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大友の姫巫女

第八十二話 戦争芸術終章 小金原合戦 後編 

 地理説明
           ↑宗像

           ④      
          小金原 ⑤
            ②③①
      犬鳴峠      A
    凸丸山城      C B
                 凸笠木山城

 

 宗像軍 
  ① 若宮衆      河津隆家 千 
  ② 丸山城城兵  秋月種実 五百
  ③ 尼子勢      山中幸盛 三千
  ④ 宗像軍本陣  宗像氏貞 二千
  ⑤ 大内勢      秋穂盛光 千
    合計                  七千五百


  大友軍
  A 日田鎮台   田北鑑重 五千 
  B 旗本鎮台   戸次鑑連 三千
  C 隈府鎮台   志賀鑑隆 二千
    合計                一万


「昨日の勢いを持って、大友勢に攻めかかるべし!」

「さよう。
  もはや、この状況において策などなく、ただ敵を打ち破るのみ!!」

 戦評定の席で、河津隆家や秋月種実はこう主張し、それに異を唱える者もなかったのでこちら側からの攻撃が決定された。
  ある種のやけくそに近い空気の中、陣決めにおいて山中幸盛はある事を提案したのである。

「尼子勢を中央では無く、右か左のどちらかにおいて欲しいと?」

「さよう。
  大友勢を打ち破らねば、我らは身の破滅。
  それゆえ寡兵な我らは敵本陣を突いて、大将を討ち取らねばなりませぬ。
  あの、戸次鑑連を」

 山中幸盛がその名前を口にした瞬間、蝋燭の最後の灯火のように燃え上がっていた空気がぴたりと静まる。
  そして、燃え尽きた蝋燭と同じく、燻る空気の中に恐怖と諦めが漂っているのを山中幸盛は感じ取ってしまっていた。
  大友家が九州六カ国の太守となったその原動力。
  大友義鎮が大友家を継いでから、内乱と合戦を勝ち抜いた大友家最強の武将。
  秋月種実などは、国を失い、父親と兄を戸次鑑連に殺されているだけにその怨嗟と恐怖は人一倍あり、今にも斬りかかりそうな顔をしていたりする。

「寡兵で大軍と当たるならば、策を用いねば勝てはせぬ。
  中央の兵が厚くなるのは戦の常道ゆえ、横を迂回し本陣を突く所存で」

 山中幸盛率いる尼子勢三千は宗像勢最大戦力であり、当然のように中央に置かれると思っていた。
  とはいえ、山中幸盛の意見も理にかなっており一同考え出す。

「それならば、夜襲というのはどうか?」

 と、声を出したのは秋穂盛光。
  こちらからの攻撃は向こうも意図していないし、心理的衝撃を与えるならば常道的な手段ともいえよう。
  だが、その意見に山中幸盛は首を横に振った。

「夜襲を警戒してか、夜間は間者が常に見回っている。
  動けば向こうに感づかれるぞ」

 今回の合戦で珠姫が一番恐れたのが夜襲だった。
  彼女は戸次鑑連唯一の負け戦と言われる、休松合戦のフラグを秋月滅亡によって折ってはいたが、その指揮官であった秋月種実が向こうにいる以上夜襲の可能性があると考えて、保護しだした元尼子忍者である鉢屋衆残党を全て投入していた。
  もちろん、裏切りを恐れて英彦山の山伏達や、後方で飯炊きや治療・慰安に当たっている姫巫女衆の監視がついているのだが。
  これによって夜襲の危険性は大きく低下し、大友軍は安心して夜休めていたのである。

「ならば朝駆けだな。
  たとえ、分かっていても体がついてこぬだろうよ」

 河津隆家が山中幸盛の言葉を受け止めて、彼が言いたい事を代弁した。
  起き掛けの体への心理的衝撃は分かっていても、制御するのは難しい。
  それが朝駆け――早朝奇襲――である。

