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大友の姫巫女

第七十七話 戦争芸術終章 舞台裏 その三 

長門国 彦島

 手勢を置いてきて、馬を飛ばす事数日。
  乗り換えた馬は両手で足りぬほどの急ぎで、吉川元春はこの彦島に怒鳴り込んできた。

「これはどういう事だ!隆景!!」

 既に日は落ち、油の灯りが薄暗い部屋をほのかに照らす中、怒鳴り込まれた相手である小早川隆景は眉一つ動かさず、

「父上の文の通りでは?
  兄上は何がご不満で?」

 吉川元春の所にも来たであろう文を手に持ち、白々しく抑揚の無い声で言ってのけられた為に興を削がれた元春は我に返る。
  このあたり、兄の扱いを良く分かっている弟である。

「不満も何も、
  我らを九州に送らず、救援を出さないとはどう言う事だ!」

 その激昂ぶりは鬼も近づきたく無いほどだが、彼がまだ怒りを露にした時の方が扱いやすい。
  この兄が本気で激怒した時は無表情に薄く哂う。
  そして、その哂われた相手は今まで生きていないのも小早川隆景は知っていた。

「兄上。
  我らの戦の相手はどなたですか?」

 諭すようにゆっくりと、小早川隆景は兄に己の戦の相手を尋ねる。
  その穏やかな声に虚をつかれた吉川元春だが、彼とて毛利の三矢の一人。
  眼前の敵の裏を読む事ぐらいできないわけではない。

「なるほど。
  我らの敵は尼子であって大友ではないか」

 彼らの父である毛利元就の文には、隆景は長門、元春は石見に留まり、反毛利勢の摘発を行えと命じられていた。
  それは、九州に上陸させた援軍が敗北し、領内で反毛利勢が一斉蜂起する事を想定した策であった。
  守護大名から戦国大名に変化した大友家と違って、安芸の一領主から戦国大名へと成り上がった毛利家は、大友家以上に国人衆の力が強く、内部の反毛利風潮も強い。
  それを天敵と言っていい尼子攻めに目を向ける事で、辛うじて領内の安定を作り出していたのだった。
  だが、その尼子も風前の灯となった現在、その国人衆を粛清する格好のチャンスが来ていたのに毛利元就は気づいていた。
  旧宗主国である大内家残党が闊歩する周防・長門は大内義長滅亡後、問田亀鶴の乱などが発生しており、大友家が準備していた大内輝弘の山口帰還等兵無しで統治できる場所では決してない。
  また、長い間中国の諸大名の焦点となっていた石見は、それゆえ強い所になびく寝返り上等な風潮ゆえに信用できるわけも無い。
  そして、新領土となる出雲・伯耆は難攻不落の月山富田城を擁して頑強な抵抗を続けていた尼子の根が強く、毛利に靡くまでに途方も無い時間がかかるだろう。
  それに拍車をかけたのが、戦国大名としての毛利家に対する信用不安である。
  大内の後継を謳った長男毛利隆元が世を去り、その遺児輝元はまだ幼く、毛利をここまで押し上げた英傑毛利元就は老いていた。
  そう。
  大友家も問題は山積していたが、一代で成り上がった毛利家は大友家以上に問題が山積していたのだった。
  だから、南蛮人の府内攻撃の報を聞いた毛利元就は、安堵のため息を漏らしたと言われている。
  月山富田城を囲んだまま、九州に対して手を打ちつつも、彼は広がった領内統治の確保と内部粛清の手を考えていたのだった。
  先行して長門に出した小早川隆景の手勢も、今だ石見の地を進軍中の吉川元春の手勢も全ては『対大友戦の援軍』という名の欺瞞でしかない。

「尼子と大内の残党を九州に送って、かの姫に潰させて、その敗北を餌に謀反を起こす国衆を粛清。
  相変わらずというか、なんというか……
  という事は、既に大友と話はついているのだな?」

