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大友の姫巫女

第七十八話 戦争芸術終章 舞台裏 その四

 大友家が龍造寺・宗像・原田の謀反勢に対して討伐軍を送る決定をした評定の最後で、珠姫はある事を皆に尋ねた。

「父上。
  やつら、この戦をどう終わらせるつもりなのでしょう?」

「終わらせるとは?」

 皆の視線が彼女に集まり、問いかけてきた吉弘鑑理の声を気にせず珠姫は地図を睨んだまま呟く。

「彼らの勢力では独力で我らに当たるのは不可能。
  いずれどこか大きな旗の下につかないとならない。
  で、九州において我らの旗を離れるとしたら……」

「毛利しかないでしょうな。
  姫様、話が見えてきましたぞ。
  姫様は後詰を叩けとおっしゃるのですな」

 ぽんと手を叩いて、志賀親守が珠姫の言いたい事を要約する。
  毛利の後詰を叩いてなお抵抗するとはこの三家は思えない。
  ならば、来る事を前提に考えて迎撃計画を立てた方が楽である。

「毛利は門司が使えぬ以上、兵を九州にあげるとしたら芦屋しかありません。
  そして、芦屋に兵を降ろすなら、目の前にある博多を取る誘惑に逆らえない。
  彼らが博多を占拠した後、我らは遠賀川を補給路として筑豊から芦屋を攻撃。
  後は、博多に分かれた兵を各個に撃破すればいいかと」

 珠姫の話を聞いていた一万田親実がある事に気づいて顔をしかめる。

「姫様。
  話を聞くと博多を毛利に取らせるという事は、立花山城の立花鑑載殿について……」

「見捨てます」

 一万田親実の疑問を遮って、容赦のない結論を彼女は口にした。
  その断定口調に評定の席に座ってはいたが発言権が無い大友親貞などは青ざめて、無表情に口を開く珠姫を眺めていた。

「元々大友一門にありながら、西大友と称するほどの繁栄を誇り独立傾向が強い立花家は一度懲らしめねばなりませぬ。
  既に、立花家中の大友に忠誠を誓う者達は引き抜いているので、あの家も近く謀反を起こすでしょう。
  『立花謀反』は博多が宙に浮くと同義。
  これを毛利は見逃すとは思えませぬ」

 九州における最大の戦略拠点であり、日本有数の国際交易港である博多を餌にすると珠姫は言ってのけ、それがまた参加者一同のど肝をぬく。
  博多はなんとしても死守すべき拠点であると皆考えていただけに、博多を捨てるという珠姫の発想に皆追いつけない。

「姫様。
  立花が謀反を起こせば、芦屋から背振を越えて龍造寺まで繋がってしまいますぞ。
  やつらの集まる兵も万を越え、鎮圧にどれほど時間がかかる事か」

 角隈石宗が謀反勢力が結合する危険を諭すが、珠姫はそれを待っていたかのように年相応の乙女の笑みを浮かべた。

「あら、簡単になるはずよ。
  だって、彼らが博多を守るには、彼らの領地から兵を出さないといけないのだから」

「あ!」

 珠姫の意図に気づいた大友親貞が思わず声を漏らす。
  万の兵力を謀反勢が持っても博多防衛に兵を裂かねばならず、その分彼らの本領が手薄になるという事に。
  彼女は先にその手薄になった本領を攻め取ってしまえと言っているのだった。

「毛利が彼ら謀反勢の後詰に来る以上、豊前側への上陸は無駄となります。
  もっとも、豊前に上陸したとしても、南蛮人の一件で動員が始まっている中津鎮台で押さえられるでしょうから問題はありません。
  謀反勢は立花と龍造寺の連絡を確かにしたいと考えるでしょうから、攻勢はおそらく水城および岩屋城を攻めるでしょう。
  ここを防衛しつつ彼らの攻勢限界を待ちます。
  我らの最終防衛線は、原鶴遊郭。
  ここを落とされると筑後が全て龍造寺に落ちるので、ここは死守してもらう必要があります。
  日田鎮台が既にここを軍勢の集結拠点に指定しているので落ちるとは思いませんが、討伐軍も原鶴にて集結編成をお願い致します」