「決まりだな。
  朝駆けなら、こちらの陣を把握するのに時間がかかるから、中央が少なくても気づくのは遅れるだろう。
  だが、山中殿。
  本当に討ち取れるのか?
  あの、戸次鑑連を」

 祈るように、縋るように総大将である宗像氏貞は山中幸盛に尋ねる。
  見れば、宗像氏貞と同じように諸将が山中幸盛を見ているのを感じて、彼は冷静に淡々と口を開いた。

「その為に、我らはここにいるのです」

 

 

 大友本隊は油断無く犬鳴川対岸に陣を構えた。
  このあたり、戦慣れしているが府内の南蛮人襲撃によって精鋭しか持ってきていない事も理由の一つにあげられるだろう。
  今回、この大友本隊に属する諸将を改めて記しておく。


  総大将 戸次鑑連

 旗本鎮台    小野鎮幸 由布惟信 大友親貞 高橋鎮理               三千
  日田鎮台    田北鑑重 田北鎮周 恵利暢尭 蒲池鑑盛 問駐所鎮連 他 五千
  隈府鎮台    志賀鑑隆 託摩貞秀 甲斐親直                     他 二千
   
  これ以上ないほどの顔ぶれであり、これで敗北しようものなら、全ての仕掛けが崩壊しかねないほどの打撃を受ける。
  そんな乾坤一撃の部隊であった。
  なお、先日打撃を受けた田原親宏の率いる千が笠木山城に入り、守備および後方作業に従事していたりする。
  そんな大友本陣において、酒も飲まず、女も抱かず、ただ星空を眺めていた大友親貞を見かけた小野鎮幸はなんとなしに声をかけた。

「若様。
  何か考え事ですかな?」

「すまぬ。
  少しな。
  初陣というのは、皆こうなのか?」

 見ると大友親貞の手が震えている。
  彼は先日の合戦の後に物見に志願し、そこで初めて戦場というものを体験したのである。
  血の臭い、転がる死体、群がるカラスに野犬、死体を漁る落ち武者狩りの百姓達。
  物見から帰った彼は盛大に吐いた後、食が喉を通らず、寝る事もできずに体の震えを押さえていたのだった。

「そんなものです。
  その内慣れるでしょう」

 誰もが通る道だと肩を叩いて気をほぐそうとする小野鎮幸に、大友親貞は呟くように尋ねた。

「それになれる事ができなければ?」

「死にます」

 その小野鎮幸の即答に大友親貞は呆然として体の震えも忘れてしまう。
  言い切った小野鎮幸の瞳は真摯で、曇り一つ無く、それが戦場での真理なのだといやでも悟らされてしまう。

「吐く事も、震える事も、後悔する事も生きていればこそできる事です。
  ですから、若様。
  戦場で迷いますな。
  戦場は迷った者から命を落としてゆくのです」
 
  その言葉に大友親貞は迷いを吹っ切った顔で力強く頷いたのだった。


  そんな二人を陣幕から覗いていた戸次鑑連は、自分が出てゆく事もないだろうとそこから離れ、同じように覗いていた同僚に声をかけた。

「若様は大丈夫そうだな。
  田北殿」

「ああ、誰もが通る道だが、こればかりは慣れるしかない。
  見守るというのはつらいな。戸次殿」

 打ち合わせに来て、帰る途中に大友親貞を見かけた田北鑑重だが、その顔には笑みが浮かんでいた。

「気づいているか?
  姫様が戦をしだしてから、兵達の乱捕りや刈田が驚くほど少なくなっている事に」

「ああ、陣で酒に女だけでなく、暖かい味噌粥が食えるとはいい時代になったものだ」

 互いに戦場での働きは長く、それと比べて格段に改善している事に二人は嬉しくもあり、けど荒々しさが消えた事を少し寂しくも思ったりしたり。
  まぁ、年長者のなんとやらなので、二人とも笑みを浮かべたまま本題に入る。