 先ほどまでの怒りを忘れたように吉川元春は苦笑してため息をこぼす。
  毛利の敗北は国衆の動揺を招くが、その謀反を起こす勢力の中核戦力は既に九州で躯を晒している。
  そして、残った有象無象を粛清して領内統治を完成させるという毛利元就の策について、吉川元春は理解したのだった。 

「かの姫が何のために門司を用意したと?
  こたびの戦の最初から最後まで、門司にて安国寺恵瓊と臼杵鑑速がずっと談合していた次第で」

 その安国寺恵瓊を使って、長門到着後に戦の手仕舞いの工作を指揮していた小早川隆景も嬉しそうに笑みをこぼす。
  ただの戦の和議とは次元が違うこの門司での会談に、小早川隆景は全身全霊をかけ、実は数度極秘に単身門司に渡って臼杵鑑速と直談判していたぐらいである。
  皮肉にも府内の南蛮人襲撃の報告を毛利側は大友から伝えられていたのである。
  もちろん、毛利も情報の裏取りはしていたが、南蛮人襲撃から太刀洗や鳥神尾での敗北、更には珠姫誘拐未遂事件(たっぷりと嫌味と皮肉を込めてだが)すらも大友は毛利に公表していた。
  それが、ここにきて両者の信用に繋がる。
  隠すのが当然である自勢力の敗北すらも敵に教える余裕と、交渉相手に対しての誠実さが双方の交渉担当者である小早川隆景や安国寺恵瓊と臼杵鑑速の間でできたのも大きい。 
  更に、利害関係者が毛利と大友だけでなく、博多や堺との大商人という第三者も介在しており、彼らはこの二カ国和議によって成立する、日本海と瀬戸内海を押さえる西国十数カ国という巨大流通圏の誕生を心待ちにしていた。
  アジア随一の交易都市である博多を支えていたのは、珠姫が構築していた信用経済であるが、その裏づけとなったのは大友が誇る換金商品群の他にも、毛利が博多を通じて大量に卸していた石見銀山の銀も大きかったのである。
  何しろ、府内を焼いた南蛮人達は、大友が持つ女と毛利が抑える銀が欲しくて九州にまでやってきたのだから。
  この時点で、経済的にWIN=WINの関係を構築していた大友と毛利が潰しあった所で商人連中は誰も喜ぶ訳もなく、彼らも両者に金を渡したり両家の要人に談判して早期終結を嘆願していたのである。
  そして、大友も毛利もこれ以上戦をする余裕は無い。
  大友は一連の騒動で落ちた威信の回復に時間を欲し、毛利は拡大し続けていた戦線を整理したがっていた。
  特に、大友によって親毛利勢力が減少し続けている九州戦線は、リストラ候補の筆頭だったのだから毛利の面子が保てて戦が終わるのならば万々歳である。
  何よりも海を越えて領地を保持し続けるのは、大内家が散々苦労しているのを毛利は知っている。

「我らの弟に、立花姓を与えて博多奉行に就く事を、大友は提案しています」

 それは、別府の茶会で珠姫が安国寺恵瓊に提案した事だが、それに立花姓を与える事を加えるとなると見える絵図面も違ってくる。
  家中の謀反で倒れた立花鑑載に代わって名門である立花姓を継ぐという事は、博多を支配する事と同義となり、博多支配を目指した大内家の後継たる毛利家にとって悲願成就となる。
  つまり、毛利元鎮に博多の名家である立花の名前を与え博多奉行という職に就かせる事で、大内の後継という呪縛から解かれ、毛利は九州方面の戦から解放されるのだ。  
  
「もちろん、筑前と豊前の実効支配は大友が握るという事ですが、弟が兼帯する事で我らは九州に上がる必要は無くなります。
  更に、大内輝弘については筑前に所領を持たせる事で旧臣をこちらで引き取りたいとも申し出ている次第で」

