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大友の姫巫女

第八十一話 戦争芸術終章 小金原合戦 中編

 府内での出陣式の後、珠姫は戸次鑑連を捕まえてこんな事を言ったという。

「私は大友の一門として、極力大きな戦には関わるようにしてきたわ。
  門司しかり、秋月しかり、南予しかり。
  戦に出ずに留守番をするのは今回が初めてよ」

「お腹のお子のためにもそれがよろしいかと。
  ご心配なさるな。
  それとも、それがしの采配が不安なのですかな?」

 珍しく冗談を口にして場を和ませようとした戸次鑑連だが、その面白くない冗談に反応するだけの余裕を珠姫は持っていなかった。

「門司では死体を見て吐いたし、彦山川では死兵に震えてお漏らしまでしたわ。
  けど、南予ではそれを受け入れている自分がいたし、府内の騒動もどこか人事のように感じる私が居るのよ」

 どう言い繕っていいか分からない戸次鑑連など視野に入っていない珠姫は、そのまま震える声でその本心を口にした。


「怖いのよ」


「何がですかな?
  南蛮人も去り、忍びの者も討ち取り、姫は今回戦に出ない。
  姫の仕掛けで負けることもないと思われれば、心安らかに……」

 戸次鑑連の慰めを強引にとめた珠姫は、その恐怖を口にした。


「戦 を 楽 し ん で し ま う 
  自分が怖いのよ……」


  その言葉に呆然とする戸次鑑連を無視して、珠姫はその恐怖を口にする。

「かつて、『戦は評定で起こっているのではない!戦場で起こっているんだ!!』といった足軽がいたわ。
  それに対して大将はその足軽に平然とこう言い返したそうよ。
  『戦は、戦場ではなく、評定で起こっているの』と。
  今回、私が目指した戦はそれよ。
  評定の席では、民の怨嗟も、足軽の飢えも、人の死体も見ないで戦が進んでゆくわ。
  それゆれ、冷酷に、合理的に、容赦なく、結果を求めて人を死に追いやってゆくわ。
  私はそれが怖い。
  それを楽しんでしまう自分が本当に怖いの」

 本心を暴露してまだ震えている珠姫の頭を、戸次鑑連の無骨な手が撫でる。

「ぁ……」

「その心があるのでしたら心配はござらぬ。
  本当に姫はお優しゅうございますなぁ」

「そうかな?」

 何故か涙目で微笑む珠姫を見て、戸次鑑連は悟った。
  たとえ才があれど、珠姫もまだまだ若造なのだと。
  そして、そんな若造達の未来を守るために、彼自身が修羅になるのだと。
  そんな事を思い出しながら、戸次鑑連は旗本鎮台の兵を率いて小金原台地に足を踏み入れた。
  彼の眼下には、血と死体と修羅の踊る戦場が広がっていた。

 

 地理説明
           ↑宗像

           ①
          ②小金原
      ③   
       犬鳴峠     A
    ▲丸山城        B
                 凸笠木山城

 

 宗像軍 
  ① 若宮衆      河津隆家 千 
  ② 丸山城城兵  秋月種実 五百
  ③ 尼子勢      山中幸盛 三千

   合計                  四千五百


  大友軍
  A 秋月恭順派  千家宗元 千 
  B 田原家家臣  田原親宏 千

   合計                 二千

 

 大友・反大友の争覇の焦点となった笠木山城には、先行してこの土地一帯の領主となった古処山城城主田原親宏が手勢二千を率いて入城していた。
  領地である筑豊・秋月で秋月種実の一揆が発生し、それを追い出したとはいえ彼は焦っていたのである。
  既に大友家では、豊後外の有力な国人衆も評定衆として大友家の統治に関与できる様にしており、田原親宏もその評定衆就任が内定されていた。
  とはいえ、この戦の結果次第ではそれが取り消されるとも限らない。
  何しろ珠姫が庇護する前の田原家は繁栄しすぎて大友本家から目をつけられ、国政に関与させてもらえなかった前科がある。
  それは、田原親宏の配下となった旧秋月家の恭順派も同じであった。
  彼らが見切った元主君秋月種実によって一揆を起こされたので、彼ら恭順派の面目は丸つぶれである。
  こうして彼らは、一刻も早い勝利を欲していたのである。

「小金原台地に宗像勢千が陣を敷いています!」
「犬鳴峠より、秋月種実の手勢五百が合流しようとしています!
  後続も出ている模様!」

 物見の報告に彼らは色めき立った。
  彼らを窮地に追い込んだ秋月種実が来ている。
  しかも、まだ手勢はこちらの方が多い。

「宗像を守るために、守り安い小金原に陣を敷いたと。
  ここで踏ん張れば、本隊は宗像本拠である白山城を直接突くのは難しくなる故に」

 秋月恭順派を束ねていた千家宗元が土地勘のある意見を出して、出陣してきた敵の意図を推察する。
  その事が田原親宏をはじめとした戦評定に出ている全員の功名心に火をつけた。