「姫様を戦場に出すな。
  たしかに南予の戦を見れば、姫様は戦もできるだろう。
  だが、此度の戦をみて確信した。
  あの姫様は後ろに控えてこそ、その力を発揮する。
  あの姫様が戦に出なければならないのならば、それは戦に負けている時と思え」

 南予にて珠姫の戦を知っていた田北鑑重が、真顔で戸次鑑連に囁く。
  頷く戸次鑑連だが、口に出したのは田北鑑重と少し意見が違っていた。

「確かに田北殿の言うとおりだが、姫様はそれを知って怯えていたぞ。
  『戦場に出ないから、戦を楽しんでしまうのが怖い』と。
  難儀なものよ。
  おとなしく城にて子を産み、育てていればこのような事も感じずに済んだだろうに……」

 出陣前に珠姫を撫でたその手は硬く握られ、顔には鬼神を想像させるほどの怒りがみなぎっていた。

「姫様は、我らを信用していない。
  寝返りとかいう話ではない。
  おそらく、戦の先を見て勝ち負けが分かるのではないか、わしはそう思っている」

「宇佐に出されてから巫女をしていたからな。
  何か神仏の加護を得ているのかもしれん」

 それは戦場に居続けた者しか分からない勘だった。
  そして、戸次鑑連と同じ事を田北鑑重も思っていたのである。
  珠姫の打った手が正しすぎるのだ。
  勝敗など別の次元で勝ちを確定し、まるで戦う将を知っているかのような動員をかけ、戦で負けないように手を打ち、負けても取り返せるような手を打つ。
  全てが理にかなって、正しいがゆえに二人は気づいたのだった。

「姫様は大友にとって無くてはならぬお方だ。
  そして、姫様を支えるためにも、我らは姫様の期待に答えねばならぬ。
  姫様のお膳立てで、この戦については姫様は一言も言っていない。
  我らが勝つと踏んでいるのだろうからな。
  それとも見てきたのか知らぬが」

 わざとらしく茶化しながら戸次鑑連は話を打ち切って、本陣に戻ってゆく。
  後姿なのに、肩より湧き出る闘気がこの戦にかける彼の意気込みを示していた。
  それは、田北鑑重も同じで、陣に帰るのを目撃した大友親貞と小野鎮幸が声をかけようとして思いとどまったぐらい鬼気迫るものがあったのである。


  こうして、早朝の朝霧が覆う頃、この合戦は幕を開けた。
 

「目指すは大友本陣!
  かかれぇ!!!」

 中央に陣取った若宮衆大将河津隆家の声によって宗像軍は喚声と共に犬鳴川を渡河、大友軍に襲い掛かった。

「奇襲!」
「宗像軍の朝駆けにござる!!」

 だが、間者の大量投入にてこの動きは大友側に察知されていた。

「防げ!」
「鉄砲隊!放てぃ!
  音で味方に奇襲を伝えよ!!」

 霧の中、躊躇うことなく日田鎮台先陣である田北鎮周は鉄砲隊に射撃を命じた。
  連続する轟音が、敵襲を味方に伝えてゆく。

「旗印は分かるか!」
「駄目です!
  霧で旗が……」

 相手が誰だか分からなければ、この攻勢が囮かどうかが分からない。
  奇襲に対して準備はしていたとしても、思い通りにならないのが戦という物である。

「同士討ちは避けるように各隊に伝えよ!
  先陣は絶対に下がるな!
  下がれば後ろが混乱して同士討ちになるぞ!!」

 真っ白に染まった朝霧の中、ぽつぽつと黒点がシミのように映り、やっと宗像兵をその姿に捕らえる。

「旗印見えました!
  若宮衆の河津隆家です!」

 先陣の物見が叫ぶと同時に、相手も矢を放ってくる。
  刀を抜いて田北鎮周が声の限りに叫ぶ。

「分かった、それを本陣に伝えよ!
  若宮衆を押しとどめるぞ!!
  かかれぇ!!!」

 負けじと日田鎮台先陣も声をあらん限りに叫んで、若宮衆に突貫してゆく。
  敵兵と切り合いを繰り広げながら、田北鎮周はふと我に返り疑問を心の中で呟いた。

(先陣が若宮衆?
  では、やつらの最大兵力である尼子勢はどこに行ったのだ?)

