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大友の姫巫女

第八十話 戦争芸術終章 小金原合戦 前編 

 筑前 立花山城

「笠木山城?」

「そう。
  大友本隊が筑豊に入ったならば、狙うは博多では無く宗像本拠の白山城か毛利が後詰を送れる芦屋しかない。
  そのどちらにも対応できるのが、この笠木山城だ」

 秋月種実は己の手勢の殆どを失ってはいたが、現在立花山城に詰めている面子で一番土地勘があり、大友本隊が筑豊に入った時点で目的地は芦屋と看破していた。
  とはいえ、手勢を失った事によってその発言力は大幅に衰えており、手勢はあるが流浪の軍である尼子勢に接触を図り、山中幸盛の冒頭の台詞に繋がる。

「たしかに遠賀川を下ればその河口は芦屋だが、まっすぐ下ってくるのか?やつらは?」

 山中幸盛のある意味当然ともいえる疑問に秋月種実は鼻で笑う。

「万を超える軍につく荷駄を考えろ。
  博多を突くのなら、岩屋城や水城の連中ともう合流している。
  やつらも府内を焼かれて、荷駄の手配が追いついていない。
  間違いなく、やつらは芦屋を叩く。
  麻生隆実も助ける事ができるからな」

 事実、荷駄に不足感のある大友本隊は響灘海戦の勝利もあり、芦屋を押さえる事で海路の補給を企んでいた。
  龍造寺以外動員をかけなかった肥前国人衆から兵糧を調達し、それを唐津に集めて南蛮船で芦屋に持ってくるという腹である。
  今回、後方において大友軍の兵給を統括している珠姫は、出陣時より飢えさせる事だけは絶対にさせなかった。
  その為、滞在していた原鶴遊郭を一大兵給拠点に仕上げ、続々参陣する各国の将兵にあったかい味噌粥を振舞って士気を高めたりしている。
  そんな彼女が海路からの補給を考えない訳がない。
  なお、対岸で籠城している麻生隆実については毛利側は手を出していなかった。
  こちらが大軍なのもあるし、麻生隆実からも『手出しはしない』という言質を受け取っていたりする。
  このあたりの豪族の生き延びる執念と知恵は恐ろしい。

「とはいえ、立花山城を空にする勇気はあのお二方にはあるまい。
  我らが宗像と合流しても七千。
  大友本隊は一万二千を数えるのに勝算はいかに?」

 秋月種実の言葉を止めたのは、横道正光。
  淡々とした口調だが、それゆえに言葉に凄みがあった。
  響灘海戦の毛利水軍の敗北は既に伝えられており、九州の反大友勢力の失望感は大きい。
  その情況下で寡兵で大軍を相手にするなど自殺行為に等しい。

「だから、笠木山城なんだ。
  この城が落ちれば宗像が安全地帯になる。
  そして、遠賀川に睨みがきくから大友本隊を引き付けられる。
  こちらが頑張れば毛利も援軍を再度考えるだろう」

 勝つ事こそ生き残る為の条件と考えて秋月種実は積極論をしかける。
  それに今度は山中幸盛が尋ねる。

「岩屋城と水城の大友勢はどうする?」

「立花のお二方にお任せすればよろしかろう。
  三千の兵をむざむざ遊ばせるのは腹が立つが、足止めには十分だ」

 横道正光と同じように立花勢の二人を秋月種実もこきおろす。 
  その仕草に山中幸盛と横道正光も苦笑する。

「いいだろう。
  我らは流浪の軍だ。
  こういう捨て戦にこそふさわしいだろうよ」

 笑って承諾した山中幸盛に秋月種実は頷いて口を開いた。

「感謝する。
  白山城の宗像殿にはわしから話を通しておく。
  自領が狙われている以上、出し惜しみはしないだろうよ」

 それで話が終わりと思っていたのだが、

「あまりここには長く居れないかもしれないぞ」

 という声と共に、秋上久家が大友側に潜っていた井筒女之介を連れて入ってくる。
  その顔は良くない報告なのだろう。
  肩まで切りそろえられたおかっぱ美少女にしか見えない女之介など真っ青になっている有様である。

