅の最大かつ最凶フラグである対島津戦、耳川合戦フラグをへし折るまでは。
  史実の大友家も対毛利戦で勝ってしまったが為に驕りが生じ、それが今山・耳川と大敗北に繋がってゆく。
  勝ったがゆえの気の緩みと驕りこそ、一番気をつけないといけないのだ。

「では、名貸しついでにいくつか質問を。
  我らの一番煩い身内である豊後国人衆をどう説得するので?」

 ああ、名貸しなんだけどばりばり関与してるよぉぉ……
  けど、格好の豊後国人衆の整理のチャンスだから口は出したいこのジレンマ。
  と、内心の悶えを見せず、せっかくの茶室なので、気分を変えてこの間神屋紹策からもらった青磁茶碗を出す。
  父上。目が訴えていますが。『くれ』と。

「父上。
  話の続きを」

「うむ。
  そうだったな。
  くれ」

 そっちかよ!
  本当に茶狂いだな。この人は。

「『夜駆』と言うそうですよ。
  この間、私が浚われた事からこの名前がついたとか」 

 あ、顔がちょっと不機嫌になった。
  まぁ、あんな大失態は思い出したくないだろうなぁ。

「まぁ、名前は後で変えるから、くれ」

 物欲が勝ちやがったよ。この茶狂いおやじ。
  隠居したら、茶狂いと女狂いの日々を堪能するんだろうなぁ。うらやましい。
  とりあえず、戸次鑑連は豊後から動かさないようにしよう。
  父上にはお目付け役が絶対に必要だ。

「で、豊後国人衆をどう説得するので?」

 聞かなかった事にして、強引に話を元に戻す。
  『ちっ』と舌打ちしないでください。聞こえますから。

「今回の戦で筑前がほとんど空いたから、そこに何人か入れようと思っている」 

 で、移した国人連中を懐柔しろという事ですね。わかります。
  何しろ筑前の有力豪族は筑紫をのぞいて、宗像・原田・立花・秋月残党と軒並み消えているのだ。
  今回の謀反で浮いた領地は約二十万石に及ぶ。
  秋月領に田原家を入れて懐柔させたように、豊後国人衆を取り込んでしまえと言っているのだった。

「博多を実際に取り仕切るのは、今と同じく臼杵鑑速殿で問題ないかと。
  元々の臼杵家の飛び地である糸島半島柑子岳城に原田領を足して、博多の西を押さえてもらいましょう。
  実務を四郎の代わりにとる人間が必要ですが」

 臼杵鑑速は長く博多奉行を務め、向こうに領地もあるのでうってつけである。
  ただ、問題は大友家の外交全般を取り仕切っているので、博多をあける事が多くなるという事。
  博多の町が自治都市だからさして問題はないのだが、以前から何とかしてけりをつけたいと思っていた問題でもある。
  四郎が博多奉行として博多に常駐するのならば問題はないのだが、四郎は私の側をはなれないしなぁ。

「大内輝弘殿に一万石ほど与えて博多に住んでもらいますか。
  大内の名前ならば、町衆も無視するとも思いませんし。
  あと、筑紫広門殿に四郎の下についてもらって実務をやってもらいましょう」

 地味に筑紫家は今回の騒動に置いて功績が高かったりする。
  内部の反大友派の中心だった父である筑紫惟門を切り捨て、大友側に残って内野合戦や水城合戦を戦っているからアメは必要だ。
  博多奉行の実務、賄賂OKのこの時代だからいい実入りが入るはずである。

「宗像は所領は没収させるが、宗像大社大宮司の職は安堵させる。
  宗像領の統治は分割させて、監視を兼ねて誰かに渡す事になるが」

 父上の言葉を聞いて、私はあえて踏み込んだ発言をしてみる。

「どうします?
  豊後国人衆、できれば加判衆をもう一人引き抜きたいのですが。こっちに」

 せっかく筑前という空き領地ができたのだから、転封で豊後の大友直轄領を増やそうという私の発言に父上もニヤリと笑ったのだった。

 