 と。

 

「日田鎮台先陣押されております!」
「うろたえるな!
  こっちにも来るぞ!」

 隈府鎮台にも日田鎮台が戦闘に入った事は伝わり、各陣とも敵が来るのを今かと待ち構えていた。
  真っ白な視野に響く剣戟の音、鉄砲の轟音、喚声はどっちが勝っているのかまったく分からない。
  隈府鎮台は陣取りが他の陣と少し違っていた。
  背後の山と前方の犬鳴川に挟まれて、横に広く陣を敷かねばならなかったからである。
  とはいえ、ここを押さえないと本陣に迂回されかねない場所なので押さえざるを得なかったのというのが本音だったりするのだが。
  兵力二千の内訳は、大将である志賀鑑隆と託摩貞秀がそれぞれ五百に対して、同盟国である阿蘇家から出向いた甲斐親直が千を率いている。
  そういう兵数だったこともあり、最も危険であろう最左翼に甲斐親直が、その横に志賀鑑隆と託摩貞秀と陣を敷いていたのである。
  ここに、主力である山中幸盛率いる尼子勢三千が襲い掛かった。

「やつら、こっちが本命か!
  尼子勢来襲を本陣に伝えよ!
  我らだけでは尼子勢を押さえ切れん!!」

 既に交戦状態に入っていた志賀鑑隆が、馬上から必死になって尼子勢の突貫を押し戻そうとしていた。
  だが、多勢に無勢、その勢いは強く、じりじりと志賀勢は押し崩されてゆく。
  そして、旗本鎮台本陣の通過点となっていた託摩勢はその攻撃に押されて総崩れ寸前にまで追い詰められていたのだった。

「甲斐殿はどうした!」

 支援を求めて隣の甲斐親直を頼ろうとした志賀鑑隆だが、伝令の報告に顔をしかめながら敵足軽を切り捨てたのだった。

「阿蘇勢にも敵襲が!
  旗は秋月勢ですっ!」

 攻勢正面をずらす事によって迂回して、一気に本陣を突く作戦だろうと志賀鑑隆は敵の意図を悟ったが、現状では何もできない。
  奇襲に対する用意はしていたが、先手を取られた事と、この朝霧が同士討ちを恐れて各隊の連携を取りにくくしている。

「畜生、この霧が晴れたらどうにでもなるものを……」

 いらつく志賀鑑隆の耳に伝令の叫び声が轟く。

「託摩貞秀殿、討ち死に!
  託摩勢総崩れです!!!」

 


  地理説明
           ↑宗像

                 
          小金原 
            ④ ①⑤
      犬鳴峠      A
    凸丸山城    ③C②DB
                 凸笠木山城

 

 宗像軍 
  ① 若宮衆      河津隆家 千 
  ② 丸山城城兵  秋月種実 五百
  ③ 尼子勢      山中幸盛 三千
  ④ 宗像軍本陣  宗像氏貞 二千
  ⑤ 大内勢      秋穂盛光 千
    合計                  七千五百


  大友軍
  A 日田鎮台     田北鑑重 四千五百 
  B 旗本鎮台     戸次鑑連 二千
  C 隈府鎮台     志賀鑑隆 千五百
  D 旗本鎮台後詰 高橋鎮理 千五百
    合計                  九千五百

 

 尼子勢は、隈府鎮台を突破したはいいが、その先で頑強な抵抗にぶち当たっていた。
  隈府鎮台へ後詰として送り込もうとしていた高橋鎮理率いる千と、それに横槍をぶちかました日田鎮台の恵利暢尭指揮下の五百である。