「立花の二将に内応の手が伸びています。
  相手を殺して降伏すれば、命を助け、領地は安堵すると」

 その小さく可愛らしい声に生気がまったくないが、聞いた四人もみるみる顔面蒼白になってゆく。

「まずいな。
  その情報確かか?」

「はい。
  僕がその役目を仰せつかりましたから」

 井筒女之介の震えた声に四人は最初何を言っているのか良く分からなかった。
  いや、分かっていたのだが、分かりたくなかったのだった。
  そんな四人の思いを踏みにじるように、井筒女之介は口を開く。

「大友家ご息女、珠姫様お抱えのくノ一頭、舞様より山中殿に対し珠姫様のお言葉を承っています。
  『立花の残党を潰してこっちにつくなら、尼子再興の手を貸すわよ』と。
  なお、立花の二将には舞様が直々にお伝えしているはずです」

 我に返ったのは秋月種実が一番速かった。
  刀を抜いて女之介に切りかかろうとして、秋上久家と横道正光に止められる。

「貴様裏切ったか!
  山中殿もどうして、こやつを斬らぬ!」

 激昂する秋月種実に対して、井筒女之介は動こうともせず、ただ目に涙を浮かべてその理由を語りだす。

「毛利によって壊滅寸前の鉢屋衆を保護する事を珠姫様が決め、各地の鉢屋衆残党が奈佐日本之介殿の仲介で門司にあがり、そのまま姫様にお使えしているそうです。
  そこから僕の名前も漏れ、二日市に潜り込んだ時には既に姫巫女衆に監視され、水城合戦の後捕まって……」

 そこからは、ただ泣くばかりで女之介は何も語らない。
  が、後に姫巫女衆の不文律の一つになり、珠姫自身も採用しようとして超大問題となった発言を察すれば、何をされたかは簡単に分かるだろう。
  後の趣味人たちの日本史において燦然と輝く珍騒動、『男の娘は浮気じゃない』事件のこれが元である。
  なお、この珍騒動時に評定における珠姫の珍演説、

「私の為じゃない。
  準にゃんの為に、私はがんばっているの!」

 の一言で、『また姫の愛人か!』と大友家中蜂の巣を突いた様な大騒動となり、大友家中および毛利家の男女全てを探しても準と名乗る者がいなかった事によってやっと事態は沈静化する。
  こうして姫巫女衆に組み込まれた男の娘だが、そこから後に超絶の才を誇る男の娘が出て、この珠姫の判断が正当化されたのである。
  それが、今、井筒女之介を斬ろうとしている秋月種実を父親とする、秋月涼なのだから歴史は皮肉に満ちている。
  彼(あえてそう言わせてもらう)と、もう一人秋月種実の種をもらって姫巫女衆に入った秋月律子によって、秋月家は復興するのだがそれは別の話。

「それをこうして伝えている女之介の気持ちを考えろ。
  すまなかった。
  お主につらい役目を負わせてしまったな」

 一言だけ秋月種実に告げて、山中幸盛は井筒女之介に頭を下げた。
  秋上久家と横道正光もそうだが、尼子復興を誓った仲であるがゆえに互いの信頼を信じているし、それは他の三人も同じだった。

「とはいえ、このまま寝返ったら毛利に攻められている月山富田城がどうなるか分からない。
  秋月殿。我らには大友と戦って勝つしか選択肢がないのでござるよ」

 主家である尼子を見捨てたらそれもありかもしれないが、それをしたくなかったがゆえに九州くんだりまできて戦をやっているのである。
  山中幸盛も彼が率いる尼子衆はその意地だけで戦っていると言っていいだろう。