「本隊にこの事を知らせよ!
  我らは小金原に出陣し、宗像勢と秋月種実を蹴散らす!」

 伝令を本陣に走らせ、彼らは出陣した。
  兵もこちらが多く、大友本隊という後詰も期待できる。
  この時、大友本隊がまだ古処山城を出たばかりで、翌日にならないと笠木山城に着かない事は理解していたが、総兵力で勝る大友側に攻勢をかけるために布陣しているとは考えていなかった。
  一撃で宗像・秋月勢を叩き潰して後続を待つという楽観的な空気で彼らは戦場に赴いていたのである。
  だが、それは間違っていた。

「法螺貝を鳴らせ!
  攻めかかるぞ!!」

「敵は少数ぞ!
  かかれ!かかれ!」

 小金原台地を流れる犬鳴川を越えて攻めかかる大友軍に対して、秋月勢も宗像勢も陣を守って戦い、積極的に打って出てこない。
  それを見て更に攻めかかる大友軍は、不意に宗像陣が上がる狼煙に警戒する。

「伏兵かも知れぬ!
  気をつけろ!!」

 だが、襲ってきたのは伏兵ではなかった。

「犬鳴川の水が!!」

 大友軍に襲い掛かったのは、急に増水した犬鳴川の水だった。
  土地勘がある河津隆家が若宮衆に命じて犬鳴川をせき止めて、大友軍の大半が渡り終えたのを見計らって堰を切って押し流したのだった。

「助けてくれ!
  水が……」

「お、おぼれる……」

 突然襲った濁流に大友軍は大混乱に陥った。
  そして、それを陣に篭って守っていた宗像・秋月勢が見逃す訳がなかった。
  大混乱に陥った大友軍はこの合戦で千近い損害を出し、千家宗元が討ち死に。
  敗走し、笠木山城に逃げ込もうとする大友軍を追撃しようとしたその時に、山中幸盛率いる尼子勢三千が到着したのである。

「少し遅かったか」

 山中幸盛が苦笑するが、それを秋月種実が笑い飛ばす。 

「いや、ちょうどよい所よ。
  尼子勢は休んでこの地を守って欲しい。
  我らは笠木山城を攻めに行くでな」

「一刻、時間をくれ。
  動ける者をまとめて、我らも城攻めに参加する」

「心得た。
  だが、獲物が無くても嘆くなよ」 

 こうして、大友勢を蹂躙しながら宗像軍は笠木山城を目指す。
  だが、宗像軍の決定的な追撃はついにできなかった。

「丸山城が、龍造寺勢によって急襲されて陥落!」

 尼子勢も追撃に加わろうとした矢先に、残してきた物見がその報告を持ってきた。
  城を空にするから取られるかもとは思っていたが、ここまで的確に奪いに来るあたり流石としか言い様が無い。
 
「ははっ。
  水城に続いて、また我らの邪魔をするかっ!
  鍋島信生!」

 既に山中幸盛も秋月種実も立花を見捨てていたので、丸山城そのものに価値を払っていなかった。
  だが、その立花を更に混乱させる一手として、丸山城陥落は大きな意味を持つ事に気づいていなかった二人の失態である。
  既に双方が疑心暗鬼に陥っていた立花勢は、大将である安武民部と藤木和泉守が大友に寝返る為に互いの首を欲し、立花山城内で合戦を行う始末。
  この立花の混乱が宗像軍の追撃の手を止めたと言っていい。
  立花が脱落したら、見坂峠や海岸線にも兵を置かねばならない。
  そうなれば、彼らは破滅である。

「このまま座して死を待つよりも、一戦して勝負を賭けたほうが活路があります!
  ですから、どうか攻撃の続行を!!」

 追撃を打ち切って宗像本陣に出向いて攻撃続行を主張する山中幸盛と秋月種実に、宗像氏貞もここで篭っても勝ち目は無いと決意し、小金原に本陣を移す。
  これで貴重な一日を失うが、目的が笠木山城から大友本隊に変わっただけともいえる。
  そして、河津隆家必殺の罠である犬鳴川せき止めも既に使っているという八方塞りだか、彼らにはそれしか道が残っていたなったのである。
  翌日、大友本隊が小金原台地に侵入。
  決戦の火蓋は切って落とされた。


  作者より一言。
  笠木山城 福岡県宮若市宮田(旧地名 福岡県鞍手郡宮田町宮田)
  それと、彦島(山口県下関市彦島 巌流島で無い大きな方)の追加をお願いします。




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