「心得た」

 珠姫の説明に今回の総大将である戸次鑑連が力強く頷く。
  彼らは、既に珠姫が描いている罠の正体が半分ほど見えていただけに、その笑みも餓狼が獲物を見つけたようになっているのだが。

「今回の計画において、移動は筑豊を使います。
  私や田原殿が民を鎮撫し続けた結果、ここでは大きな騒動はおきないでしょう。
  原鶴遊郭から、古処山城を経由し筑豊に入り、遠賀川に沿って芦屋に向かってください。
  芦屋の毛利上陸拠点を潰せば、いくら兵があろうと彼らでは博多を支えきれませぬ。
  後は博多を敵の手に残しつつ、龍造寺や原田や宗像の本領を潰してゆくだけ」

 嬉しそうに語り終えた珠姫の戦略に誰も声を出さない。
  その戦は領地や城を取る事が戦と思っていた彼らにとって、まったく違う規模でまったく想像していなかった概念だった。

「姫。
  それでは、最後に博多を攻める事になるのでは?」

 隠居しているのに出ている吉岡長増が確認のため、珠姫に質問を投げかける。
  顔に浮かぶ笑みが、成長した孫を見ているような感じになっており実に好々爺なのだが、珠姫に言わせようとしている事が果てしなく黒く、えげつない。

「あら、どうして博多を攻めて、あの町を焼かないといけないのかしら?
  毛利と和議結べば、博多は帰ってくるじゃない」

 『パンが無ければケーキを食べればいいじゃない』と言わんばかりの天真爛漫な笑みで珠姫も吉岡長増に言ってのける。
  その言い草にたまらず大友義鎮が笑い声をあげた。

「わはははははははは……
  こんな痛快愉快な事は久方ぶりよ!
  これほどまでに謀反勢を虚仮にするとは、わしは初めてやつらに対して哀れに思ったぞ」

 大友領内の謀反から、毛利を介入させて大友と毛利の戦に変えて、大友と毛利の和議によって戦を終わらせる。
  そして、和議が締結された以上、彼ら謀反勢は旗と仰いだ毛利によって切り捨てられる形になるのだから、ただの道化でしかない。
  その笑い声が一段落した後、大友家の外交担当である臼杵鑑速が静かに頭を下げて口を開いた。

「既に、姫様の命にて毛利の安国寺恵瓊殿と門司にて接触しております。
  彼らも、尼子攻めの詰めの段階での九州の動乱は望んでいない様子。
  話次第では乗ってくるかと」

 ここに来て、参加者全員に珠姫が描いた絵図の全貌が見渡せた。
  彼女にとって謀反など問題ではなく、最初から最後まで対毛利戦としてこの戦を眺めていたのだと。

「姫様。
  あと一つ聞きたき事が」

 そんな中、戸次鑑連が疑問を口に出す。
  完全に仕掛けられた罠の口をどう閉じるか、そこを知らされていないからだった。

「毛利の水軍はどう対処するおつもりで?
  芦屋は潰せるかもしれませぬが、博多に船をつけられたら、我らでも手出しは難しいかと」

 それを聞いた珠姫は、用意していた回答を口に出す。

「南蛮船を使います。
  あれは、一隻で水軍の船数十隻にも勝る優れもの。
  手持ちの四隻、全てを用いて芦屋に停泊するであろう毛利水軍を潰します」

 珠姫が言う手持ちの南蛮船とは、ポルトガルから買ったり大神で作ったりしたキャラック船三隻と、先の南蛮人襲撃で砂浜に埋まったまま無傷で手に入れたガレオン船一隻の事である。
  ガレオン船へ乗せる人員も、停泊していたポルトガル船をスペイン艦隊が潰してくれたおかげでポルトガル人が余っており、彼らに任せる事で稼動状態に持っていけたのだった。