「畜生!
  こいつら兵の錬度が違う!!」

 山中幸盛が血まみれで正面の敵を笑う。
  いくら勢いに任せて突撃をしても、その突撃を受け止めて跳ね返してしまう。
  明らかに突破した隈府鎮台の兵と違っていた。

「これが大友最精鋭の兵の力か!」

 ある種の歓喜を浮かべながら血まみれの槍を振るう。
  そこに、尼子勢やや後方から混乱と怒声が聞こえてきたのである。

「何事だ!」

「大友軍、日田鎮台の横槍です!!
  旗印は恵利暢尭!
  横道様が手勢で押しとどめています!」

 いったん下がり、山中幸盛は状況を見渡す。
  思っていた以上に、横槍の数が少ない。

(中央の河津殿がひきつけてくれているのか。
  助かる……)

 中央の若宮勢と日田鎮台の合戦は日田鎮台先手が踏みとどまり、若宮勢を蹴散らそうとしたその横を、遅れて現れた大内勢に横槍を突かれて乱戦状態に陥っていた。
  恵利暢尭の横槍は、乱戦状態の日田鎮台が出せる精一杯の兵力だった事を山中幸盛は見抜いていた。
  今度は突破した隈府鎮台の方を見る。
  後方で志賀鑑隆の兵を秋上久家の手勢が必死になって食い留めていた。
  その先は霧で見えないが、甲斐親直の手勢を秋月種実が必死に押さえているはずである。

「霧が晴れつつあるな。
  後詰がないと抜けんな」

 人事のように呟くが、その後詰にもあてがあった。
  先ほど伝令が宗像氏貞の本陣が動いて、こっちに向かっている事を伝えてくれていた。
  ならば、この正面の敵が戸次鑑連へ繋がる最後の敵となる。
  山中幸盛は再度最前線、つまり高橋鎮理の前へと馬を薦める。

「名のある武将とお見受けした。
  我が名は山中幸盛。
  貴殿を討ち取る男と覚えていただきたい!」

「高橋鎮理。
  そういう事は討ち取ってからいう事だ」

 鎧をぶつけ、太刀を合わせる事、十数合。
  霧は完全に晴れ、すがすがしい青空が広がり、あんなに濃く広がっていた朝霧を一掃してゆく。
  戦場が見渡せるようになると、大兵の大友軍が少しずつ統制を取り戻してゆく。
  山中幸盛の顔に焦りが浮かぶが、高橋鎮理の太刀筋には少しの乱れも無い。
  この場を守り通せば勝ちである事を理解しているからに他ならない。

「その首あとで貰い受ける!」

 間合いを取ろうと離れた瞬間を見計らって、山中幸盛は馬を返す。
  高橋鎮理は追ってこなかった。

「いったん引くぞ!
  宗像殿の本陣と合流して再度……」

 そこで、山中幸盛は言葉を失う。
  その視野に見えるものがどれだけ絶望的なものか理解しているからに他ならないが、それが宗像勢の奇襲の衝撃を完全に跳ね返したのだった。
  山中幸盛の視野の先に見えたもの。
  犬鳴峠を下ってくる、剣花菱の旗印――龍造寺勢――だった。

 


  地理説明
           ↑宗像

                 
          小金原 
        F     ①⑤
      犬鳴峠     ④AE
    凸丸山城    ③C②DB
                 凸笠木山城

 

 宗像軍 
  ① 若宮衆      河津隆家 七百五十 
  ② 丸山城城兵  秋月種実 二百五十
  ③ 尼子勢      山中幸盛 二千
  ④ 宗像軍本陣  宗像氏貞 二千
  ⑤ 大内勢      秋穂盛光 七百五十
    合計                  五千七百五十


  大友軍
  A 日田鎮台     田北鑑重 四千 
  B 旗本鎮台     戸次鑑連 千
  C 隈府鎮台     志賀鑑隆 千二百五十
  D 旗本鎮台後詰 高橋鎮理 千二百五十
  E 旗本鎮台後詰 大友親貞 千
  F 龍造寺勢     鍋島信生 五百
    合計                  九千