「結局、いざござはあるが我らは秋月殿の策で戦うしかないのですよ。
  ですから、秋月殿にも兵を率いてもらわないとこちらも困ります」

 さらりとまとめた横道正光に秋月種実はいやな顔をする。
  その率いる兵がないからこうして流浪の尼子勢に頭を下げている訳なのだが。
  もちろん、そこまで読んでくれる事を期待した横道正光の嫌味だったりする。

「その兵が無いからこうして来ているのだが。
  せめて立花のどちらかを引っ張り出す事ができればなぁ……」

 ぼやく、秋月種実を前に、ぽんと山中幸盛は手を叩いた。

「まてよ。
  女之介の持ってきた話……使えるかもしれんな……」

 

 翌日。
  立花山城を出て、丸山城に向かうのは山中幸盛率いる尼子勢三千と、秋月種実。
  丸山城の守備兵も秋月種実の指揮下に従う事を約束させたので、その兵力は五百となる。
  山中幸盛は立花の二将、安武民部と藤木和泉守に個別に会ってこう囁いたのだった。

「相手が大友に内応しようとしている。
  そうなると、浮いた手勢がどう動くか分からないぞ」

 と。
  双方内応しようとしていただけにこの一言は衝撃となって二人に襲い掛かった。
  将なき兵はいい操り人形ではあったが、互いのバランスが崩れるので今まではそのままにしていた。
  だが、裏切るのならば相手がその掌握に動く事を頭に入れていなかったのである。
  既に二人の心の中は疑心暗鬼でいっぱいだから、山中幸盛の差し出した手を掴む事はしてもその意図まで気づかない。

「特に丸山城が危ない。
  あそこは将がおらぬから、また大友が攻めてきた時と同様、逃げ出しかねないぞ」

 言っている事が正しいがゆえに、二人は山中幸盛に対しての警戒を下げた。
  内心ニヤリとしながらも山中幸盛は本題に入る。 

「ならば、丸山城を秋月種実殿に任せてみてはいかがか?
  我らは宗像殿の要請において、これより笠木山城を攻めるのだが、犬鳴峠の入口に当たる丸山城が落とされたら帰ることができぬ。
  秋月殿ならば我らを裏切る事はせぬし、こちらも安心して戦ができるのだが。
  もちろん、安武殿と藤木殿のどちらかが丸山城に入って頂くのが一番なのだが」

 できもしない事を知らない振りをして、山中幸盛は平然と言ってのける。
  どちらかば丸山城に入れば、立花山城に残った方が謀反を起こすに決まっている。
  だが、先の水城合戦を見れば分かるように、将無き兵など城に篭らせても無駄である。
  二人は山中幸盛の提案に対して、頷く事しかできなかったのである。
  こうして、丸山城の手勢を手に入れた秋月種実だが、その手勢を全て出撃させて笠木山城攻撃に向かっていた。
  なお、彼らの出陣の後、安武民部と藤木和泉守の内部対立は城内の合戦に発展し、秋月種実の暴挙はそのまま見過ごされる事になる。

 尼子勢と秋月勢は丸山城に入城後、犬鳴峠を越えて小金原台地に着陣する。
  先にこの地を収める宗像家に属する若宮衆の河津隆家率いる千がこの地を押さえており、ここにて宗像氏貞の本隊二千と毛利から送られた大内残党の千を待つ段取りになっていた。


  だが、こうした反大友勢の動きを、全て読みきっていた女が大友側に一人いた。
  けど、その女はこれから起こる戦には一切口出ししていない。
  それは、戦場において女が口出しをするまでもないほど指揮官が有能である事を女が知っていたからに他ならない。
  かくして、『大友の雷神』戸次鑑連は全軍を小金原に向け、ここにこの戦最後の合戦となる小金原合戦の火蓋は切って落とされたのである。

 

 地理説明
           ↑宗像


           小金原

       犬鳴峠
    ▲丸山城
                 凸笠木山城

 

 


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