「ですが、先の別府湾の戦を見るに、あの船は陸地に近き所で火矢で襲われたらひとたまりも無い。
  それで、馬関海峡を越えるのは少々無理ではないかと」

 別府湾の戦を府内から見ていた戸次鑑連が、思った事を口に出す。
  なまじ、海の戦に疎いがゆえに、その見たままの感が核心をついているあたり、さすが名将といった所だろう。
  だが、それに対する珠姫の回答は、遥かにぶっ飛んでいた。

「何 で 馬 関 海 峡 を 越 え る の ?」

 誰もが皆時間が止まる。
  いや、何を言っているのだろうこの姫は。
  芦屋を叩くには、あの毛利水軍が厳重な警戒をしている馬関海峡を越えるしか道が無いじゃないかと珠姫以外の全員が視線で珠姫に語りかけるが、珠姫はまったく動じることなく筆を手に取る。

「ふんふんふん~♪」

 何か良く分からぬ鼻歌まで歌いながら、筆に墨をつけて地図に丸を書いた。


「「「「「「!?」」」」」」


  その丸が、南蛮船の航海ルートであると気づいた一同は驚愕の為に口を開けるけど、声が出ない。
  そう。
  豊後をスタートした線は、南下して日向・大隈・薩摩と時計回りに回り込んで北上、肥後・肥前と北上して玄界灘に突っ込んでいた。
  できるのだ。南蛮船ならば。
  地球の裏側から来た事から南蛮船の航続距離が優れている事を、珠姫以外気づいていなかった。
  薩摩・大隈を除いた九州が大友の勢力圏にあるという事を、珠姫以外理解していなかった。
  毛利が死守する水軍の要地である関門海峡が重要ではなく、本当に重要なのは上陸後の補給路になる響灘や玄界灘の制海権である事に珠姫以外は気づいていなかった。
 
「日向の伊東家は中立の方向ですが、伊東家の親戚である一条家や、対島津の支援もあるので寄港は断らないでしょう。
  美々津、油津(飫肥の戦しだいですが)と停泊して、一気に大隈・薩摩を越えます。
  ポルトガルの旗と帆を用意しておけば、島津の船も何も言ってこないでしょうし、言ってきたとしてもポルトガル人に応対させれば良いかと。
  薩摩を越えたら、肥後天草か肥前横瀬浦で休んで、平戸を越えて唐津へ。
  ここで、松浦水軍、宗氏の壱岐・対馬水軍を率いて芦屋を攻撃。
  毛利側の村上水軍は、伊予が気になるのと鶴姫の件で既に楔を打ち込んでおり、隠岐水軍は毛利についたとはいえ、まだ信服しておりません」

 珠姫は唖然とする一同に対して、悠然と微笑んで見せた。


「一隻でも、南蛮船が芦屋にたどり着いたら我らの勝ちです」
 

 この船団は、討伐軍が出陣した翌日に出港した。
  そして、彼らが横瀬浦に着いた報告を待って、討伐軍は原鶴遊郭を動くように取り決めがなされたのであった。
  龍造寺による太刀洗合戦が勃発、その敗北と龍造寺の和議成立によって立花が大友側に残ったのは珠姫にとっては誤算だったが、龍造寺の降伏によって水城以南が戦火にさらされない事は大きなプラスとなった。
  その後の鳥神尾合戦の大敗が反大友勢力の決起をうながし、立花家中で謀反が勃発。
  それが呼び水となって、毛利軍が芦屋に上陸する。
  前後して、府内を出発した南蛮船団は一隻の難破という犠牲を出したが、三隻が肥前横瀬浦に到着したのである。

『南蛮船横瀬浦に到着』  
 
  この報告を持って、腹鶴遊郭の大友軍は動き出す。
  立花謀反とその後に行われた、内野合戦、水城合戦で反大友勢は兵力を消耗し、毛利本軍の増援を矢のように催促していた。
  そのタイミングで原鶴遊郭の大友軍は動き、大友軍の動きに反大友勢が神経をとがらせていたその時、唐津に集結していた大友水軍は南蛮船三隻を中核に松浦・壱岐・対馬水軍二百隻を集めて芦屋に向けて出港したのだった。
  かくして、吉川・小早川兄弟に九州上陸を諦めさせ、後の海戦に多大な影響を与えた響灘海戦の幕が上がる。


 

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