 茶室から出ると、くノ一の舞が控えていた。
  城内では、くノ一スタイルではなく、女中姿である。
  ある意味当然だが。

「井筒女之介より、『藤木和泉守を討ち取った』との報告が。
  こちらの監視もそれを確認しました」

 その報告に私は部屋に入り、書いておいた三つの書状を舞に手渡す。
  一つは、山中幸盛や井筒女之介を含めた尼子残党の大友領内通行許可証。
  もう一つは、当座の生活費+暗殺報酬を入れた三万貫もの証文。
  最後の一つが、織田家の木下藤吉郎への紹介状である。

「姫様。
  我らに命じていただければ、彼らの始末は……」

 そう言いかけた舞の口を手で封じる。
  ここまで歴史をいじってはいたが、あの才能有り余る秀吉が織田家中枢に上り詰める事は確信していた。
  問題は、そこから。
  重臣になっても、成り上がりゆえ、彼には信頼できる部下が弟の秀長ぐらいしかいない。
  だから突発事態な情況で、後の天下人になるかもしれない秀吉が、討ち死になんてしてもらったら困るのである。
  西国に行き場のなくなった、山中鹿之助は私にとって格好の手駒だった。
  秀吉にちょっと恩を売り、信長の性格だからほおっておいても毛利とは戦をするだろう。
  『尼子再興』の為に働けるだろう鹿之助にも恩が売れると。
  で、危険人物を追放できるので毛利も万々歳。未来の事は秘密だが。
 
「じゃあ、届けて頂戴」

「畏まりました」

 舞が一礼して出てゆくと、今度は麟姉さんが入ってくる。

「姫様。姫様に会いたい方が……」

 妙に言いにくいというか戸惑っている様子で麟姉さんは用件を伝える。

「何か言いにくいって事は、訳ありな客?」

 今や九州の大半を支配する大友家の一門にて、その中枢である加判衆右筆をつとめる私は当然のように取り入ろうと様々な客が来る。
  で、そんな客のあしらいは麟姉さん達に一任していたのだが。

「はい。
  姫様に、こう伝えてくれと。
  『堺で、姫様に毒茶を飲ませた者の家来だ』と」

 うわぁ。
  それ、絶対ボンバーマンだわ。
  小金原合戦で戦が終わり、大友毛利連合成立が目前に迫ってきたからってさっそく使者送ってきたな。
  あれ、どんだけこっちに間者おいているのよ。

「分かったわ。
  会います」
 
  と私は答えざるを得なかったのである。

「松永弾正の臣、本多正行と申します。
  姫様においてはご機嫌麗し……姫様?」

 挨拶が止まるほど私の顔が真っ青だったりする。
  なんであんたがここにいるのよ。本多正信。
  後の徳川最高の謀将を前に、叫びだしたい所をぐっと我慢して造り笑顔を。

「ごめんなさいね。
  ちょっとこんなお腹だから、気分が悪くて」

 おっきくなったお腹を触り触りでごまかす。
  妊婦って便利だ。こういう時に。
  そういや、三河一向一揆の時に、家康の下から離れてボンバーマンの下で働いていたな。こいつ。
  後の謀才はここで磨かれたか。

「姫様。
  でしたらまたの機会にして、お休みになられた方が」

 控えていた麟姉さんを手で制して、

「時間が惜しいから本題に入るわ。
  和議の仲介をお願いしたいの」

 彼とて馬鹿ではない。
  和議の仲介が大友と毛利の事であると理解した上で、私が何を求めているのか即座に把握した。

「幕命か、朝廷の講和ですな」

 戦争というのは始まりがあれば終わりがある訳で。
  片方が滅亡する場合を除いて、こうして和議という形で戦争を終わらせるのである。
  で、その戦争終結宣言を第三者である、幕府か朝廷にしてもらいたいという事だった。
  当事者同士での終結は、遺恨が残っている事があってうまくまとまらないし、大友八カ国、毛利八ヶ国の大国同士の和議ともなると、それに匹敵する格を持つ第三者が幕府か朝廷しかいない。
  で、現在幕府を牛耳っているボンバーマンに仲介の労をとってもらおうという訳だ。
  だが、本多正行は能面のように感情を表に出さずに、口を開いた。

「少々遅うございましたな。
  公方様は京でお隠れになり、現在前公方(義輝)の弟君である義昭様が織田信長殿の支援の下、京に向かって進んできております」


作者補足 感想掲示板の指摘を受けて修正


 


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