 

 何故、鍋島信生が小金原に出張ったのか?
  話せば簡単な事だが、お家の経済破綻を避けるべく、鍋島信生は更なる勲功を欲していたのだった。
  そして、疲労困憊ながらも最精鋭の五百だけを率いて犬鳴峠を突破したのである。
  当然、連戦と強行軍で宗像勢と戦える力なんて無い。
  だが、太刀洗で、水城で、丸山城での彼の功績が虚構を造り、宗像勢の奇襲が限界に達したこの時に予想外の方向から現れた大友側援軍に宗像勢全軍が浮き足立った。
  それを戸次鑑連が見逃すわけが無かった。
  最後の予備兵力である千を大友親貞につけ(実際指揮を取るのは小野鎮幸と由布惟信なのだが)、日田鎮台へ横槍を入れている大内勢に襲い掛かる。
  この攻撃に大内勢は崩れ、それを見た田北鑑重は正面の若宮衆に総攻撃をかけてこれを突き崩した。
  一方、霧が晴れて阿蘇勢と連携が取れるようになった隈府鎮台は、背後の秋月勢を叩くべくその矛先を向けたが、既に寡兵である秋月勢に五倍近い敵を支えきれる訳が無かった。

「引くな!」

「もうだめだぁ!」

 各所で宗像勢は崩れ、尼子勢と宗像本陣は大友軍の包囲の輪に捕らえられようとしていた。

「まだだ!
  まだ負けていない!
  本陣を!
  戸次鑑連さえ討ち取ればこの戦はひっくり返せるのだ!!」

 修羅の表情で山中幸盛は叫ぶ。
  その配置を頭で思い浮かべて、戸次鑑連が誘っているのに気づいていた。
  戸次鑑連の本陣を突いて討ち取ればこの包囲は雲散霧消する。
  だが、戸次鑑連を討ち取れなかったら、尼子勢も宗像勢も包囲されて殲滅される。
  そんな賭けだが、もう自分達には後が無い事を山中幸盛は一番良く知っていた。
  この突撃が最後の勝負になる。

「大友本陣に突撃をかける!
  戸次鑑連さえ討ち取ってしまえばこの戦我らの勝ちぞ!!」

 その気迫が尼子将兵に伝わり、山中幸盛以下皆死兵となって正面に向かって突撃する。
  それは尼子の意地でもあり、山中幸盛の覚悟でもあった。

 その決死の突撃に高橋鎮理率いる手勢がずるずると後退する。
  その後退に目もくれずに尼子勢は旗本鎮台本陣に向かって突撃していった。
  それを見ていた高橋鎮理は、唐突に珠姫の言葉を思い出していた。
  珠姫の戦の才を燦然と見せ付けられた鳥坂峠合戦の時の珠姫の言葉を。

 

 修羅と化した山中幸盛とその将兵が見たものは、

 

(では、問題)

 

 本陣前に土盛されて砲門をこちらに向けた、

 

(死兵を崩すにはどうしたらいいか?)

 

 佛狼機砲五門を中核とした、鉄砲隊千人がその狙いを彼らにつけていた。

 

(答えは死兵に希望を与え、それを突き崩す事である)

 

 射程に入った事を見た戸次鑑連は、敵正面を見据えたまま、ただ一言だけ呟いた。

 

「撃て」

 

 日本史上において、急速に広がる閃光と爆煙と大轟音が轟く。 
  それが、山中幸盛が意識を失う前の景色となった。

 

 

 

 