 大友はこの戦に勝てば、秋月・立花・原田・宗像と筑前主要豪族の殆どを潰す事ができ、その所領を自由に使う事ができる。
  大内輝弘を使った大内家再興は、大内残党が力を失った後で行われるから、もはや毛利にとって害にはならない。
  当然、毛利が大内家復興に力を貸す事で、ある程度の面目も施せる事も見越しての提案である。

「思ったのだが」

 吉川元春はぽつりと呟き、小早川隆景の口を封じた。
  そこまで纏まっているからこそ、一つどうしても矛盾している事が気になって仕方ない。

「そこまでまとまっているなら、何故父上は忍びを用いてかの姫を攫わせようとした?
  どうせ、この話もあの姫が糸を引いておるのだろう。
  それだけが、納得できぬ」

 その言葉を聞いた時でも、小早川隆景は笑みを崩す事は無かった。
  それは、かれも同じ疑問を持っていたのだから。

「父上が九州から手を引く事を、どの時点で考えたいたかわかりますか?兄上」

 不意に出た弟の質問に、兄も顎に手をおいて唸る。

「わからぬ。
  太刀洗での龍造寺の勝利とその後の和議では立花の謀反の仕掛けが読めぬし、鳥神尾の大敗の後では勝ち戦なのに兵を引くとは何事と言われ……」

 不意の閃きが吉川元春をかすめる。
  その閃きが正しいなら、この戦そのものが飛んだ茶番でしかない。

「なるほどな。

 だ か ら 毛 利 は 負 け ね ば な ら ぬ か。

 となれば、大友の躓きである南蛮人襲来からか?」

 戦線の将兵が聞いたらあまりに理不尽きわまる台詞を吐き捨てて、吉川元春は正解を口に出す。
  彼も、やっとこの戦が尼子戦などとは違う理で動いているのを理解したのだった。

「そうです。兄上。
  前の門司の戦を考えれば、大友と尼子の二者を相手に戦をする訳にはいかない。
  ならば、強大な戦力を持ち、海を渡って戦をする羽目になる大友より、滅亡寸前の尼子を完全に潰す事が肝要。
  おそらく、父上は南蛮人が府内を攻撃した時には、既にこの絵図を引いておられたかと。
  兵を用いずに忍びを動かしてわれらの関与を浮き立たせ、各地の勝報によって満を持して上陸した兵を潰される事で、この戦そのものが終わります」

「策は本気で無ければ、欺瞞にはならぬか。
  相変わらず、えぐい事を……」

 毛利元就が欲したのは、負けだったのである。
  それも制御できる負けで、自身がまだその身が動き、水ぶくれのように膨れた反毛利勢力が蠢く領国を粛清し、若き孫へ継がせるための内部改革を促す程度の負けであった。
  負けの作り方も厳島と同じぐらい手が込んでいて、かつえぐいのはもう毛利元就だからで片付けてもいいだろう。
  これができるのも、毛利元就が可愛がっている珠姫をある種信用していたからに他ならない。
  そして、彼女はその信用に答え、門司での会談を最後まで維持しきっていたのだった。

「『あの姫が居る限り、九州に手は出すな』。
  わが弟ですら飼いならせなかった雌虎に手を出して、噛まれる愚を避けるは当然でしょう。
  で、兄上は子持ちの虎に手を出す勇気はおありで?」

「ふん。
  隆景。お前俺に死ねと言っているのか?」

 そして、二人して笑い出す。
  この話、よほど気に入ったらしく、後に加藤清正に「虎を狩るなら子持ちの雌虎は狩るな」と言ったという伝承が残るぐらいだからよほど広がったのだろう。

「だが、隆景よ。
  この話は、全て大友が勝つ事が前提だが、やつら、本当に勝てるのか?」

 笑い終わった後に、吉川元春は一番気になる事を小早川隆景に尋ねる。
  その答えに、小早川隆景は最新の間者が持ってきた報告を差し出した。

「なるほど。
  これでは我らは九州に上がれぬな」

 それは、大友の南蛮船を含めた水軍衆に毛利水軍が大敗を喫した報告が記されていた。






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