「起きましたか」

 中性的な優しい声で、山中幸盛は目を覚ました。

「……っ、ここは?」

「許斐山城です。
  あの砲撃で馬が驚いて、振り落とされて意識を失っていたので。
  十日以上寝ていたんですよ。
  その時落ちなければ、今頃死んでいました」

 起き上がろうとするが、体を強く打ったらしく力が入らない。
  起き上がる事を諦めて、山中幸盛は井筒女之介に一番尋ねたい事を尋ねた。

「皆は?」

 ただ静かに女之介は首を横に振る。
  それが答えになった。

「そうか。
  で、いくら負けた?」

「横道殿、秋上殿の他、秋月種実殿、河津隆家殿が討ち死に。
  参加兵力七千五百の内、この城に逃れたのは千少し。
  完敗です。
  宗像氏貞殿は既に降伏の使者を大友軍に出しています」

 淡々と語るがゆえに、女之介の台詞には諦めの口調が強くにじんでしまう。
  山中幸盛が最後に見た光景、戸次鑑連の大筒と鉄砲の直接火力支援によって尼子勢は瞬時に崩壊し、それは最後の抵抗をしていた宗像勢にとってとどめの一撃となった。
  そして、大友軍の包囲が完成し、宗像軍は辛うじて包囲から逃れた部隊を除いて殆どの将兵が大友軍によって包囲殲滅されたのである。
  この大砲が珠姫の切り札中の切り札だった。
  大砲の運用には大量の荷駄と人員が必要で、そのノウハウが無い立花勢はついに戦場に大筒を持ってゆく事はできなかった。
  だが、遠賀川の河川交通を補給路に指定していた大友軍は、大砲と部隊を分離して別に進軍させる事で解決し、先日負けた田原親宏の率いる千人を急場凌ぎの荷駄衆に指定して大筒を戦場に持ってこらせたのである。
  なお、秋月種実は元家臣だった恵利暢尭の配下によって討ち取られたという。


「最後の質問だ。
  俺は何で生きている?」

 その質問を聞いて、粥を持ってきた女之介の手が振るえ、お椀を落としてしまい粥が床に広がってしまう。
  動かなくなった女之介の方を見ながら、山中幸盛は呟く。

「お前が助けたんだろうな……
  何をされた?」

 その一言に女之介の顔が歪む。
  それが、正解である事を、その泣きそうな顔が伝えていた。

「色恋的な事はされませんでした。
  もっと恐ろしい事です」

 床に広がった粥を片付けながら、女之介は言葉を続けた。

「黒殿姫の代わりをさせられました」

 その一言が何を言っているのか分からない山中幸盛に対して、いつのまにか女之介は涙を零して続きを話す。

「知ってました?
  黒殿姫ってまだ子供なんですよ。
  けど、謀反を起こした逆賊を討伐したのは立花一門の血を引く彼女でなければならないって……
  立花山城で仲間割れを起こし、安武民部殿を殺して大友に降伏しに行く藤木和泉守を討伐の名目で殺して……」

 それが、包囲下にあった尼子勢残党と彼を助ける条件だった。
  大友兵でなく、脅威になる数でもなくなっていた彼らにうってつけの仕事があったから助けたに過ぎない。
  それが、謀反を起こした立花の将の排除だった。
  女之介の涙が止まらない。
  裏取引をせざるを得なかった彼の耳には、大友と毛利の出来レースの一部も耳に入っていたのである。

「僕たちが負けてからすぐ、月山富田城が落ちたそうです。
  『尼子勢は役に立たず』だそうで……殿様達は安芸に連れて行かれたそうです。 
  僕たち、これじゃ道化じゃないですか……」

「そうか……」

 山中幸盛はそれしか言う事ができなかった。
  そして、女之介の泣き声を子守唄にして、力尽きたかのようにまた眠るのだった。
  

 

 


  小金原合戦

 兵力
  大友軍   戸次鑑連 他                       一万二千五百
  宗像軍   宗像氏貞・山中幸盛他・秋月種実    七千五百

損害
  三千(死者・負傷者・行方不明者含む)
  六千五百(死者・負傷者・行方不明者含む)

討死

 千手宗元・託摩貞秀(大友軍)
  秋上久家・横道正光・秋月種実・河津隆家(宗像軍)

 


地理メモ 許斐山城  福岡県宗像市王丸


 


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